2000年に北米プロホッケー (NHL:National Hockey League) の公式戦が日本でおこなわれました。

切符代が高かったのと「日本で観てもなぁ」という気持ちだったので、行くつもりはなかったのですが、知人が切符を譲ってくれたので行きました。

さいたまスーパーアリーナでの2試合のうちの1試合。

驚きました。

選手が長いパスをするとパック(写真)が途中で止まってしまう。

フェンスと氷の境目に溝ができていてそこに入ったパックを選手がかき出す場面が何度もありました。

パックは使う前に冷やしておかなくてはなりません。

十分に冷えていないと氷の上を滑らないのです。

このときの運営者はこのことを知らなかったのか、冷やすのを忘れていたのか。

フェンスと氷の境目に溝があるなどもってのほか。

とても恥ずかしくなり、試合を観るどころではありませんでした。

 

2002年にサッカーのワールドカップが日本と韓国で開催され、決勝を含む何試合かが横浜国際競技場(現、日産スタジアム)で行われました。

そのときに私の知り合いがこの競技場の場長を務めました。

いつ就任したか、覚えていませんが、就任以来一貫しておっしゃっていたのは「芝」でした。

話を逸らしますが、私が高校生のとき、1970年代初めのことですが、同級生がサッカー観戦ツアーでドイツに行きました。

その話をしてくれたときに真っ先に言ったのが「芝」でした。

試合を観るだけでなく、サッカーをやらせてもらったのですが、芝が足首まであったそうです。

有名なスタジアムではありません。

ドイツ、あるいはヨーロッパ、ではそれが当たり前のことだったようです。

話を戻して。

そのころの日本の競技場、例えば国立競技場はどうかというと、サッカー専用の競技場ではありませんので、ラグビーやアメリカンフットボールなどがおこなわれていましたので、芝どころではありません。

サッカーの試合がテレビ中継されるときには緑色の粉をまいて見栄えをよくしていたそうです。

選手がスライディングをすると緑色の粉が舞っていたのを見た記憶が私にもあります。

雨の中の試合では選手が泥だらけになります。

そして、ワールドカップをひかえた横浜国際競技場。

あれだけの収容人数ですから音楽ライブにはもってこいの場所です。

しかし、場長は頑として音楽ライブを許可しませんでした。

ライブをやると、芝の上にカバーをかけても、たくさんの人に芝が踏まれ、飲み物をこぼされ、芝が痛みます。

「世界中が注目するワールドカップの会場の芝が痛んでいては世界に対して恥ずかしい。」

この場長のおかげで世界に立派な芝を見せることができました。

 

オオタニ選手の活躍で目にすることが増えてきた大リーグ。

どの球場もとても綺麗です。

緑の芝に茶色の土。

大リーグではそれが主流だという話を聞きました。

選手が怪我をしないようにというのも理由の一つだそうですが、野球は天然の芝と土の上でするものという文化が根付いているような気がします。

 

私がホッケーの試合を観に、モントリオールまで行っていたのは、もちろん、日本では観られないからですが、それよりも大きな理由は「本場で観たいから」です。

そのスポーツを育んできた文化の中で観たい。

それはチームを心の底から愛し、応援する観客であり、競技場であり、街の風景であり…

白状しますが、私は何度もモントリオールで試合を観てきましたが、試合のことはほとんど覚えていないのです。

チームそのものがオールスターチームだったそのころのモントリオール、そして、相手チームにも有名な選手がたくさんいたのにその選手たちのことはほとんど記憶にないのです。

どちらが勝ったのかすら。

いったい何を観てきたのでしょうね。笑

 

歴史のあるカナダのホッケーに包まれているのが心地良かったのでしょう。

 

 

Moutonさんが亡くなって3年が経った1996年4月、私は再びMontrealを訪れました。CanadiensのホームリンクがForumからMOLSON CENTRE(現在のBell Centre)へ移ったときでした。試合はすでにモルソン・センターでおこなわれるようになっていましたが、思い出がたくさん詰まったForumをもう一度この目で見ておきたかったのです。

 

 

 

街にはForumの1924年からの歴史を讃える”LA FIERTE POUR TOUJOURS”(永遠の誇り) 、そして、これからはMOLSON CENTREが ”Au centre de l’action”(アクションの中心地)となることを示す旗や幟が掲げられていました。

 

 

NHLには“Original 6(オリジナル6)”と呼ばれる特別な6チームがあります。

1942年から1967年までの長い間、この6チームでリーグが構成されていたため、そう呼ばれています。モントリオールはもちろんこのうちの一つで、あとの5チームはトロント・メイプルリーフス、ボストン・ブルーインズ、シカゴ・ブラックホークス、デトロイト・レッドウィングス、ニューヨーク・レインジャースです。これらのチームのホームリンクも一度は訪れてみたい「聖地」でしたが、行けたのはForum、メイプルリーフガーデン(トロント)、マジソンスクエアガーデン(MSG : ニューヨーク)の三つでした。MSG以外のスタジアムはいずれもすでにその役割を終えています。

 

モルソン・センターはForumに比べて観客席の傾斜が緩やかで開放的に感じられました。そのためForumのように、洞窟の中で風がうねるような独特の大歓声に包まれる、あの圧倒的な雰囲気はありませんでした。記者の中には“Not noisy”と評する人もいて、私はどこか寂しさを覚えました。

 

 

もちろんMoutonさんのお墓参りに行きました。

奥さまのMoniqueに連れて行ってもらった墓所は室内なので寒い日でも行くことができます。

遺影と遺灰の入った小さな壺に手を合わせていると涙がこぼれてきました。

 

時間があったので大リーグ、モントリオール・エクスポスの試合を観に行きました。

当時、大リーグにはモントリオールとトロントの二つ、カナダのチームがありましたが、モントリオール・エクスポスは2004年にワシントンへ移転し、現在は先のワールドシリーズでドジャースと戦ったトロント・ブルージェイズだけになっています。

Moutonさんはエクスポスにも関わっていたという話を聞いたことがあります。

 

Moutonさんとの思い出のMontreal Forum。

 

さようなら。

 

今シーズンが始まり、Canadiensは5試合を終えて4勝1敗でとても良い滑り出しです。

そして、嬉しいことというのは2024年のドラフトで1位指名したロシア人選手、Ivan Demidov(イワン・デミドフ)選手の素晴らしいこと!

まだ19歳です。

Canadiensは他にもいい選手が育ってきているので、今年は期待が膨らんでいます。

 

そんなことがあったので、調べてみたことがあります。

NHL選手の国籍の内訳です。

カナダがトップであることは言うまでもないことですが、あるデータによると、1980-81シーズンのカナダ人の割合は82.3%でした。そして、去年、2024-25シーズンは41.1%だそうです。増えているのがアメリカで、同じ期間では11.1%から29.1%、以下、昨シーズンの内訳はスエーデン9.3%、ロシア6.8%と続きます。人数で見るとカナダ358人、アメリカ254人、スエーデン81人、ロシア59人です。まだ比率は少ないものの、東西冷戦時代には考えられなかったロシア(ソビエト)の選手がこれだけいることに改めて驚きました。しかも、最近はロシア人選手がチームの中心になっているチームもあり、去年はワシントン・キャピタルズのキャプテンを務めているAlex Obechkin(アレックス・オベチキン)選手がNHLの通算得点数でカナダの英雄であるWayne Gretzke(ウェイン・グレツキー)の記録を抜きました。NHLの通算最多得点者がロシア人というのは複雑な思いなのは私だけでしょうか?

 

同じく昨シーズンのデータですが、チーム別に見るとカナダ人の比率が最も高いのはエドモントン・オイラーズの62%で、モントリオールは59%です。

1970~80年代のCanadiensは “Flying Frenchmen”と呼ばれていたようにフランス系カナダ人の選手が約半数を占めていました。例えば私が行った1977-78シーズンは1試合以上出場した28人のうち、フランス語が中心のケベック州出身者が13人、カナダ人以外は4人でした。今シーズンの登録選手20名では、ケベック州出身者は4人、カナダ人はその4人を含めて10人です。

また、現在のCanadiensはキャプテンはNick Suzukiという選手です。ただ、名前は日本語ですが日系五世なので日本人以外の人たちが「鈴木」を意識することはなく、純粋なカナダ人です。そのSuzukiがセンターを務める第一セットのウィングはチェコ人とアメリカ人です。

 

ヨーロッパ人選手がNHLでプレーするようになったのは1980年代だったと思います。まだヨーロッパ人選手を公式にドラフトする時代ではなく、国際試合の最中にチームを抜けて、他国経由でカナダに亡命させるというスパイ映画まがいの方法でNHLに加わったチェコスロバキアの選手もいました。

その後、ヨーロッパ人選手もドラフトを経て獲得するようになり、冒頭に挙げたCanadiensの選手のようにヨーロッパ人選手がドラフトの第一巡目に指名されることも珍しくなくなりました。

 

NHLで世界の一流選手を見ることができるのは嬉しいことではありますが、私にとっては残念な面もあります。

以前は例えば、カナダとソビエトとではそのプレースタイルがはっきりと異なっていました。それはチームとしてだけではなく、スケーティングの姿勢を見るだけでカナダかソ連かが分るほどの違いがありました。チェコスロバキアもスエーデンもそれぞれ特徴がありました。しかし、各国の第一線の選手の多くがNHLでプレーするようになり、World Cupのような国際大会では国ごとの特色が薄れてしまったように思います。

そういう意味では、まだプロになっていない選手によるジュニア世界選手権は国ごとの特色が現れているのかもしれません。しかし、残念なことに日本ではその試合を見る手立てはありません。

 

また、これまで不定期に開催されていたCanada Cup、そしてそれに続く、World Cup of Hockeyが2028年2月に開催されることになり、その後は4年ごとにおこなわれるようです。

これも日本では観られないでしょうね…

 

出典:https://soundofhockey.com/2024/12/26/data-dump-nationality-trends-across-the-nhl/