陸奥国分寺薬師堂へ | cotsplaceのブログ

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2024年5月26日

 

仙台の「たんや善次郎」のランチに2時間も待ったので、午後からの観光時間が少なくなってしまいました。

この後、地下鉄でサッと観光して、15時30分には仙台駅を空港に向けて出発したいと思います。

 

 

地下鉄の薬師堂駅すぐのところにある陸奥国分寺跡の遺跡です。

 

 

陸奥国分寺は、奈良時代に聖武天皇が全国に建立した国分寺の中で最も北にある寺だそうです。

建立後、奥州藤原氏により修復を受けていましたが、源頼朝の侵攻により焼失してしまいました。 

 

 

南大門,中門,金堂,講堂,僧坊が南北中軸線上に並び,中門と金堂は複廊式の回廊で結ばれ,

鐘楼,経楼,七重塔等を配した大規模な伽藍であったことが分かっています。

 

 

現在,陸奥国分寺の講堂跡には薬師堂が,南大門跡には仁王門が建てられています。

 

 

陸奥国分寺薬師堂仁王門は、慶長12年(1607)の薬師堂創建時の建立です。

 

 

三間一戸の八脚門で、入母屋造りの茅葺となっています。

 

 

仁王門を通り抜けて薬師堂へ向かいましょう。

 

 

木に祠が設けられています、何か謂れがありそうですね・

 

 

参道は中門跡を通り過ぎ・・・・・・

 

 

金堂跡と書かれた場所にやってきました、陸奥国分寺の金堂は無くなっていますね。

 

 

今ある金堂は、伊達政宗公の命により再建されたものらしいです。

 

 

あちらに見えるのが、伊達政宗公の命により再建された陸奥国分寺の金堂です。

 

 

慶長12(1607)年落慶した現存する仙台最古の木造建築物の一つで国指定重要文化財です。

 

 

本尊の薬師如来に因み「薬師堂」とも言われています。

 

 

薬師堂の狛犬さんも独特のお顔でした。

 

 

なんとかく愛嬌のある顔で可愛らしくさえ感じてしまいます。

 

 

なんとなく出川哲郎に似ていなくもない!!

 

 

御歳、お幾つになられたのでしょうか、風化した姿がユーモラスですね。

 

 

こちらは、陸奥国分寺鐘楼堂です。

 

 

室町時代後期に建築され、江戸時代初期の伊達政宗による大規模な修理を受けて引き継がれた袴腰付き鐘楼です。

古い部材が残るなど保存状態が良く、全国的にも類例の少ない形式を持っているそうです。

 

 

仙台市内において、中世にさかのぼる建造物は類例がなく、市内現存最古の木造建造物なのだとか。

陸奥国分寺の中世からの歴史を伝える重要な建造物なで市の指定有形文化財に指定されました。

 

 

ここの空き地には・・・・・・・・

 

 

なんと、七重塔が建てられていたらしい。

承平4年(934)に落雷を受け、七重塔が火災で失われています。

 

 

この辺りの平地は陸奥国分寺の復原遺構となっているようですが・・・・・・

 

 

陸奥国分寺があった頃はとても広く、現在は住宅地になっています。

 

 

陸奥国分寺は、聖武天皇の発願によって建立された国分寺の1つで、奈良時代の740年代頃に創建されました。

平安時代まで陸奥国の財政的支持を受けて大伽藍を維持したが、室町時代には著しく衰微してしまいます。

17世紀初めに伊達政宗により再興され、1607年に建てられた薬師堂を中心に25坊を擁する大寺院として栄えます。

明治時代に僧坊は1つを残して廃絶してしまいますが、薬師堂をはじめとする中心堂宇は維持されました。

 

 

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