ー 私が初めてホッケーをプレーしたのは…、Montreal Forumで、しかもMontreal Canadiensの選手たちに混じってのことでした。 ー
「リンクへって言ったって…」
Moutonさんもこれは予想外のようでしたが、グローブとスティックをみつくろってくれ、先ほどClurnoyerにもらった「セーター」とスケート靴を身につけてリンクへ。
とはいえ、「いつかホッケーをやりたい」と思ってスケート場には通っていたものの、ホッケーのスティックを持つのはこの日が初めてでした。
しかも、Forumのリンクですよ、Montreal Forumの!
恐る恐る氷に降りました。
その氷はホッケーをやったことのない私にも分かるほど引き締まって固いものでした。
さて、リンクに降りたものの、そこにいるのは世界一強いチームの選手たち。
ただそこに立っているだけで夢心地でしたが、それだけではありませんでした。
リンクの反対側にいる選手が私に向かってパックをパスしてきました。
見よう見まねでスティックを氷につけてそれを受けようとしましたが、そのパスの早くて強くて正確なこと。
受けようとしましたがはじかれてしまいました。
危うくスティックを落としそうになったほどです。
その後も何度かパスをしてくれたのですが、すべて私のスティックのところに正確に届きます。
当たり前のことですが、「すげー」と思いました。
そのうちに、Jacque Jemaireが何やら叫びます。
どうやらゴールに向かって走れと言っているようでしたので、ゴールに向かってヨタヨタ滑ってゆくと、そこへ鋭いパス。
それを受けてシュートさせようとしたのでしょうが、なかなかパックを受け取れない私に呆れた表情のLemaire。
そんなの、受けられるわけないでしょ!
なにしろ世界一のチームの第一フォワードのセンターのパスなんて!
こちとら滑るだけで精一杯なんだから。
もう一度ブルーラインに戻ってやり直し。
何度かそうしているときに、Cournyerが近づいてきて”Lower your hips”(腰を落としなさい)。
ふむふむ。
(私をホッケーに引き摺り込んだキャプテンのCournoyer)
何度目かにやっとパスを受けることができ、それをゴール前へ運びます。
おっとっとっと。
ゴールには世界一のキーパー、Ken Drydenがお馴染みのマスクをつけて待っています。
転びそうになるのをこらえながら、なんとかゴール前に辿り着いたところで、Drydenの膝が開きました。
試合中は絶対にやらないことです。
「打て」と言われているようでした。
そこを目掛けて「エイッ!」。
ゴール!
思わずスティックを上げました。
点をとった選手がやるように。
(Ken Dryden)
Moutonさんは新聞や雑誌記者とカメラマンを呼んでいました。
カメラマンは随時写真を撮っていて、「練習」後にはロッカーで取材を受けました。
はるばる日本からCanadiensを見に来たということがよほど珍しかったのでしょう。
そうですよね。
("練習"を終えて乾杯、コーラです)
そんな夢のような時間を過ごし、Moutonさんの送りで空港へ向かいました。
Forumの外には「出待ち」の子供たち。
車が出ると、中を覗き込み、中にいるのが東洋人だと知ると「な~んだ」。
しかし、私が大事そうに持っているサイン入りのスティックに気づき、「頼むから譲ってくれ」と手を合わせる子もいました。
「ほんとはあの子たちの願いを叶えてあげたいんだけどね」とMoutonさん。
空港では、MoutonさんがAir Canadaの便へのチェックインを手伝ってくれました。
カウンターへ行くと、中の人たちと親しげに言葉を交わすMoutonさん。
顔馴染みのようです。
朝、私が変更したのは夜のWinnipeg行きでしたが、早い時間のToronto経由Winnipeg行きを手配してくれました。
大切なスティックは “Offensive weapon”(武器)とみなされるので機内持ち込みはできませんでした。
Moutonさんが事情を説明したのですが、やはりそこは規則。
「丁寧に扱います」ということで預けました。
「夢だったのではないか」と今でも思いますが、後日、そのときの記事が掲載された新聞と雑誌が送られてきたので、どうやら夢ではなかったようです。
(フランス語なのでよく分かりませんが、見出しには「日本からCanadiensを見にきた」と書いてあるようです。へっぴり腰が恥ずかしい。)
(夢の時間)
こうして私の最初のモントリオール旅行は幕を閉じました。
しかし、これは始まりに過ぎませんでした…





