東京リーシングと土地活用戦記 -101ページ目

東京リーシングと土地活用戦記

ニーチェ・ツァラトゥストラの言葉「神は死んだ、神なんかもう信じるな」「強い風が吹く所に一人で立て!そこは非常に厳しいけれど、人間自分自身が主人公だ!風を受けて孤独になれ!」「真理などない。あるのは解釈だけ」いいねー。スバム読者申請コメント削除します。

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鳩山氏、重ねて引退撤回の意向「最終判断は今年中に」

2010年10月25日23時20分朝日

   【ハノイ=今野忍】ベトナムを訪問中の鳩山由紀夫前首相は25日、ハノイ市内で記者会見し、「国難というべき時に、自分だけ首相を終わったから『はい、さようなら』では失礼ではないか、との思いが募っていることは事実だ」と述べ、政界引退を撤回する意向を重ねて示した。

 鳩山氏は会見で「後援会や若手議員から『お前の仕事は終わっていない、むしろしっかりやってもらいたい』との意見をたくさんちょうだいした」と強調。「最終的な判断は、後援会のみなさんに、できれば今年中に申し上げたい」と語った。

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鳩山前首相:引退撤回「党での役割投げ出せず」

 【ハノイ共同】民主党の鳩山由紀夫前首相は24日夕(日本時間同日夜)、訪問先のベトナム・ハノイで同行記者団と懇談し、首相退任時に次期衆院選には出馬しないとしてきた自らの去就について「議員を続ける方向に気持ちが傾いてきている。今年中に結論を出す」と述べ、政界引退の方針を事実上、撤回した。最高指導者を務めた政治家の進退にかかわる「発言のぶれ」に、野党が「言行不一致」との批判を強めるのは必至。民主党内からも疑問の声が出る可能性がある。

 理由について「民主党の状況が思わしくない。自分なりの役割を投げ出していいのかという、いろいろな声をもらっている」と説明。その上で「自分の判断を前向きに変えないといけないかなと思う」と強調した。

 鳩山氏は首相就任前に「首相として仕事をした後、影響力を残すことは控えた方がいい」と指摘。退陣表明した6月には「首相を辞めた人が影響力を行使しすぎてはいけない。私は次の総選挙に出馬しない」と明言し、次期衆院選に出馬せずに政界を引退する考えを示していた。


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鳩山氏国会招致は不要と首相 「政治責任取った」

2010.10.25 sankei

 参院予算委で答弁する菅首相=25日午後

 菅直人首相は25日午後の参院予算委員会で、野党側が求める鳩山由紀夫前首相の国会招致について「(偽装献金事件に)関係する裁判などはすべて終了し、首相辞任という一番重い政治責任を取った」と述べ、必要ないとの認識を示した。
 鳩山氏が残っていないと国会で答弁した会計資料のコピーが、保管されていたとの野党の批判に対しては「鳩山氏の個人的な政治資金の話で、直接知る立場にない」と述べた。自民党の森雅子氏は虚偽答弁だとして、鳩山氏らの証人喚問と会計資料の提出を求めた。
 中国漁船衝突事件や一連の検察不祥事を理由とした検事総長の罷免に関しては「検察に人事権を行使することは考えていない」と否定。柳田稔法相についても「罷免することはまったく考えていない」と強調した。


鳩山氏引退撤回「本人の判断」=首相

 菅直人首相は25日夜、鳩山由紀夫前首相が今期限りで引退する意向を事実上撤回したとの報道について「政治家の出処進退というのはご本人の(判断する)ことだ」と述べた。首相官邸で記者団の質問に答えた。(2010/10/25-時事22:52)


鳩山氏が政界引退撤回批判に反論

 ベトナム訪問中の鳩山由紀夫前首相は25日、ハノイ市内で記者会見し、政界引退の撤回に批判が出ていることに対し「国難といえる時に、自分だけ辞めて『はい、さようなら』でいいのか」と反論した。ベトナム訪問も国会議員の活動の一環であることを強調した。(共同)

 [2010年10月25日23時53分]



盾する言葉の連続・・・同日も・・・

もっとしっかりしてほしいけど・・無理ですかねーーーー

嫁さんと、農業やるっていっていなかったっけーー??


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2010.10.23 東急グループ剣道大会19回







土曜日は、東京は、ひさびさの秋晴れ!!!

横浜の都市大学体育館にて・・

東急グループ剣道大会19回に、行ってきました!!

70人程の人数です。

Sさんの二刀流は、さすがにめだつ!!

大会終了後、港北のスパで、お風呂に入り

みんなで大宴会でしたーーー

ありがとございましたーー

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60%の国民が消費税率引き上げを是認しているというのは嘘だ??

藤井裕久・元財務相 - 10/10/13 | 20:38

 中長期的な税制や社会保障のあるべき姿について話し合う民主党の「税と社会保障の抜本改革調査会」の第1回勉強会が13日、国会内で開かれた。会長の藤井裕久・元財務相は「参院選や代表選など、一連の動きで民主党の社会保障や税制(に関する考え)がぼやけている。会の目的はモヤモヤしているものを元に戻し、原点に戻ろうということ。これからの経済運営は直接働く人に(お金を)渡すのが本流。ひとつにまとめた大きな形で提言したい」とあいさつした。

 同調査会ではあくまで制度の骨格に関する議論を行い、具体的な金額に関する提言は行わないが、今後週2回のペースで議論を重ね、年内に調査会としての案を取りまとめることにしている。

 民主党は、2009年の衆院選マニフェストで、社会保障や雇用、教育などの分野でいくつかの目玉政策を掲げた。たとえば、子育て関連では年額31万2000円の子ども手当(予算総額5・3兆円程度。以下いずれも民主党マニフェストより)を創設。

 また、年金は、すべての国民の年金制度を一元化し、所得比例年金、消費税を財源とする最低保障年金を創設。すべての国民が月額7万円以上の年金を受給できるような年金制度に作り替えるとした。また、医療制度では、後期高齢者医療制度を廃止し、将来は被用者保険と国民健康保険を段階的に統合、地域保険として一元的運用をはかるとしている。


 この日は、過去の民主党の社会保障に関する提言や議論を振り返るとともに、役員人事や政府税調、党税調との役割分担について確認した。質疑応答の中で、税は公平、透明、納得の三原則が提示され、藤井会長は「われわれは一番に公平を出していく。最高税率を上げることはあまり意味がない。最高税率を払う人は納税者の5%でどこかへ行ってしまう。むしろ低所得の人にメリットがいくように、給付金付き税額控除や控除から手当てへ、という方向にものごとを持っていき、公平性を担保していきたい」と述べ、税制に関する議論の方向性を示した。

 また、納税者番号制も正面から議論に取り上げるとしたほか、中期的には議論が避けられない課題である消費税についても、「60%の国民が消費税率引き上げを是認しているというのは嘘だ。すぐに(世論は)変わるので環境整備しないといけない」(藤井氏)と述べたうえで、(1)目的税化、(2)国と地方の分担、(3)行政の無駄の排除、(4)他税の不透明な部分の改善、など消費税議論にあたっての4つの論点を示した。
(山田 徹也 =東洋経済オンライン)



ちょっと前の、現政権の閣僚・・

民主党、藤井裕久・元財務相・・

60%の国民が消費税率引き上げを是認しているというのは嘘だ

って・・どうなっているのかねーー!!!



タクちゃん ねんねです・・

昨日は、新宿で、土地活用1600坪

、世田谷で、一階115坪の内外装ーーー・・

打ち合わせー・・・・・でしたーーーヽ(゚◇゚ )ノ

最近は、東京の天気、パットしないねーーー
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ケニアで2万人の子供が集まって手洗い、ギネス記録に挑戦


 [Kikuyu(ケニア) 15日 ロイター] 「世界手洗いの日」の15日、ケニアの首都ナイロビ近郊のKikuyuでは、地元の小学生ら約2万人が集まって手を洗うというギネス世界記録に挑戦するイベントが開催された。

 主催者発表によると、参加した児童の数は1万9352人という。

 これまでの世界記録は、昨年の「世界手洗いの日」にインドのチェンナイで樹立された1万5150人


心暖まる、瞬間ですね!!
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霞が関の現役官僚が語る「公務員制度改革は、こうあるべきだ!

古賀茂明(前国家公務員制度改革推進本部事務局審議官)/asahi stand:一色清2010年09月02日

 挫折したかに見える民主党政権の公務員制度改革。霞が関きっての「改革派官僚」で、国家公務員制度改革推進本部事務局などで関連法改正などを進めてきた古賀茂明氏が語る、民主党政権による「改革」の限界と、大胆で有効な公務員制度改革の道筋とは——。

 ■古賀茂明(こが・しげあき) 1955年生まれ。80年、東大法学部卒業。同年、通産省(現・経産省)に入省。2003年、産業再生機構執行役員。経産省の経済産業政策局経済産業政策課長などを経て、08~09年に国家公務員制度改革推進本部事務局の審議官を務めた。

 ——現在、古賀さんは経済産業省の大臣官房付という役職にいますが、その経緯からお話ください。


古賀茂明氏
 大変申し訳ありませんが、具体的な人事の経緯は「対外秘」ですので、お話しすることはできません。言えることは、昨年12月17日まで国家公務員制度改革推進本部の審議官をしていましたが、仙谷(由人)担当大臣の方針で幹部入れ替えがあったため、経産省に戻され、そのまま今日に至ったということだけです。また、今日お話しするのは、私の個人的な考えで、経産省や政府の立場とは関わりがないということも、あらかじめ申し上げさせていただきます。

 ——「報復人事」などと一部では言われていますから、大変難しい立場におられるんだなということがひしひしと伝わってきますね。我々の取材では、大臣官房付にもいろいろな場合がありますが、古賀さんのようなケースは、イレギュラーな時期にポストを外れたための「待命ポスト」ということですよね。年明け1月頃、あるいは遅くとも春には新しいポストに移るのが普通ですが、結局、4月も7月も何もなかった。その間、天下りを提示されたが、これを拒んだとも伝えられていますが、真相はどういうことなんでしょうか。

 まず、私のケースについてということではないですが、天下りについて、今何が起きているか説明しましょう。民主党政権は「天下り根絶」を掲げていましたが、独立行政法人などへの現役出向や民間企業への派遣は厳密な意味では天下りではないからということで、これを積極的に進めようとしています。これは参議院選挙などに国民の関心が集中していた時に打ち出されたのであまり知られていませんが、かなり大胆な方針変更です。また、霞が関を辞めてOBの斡旋で民間に移る場合、「役所が斡旋しなければ天下りには当たらない」とされていて、同僚や先輩・後輩たちの多くもそうした人事に従っています。

 しかし、出身官庁に戻ることが前提の現役出向であっても、ポスト維持のために無駄な仕事を増やしたり、民間との間で不透明な癒着が生じるという点では天下りと同じです。特に今回進められている現役出向や民間派遣の拡大は、政権の意図とは違って、官僚側は、「天下り禁止で上が詰まってしまったので、その手前で外に避難場所を民間企業などのコスト負担で作り、ポスト不足を解消しよう」という目的で実施しようとしていますから、今までの天下りと同じ弊害が出る危険性は高いと言わざるをえません。私は、もちろんこの制度の拡大には前から強く反対していました。

 もちろん、人事権者の発令で一方的にそういうことが行われる場合は私も従わざるをえませんが、例えば、現役出向の場合は、形式的に一度退職して公務員の身分を失うかたちになります。その際、クビになるのではなくて、自発的に辞職願を出す。本人が国家公務員じゃなくていいと言っているから独法に、という形にするのです。同じように、民間企業への派遣時にも、本人同意の手続きが必要です。つまり、そこに行くかいかないか、自由意志の選択を迫られるわけです。私はもともと「現役出向は形を変えた天下りだ」として反対の立場をとっています。ですから、仮にそういうオファーがあったとしたら、それは踏み絵を迫られるようなものですよね。

 こうした意向は前々から人事当局に伝えてありましたので、具体的なことは言えませんが、7月の人事でも、結局、次のポストが人事当局として手当てできない結果となったようです。

 ——古賀さんは今年、55歳になられたそうですね。これまで経済産業政策局中心にいろいろな実績を重ねて来られましたが、そのキャリアを考えると当然、経産省で何らかの責任ある役職に就くのが自然な流れだと思いますが。

 大臣(直嶋政行経産相)から見れば、大きな仕事を進めるような、しかるべきポストには使いにくい理由があるということなのかなあとも思いますが、正直わかりません。

 ——経産省では7月に新しい事務次官が就任しましたが、これで古賀さんの処遇が変わることはないのですか?

 私としては、これからも思い切った改革のために仕事をしたいという気持ちはありますから、そういうことは新体制になった人事当局にも伝えていきたいと思っています。現実にそうなれば嬉しいのですが、あくまで、任命権者は大臣ですから、最終的には大臣の考えが変わらなければ、私はこのままの状態に置かれるのかもしれません。

 ——その場合、古賀さんはどうされるのですか?

 今の政権では君のような者は「使わないよ」と言われているということがはっきりしたら、そのなかでどうするのか、ということを考えなければいけないわけです。

 ——しかるべく処遇されない原因は、公務員制度改革推進本部事務局の審議官として古賀さんが主張し、推進してきた公務員制度改革が、民主党政権とかなり異なった、もっと抜本的な改革だったためだ、と考えていいでしょうか。

 私は、むしろ民主党政権になって、自分の考え方に沿った改革が実現できるチャンスが高まったと思いました。一緒にやっていた若い人たちも同じ気持ちでした。しかし、実際には、私が主張した改革は、政府や霞が関から見れば相当、過激だったということのようです。本当に思い切った改革の主張を前に進めようとすると、霞が関内部で既得権を守ろうとする人達からも足を引っ張る人が多くなるのは当然です。今までの霞が関のルールのなかで各省庁、仲良く仁義を守ってやっていきましょう、という世界では難しいということでしょう。

 ——結局、古賀さんに何か仕事を与えても官僚側が一致団結してつぶしにかかるから政権としても使うのはためらわれるということなんですね。


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民主党政権「脱官僚」というウソ、国民の期待を裏切る天下り規制の骨抜き

10/10/05

古賀茂明・前国家公務員制度改革推進本部事務局審議官


 民主党政権が誕生して1年。民主党が強く主張していた「政治主導」と「脱官僚」は、まったくの看板倒れとなるおそれが出てきた。「脱官僚」を示すはずの国家公務員法改正が一向に進まないだけでなく、公務員の再就職・天下りについて、自民党時代より緩和される動きが顕著になってきた。
 
 筆者は福田政権時代から、公務員制度改革推進本部でプラン作りに取り組んできた。昨年、民主党が政権に就いたときには、制度改革が一気に進むのではと期待していた。

 しかし菅政権の下では、制度改革どころか、官僚の天下り促進策と既得権益の拡大が進んでいるように見える。6月22日に閣議決定された、国家公務員の「退職管理基本方針」では、「天下りのあっせんを根絶する」とうたっているが、逆に、事実上の天下りを容易にする方法と、出世コースから外れた官僚の救済策が用意されている。

 民主党がマニフェストで主張した天下りの根絶とは何を意図していたのか。原点に戻って出直してほしい。

行き場のない幹部用に専門職ポストを新設

 「基本方針」の何が問題なのか。具体的に見ていこう。

 第一に、独立行政法人(独法)への現役出向や、民間企業への派遣の拡大を認めたことだ(独法への出向は現役出向、民間企業へ異動することは派遣と呼ばれているが、本稿では厳密に区別しない)。

 第二に、独法の役員ポストについては、昨秋から公募が義務づけられたが、現役出向で就く場合は公募しなくてもよいとしたことだ。

 第三に、高位の「専門スタッフ職」を設け、部長級以上の幹部を、ライン管理職とは別に高給で遇する仕組みを作ったことだ。

1番目の民間企業への派遣拡大はどこに問題があるのか。すぐにはわかりづらいかもしれない。

 中央官庁では60歳の定年を前に、各省庁の大臣官房が中心になって再就職先の斡旋を行ってきたが、安倍政権での国家公務員法改正で禁止された。官と民の癒着を防ぐ観点から、極めて妥当な法改正であった。

 ところが菅政権は、国家公務員法で禁じられたのは定年前の「勧奨退職」に伴う天下り斡旋であり、中高年の現役職員の出向や派遣は退職者の斡旋には当たらないとした。これにより天下り規制は有名無実化するおそれがある。

 天下りが問題視されるのは、省庁による民間企業への押し付け人事や、官と民との不明朗な関係を生むからであり、公務員が退職しているか現役かは関係ないはずである。にもかかわず、「基本方針」では「公務員時代の専門知識を民間で活用する」「官民との交流を深める」という美名の下、中高年職員の実質的天下りが推奨されている。

 2番目の、現役出向者が独法役員に就く場合は公募しなくてもよいとの改正は、それを正当化する理由が見当たらない。政治主導で所管大臣が独法役員を選任するから公募しなくてもよいというのが唯一の理由らしいが、政治主導を隠れみのにした官僚の利権拡大にしか映らない。

 3番目の、専門スタッフ職の新設は、次のポストがない部長、局長経験者などを遇するためにひねり出された仕組みである。すでに出世コースから外れた課長級以下のための「専門スタッフ職」があるが、その上位版である。高齢のキャリア官僚に年収1000万円以上を保証するこの仕組みは、官僚の既得権拡大と評されても仕方ないものである。

 そして6月の「基本方針」を具体化するために、すでにいくつかの措置が講じられている。

 7月、企業に出向していた期間も退職金の算定対象となるよう政令を改正し、その対象となる企業を追加した。これによりNTTグループや日本郵政グループ、JR、高速道路会社などへの出向は、公務員在籍と同じに見なされる。

 8月には人事院規則を改正し、これまで部長・審議官以上の幹部は所属する省庁の所管業界へは派遣できなかったのを、部長・審議官は担当する局の所管業界へは派遣できない、に変更した。つまり局長級は従前ルールと変わらないものの、部長・審議官は直接担当する局が違えば、その省が所管する民間企業にいくらでも派遣できるようになったのだ。

 さらに癒着防止のためには、民間企業への派遣終了後の再就職を禁じるべきなのに、役所に戻って定年退職した後なら再就職を認め、勧奨や自己都合退職でも一定の範囲でこれを認めてしまった。これでは中高年の職員は企業に派遣されている間に当該企業と密約をして、退職後に雇用してもらうことも可能となる。

人員減や人件費費減を具体的に打ち出せず

 公務員制度改革をめぐる最大の問題は、公務員は国民のために仕事をしているという信頼が国民の間では完全に失われていることだ。この信頼がないまま、たとえば増税のような痛みを伴う大きな改革は実行できない。昨年、総選挙で圧勝した民主党への国民の期待は、官僚に対する失望の裏返しでもあった。公務員を国民のために働く集団に変えることは最優先課題であるが、実現の道筋が見えない。

 その一つの理由は、民主党のマニフェストにある。天下りを禁止し、定年まで働けるようにするという。普通にやれば、高齢者が滞留し人件費は増加する。現に総務省は人件費は2割増えると試算している。他方、マニフェストでは総人件費2割削減を約束している。二つを実現するには、給与と人員の大幅カットが必須になる。

 しかしマニフェストでは、給与は労使交渉で決めるとし、定員も見直しとしか言わず、いずれについても下げるとは書けなかった。有力支持団体である官公庁の労働組合に遠慮しているとしか思えない。

 もう一つは、天下り緩和だけでなく、さまざまなところで見られる政治主導の後退だ。

 中高年公務員の既得権維持政策の多くは、昨年初めから官僚側が内々に進めてきた検討の結果に沿っている。官僚主導といわれた自民党時代でさえ批判を恐れて棚上げにしていた、官僚に都合のよいお手盛り政策を、民主党は受け入れたように見える。公務員改革を公務員にやらせるのでは、実のある改革などできるはずもない。

 給与や定員に手を付けないまま、公務員が定年まで働こうとすれば、必然的に採用を減らさざるをえない。政府は来年の新規採用者数を4割削減するとしている。いつまでも中高年が上につかえており、しかも新卒が入ってこないのでは若手・中堅の士気は下がってしまう。私のところへも、若手官僚から「中高年優遇の人事政策はやめてほしい」という、悲鳴にも似たメールが来ている。

国家公務員法の抜本的な改正が必要

 中高年官僚の行き場対策として、前述のような民間企業への派遣拡大が打ち出されたが、本当に必要なのは年功序列で昇進・昇級していく現在の制度の抜本的な見直しである。

 公務員は法律上、身分が保障されている。これを少なくとも、中央省庁の部長級以上は民間の取締役のように任期制にして、政治主導の人事ができるようにすべきである。厳格な目標設定と評価を行い、目標が達成できない幹部の入れ替えを果敢に行う。もちろん、民間、あるいは若手からも思い切って登用する。

 恒常的に新陳代謝を促すためには、長くしがみついていれば得をする、現行の給与法を抜本的に改めることも必要になる。たとえば給与は、50歳以降はしだいに減るようにして(60歳までに3割程度)、長く在職すれば退職金も減る仕組みにする。役職定年制も導入する。

 さらに組織に緊張感をもたらし、有能な人材を活かすため、各職階ごとに人員の最低1割を毎年無条件で入れ替えるようにする(Jリーグのように下位を強制的に入れ替える方式)。

 公務員の最高ポストとしての事務次官ポストも廃止してよい。少なくとも民主党政権では政務三役が実質的な省庁の司令塔として機能している。省内の取りまとめや省外との調整は、政務三役に一本化するのが合理的だ。たとえ民主党が下野することがあっても、政治主導は継続し、事務次官は廃止するのが筋である。

 こうして個々人が自らの評価を認識し、残るよりもやめたほうが得になる場合もあるという仕組みにすることで、天下りなどに頼らず早期退職することも選択肢になる。

 日本の財政事情は、民間企業で言えば倒産寸前の状態である。民間では、危機に瀕した企業は当然のごとくリストラを行い、人件費の抑制を図る。公務員だけがリストラの対象外という、これまでの常識は通用しない。

 民主党政権の事業仕分けによって、不要な事業はさらに出てくるだろう。中央省庁では公務員の仕事は確実に減っていく。仮に公務員の定員に手を付けず、リストラも行わないとすれば、潜在的な失業者である中高年職員が極めて高額の年収をもらい続けることになる。ずいぶんと高額な失業対策である。

 キャリア組だけでなく、ノンキャリア組も含め、50歳近くになれば800万~1000万円前後の年収を得ている公務員はたくさんいる。一方で年間200万円の支援があれば生活が助かる民間失業者もいる。たとえて言えば、民間の失業者5人を助けるのか、官の失業者1人を助けるのかという設題である。両方を助ける財源はない。どちらを助けるのが正義か。公務員は自ら問うて、答えを出すべきだ。

 公務員の人件費2割削減を実現するには、人員で10~15%カット、給与も10%程度はカットせざるをえない。こうしたことは数値目標を決めて果断に行うほかない。公務員リストラ法の制定も必要である。
(本稿はすべて筆者の個人的見解である)

こが・しげあき
1955年生まれ。80年通産省入省。産業組織課長、産業再生機構執行役員、中小企業庁経営支援部長などを歴任。昨年12月まで国家公務員改革本部の審議官。現在は経産省大臣官房付。

■Column■「官房付」という塩漬け人事 過激すぎた改革派官僚

 古賀茂明氏は昨年12月から経済産業省大臣官房付というポストにある。大臣官房付は異動待機ポストであり、9カ月もここに留め置かれるのは異例のことである。古賀氏はそれまで国家公務員制度改革推進本部の審議官として、事務次官廃止を主張するなど改革派官僚の筆頭と目されていた。
 
 「脱官僚」を掲げる民主党政権が成立した昨年9月、仙谷由人行政刷新担当相(現官房長官)から、大臣補佐官への就任を打診される。事務次官の廃止や、省庁・各局の柔軟な統合、天下りの全面禁止などを古賀氏は進言する。ところが最終的に古賀氏の補佐官就任は見送られた。あまりに大胆な提案に官僚組織の総本山、財務省から強い反対が出たためだという。日本郵政の社長に齋藤次郎元大蔵事務次官が就くことが決まったのは10月であった。

 古賀氏はこの6月、『週刊エコノミスト』に実名で論文を寄稿し、民主党政権の公務員制度改革を批判した。この時点では「退職管理基本方針」は閣議決定されていなかったが、天下り促進策となっているのは、今回の小誌寄稿論文のとおりである。

 エコノミストへの寄稿と相前後して、経産省から、まさに古賀氏が問題視する「民間企業への派遣」という形で、退職勧奨を受けた。霞が関関係者によると現在より年収アップの好条件を示されたという。古賀氏はこれを断り、官房付として今に至っている。菅新内閣の大畠章宏経産相が古賀氏をどう処遇するか注目が集まっている。(週刊東洋経済編集部)


(週刊東洋経済2010年10月2日号)


日本中に蔓延している・・

特殊法人・・天下り・・渡り・・

平均1000万円の公務員給料・・400万人・・高額な退職金

1000万円×400万人=40兆円!!??

日本の税収=43兆円!!??

放漫財政により積み上げられた、

国民の負担と言う、900兆円の借金・・

日本を蝕んでいるもの・・

原因が分かっているのに・・

どうなってしまうのか・・・



第159回国会 総務委員会 第14号
平成十六年四月二十二日(木曜日)

政府参考人(松田隆利君) 常勤の職員、大臣等も含めましてですが、百四十万人強でございますので、それに非常勤の職員、先ほど申しました非常に雑多なものが、いろんな種類のものがございますが、それを単純に合わせますと二十三万人でございますから、百六十四万人というのが国関係ということでございます。
○松岡滿壽男君 その辺がちょっと非常に分かりにくくなるんですよね。
 今回のように、五十三万四千人を今度は三十三万人にするんですと、定数は、こういうのが新聞に出ると、国民から見れば、ああ、国は随分努力して二十万も減らしているんだなと、これは一つの数字的にはそういう取り方しますね。しかし、実態は、やはり臨時職員、これも恐らく非常勤とは言いながら常態化しているんじゃないかと思うんですよ、実際に。そうすると、トータルでは、表向きは三十三万一千人だと言いながら、実際は百六十四万人やはりいわゆる準公務員いるわけでしょう。これは非常に国民から見ると分かりにくい。いわゆる、官僚の中での数の操作をしておるという取り方。
 それと、一番今大事なのは、国、地方が一体どのぐらい借金しているのかと。それで、一体国民の税金で仕事をしておられる方々は何ぼいて、国税収入は四十二兆しかない、それから地方税収入は三十二兆しかない、合わせて財源は七十四兆しかないのに、借金は七百兆とは言いながら実際は千二百五十兆あるんじゃないかという一つの疑念
 それと、人件費というものが一体どのぐらい掛かっているのかと。これを積み上げていくと、かなりの数字に国、県、市の公務員の数、準公務員の数がなってくるわけでしょう。そうすると、仮にそれを積み上げて、先ほど言いましたように、七百万、仮におられるとすれば、六十兆円近いものがやはり人件費として使われていると。片山大臣ともこの総務委員会でやり取りしたことがあるんですが、二十二万人いわゆる臨時に職員がいると、それは人件費でなくて物件費で見ているんだということを言われましたけれども、その当時から比べてももう既に、今御説明ですと二十三万人ですから、一万人増えているわけですよ。
 それで、私は、総務省が合併のときに出した資料、確かに人口五千人以下の市町村では税収が一とすれば人件費が二・二ですよと、それから一万人以下の市町村では税収が一とすれば人件費が一・二ですよということは非常に分かりやすい、説得力のある私は数字だったと思うんです。
 そうすれば、国と県と市町村、それぞれ税収と人件費との釣合いですね、こういうものをやはり明確に国民に示して、だからこういう痛みに耐えてもらって改革しなきゃいかぬのですよということを言えば説得力があるんですけれども、これはもう民間でいったら、例えば収入が七十四兆しかないのに、仮にですよ、六十兆円も人件費使っていたら成り立つ話では全然ないわけですよ。民間は死に物狂いで生き残りのために合併したり、どんどんどんどんいろんな、死ぬ思いで効率的な仕組みをしながら生き残っているわけでしょう。


■2010/10/18 (月) さるさる日記 竹原信一

侍vs官僚労組、労組の飼い犬


天木直人のメールマガジン

公務員改革の欺瞞を国会で糾弾した古賀茂明氏を応援する

【抜粋はじめ】
15日の参院予算委員会における小野次郎議員(みんなの党)の質問中に、経済産業省現役キャリア官僚の古賀茂明氏が政府参考人として答弁した。

 古賀氏は現職の官僚でありながら時の民主党政権の目玉政策である公務員改革がいかさまだと国民の前に告発したのである。民主党政権の公務員改革が腰砕けになったということだ。民主党政権の影の首相と言われる仙谷官房長官の前で、その仙谷官房長官が主導する公務員改革が偽物だと批判した。

 仙谷という政治家はとんでもない野郎だ。仙谷は、民主党政権が出来て彼がまだ鳩山内閣の公務員改革担当大臣であった時、事務次官ポストを廃止する事もありうる、などと言って私を驚かせた。 事務次官ポストの廃止は、それ一つ実現するだけで公務員改革はできると思わせるほどの改革なのである。

 事務次官というポストがなくなったとたん官僚組織が崩壊する。官僚をここまで悪くさせる出世競争と言う弊害がほとんどがなくなる。それほど大きく、かつ効果的な改革であるのだ。だからこそ官僚たちはこれだけは死守しようとしたのだ。その官僚たちの強い抵抗にあって仙谷はあっさり前言を翻した。その後の仙谷は官僚との妥協に一瀉千里に走った。

 菅民主党政権の官房長官になってからというものは、官僚たちを味方につけて影の総理を満喫しているが如くだ。小沢を追い落とした後の仙谷は増長の極みだ。だからこそ仙谷は古賀茂明氏の答弁に気色ばんだ。答弁を求められていないにもかかわらず答弁席に出てこう言ったのだ。
 「職務とは関係ないことでこういう場に呼び出すやり方は、はなはだ彼の将来を傷つけると思います。優秀な人であるだけに、大変残念に思います」
これは古賀氏に対する最大限の非難だ。いや恫喝とも言える暴言
だ。

(仙石は)「馬鹿野郎。みんなの党に担ぎ出されてのこのこ国会まで出てきやがって。官僚の分際で俺の政策に批判するとは生意気だ。官僚の道を踏みはずしたらどうなるか、もうすぐわかるから首を洗ってまっていろ」仙谷はそう言ったのだ。こんな恫喝発言を見抜いた新聞はどこにもない。

 報道によれば古賀氏は公務員改革批判をした為に、経済産業省の望月事務次官(当時)から引導を渡されている。もはや次のポストはないと。
その望月次官はその後内閣官房参与として仙谷の膝元に天下っている。
【抜粋おわり】
 
 民主党政権も官僚労組に乗っ取られた。
 



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日本の新聞は"旧"聞になり死に絶えた【ゴミより速く拡散】反中デモ10/16

都内で右派系デモ、中国の「侵略」に抗議 1000人以上行進

2010年10月16日 19:21 AFP

都内で16日、中国による日本の領土の「侵略」に抗議する右派系団体主催のデモ行進が行われ、1000人以上が参加した。

日本の国旗が都内の公園にはためく中、尖閣諸島(Senkaku Islands、中国名:釣魚島)付近で起きた漁船衝突で過熱した領土問題をめぐる2度目の抗議デモが開かれ、参加者らは「日本の自由が危ない」「中国の尖閣諸島侵略(を)許さない」などと書かれた横断幕を掲げて行進した。

デモ開始付近では、中国人とみられる若者2人が路上に座り込み、行進を中止させようとする出来事もあった。

写真は、国旗と横断幕を掲げて行進するデモ隊(2010年10月16日撮影)。

(c)AFP/TOSHIFUMI KITAMURA


10.10.2『支那の尖閣侵略糾弾』渋谷~表参道デモ、参加者2670名!



【デモ行進】10.2中国の尖閣諸島侵略糾弾!全国国民統一行動[桜H22/10/4]


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成都のイトーヨーカドー営業中止 中国で反日デモ(10/10/16)


中国の反日デモ、今度は四川省綿陽…一部暴徒化

読売新聞 10月17日(日)21時32分配信

読売新聞
 【成都=関泰晴、北京=大木聖馬】中国四川省綿陽で17日午後1時(日本時間同2時)ごろ、沖縄・尖閣諸島(中国名・釣魚島)沖の中国漁船衝突事件を巡る反日デモが発生、同日夜までには参加者が2万~3万人に膨れあがり、一部が暴徒化した。

 中国では16日、同省成都など3都市で計数万人規模の反日デモがあり、胡錦濤政権は17日、各地で武装警察を投入、デモ拡大阻止に全力を挙げていた。

 香港メディアなどによると、綿陽のデモでも、前日の3都市と同様、大学生ら若者が中心となっている。参加者は日本料理店や日系の家電店に投石し、日本車を破壊、警官隊と小競り合いになったという。

 綿陽は、成都の北東約100キロ・メートルに位置し、人口は約545万人。電子工業などが盛んで、中国の核兵器開発拠点としても知られる。2008年の四川大地震では大きな被害が出た。

 一方、16日のデモで一部を破壊された成都の日系スーパー・イトーヨーカドー春煕店は17日朝、武装警察や警官ら計1000人近くが周囲で目を光らせる中、営業を再開した。





・・・・日本のデモも、すごいぞーーー・・!!!

でも、デモの応酬は、なんか、こわいですよねーーー



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親鸞直筆の新資料が見つかる

2010.10.12 産経ニュース

親鸞が仏典「仏説無量寿経」から書き写した直筆資料=12日午後、京都市の大谷大学

 浄土真宗の宗祖、親鸞(1173~1262年)が仏典を抜き書きした紙の一部が見つかり、調査した大谷大学(京都市北区)が12日発表した。
 親鸞の思想に影響を与えた浄土三部経のひとつ「仏説無量寿経」から抜き書きした断簡。縦26・8センチ、横17センチの紙に本文は墨で、読みや送り仮名、欄外の説明は朱筆で書かれ「自分を信じる者とともに極楽浄土に生まれる」との内容が記されていた。既存の真筆の筆跡と同じことなどから親鸞の直筆と確認された。
 大谷大の草野顕之学長(日本仏教史)は「親鸞の思想を研究する上で大変興味深い」と話した。
 資料は11月28日まで大谷大博物館特別展で展示される。

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善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。
しかるを、世のひとつねにいはく、悪人なを往生す、
いかにいはんや善人をや。
この条、一旦そのいはれあるににたれども、
本願他力の意趣にそむけり。
そのゆへは、自力作善のひとは、
ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、
弥陀の本願にあらず。
しかれども、自力のこころをひるがへして、
他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。
煩悩具足のわれらは、いづれの行にても、
生死をはなるることあるべからず。
あはれみたまひて、願ををこしたまふ本意、
悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、
もとも往生の正因なり。
よて、善人だにこそ往生すれ、
まして悪人はと、おほせさふらひき。

(歎異抄 第三条)


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歎異抄、思いっきり現代語訳

2007年09月22日asahi.com

■今に通じる生きるヒント 出版続々

歎異抄の原本は散逸し、蓮如(1415~1499)によるこの写本が最も古いものだ(西本願寺蔵、写真は第3条の一部分)

 親鸞の思想を伝える「歎異抄(たんにしょう)」は根強い人気を集める仏教書だ。数々の現代語訳があり、今月出たばかりの五木寛之氏の『私訳 歎異抄』(東京書籍)も12万部突破の勢い。一方、仏教界からも日常語での思い切った訳が発表された。読みやすさを目指すだけでなく、現代に通じるメッセージを問い直そうとする試みだ。それは社会の変容を強く意識したものとなっている。

 今回、「仏教書という敷居をできるだけ下げた訳」を手がけたのは、真宗大谷派の研究交流機関である親鸞仏教センター(東京都文京区)。約10人で研究会をつくり、機関紙を通じて今春まで5年かけて発表した。批判覚悟の「試訳」という。

 歎異抄は自らのおごりや愚かさ、有限性を直視するよう呼びかける。そこに気づくならば、ありのままで受け入れてもらえる世界がある——。悩める現代人にも生きるヒントを与える書として、宗教者だけでなく野間宏や吉本隆明両氏ら多くの文化人も試訳や独自の解釈を残している。

 「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という有名な一節がある。「自力」で善をなそうとする者(善人)より、「他力」(阿弥陀(あみだ)のはたらき)にすべてを任せる煩悩具足の者(悪人)こそ救われると、逆説的に表現している。

 センター訳は、「善人でさえも、真実の自己になることができる。まして悪人はいうまでもないことである」。往生について、生きた人間の「宗教的な生まれ変わり」との意味合いを強調したのが特徴だ。さまざまな現代語訳=表=と比べると、表現の踏み込み方が際だつ。

 あくまでセンターによる独自の研究成果で、本山(東本願寺)が公式訳と認めたわけではない。浄土は死後の話ではなく、生きている今、救われていくことと理解する。親鸞が語ろうとした浄土とは「闇に包まれた私たちの心が明るくされた世界」ではないか、というのだ。

 ただ本当は、「往生」には死のニュアンスも込めたかったという。しかし、それにこだわりすぎると、現代では人々に届かない恐れがあると考え、あきらめた経緯がある。日常から死のイメージが遠ざけられがちな現代を意識してのことだ。

 ほかにも大胆な訳として「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」という一節を、「愛には、人間の思いを中心とした愛と人間の思いを超えた愛の違いがある」とした。「愛」はキリスト教のアガペーに通じる響きがあるため、相当な議論となった。しかし、このほうが今の日本ではさまざまにイメージを膨らませてもらえると判断した。

 センターの本多弘之所長(東京都台東区・本龍寺住職)は、「宗教感覚を伝える言葉が消えているからか、現代日本語には宗教的ニュアンスがうまく乗らない。それほどまでに日本語は今、深みを失っていると痛感した。だから逆に、例えば『愛』には『罪ある者を許す大きな慈悲』といったニュアンスを読み込んでもらいたい」。この試訳は書籍化の予定があり、議論の過程も明らかにされる。原典に触れる契機になれば、という。

 浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)の僧侶で、自身も歎異抄の現代語訳を手がけている武蔵野大学大学院の山崎龍明教授(仏教学)は、「このような試みは、場合によっては批判を浴びて満身創痍(そうい)になるかもしれないが、尊い仕事だ」と宗派の違いを超えて評価する。

 「伝統的な解釈を否定するわけではないが、歎異抄は多面的な可能性を持っており、いろいろな問題提起があっていい。現代はいじめや自死の問題なども深刻。時代に迎合するという意味ではなく、『響く言葉』を発信することは宗教者に課せられた宿題だ」


●「善人なおもて……」の訳例(敬称略、括弧内は書名)

善人ですら極楽浄土へ行くことができる」——(哲学者・梅原猛『梅原猛の「歎異抄」入門』)

善人でさえ、アミダの浄土に生まれることができる」——(真宗教団連合編『歎異抄 現代を生きるこころ』)

善人でさえも次生に真にして実なる西方浄土に往き生れることができる」——(東大名誉教授・佐藤正英『〈定本〉歎異抄』)

善人(できのよい人)が阿弥陀仏の教えによって救われていくことができるのだから……」——(山崎龍明『歎異抄を語る』)

〈歎異抄〉 鎌倉初期の僧で浄土真宗の宗祖である親鸞(1173~1262)の没後、親鸞が説いたものとは異なった教えが広まっていくことを悲しんで書かれた書。「歎異」は異議を嘆くの意。著者は弟子の唯円(ゆいえん)というのが定説。

『歎異抄』(たんにしょう)は、鎌倉時代後期に書かれた日本の仏教書。作者は、親鸞に師事した唯円とされる。書名は、その内容が親鸞滅後に浄土真宗の教団内に湧き上がった異議異端を嘆いたものである。『歎異鈔』とも。

この短い書は以下のような構成からなる。
真名序
第一条から第十条まで - 親鸞の言葉
第十一条から第十八条まで - 唯円の異義批判
後序

十条において、親鸞の言葉は唯円による歎異の論拠へと進化している。

真名序 [編集]
真名序は、この文が書かれることになった目的・由来が書かれている。すなわち、「先師の口伝の真信に異なることを歎」くのである。
そもそも関東の教団は、善鸞の事件もあり、異義が発生しやすい土壌であった。親鸞の入滅によりますますその動きが加速した。主な異義としては以下があった。
悪を止め、善に到ることが往生の路であるとする異義。
経典を学ぶことが往生の路であるとする異義。
そこで、親鸞が唯円に語った言葉を副え、なぜそれが異義であるかを説明するのが本書であるとする。
また、この「先師ノ口傳」の「先師」を親鸞ではなく法然と捉える説もある。そこでは嘆きの主体は唯円ではなく、親鸞となる。
第一条 - 第十条 [編集]
第一条から第十条は、親鸞が直接唯円に語ったとされる言葉が書かれている。中でも第三条は、悪人正機説を明快に説いたものとして、現在でもよく引用されている。詳細は、悪人正機を参照のこと。
唯円はこの言葉を、関東から上洛して善鸞事件について親鸞に質す僧侶の1人として聞いている。親鸞は彼らに対し、専修念仏以外に道はないが、念仏を取捨選択するのは各々の自由であると答え、また、念仏は阿弥陀によって為されるものであるため、自分自身の弟子は一人もいないと説いている。
第十一条 - 第十八条 [編集]
第十一条以降は、異義を1つ1つ採り上げ、それについて逐一異義である理由を述べている。
まず、阿弥陀仏の本願は人間では思い至ることができない物であるため、「無義をもて義とす」るものであると、念仏を定義する。そして、親鸞は、人間とは因縁によって悪も善も行う者であるため、善行に励み悪を捨てよとも、その反対に悪に励めとも言わなかったとする。 したがって、悪行を勧めるのも善行に励めと言うのも異義であるとし、また、経典を読まず学問もしない者は往生できないとするのも、阿弥陀仏の本願を無視するものだと論じている。
後序 [編集]
後序は、それまでの文章とは間を置いて執筆されている。
親鸞が法然から直接教え受けていた頃、「善信が信心も、聖人の御信心もひとつなり」(自らの信心と法然の信心は一つである)と言い、それに対し他の門弟が異義を唱えた。それに対し法然は、「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。」(阿弥陀仏からたまわる信心であるから、親鸞の信心と私の信心は同一である)と答えた。
唯円は、上記のように法然在世中であっても異義が生まれ、誤った信心が後に伝わることを嘆き本書を記したと述べている。


http://web.otani.ac.jp/tannisyo/

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親鸞とは

 今から約800年前、1173(承安3)年、京都の日野の地で親鸞は誕生した。9歳の時に慈円(1155~1225)のもとで出家し、以後20年にわたり、比叡山で堂僧として修学に励む。
 29歳の時、比叡山を下り、聖徳太子ゆかりの六角堂に100日のあいだ参籠する。その中で聖徳太子の夢告をうけて吉水(よしみず)の地をたずね、本願念仏の教えを説いている法然(ほうねん)上人(1133~1212)に出遇う。これ以降、生涯を通じて法然の門弟として、本願念仏の教えに生きていくことになる。
 33歳の時には師法然の『選択本願念仏集(せんじゃくほんがんねんぶつしゅう)』の書写と、肖像を画くことをゆるされ、これが後には法然の仕事を引き継いでいこうとする使命感となっていく。
 1207(承元元)年、専修念仏弾圧によって、法然上人をはじめ8人が流罪(るざい)に、また住蓮房ら4人が死罪に処せられることになる。親鸞も藤井善信の罪名で、越後の国(現在の新潟県)に流罪となり、法然上人とは再び会うことはできなかった。親鸞35歳の時である。
 1211(建暦元)年、罪をゆるされたが、しばらくは越後にとどまり、42歳の時に妻子とともに関東の常陸(ひたち、現在の茨城県)に移る。その後の約20年間、多くの同朋たちに本願念仏の教えを伝えていった。
 60歳をすぎた頃、親鸞は京都に帰り、『顕浄土真実教行証文類』(教行信証)をはじめとする著作を次々と書いていく。それは師法然が明らかにした本願念仏の仏道を、世に掲げようとする願いに支えられたものであった。
 京都での生活も決して平穏なものではなく、弾圧を避けながら住む場所も転々としている。また、84歳の時には、本願念仏を否定した息子の善鸞を義絶しなければならないという悲しい出来事もあった。しかしその生涯は、迷いを超えて真実に生きる道を求め続けた一生であった。
 みずからを愚禿釈親鸞と名のり、仏道に捧げ尽くした90年の生涯は、1262(弘長2)年11月28日をもって閉じられた。


親鸞の「悪人正機説」について、
simoki_no_nekoさん

親鸞の「悪人正機説」について、
悪人正機説の悪人と言う意味がいまいち判りません。

悪人は「全ての人」を救う比喩と考えて間違いないでしょうか?

宜しくお願いします。

09/3/20 11:13:39
解決日時:2009/3/26 22:09:10

「全ての人」を救う比喩と考えて間違いないです。
因果応報を考えたら、ある人が意識していた(故意)にせよ、無意識であったにせよ、また、何かをした(作為)にせよ、しなかった(不作為)にせよ、なんらかの影響が出ます。その影響が原因となって、新たな結果が生まれ、その結果が原因となって・・・
とまあ、無限に影響が広がっていきます。法律学では原因と結果の間に、社会通念上起こりうることであれば因果関係があるとされる(相当因果関係説)のですが、親鸞の考えた因果関係の概念は、それよりも大きい(自然因果関係説)なのです。
したがって、人は生存している限り、無限の影響を社会に及ぼす
ことになる。この事実に思い至った親鸞は愕然としたのでしょうね。いいこともあるけれど、悪いこともいっぱい起きる・・・つまり因果応報の立場から考えれば、すべての人が確実に地獄に堕ちる・・・
一生懸命善行を積んでも、悪い結果が起きることが避けられないのであるならば、人間は存在悪となってしまう。これに気づいた人間が「悪人」であり、こうした人を救済できないというのであれば、仏法の存在意義はないではないか・・・そこで「称名念仏」の功徳を説いた。私はこう理解しております。龍谷大学で講演したとき、学生らにこんな内容のお話をいたしましたが、学長先生以下に誉めていただいたので、この理解はまるっきりの間違いじゃないと思いますよ。少し理屈っぽいのですが、そこは法学部出身ですからご勘弁を。
追記;
歎異抄には、「自力作善のひと」が善人である、とされております。つまり、自分の力で善根功徳を積めば悟れると考えている人、のことです。さすれば「悪人」とは、善根功徳を積んだとしても、「煩悩具足」の凡夫でしかないと深く内省をしている人のこと、となります。因果論については、「歎異抄13」に、「善悪の宿業」について述べられていますが、いいことか悪いことかは歴史的・社会的条件によって評価されるべきものだという考え方が根底にあるのです。これを理解している人、つまりは善行を積んだつもりであったのに悪い結果を請来することもあるということを認識している人が「悪人」なのです。
この親鸞の「悪人」の概念については、親鸞自らが「先師の口伝の真信に異なることを嘆き、後学相続の疑惑あることを思う」「自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ」とあるように、自分勝手な解釈で他力本願の宗旨が誤解されることのないように、とわざわざ述べています。

違反報告
編集日時:2009/3/21 ヤフー知恵袋

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子供の頃、目黒の実家の近く、祐天寺の盆踊り大会によく行きました。

境内が大きく、屋台が、いっばいでて、

とてもにぎやかでした。$東京リーシングと土地活用戦記


いつも、大きな閻魔様と、地獄絵図が、

奥から何枚もでてきて観覧されます。



悪い事をすると、地獄に堕ちるゾーーー!!!

って、いい教育になったと思います・・・











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能無し吉田市長の再選断固阻止・再選を許したら福岡市は衰退 市民は物笑いの種になる

コダマの核心2010年10月12日 11:22

福岡市民の皆さん!!投票場に行きましょう

 145万の福岡市民の皆さん!!福岡市長選挙の前哨戦が展開されているが、『いまだ盛り上がらず』と冷めた状況。「投票率は40%しかいかないだろう」とさえ囁かれている。この低調な投票率が『能無し吉田市長』の思う壺であることを認識しましょう。ある程度の組織票を持っている現職・吉田氏にとって「投票率が低い」と再選の可能性が高くなる。だから「極力、焦点をつくらず静かな選挙戦になること」を吉田陣営は願っているのだ。

 市民の皆さん!!福岡都市力は衰退を始めているのですよ。強力なリーダーシップ、卓越した経営能力のある首長でなければ福岡の元気さは萎えてしまう。「吉田再選阻止!!」を掲げる理由は簡単、明瞭。吉田氏は「能がない、熱意がない、見識がない」から。再選を許せば一番、不幸の罰を被るのは福岡市民の方々である。少なくとも50%の投票率には高めよう。そうなれば吉田再選は封殺できる。市民の皆さんも世間から物笑いの種にならなくて済む。

世の中はまさに市民革命のまっただ中
首長の権力の絶大さが証明される


 阿久根市の竹原市長を「独裁者」とマスコミは批判する。しかし、阿久根市市民はこの独裁者を2回当選させたことを忘れてはならない。竹原市長のコアな応援者は65歳以上の婦人たちだ。彼女達は皮膚感覚で「このままではもう阿久根市の将来はない」と判断を下した。「変革のうねりは地方から起きる」というのが歴史的鉄則である。「辺境の地」・阿久根市の婦人達は先駆的な感性を有していた。

 竹原独裁者は「既得権勢力をのさばらしていたら大事」という危機感を抱いて改革に着手した。市民に付くべき立場の市議会議員、市職員は阿久根市民の平均収入の3倍も得ていた。いつの間にか彼らは「阿久根市のお殿様存在」の支配者、市民は統治される立場に逆転されていたのである。竹原独裁者は「この大変革のやり口が民主的でない」とマスコミから糾弾を浴びた。

 横道を外れるから本質を語ろう!!田舎の阿久根市の首長の権力がいかに絶大であるかが証明された。首長がその気になればかなりの行政改革ができるということだ。吉田氏には「福岡市変革のプラン」の見識も持ち合わせていない。またその変革の熱意のひとかけらもないのである。市民の皆さん!!「今後、4年間も吉田氏に無為無策の姿勢を託したらどうなるか」を想像してみたらいかがな。

 名古屋市も非常に面白い。目が離されない。市議会リコール運動には全国から応援者が駆けつけてきた。弊社の記者が現地で知り合ったのは山形のあるサラリーマン。この会社の社長が「2カ月、名古屋に行け!!給料は心配するな。勉強をして来い」と送り出したそうだ。中小企業の経営者ですら名古屋市の改革の動向に注目している。裏を返すと全国各地区の自治体の閉塞した旧態依然に終始した運営に怒りが爆発点に達しているということだろう。NET IB NEWS


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吉田・福岡市長 “身内”民主に渦巻く不満

インタビューに答える吉田市長

 吉田宏・福岡市長の任期満了まで7日で残り1年となる。2006年11月の市長選で民主党の推薦を受けて初当選。中央で政権交代が実現する中、市議会などでは再選出馬が確実視されるが、1期目への評価は“身内”の同党内でも「公約違反ばかり」と厳しく、足元は盤石ではない。一方、反転攻勢をかけたい自民党も、来夏の参院選や再来年の統一地方選を控え慎重な動きを余儀なくされている。

 ◆「公約違反ばかり」

 「4年目の仕事を一生懸命していく中で、おのずと次に向けてのものが出てくると思う」

 吉田市長は30日、読売新聞のインタビューにこう語り、出馬への意欲をにじませた。

 北橋健治・北九州市長とともに県内両政令市を民主党系市長が占め、党勢拡大の先鋒
せんぽう
となった吉田市長。しかし、同党県連内では不満が噴き出している。

 吉田市長は選挙公約で、人工島事業や市立こども病院・感染症センター移転の「見直し」を掲げたが、就任後に推進を決定。ある県連幹部は「ことごとく公約を破った。4年間の市政運営をしっかり検証しなければ、市長選での推薦は決められない」と指摘する。

 市議会では自民、公明両党が半数を占めるという事情もある。吉田市長が「中立」の政治姿勢を唱えることに対し、民主党県連関係者は「身内への配慮が足りない」と漏らす。

 11月の県連大会では、福岡市長選と、北橋市長が再来年2月に任期満了を迎える北九州市長選について、「実績、評価をもとに両市長の動向を見極め、推薦を検討する」とされた。当初は両市長の再選を強くアピールする文言だったが、変更されたという。

 ◆選対委招集されず

 自民党も、有効な戦略を描けていない。

 同党は10月、市議会の長老格や会派幹部による選対委員会を設置したが、会合は一度も招集されていない。市幹部、議長経験のある市議、元中央官僚などの名前が取りざたされるが、いずれもまとまりを欠くのが実情だ。

 吉田市長との対立軸を打ち出せない点も課題。人工島事業やこども病院移転の推進は政策的に一致する。ある同党市議は「会派内に『次も吉田市長でいい』という空気さえある。参院選で自民党が負ければ、市長選の候補擁立はますます難しくなり、民主党と相乗りということにもなりかねない」と危機感を募らせる。

 また、保守系会派・みらい福岡の幹部は「市長選の勝敗は統一地方選の市議選にも響く。容易には自民党の候補に乗れない」、公明党のベテラン市議も「国政で野党になり、自公の枠組みは絶対ではなくなった」とけん制する。共産党は系列団体を母体に独自候補を擁立する方針だ。

(2009年12月1日 読売新聞)



福岡の能無し吉田市長って・・・だれ!!??

福岡市、人口146万人

東京都多摩地区 人口400万人

多摩地区にも、

横浜地区 人口1000万人にも、民間空港なんてない!!!

日本の政治家は、能無しが多いのか!!??



ふくおかし
国 日本
地方 九州地方
都道府県 福岡県
団体コード 40130-7
面積 341.11km²
総人口 1,460,557人
(推計人口、2010年8月1日)
人口密度 4,280人/km²

九州地方の経済・行政・交通・文化の中心であり、また西南日本における主要都市のひとつである。市域を中心に都市雇用圏人口で全国第5位の規模を持つ福岡都市圏と、県下二位の人口規模を有する北九州市とともに全国第4位の規模を持つ北九州・福岡大都市圏が形成されている。多くの官公庁の行政機関や全国企業の支社などが置かれ、商業・業務等の高度な都市機能や広域交通機能の集積を背景に九州地方の中枢管理都市として発展してきた。人口(夜間人口)は全国の市で札幌市、神戸市に次いで第7位の約145万人で、昼間人口は第6位の約165万人である。[1]副都心の香椎や西新は高校や大学など教育機関が集積する学生の街としても知られ、人口に占める学生の割合は大都市では京都市に次ぎ、東京23区とほぼ同率の3番目である。[2]
現代の福岡市の玄関口たる博多(はかた)及び博多湾は古代から中国大陸方面との貿易・交流や軍事の拠点として利用された。鎌倉時代には元寇に於ける主戦場となり、戦国時代初期頃には商人達を中心とした自治都市として繁栄していたが、末期頃には貿易による利益に注目した九州・中国地方の諸大名による侵略と支配を受け、その後豊臣秀吉の手で再び町人の自治都市として復興された。江戸時代には博多の那珂川対岸に黒田氏が福岡城とその城下町を整備し(福岡)、城下町・福岡と商いの街・博多とで機能分担する双子都市が成立した。また黒田藩は博多の町人自治を広く認めたため、博多では豊かな町人文化が育まれた。明治維新の際に福岡と博多は再編され一つの地域区分となり、行政上の名称は福岡市となった。現在では福岡は天神(てんじん)と呼ばれ、百貨店やファッションビルが高度に集積する九州地方の商業の中心となっており、また博多は新幹線の駅や空港が近いためオフィス街として発展している。江戸期に那珂川の中州に形成された歓楽街は中洲(なかす)として全国的に有名である。
「博多」の呼称
福岡市内の試験会場名や支店名に博多とつけることがある。この理由として、中世より現在の博多区西北部にあった街が「博多」という名前で認識されていたことや、山陽新幹線の終着駅が博多駅であることがあげられる。現在でも、ビジネスでも福岡へ出張する際、「博多に行く」とも言われるほど、博多という名前は浸透している。また、福岡と博多をあわせて福博(ふくはく)と呼ばれることもある。