【汚染】原発100キロ、会津若松で18万ベクレルのセシウム検出
2011.8.17 | ウサギ1号
上の地図は早川教授が作成した汚染地図で、会津若松の場所に印を付けた物です。
東京の道路脇の砂塵や横浜市のマンションの屋上の堆積物から、それぞれ6万ベクレル以上検出されていますので、原発から100キロなら18万ベクレルくらい検出されても不思議はありません。
このような場所を全て計測し、速やかに除染を行って頂きたいですね。
▶新潟ガソリンスタンドの洗車場汚泥からセシウム 最大9万ベクレル検出
▶横浜市港北区のマンション屋上溝の堆積物 セシウム合計6万3千ベクレル
▶【汚染の実態】首都圏土壌調査の結果
以下は、日本経済新聞より一部引用します。
原発100キロ、会津若松で18万ベクレルのセシウム検出
福島地裁会津若松支部(福島県会津若松市)の敷地内にある側溝の一部で採取された汚泥から、1キログラム当たり約18万6千ベクレルの放射性セシウムが検出 されたことが16日、分かった。福島地裁(福島市)が明らかにした。支部は東京電力福島第1原発から西に約100キロ。今後、県や会津若松市の指導を受け除去する方針。
雨水などが流れ込む場所には土壌などに降り積もった放射性物質がたまりやすく、汚泥から高濃度のセシウムが検出されるケースが相次いでいる。新潟県柏崎市と刈羽村のガソリンスタンド洗車場の汚泥からは、最大で同9万ベクレルが検出された。[記事全文]
日本経済新聞 2011/8/16 23:59
http://s.nikkei.com/r6P9Je
斑目は、記者会見で、こう言ったのです。
「安全委員会には(原発)を止める権限はありません」。
02:40より、斑目が、驚天動地の発言をしています。
歴史に残る迷言になるでしょう。
(以下は、経産省・保安院に原発の安全管理を丸投げ—原子力安全委員会のお寒い実態より抜粋して文章をつなげます)原子力安全・保安院は、1月から定期点検中で調整運転が続いていた泊原発3号機について、10日までに営業再開に向けた最終検査を終え、「特段の問題はな い」との検査結果を原子力安全委員会に報告した。原子力安全委員会はこの報告を確認し、班目委員長は「保安院が責任を持って適切な判断をしていただきた い」と述べた。
OPTVstaff さんが 2011/08/13 にアップロード
北海道電力の泊原発3号機の営業運転再開に関し、内閣府の原子力安全委員会は11日、「法的に判断する立場にはない」として、事実上承認した。
泊原発3号機は、今年の1月に定期点検に入った原子炉で、福島第一原子力発電所の事故直前の3月7日から、定期点検の最終行程にあたる調整運転を続けていた。
今回の営業運転再開は、経済産業省の意向を受けたもので、8月8日、北海道電力が保安院に対して申請を行い、8月9日と10日の2日間、経済産業省原子力安全・保安院による総合負荷性能検査が行われた。
11日の安全委員会では、保安院から「技術上の問題はない」とする報告を受けた後、10分程度の質疑が行われただけで、事実上、営業運転を承認。班目委員長が、「定期点検については、規制機関である保安院が行うもの」として、安全委員会として独自の見解は示さなかったことから、会場は騒然。傍聴していた市民らからは「安全委員会には二重のチェックを行わないのか」「きちんと審議して、独自の見解を示すべき」といった怒号が飛び、班目委員長は途中退席。予定していた審議を残したまま終了した。泊原発3号機は、他の原子炉の運転再開の要件となっているストレステストは行われていない。
福島老朽原発を考える会や美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会など3団体は、原子力安全に委員会の姿勢に対し、「原子力安全委員会の二重チェックは嘘だった」として泊原発の本格稼働再開は許されないとの声明を発表した。
泊原発の営業運転再開に関しては、今後、北海道の高橋はるみ知事が承認するかどうかが焦点となった。※通常、原子炉は、営業運転を開始してから13ヶ月で定期点検を行うことが定められている。定期点検は通常、約2ヶ月程度の点検の後、最終段階である1ヶ月程度の調整運転を行い、地元への理解を得た上で、2日にわたる保安院の最終点検(総合不負荷性能検査)を実施。営業運転に入る。しかし、泊原発3号機は、福島原発事故の影響で、5ヶ月間もの間、調整運転を行っていた。)
東関東大震災と放射線の人体への影響を考える3/4
京都・大文字の送り火の薪と日本の指導者
京都の大文字送り火の時に被災地の薪を使う問題で、批判が強く市長は「残念」という言葉を残して中止を決断した。
福島原発事故が起こってから、日本の指導者の覚悟が次々と試され、次々とその覚悟のなさが露呈された。それは、政治家、官僚、専門家、マスコミ、そして普段から立派な見解を述べる一般市民も同様だった。
福島原発3号機が轟音と火花をあげて爆発し、その爆発煙が空高く上がったのに、それを「もやが上がっている」と表現し、映像はできるだけ小さく見せた。
基準値の3355倍のヨウ素が検出されても「直ちに健康に影響がない」と政府は繰り返した。
その一方で、東電が作業員に対して1年1ミリシーベルトを超える被曝をさせたとして政府は東電を処分した。
やることなすこと、メチャクチャな5ヶ月だった。そして臆病風はまだ吹いていて、その一つが今度の京都の薪事件である。もちろん、薪を使うという原案は臆病風に吹かれた決定だった。
どうしてそうなったのだろうか? いつまで続くのだろうか? 私たちは京都のことに力を得て、覚悟をもった責任ある指導者を求めて行きたいと思う。(音声ファイルがついています。)
「takeda_20110813no.60-(5:56).mp3」をダウンロード
(平成23年8月13日 午前11時) 武田邦彦
一転セシウム検出で「被災松」の送り火中止
京都の薪事件・・・セシウム入りの薪は・・
使われなかった・・・当然だよね・・・
でも・・なんで検査してから、京都へださなかったんだろうか・・









