日本フィギュアスケート発祥の地「五色沼」へ | cotsplaceのブログ

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2024年1月14日

 

大人の修学旅行も最終日となってしまいました。

この日は地下鉄東西線「国際センター駅」で下車して青葉山公園に来てみました。

 

 

国際センター駅には仙台市出身の羽生結弦選手と仙台市にゆかりのある荒川静香さんの

ガラス製のサイン入りモニュメントが設置されています。

 


向かって左から2つのモニュメントはお二人のオリンピックでの業績を称え、2017年に設置されました。
 

 

その後、羽生選手の平昌オリンピックでの2連覇の功績を称え、

2019年に羽生選手の新しいモニュメントが追加設置されたのです。

 

 

荒川静香さんのモニュメント
2006年にトリノオリンピックで金メダルを獲った荒川静香さんの雄姿です。

イナバウアー姿の荒川静香さん、一躍有名になりましたね。

 

 

羽生結弦さんのモニュメント
2014年のソチオリンピックでのショートプログラム「パリの散歩道」での様子が描かれています。

多くの人を魅了した演技は素晴らしかったですね。

 

 

2018年の平昌オリンピックで66年ぶりに2連覇を達成した羽生結弦選手が

金メダルを取った演目「SEIMEI」での1シーンが描かれています。

等身大のモニュメントは躍動感が伝わってきて、あのオリンピックの感動が蘇りますね。

 


モニュメントと一緒に記念碑が立っています。

記念碑には金メダリスト2人のプロフィールや実物大の手形が描かれています。

金メダリストの手と自分の手をあわせることも出来ました。

 

 

近くに、日本フィギュアスケート発祥の地「五色沼」があるようなので行ってみましょう。

南北に延びる沼が「長沼」で、東西に延びる沼が「五色沼」でした。

五色沼は、元々は仙台城(青葉城)を囲む外堀の一部で、三の丸の北側から大手門隅櫓の前にかけて広がっていました。

 

 

はじまりは1890年(明治23年)頃、仙台市在住の外国人がスケートを滑ったことがきっかけとなったようです。
 1897年(明治30年)頃にアメリカ人宣教師のデビソンが子供達にフィギュアスケートの手ほどきを始め、

1909年(明治42年)頃に旧制第二高等学校(現東北大学)の学生がドイツ語教師のウェルヘルから教わり、

アウトカーブという片足でカーブを曲がる技術を習得したとされています。
その後、旧制第二高等学校の卒業生は、日本各地でフィギュアスケートの指導や普及に努めました。
その功績を讃え、この地が日本フィギュアスケート発祥の地と呼ばれるようになったようです。
 

 

当時の五色沼は、冬になると厚く凍結し、天然のスケートリンクとなっていました。
しかし、近年では薄く氷は張るものの、とても人が氷上に乗れるまでには至りません。
 

現在は周囲に柵が整備され、かつてスケートリンクだった面影は見られませんが、

ペアスケーターをモチーフとしたブロンズ像が建てられています。

 

男女ペアスケーターのブロンズ像(作品名:無限への軌跡、作者:翁ひろみ)

 

その後、仙台市から荒川静香さん、羽生結弦さんという偉大なフィギュアスケーターが誕生したのです。

 

 

この日の五色沼にも薄氷が張っていました。

 

 

ここに天然のスケートリンクが出来ていたことに驚きを感じてしまいます。

 

 

もうスケートが出来るような氷が張ることはないそうです。

地球温暖化が進んでいるのでしょうか。

 

 

パネルに昔の写真が写っていました。

 

 

手をつないで楽しそうに滑ってますね。