未知と心理の社

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時間とは残酷なものです。

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『神』
人間にとっては争いの火種である。

何て事を言うのだ。
争いの道具だというのか。

そうだ。
わからないのか。

『神』という言葉が争いを起こすのだ。

神が唯一無二の存在なら
同じ信仰心の元に。

神に名前をつける。
宗教が生まれる。
争いが起きる。

『神』という言葉自体が

人間が作った悪である。



世界平和など
その言葉さえ理解できぬ人間には訪れない。

神に名はない。

神と言う言葉はない。

『天上天下唯我独尊』

誰より自分自身を敬え。

そして天の上も下もない事に気付け。

さすればそれぞれが尊いとわかるだろう。




この世で終わりと考えるなら

この世の存在は何なのか。

名も無きそれはいつもそこにあるのだ。







久々の更新。

 

私は社会に出てからずっと実行し続けています。

対人関係を簡潔に有効に保つためには

 

①相手の嫌がる事をしない

②自分が嫌だと思う事をしない

③話の聞き手にまわる

④相手と繰り返す会話の中で地雷の言葉を見つけそれを踏まない

⑤向こうから話かけてくる回数が増えたタイミングで自分の事も自ら話す

 

最初のうちは「意見」ではなく「あいずち」

タイミングをみて「あいずち」から「意見」へ変更。

 

これだけです。

 

 

その人を知ることが先で、自分の事を知ってもらうのは後です。

これを最初から間違えるのは致命的です。

 

特に目上の人に対してやってしまうとなかなか面倒な事になりません。

身なりでは分からなかった本質をここで判断して決めつけてしまう可能性があるからです。

 

「なんか俺だけ扱い違う?」

なんて感じているのは気のせいではありません。

 

もうすでに差が開いています。

学校でもそう。

社会でもそれは変わりません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと相手から聞いてどうでもよくて時間の無駄だったと思う話は何だと思いますか。

 

 

 

 

昨日の夢の話知り合いの知り合いの話です。

 

 

 

 

 

 

 

他人の見た夢の話を聞く事ほど無駄な時間はない。

 

 

「俺の知り合いの彼女が」

「俺の友達の所の犬が」

「俺の嫁の会社にいる上司の息子が」

赤の他人の話を例に出された時点でその話に入り込めない。

 

 

 

 

仲の良い友達からでも聞くのもめんどくさいし興味もないですよね。

 

ましてや会社の人間や社外の人間なんて・・・・・

 

 

 

 

気をつけましょう。(;一_一)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モラルハザードっていうのはどうして産まれたのか

少し前からモラルモラルという言葉が増えてきたけれど

自己顕示欲の強さから出てきたものじゃないのかと思う。


逆のパターンもあって

自己主張に臆病になりすぎるパターンっていうのは

上の意味とは違った意味で協調性がないと捉えられたりもする。


いつの時代にもあったと思われるモラルハザード。

最近のは自己顕示欲の強さのものが顕著。

自分のやりたいようにやる、他人を思いやらない、後先かえりみない

でもこれも時代のせいかもしれない。




昔と今の違うところは


「なんとかなる」部分



「なんとかしようとしない」部分




「なんとかなる」というのはなんともしようとしてない本人の考え方

「なんとかしようとしない」はほっといたらなんとかなるどうという周囲の考え方






「なんとかなる」のは当事者であって被害者はどうにもならない

「なんとかしようとしない」のは周囲もそうで当事者にもどうにもできない



この繰り返しが今のどおり。



テレビでモラハラについてやっていたけれど

やっているやっていないに限らず


当の本人が全く気づいていない事が問題だろう。



周りが止めてやる、抑止してやるのが一番いいのかもしれない。

ただそれではもう遅いのだ。




未然にそれを防ぐといった意味では

育て方の問題というのもあるだろう。


そうなってしまうと水掛け論になるのでどうしようもない。





最悪の結末に至るまでに自分で気づけない限り

最悪の結末を迎えるしかないのかもしれない。