親鸞直筆の新資料が見つかる
2010.10.12 産経ニュース
親鸞が仏典「仏説無量寿経」から書き写した直筆資料=12日午後、京都市の大谷大学
浄土真宗の宗祖、親鸞(1173~1262年)が仏典を抜き書きした紙の一部が見つかり、調査した大谷大学(京都市北区)が12日発表した。
親鸞の思想に影響を与えた浄土三部経のひとつ「仏説無量寿経」から抜き書きした断簡。縦26・8センチ、横17センチの紙に本文は墨で、読みや送り仮名、欄外の説明は朱筆で書かれ「自分を信じる者とともに極楽浄土に生まれる」との内容が記されていた。既存の真筆の筆跡と同じことなどから親鸞の直筆と確認された。
大谷大の草野顕之学長(日本仏教史)は「親鸞の思想を研究する上で大変興味深い」と話した。
資料は11月28日まで大谷大博物館特別展で展示される。
善人なをもて往生をとぐ、いはんや悪人をや。
しかるを、世のひとつねにいはく、悪人なを往生す、
いかにいはんや善人をや。
この条、一旦そのいはれあるににたれども、
本願他力の意趣にそむけり。
そのゆへは、自力作善のひとは、
ひとへに他力をたのむこころかけたるあひだ、
弥陀の本願にあらず。
しかれども、自力のこころをひるがへして、
他力をたのみたてまつれば、真実報土の往生をとぐるなり。
煩悩具足のわれらは、いづれの行にても、
生死をはなるることあるべからず。
あはれみたまひて、願ををこしたまふ本意、
悪人成仏のためなれば、他力をたのみたてまつる悪人、
もとも往生の正因なり。
よて、善人だにこそ往生すれ、
まして悪人はと、おほせさふらひき。
(歎異抄 第三条)

歎異抄、思いっきり現代語訳
2007年09月22日asahi.com
■今に通じる生きるヒント 出版続々
歎異抄の原本は散逸し、蓮如(1415~1499)によるこの写本が最も古いものだ(西本願寺蔵、写真は第3条の一部分)
親鸞の思想を伝える「歎異抄(たんにしょう)」は根強い人気を集める仏教書だ。数々の現代語訳があり、今月出たばかりの五木寛之氏の『私訳 歎異抄』(東京書籍)も12万部突破の勢い。一方、仏教界からも日常語での思い切った訳が発表された。読みやすさを目指すだけでなく、現代に通じるメッセージを問い直そうとする試みだ。それは社会の変容を強く意識したものとなっている。
今回、「仏教書という敷居をできるだけ下げた訳」を手がけたのは、真宗大谷派の研究交流機関である親鸞仏教センター(東京都文京区)。約10人で研究会をつくり、機関紙を通じて今春まで5年かけて発表した。批判覚悟の「試訳」という。
歎異抄は自らのおごりや愚かさ、有限性を直視するよう呼びかける。そこに気づくならば、ありのままで受け入れてもらえる世界がある——。悩める現代人にも生きるヒントを与える書として、宗教者だけでなく野間宏や吉本隆明両氏ら多くの文化人も試訳や独自の解釈を残している。
「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」という有名な一節がある。「自力」で善をなそうとする者(善人)より、「他力」(阿弥陀(あみだ)のはたらき)にすべてを任せる煩悩具足の者(悪人)こそ救われると、逆説的に表現している。
センター訳は、「善人でさえも、真実の自己になることができる。まして悪人はいうまでもないことである」。往生について、生きた人間の「宗教的な生まれ変わり」との意味合いを強調したのが特徴だ。さまざまな現代語訳=表=と比べると、表現の踏み込み方が際だつ。
あくまでセンターによる独自の研究成果で、本山(東本願寺)が公式訳と認めたわけではない。浄土は死後の話ではなく、生きている今、救われていくことと理解する。親鸞が語ろうとした浄土とは「闇に包まれた私たちの心が明るくされた世界」ではないか、というのだ。
ただ本当は、「往生」には死のニュアンスも込めたかったという。しかし、それにこだわりすぎると、現代では人々に届かない恐れがあると考え、あきらめた経緯がある。日常から死のイメージが遠ざけられがちな現代を意識してのことだ。
ほかにも大胆な訳として「慈悲に聖道・浄土のかわりめあり」という一節を、「愛には、人間の思いを中心とした愛と人間の思いを超えた愛の違いがある」とした。「愛」はキリスト教のアガペーに通じる響きがあるため、相当な議論となった。しかし、このほうが今の日本ではさまざまにイメージを膨らませてもらえると判断した。
センターの本多弘之所長(東京都台東区・本龍寺住職)は、「宗教感覚を伝える言葉が消えているからか、現代日本語には宗教的ニュアンスがうまく乗らない。それほどまでに日本語は今、深みを失っていると痛感した。だから逆に、例えば『愛』には『罪ある者を許す大きな慈悲』といったニュアンスを読み込んでもらいたい」。この試訳は書籍化の予定があり、議論の過程も明らかにされる。原典に触れる契機になれば、という。
浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)の僧侶で、自身も歎異抄の現代語訳を手がけている武蔵野大学大学院の山崎龍明教授(仏教学)は、「このような試みは、場合によっては批判を浴びて満身創痍(そうい)になるかもしれないが、尊い仕事だ」と宗派の違いを超えて評価する。
「伝統的な解釈を否定するわけではないが、歎異抄は多面的な可能性を持っており、いろいろな問題提起があっていい。現代はいじめや自死の問題なども深刻。時代に迎合するという意味ではなく、『響く言葉』を発信することは宗教者に課せられた宿題だ」
●「善人なおもて……」の訳例(敬称略、括弧内は書名)
「善人ですら極楽浄土へ行くことができる」——(哲学者・梅原猛『梅原猛の「歎異抄」入門』)
「善人でさえ、アミダの浄土に生まれることができる」——(真宗教団連合編『歎異抄 現代を生きるこころ』)
「善人でさえも次生に真にして実なる西方浄土に往き生れることができる」——(東大名誉教授・佐藤正英『〈定本〉歎異抄』)
「善人(できのよい人)が阿弥陀仏の教えによって救われていくことができるのだから……」——(山崎龍明『歎異抄を語る』)
〈歎異抄〉 鎌倉初期の僧で浄土真宗の宗祖である親鸞(1173~1262)の没後、親鸞が説いたものとは異なった教えが広まっていくことを悲しんで書かれた書。「歎異」は異議を嘆くの意。著者は弟子の唯円(ゆいえん)というのが定説。
『歎異抄』(たんにしょう)は、鎌倉時代後期に書かれた日本の仏教書。作者は、親鸞に師事した唯円とされる。書名は、その内容が親鸞滅後に浄土真宗の教団内に湧き上がった異議異端を嘆いたものである。『歎異鈔』とも。
この短い書は以下のような構成からなる。
真名序
第一条から第十条まで - 親鸞の言葉
第十一条から第十八条まで - 唯円の異義批判
後序
十条において、親鸞の言葉は唯円による歎異の論拠へと進化している。
真名序 [編集]
真名序は、この文が書かれることになった目的・由来が書かれている。すなわち、「先師の口伝の真信に異なることを歎」くのである。
そもそも関東の教団は、善鸞の事件もあり、異義が発生しやすい土壌であった。親鸞の入滅によりますますその動きが加速した。主な異義としては以下があった。
悪を止め、善に到ることが往生の路であるとする異義。
経典を学ぶことが往生の路であるとする異義。
そこで、親鸞が唯円に語った言葉を副え、なぜそれが異義であるかを説明するのが本書であるとする。
また、この「先師ノ口傳」の「先師」を親鸞ではなく法然と捉える説もある。そこでは嘆きの主体は唯円ではなく、親鸞となる。
第一条 - 第十条 [編集]
第一条から第十条は、親鸞が直接唯円に語ったとされる言葉が書かれている。中でも第三条は、悪人正機説を明快に説いたものとして、現在でもよく引用されている。詳細は、悪人正機を参照のこと。
唯円はこの言葉を、関東から上洛して善鸞事件について親鸞に質す僧侶の1人として聞いている。親鸞は彼らに対し、専修念仏以外に道はないが、念仏を取捨選択するのは各々の自由であると答え、また、念仏は阿弥陀によって為されるものであるため、自分自身の弟子は一人もいないと説いている。
第十一条 - 第十八条 [編集]
第十一条以降は、異義を1つ1つ採り上げ、それについて逐一異義である理由を述べている。
まず、阿弥陀仏の本願は人間では思い至ることができない物であるため、「無義をもて義とす」るものであると、念仏を定義する。そして、親鸞は、人間とは因縁によって悪も善も行う者であるため、善行に励み悪を捨てよとも、その反対に悪に励めとも言わなかったとする。 したがって、悪行を勧めるのも善行に励めと言うのも異義であるとし、また、経典を読まず学問もしない者は往生できないとするのも、阿弥陀仏の本願を無視するものだと論じている。
後序 [編集]
後序は、それまでの文章とは間を置いて執筆されている。
親鸞が法然から直接教え受けていた頃、「善信が信心も、聖人の御信心もひとつなり」(自らの信心と法然の信心は一つである)と言い、それに対し他の門弟が異義を唱えた。それに対し法然は、「源空が信心も、如来よりたまわりたる信心なり。善信房の信心も如来よりたまわらせたまいたる信心なり。されば、ただひとつなり。」(阿弥陀仏からたまわる信心であるから、親鸞の信心と私の信心は同一である)と答えた。
唯円は、上記のように法然在世中であっても異義が生まれ、誤った信心が後に伝わることを嘆き本書を記したと述べている。
http://web.otani.ac.jp/tannisyo/
親鸞とは
今から約800年前、1173(承安3)年、京都の日野の地で親鸞は誕生した。9歳の時に慈円(1155~1225)のもとで出家し、以後20年にわたり、比叡山で堂僧として修学に励む。
29歳の時、比叡山を下り、聖徳太子ゆかりの六角堂に100日のあいだ参籠する。その中で聖徳太子の夢告をうけて吉水(よしみず)の地をたずね、本願念仏の教えを説いている法然(ほうねん)上人(1133~1212)に出遇う。これ以降、生涯を通じて法然の門弟として、本願念仏の教えに生きていくことになる。
33歳の時には師法然の『選択本願念仏集(せんじゃくほんがんねんぶつしゅう)』の書写と、肖像を画くことをゆるされ、これが後には法然の仕事を引き継いでいこうとする使命感となっていく。
1207(承元元)年、専修念仏弾圧によって、法然上人をはじめ8人が流罪(るざい)に、また住蓮房ら4人が死罪に処せられることになる。親鸞も藤井善信の罪名で、越後の国(現在の新潟県)に流罪となり、法然上人とは再び会うことはできなかった。親鸞35歳の時である。
1211(建暦元)年、罪をゆるされたが、しばらくは越後にとどまり、42歳の時に妻子とともに関東の常陸(ひたち、現在の茨城県)に移る。その後の約20年間、多くの同朋たちに本願念仏の教えを伝えていった。
60歳をすぎた頃、親鸞は京都に帰り、『顕浄土真実教行証文類』(教行信証)をはじめとする著作を次々と書いていく。それは師法然が明らかにした本願念仏の仏道を、世に掲げようとする願いに支えられたものであった。
京都での生活も決して平穏なものではなく、弾圧を避けながら住む場所も転々としている。また、84歳の時には、本願念仏を否定した息子の善鸞を義絶しなければならないという悲しい出来事もあった。しかしその生涯は、迷いを超えて真実に生きる道を求め続けた一生であった。
みずからを愚禿釈親鸞と名のり、仏道に捧げ尽くした90年の生涯は、1262(弘長2)年11月28日をもって閉じられた。
親鸞の「悪人正機説」について、
simoki_no_nekoさん
親鸞の「悪人正機説」について、
悪人正機説の悪人と言う意味がいまいち判りません。
悪人は「全ての人」を救う比喩と考えて間違いないでしょうか?
宜しくお願いします。
09/3/20 11:13:39
解決日時:2009/3/26 22:09:10
「全ての人」を救う比喩と考えて間違いないです。
因果応報を考えたら、ある人が意識していた(故意)にせよ、無意識であったにせよ、また、何かをした(作為)にせよ、しなかった(不作為)にせよ、なんらかの影響が出ます。その影響が原因となって、新たな結果が生まれ、その結果が原因となって・・・
とまあ、無限に影響が広がっていきます。法律学では原因と結果の間に、社会通念上起こりうることであれば因果関係があるとされる(相当因果関係説)のですが、親鸞の考えた因果関係の概念は、それよりも大きい(自然因果関係説)なのです。
したがって、人は生存している限り、無限の影響を社会に及ぼすことになる。この事実に思い至った親鸞は愕然としたのでしょうね。いいこともあるけれど、悪いこともいっぱい起きる・・・つまり因果応報の立場から考えれば、すべての人が確実に地獄に堕ちる・・・
一生懸命善行を積んでも、悪い結果が起きることが避けられないのであるならば、人間は存在悪となってしまう。これに気づいた人間が「悪人」であり、こうした人を救済できないというのであれば、仏法の存在意義はないではないか・・・そこで「称名念仏」の功徳を説いた。私はこう理解しております。龍谷大学で講演したとき、学生らにこんな内容のお話をいたしましたが、学長先生以下に誉めていただいたので、この理解はまるっきりの間違いじゃないと思いますよ。少し理屈っぽいのですが、そこは法学部出身ですからご勘弁を。
追記;
歎異抄には、「自力作善のひと」が善人である、とされております。つまり、自分の力で善根功徳を積めば悟れると考えている人、のことです。さすれば「悪人」とは、善根功徳を積んだとしても、「煩悩具足」の凡夫でしかないと深く内省をしている人のこと、となります。因果論については、「歎異抄13」に、「善悪の宿業」について述べられていますが、いいことか悪いことかは歴史的・社会的条件によって評価されるべきものだという考え方が根底にあるのです。これを理解している人、つまりは善行を積んだつもりであったのに悪い結果を請来することもあるということを認識している人が「悪人」なのです。
この親鸞の「悪人」の概念については、親鸞自らが「先師の口伝の真信に異なることを嘆き、後学相続の疑惑あることを思う」「自見の覚悟をもって、他力の宗旨を乱ることなかれ」とあるように、自分勝手な解釈で他力本願の宗旨が誤解されることのないように、とわざわざ述べています。
違反報告
編集日時:2009/3/21 ヤフー知恵袋
子供の頃、目黒の実家の近く、祐天寺の盆踊り大会によく行きました。
境内が大きく、屋台が、いっばいでて、
とてもにぎやかでした。

いつも、大きな閻魔様と、地獄絵図が、
奥から何枚もでてきて観覧されます。
悪い事をすると、地獄に堕ちるゾーーー!!!
って、いい教育になったと思います・・・



