辞めた後考えるとうれしくて 首相ポロリ
2011年8月13日 朝刊 東京新聞
「気持ちがなえて辞めることだけはしたくなかった」。菅直人首相は十二日昼、官邸での民主党の石井一副代表らとの会合で、自らの退陣を明言したことに関し、こう語った。東日本大震災以降、批判を浴び続けてきたが、公債発行特例法案などの成立にめどがつき、首相としての責務を果たしたとの思いを示したかったようだ。
会合には同党の衆院若手議員ら約二十人も同席。首相は一年二カ月余の政権運営について「自分も野党の時は随分(首相を)攻めたが、攻められるのがこんなにつらいとは思わなかった」と振り返った。次期政権の課題となる与野党協力に関しては「野党は甘くないぞ」とくぎを刺した。
六月の内閣不信任決議案については「否決できたが、五、六十人も造反すれば政権運営は不可能になっただろう」と述懐。
退陣後はバイオマス(生物資源)の活用に携わりたいとした上で「辞めてからのことを考えると、うれしくて仕方ない」と軽口もたたいた。
延命策尽きた菅首相、最後は夫婦そろって後ろ足で泥かけ
2011.8.15 08:22
ありとあらゆる延命策で政権にしがみついてきた菅首相も、やっと退陣するらしい。やることなすことヘマばかり。この人が首相になってからの1年間というもの、日本に何か一つでもいいことがあったろうか。「戦後最悪の首相」のレッテル通り、去ったあとにはそれこそペンペン草も生えていないだろう。
おまけに、伸子夫人は「先のことはわからない。日雇い労働者が政治家だから」と宣わったとか。非正規労働者をはじめ、庶民を見下すような発言ととられても仕方ない。4割を自主返上したとはいえ、なお約260万円のボーナスを亭主がもらい、夫婦で豪華な外食ができるのも庶民のおかげではないか。
それなのに、夫婦そろって国民に後ろ足でドロをかけてやめていくのか。首相は退陣後、「前首相として邪魔にならない程度に活動していく」とか。ご自由にどうぞだが、「私には四国八十八カ所のお遍路を続ける約束が残っている」という、あの約束事はどうなるのだろう。04年に53番札所まで回り、続きは54番の「延命寺」からのはずだ。
約束は実行すべきだが、八十八カ所の前に方角を北にとり、被災地を回る慰霊と謝罪の旅に出たらどうか。原発事故の対応のまずさや、5カ月もたって遅々として進まぬ復興計画の遅れなど、被災者を奈落の底に突き落とした責任の重さは計り知れない。「自らの責任を痛感し心からおわびしたい」と頭を下げるべきだ。
退陣後は国会など出ようが出まいが、誰も関心がなく、文句も出ないのではないか。被災地をくまなく回り、慰霊とおわびが済んで心の汚れが取り除かれた後の巡礼再開なら、開祖弘法大師も受け入れてくれるだろう。(サンケイスポーツ 今村忠)
「あの人はずっと楽でした」 伸子夫人、記者団に語る
2011.8.13 産経
あの人はずっと楽でした-。菅直人首相の伸子夫人は12日夜、都内の居酒屋で首相と会食後、記者団にこう語り、夫の首相としての生活について「きついことは一回もなかった気がする」と振り返った。
首相はこの日、夫人や友人らと赤坂の居酒屋で会食した後、秘書官と2軒目の居酒屋へ。首相退席の約1時間後に店を出た夫人は記者団に「今後は政治家にはストレステスト(耐性検査)が必要だ。それをクリアできないと首相はできない」と語った。
与野党から退陣を迫られてきた夫を見守ってきた夫人にとってはこちらが本音だったのか。
退陣後の9月以降、首相は何をするのかと尋ねられると「そんな先のことは考えていない。日雇い労働者が政治家だから」とはぐらかした。
死者・行方不明2万人・・
大きな被害をもたらした、東日本大震災と復興は・・
爆発した・・原発の処理は・・
遅れている・・・ほかにも、問題山積み・・・
被災地へのの責任はどうするのか・・
ほーんと・・不謹慎だ・・
代表選は,8/31頃・・??
