ー 1978年当時、NHLとは別のプロホッケーリーグ、WHAがありました。ウィニペグでWHAの試合を観て、そろそろこの旅も終わります ー
次の目的地、Winnipeg(ウィニペグ)は日本で知り合ったカナダ人夫婦を訪ねるのが目的でした。
この二人はホッケーにはまったく関心がなく、「カナダでホッケーに興味がないのはあなたたち二人だけだね」なんて冗談を言っていました。
しかし、どうやったのか覚えていませんが、Winnipeg Jetsの試合とその日の昼間にJetsの練習を見られるように取り計らってくれました。
そのときのJetsはNHLではなく、当時あったもう一つのプロホッケーリーグ、WHA(World Hockey Association)に所属するチームでした。
そして、NHLのChicago Black Hawksでの大スターで殿堂にも入っているBobby Hullがいました。
練習を見た後、ロッカールームの前に案内され、そこでBobby Hullと言葉を交わし、スティックにサインをしてもらうことができました。
Hullのことはもちろん知っていましたが、まさかこのようにして会えるとは思っても見ませんでした。
(Bobby Hullと)
(ホッケーの殿堂のBobby Hullコーナー)
握手をしたとき、Hullはニコニコして「モシモシ」。
ん?
Jetsはこの数ヶ月前の1977年末にソ連ナショナルチームと試合をするために来日しました。
この「モシモシ」はそのときに覚えたのでしょう。
電話で話すとき、英語では”Hello”と言いますね。
日本語では”もしもし”。
ですので、Hullの中では「Helloは日本語で”モシモシ”」ということになっていたのでしょう。
この日に観たのは対Edmonton Oilers戦でした。
NHLをご存知の方なら「ではGretzkyを観たのか!」と思われるでしょうが、残念ながらまだGretzkyはプロにはなっていませんでした。
しかし、すでに注目を浴びており、私のこの旅行中の新聞にも大きく取り上げられていました。
私が”Wayne Gretzky”の名を知ったのはこのときでした。
(NHLに入る前から大きな注目を集めていたWayne Gretzky)
試合の方は特に記憶に残るようなことはなく、「Bobby Hullを見た」ということと試合会場のWinnipeg Arenaにエリザベス女王の大きな肖像画が掲げられていたことが印象に残っています。
(Winnipeg Arena)
WHAについて、少し触れます。
このときのWHAは8チームでした。
私の印象ですが、WHAは金で選手を集めていたようです。
NHLでは選手の報酬に上限を設けていますが、WHAはそのような制限を設けていなかったようです。
Hullは、Black Hawksとの契約がうまくいかなかったせいもあるようですが、金で引き抜かれたようです。
また、NHLからだけではなく、ヨーロッパからも選手を連れてきていました。
今はたくさんのヨーロッパの選手がNHLでプレーしていますが、このころはまだ数えるほどしかいませんでした。
JetsにもAnders HedburgとUlf Nilsonというスェーデンの主力選手二人がHullとセットを組んでいました。
また、WHAはすでに引退していたGordie Howe(ゴーディ・ハウ)を復帰させるということもやっていました。
Howeは神様のような名選手で、”Mr. Hockey”とも呼ばれています。
何かで読んだことですが、審判の判定に抗議したHoweが “I am Howe.”(私はHowe様なのだ)と言ったとか。
真実だとしても、それが冗談だったのか、真剣だったのかは分かりませんが、伝説的なHoweだからこその一言だったのでしょう。
また、NHLでは一定の年齢に達していない選手をドラフトで指名することを禁じていますが、WHAにはそのような制限もありませんでした。
そのため、当時すでに注目されていたもののNHLの規定年齢に達していなかったGretzkyとIndeanapolis Racersが契約したのでした。
その後、WHAの消滅に伴ってチームごとNHLに移ったので、GretzkeyはNHLのドラフトを経ていないのです。
話がそれますが、長いこと破られなかったHoweの通算得点記録を抜いたのがGretzkyでした。
そして、そのGretzkeyの記録が今シーズン破られました。
それがロシア人選手であることに時代の変化を感じさせられます。
このように金に糸目をつけない経営が長続きするわけはなく、WHAは消滅し、それに伴い、Edmonton Oilers, Winnipeg Jets, Quebec Nordiques, New England Whalersの4チームがNHLに加わりました。
さて、Jetsが来日したときの試合ですが、Jetsはソ連にまったく歯が立たず、惨憺たるありさまでした。
しかし、Jetsに失望した反面、私にとっては初めて生で見るソ連のそれはそれは素晴らしかったこと。
個人技のカナダに対してチームプレーのソ連。
点を取れることを確信するまでシュートを打たないとすら言われていました。
“Big Red Machine”と呼ばれていたほど機械のように正確なプレー。
見事なものでした。
しかし、この試合で私が感じたのはソ連の選手の個人技でした。
スティックさばきもスケーティングも、あの個人技があるからこそ、あの素晴らしいパスができるんだ、と。
話を旅行に戻します。
ウィニペグではその1試合を見た以外にはホッケーに関することはしませんでした。
続いてアメリカの田舎町に留学していた友人を訪ねた後、最後の目的地であるロサンゼルスへ。
ここでも友人を訪ね、ホッケーの試合を観ることができました。
地下鉄でスタジアムに行けるモントリオールやトロントと違い、試合会場であるLos Angeles ForumへはInglewoodという場所まで車で行かなくてはなりませんでした。
友人に連れて行ってもらい、Minnesota North Stars vs. Los Angels Kingsを観戦しました。
温暖な気候にふさわしく、客席がオレンジ色と黄色に彩られ、開放的な空間。
そのせいか、或いはホッケーに対する馴染みが薄いせいか、「なんとしてでも勝ってもらわなくては明日の生活に困る!」という切迫感があったモントリオールと違って、なんだかのんびりとした雰囲気を感じました。
日本に向かう最後の晩にはテレビでCanadiensの試合を観ました。
リンクで遊んでくれた選手たちは、憧れのチームの選手というより友人を見るような懐かしさを感じました。
そして、「あぁ、これでもうNHLを見ることはないんだなぁ」と名残惜しい気持ちでいっぱいでした。
その後に待っているさらに素晴らしいことを想像することもなく…















