NHLで最も長く、そして最も輝かしい歴史があるチーム―それがモントリオール・カナディアンズ (Montreal Canadiens) です。

 

カナディアンズが勝った翌朝は人々が明るい表情で街を歩き、負けた翌朝は下を向いている。

だから、朝、街を歩くだけで前夜の試合結果がわかる―そんな話を聞いたことがあります。

 

ホッケーの試合では圧倒的に地元チームのファンが多いのですが、客席にカナディアンズのユニフォームを着たファンが少なからずいるのは全国的にも愛されたチームである証でしょう。

 

チームができてから100年以上、優勝24回。

5年連続優勝が1回に4年連続優勝2回。

4連勝中の1976-77年シーズンには80試合で60勝8敗12分という圧倒的な強さを誇りました。

名選手も数多く輩出しており、永久欠番とした背番号が15もあります。

 

その中の一人がGuy Lafleurです。

カタカナで表記するのが難しいのですが、無理やり書くとすれば「ギー・ラフラー」でしょうか。

以下の文章では “Lafleur”と書くことにします。

Lafleurは1971年のドラフトでカナディアンズに総合1位で指名され、1984-85年シーズンまでの14年間カナディアンズに在籍しました。

そして、3年連続で得点王に輝くなど、モントリオールだけでなく、カナダの大スターと言っても良いでしょう。

 

フランス語の “La Fleur” は英語の “The Flower”。

背番号10。

まだヘルメットの着用が義務付けられていなかった時代でした。

金髪をなびかせながら得点を重ねる姿は “Le Démon Blond”(金髪の悪魔)と称されました。

 

 

確かに相手チームにとっては「悪魔」だったでしょう。

しかし、もちろん、モントリオールではヒーロー。

Lafleurが登場するとリンクにパッと「花」が咲いて明るくなったようになり、ホームリンクのフォーラム (Forum) は観客席からの “Guy!”、”Guy!” に満たされます。

得点をあげた後の場内アナウンス、 “Guy Lafleur!”も他の選手のときよりもいっそう高らかに聞こえます。

 

https://youtu.be/6UW3JPBkzSE?si=oLq9Ch0rNt_Oc3w6

 

そんなLafleurですが、コーチやチームの方針と合わなくなり、出場機会が減りました。

本人はトレードを申し入れましたが、チームは圧倒的な人気を誇るLafleurをトレードに出す決断をすることができなかったと言われています。

その結果、Lafleurは1985年にやむなく引退します。

 

その3年後、ニューヨーク・レインジャースで復帰をします。

そして、レインジャースの一員としてモントリオールに戻ったLafleurをファンは大歓声で迎えました。

しかも、その一戦でLafleurは2得点をあげ、場内は大歓声に包まれました。

相手チームの得点でフォーラムがこれほど沸いたのは後にも先にもこの時だけでしょう。

それほどファンに愛されたLafleurでした。

 

https://youtu.be/UTnbTAzOOw8?si=x6lx4XH_jZS2N5Pj

 

Lafleurはヘビースモーカーとして知られていました。

 

2022年4月22日、肺がんのために永眠しました。

70歳でした。

 

安らかに。

 

R.I.P.

 

カナダでのホッケー中継は単なる試合中継ではなく、一つの「番組」として楽しまれています。

それがCBC放送 (Canadian Broadcasting Corporation ) で放送されている「ホッケー・ナイト・イン・カナダ (Hockey Night in Canada : HNIC)」です。

 

 

スタジオにはお馴染みの司会者や解説者が並び、リンクサイドのレポーター、実況アナウンサーとともに番組が進んでいきます。

試合前には最近の試合を振り返りながら、今日はどんな試合になりそうかなど、スタジオでワイワイ話がなされたり。

休憩時間にはそれまでの得点場面や良いプレーの振り返りや他の試合の経過、結果が報告されます。

そして、長いこと休憩時間中の名物になっていたのが「コーチズ・コーナー (Coach’s Corner)」です。

ボストン・ブルーインズなどでコーチを務めたドン・チェリー (Don Cherry) の独特の視点での解説、というよりは毒舌に近く、ときには司会者との議論になることもありました。

 

https://youtu.be/CIyj8_Pw87g?si=qHgTAwl289w6_ky7

 

 

言うまでもないことですが、試合開始から終了まで伝えます。

 

このHNICである事件が起きたことがあります。

1987年3月14日のことです。

フィラデルフィア・フライヤーズ対モントリオール・カナディアンズの試合が長引き、23時ころに第3ピリオドが終わった時点で、CBC放送は延長戦を放送せずに打ち切ってしまったのです。

1971年からの名司会者のデイブ・ホッジ (Dave Hodge) はそれに不満を示し、「これが今日のスポーツ界とこのネットワークの現状です (That's the way things go today in sports and this network,) 」と言い捨て、ペンを放り投げてしまいました。

 

https://youtu.be/bx33a0u3gmg?si=VipsSwgHfS5GWFLV

 

それがホッジ氏のCBCでの最後となりました。

局側からは謝罪を求められましたが、謝罪することはなかったそうです。

ホッケーを大切にするこの姿勢に多くの人たちが賛同したと聞いています。

 

さらに、先日、6月16日に昨シーズンを最後にCBCはNHLの試合を放送しなくなることが発表されました。

74年間のテレビ放送、そしてラジオ放送から含めると90年、カナダの人々にホッケーを届けてきたCBCの「ホッケー・ナイト・イン・カナダ」はもう見られなくなります。

 

来シーズンからはサブスクでしか見られないそうです。

少し寂しい気持ちになります。

 

日本でも昨年のWBCがそうでした。

今行われているFIFAワールドカップサッカーも一部を除いてそうです。

私がよく見ていたカーレースのF1も、そして、映画やドラマもサブスクが中心です。

日本について言えば、今後、地上波のテレビで見られるのは目を覆いたくなるようなバラエティ番組くらいになるのでしょうか。

 

「これが今日のスポーツ界とこのネットワークの現状です」

 

ホッジ氏のこの言葉が、今は少し違った響きを持って聞こえてきます。

 

約半世紀にわたる私のホッケー人生を振り返ると、そこには多くの出会いがあります。

この方たちの誰一人欠けても、今の私はなかったと思います。

試合を見せていただいたことはもちろん、いろんな経験をさせてくれたり、知らないことを話してくれたり。

 

その一人がカルガリー在住のレイ・レザーさんです。

実はレイと知り合ったのはホッケーを通じてではありません。

私は高校生になったときに空手を習い始めました。

新宿の繁華街にあったその道場に全日本大会に参加するために仲間4人と共にカナダからやってきたのでした。

すでにホッケーが好きになっていましたので彼らがカナダ人であることを知って大喜び…したはずです。

しかし、不思議なことにホッケーの話をした記憶がないのです。

あれこれ知りたいことがたくさんあったはずなのに何故でしょうね。

来日した彼らにはリーダーがいて私たち日本人と話すのはそのリーダーが中心だったからかもしれません。

覚えていることの一つは稽古の後、皆で食事をしながら「4文字言葉(汚い言葉、相手を罵る言葉)」をたくさん教えてもらったことです。笑

 

レイと親しくなったのは彼らがカナダに帰ってからです。

私がホッケーが大好きで、日本では試合を見ることができないということは話していましたので、VHSビデオテープに試合を録画してくれ、送ってくれました。

毎月2、3本。

テープに録画し、梱包し、郵便局に持ってゆく。

そんな手間を惜しむことなく送ってくれたテープは何本になったでしょう。

そのおかげでたくさんのことを知ることができました。

どんな選手がいるのかはもちろん、ホッケーの試合がどのように放送されているのかといったことを知るのも楽しかったです。

また、放送中には画面の下にテロップで外気温が表示されるのですが、-40℃という表示に驚いたりもしました。

他にも新聞記事や入場券の半券も送ってくれ、どれも大切な宝物としてとってあります。

 

最近はSNSで話をしながら、同じ試合を見たり、私が疑問に思うことを教えてもらったりしています。

そして、去年、空手の試合のために来日し、40年ぶりの再会を果たしました。

空手をやっているカナダ人。

ホッケーが大好きな日本人。

少し不思議な、でもとても大切な縁です。

 

これからも良い友達でいようね!

 

(1989年にカルガリー・フレームズは優勝しました。そのときのレイと娘さんのエリン)