15 イリア・レーン&パスティ・レーン
彼女は、黙り込んでいる。
プリッターは、火柱を見やった。
「……それは、あのマチルダ君も同じこと。お友達の、ジュンクリフ・エドバー君も同じ。そしてわたしも。魔法学院の学院長さえも……ですよ。どれだけの「修行」を積んでいるにせよ、あの『魅了』にかからずに済むような、例外はありません」
プリッターは龍の額をなぜ、言葉を切った。
「それだけ、キーツ宰相と、パスティ大王の魔力は、途方もなく強大であるということです……」
「それは……私も、同じことですよね?」
「夢現を、体感したことがありますか? レシング君」
わざと、すましたような口調で、尋ねる。
舵を取られた龍は、夜風に乗って、大きく跳ね上がった。
ジェルソミーナは危うく、教授の、背中にしがみつく。
「それが……」
教授は、両肩で笑い、優しく、
「あなただけは違うのですよ。キーツ宰相の前に出ても、あなただけは、『魅了』にはかからないのです」
「いや、でも、私……っ!」
プリッターはそれを制し、
「かからないのですよ。――それは、あなたの『リボン』。リュイ君にもらったその一本のリボンが、あなたを『魅了』から、絶えず、完璧に守っているのです」
「リボン……?」
龍は、雲を抜け、夜空を滑空する。
「調査室の結論ですから間違いないでしょう、あなたのその『リボン』は、相当な力を持ち、恐らく……「生きている」のですよ。あなたに害をなそうとする物を、リボンは自分で判断し、全て、寸前で遮断しているのです」
「防御魔法の道具だとは、思っていましたけど……」
「物体だけではないでしょう」
即座に修正する。
「その『青いリボン』は、目に見えないもの、呪術的なものも、排除してしまうのです。とにかく、あなたにとって、「良くない影響を及ぼすもの」……全てを、ね」
マチルダの姿が、すぐ傍にまで迫ってきた。
少女は魔物に、トウガラシ玉の一撃を食らわせた後、ホウキの柄をこちらへ向ける。
「あっ、ぷりったー先生っ!」
嬉しげに両手をあげ。
機械龍の背後へまわり、その尾っぽをつかんで、振りまわした。
「おや、サザーランド君。君もウインター・バーゲンで、カラクリ魔法具を買って来たの」
「うんっ! ポテテ君の、お店でー」
「元気に遊ぶのは良いことだけど、あまり破壊してはいけないよ。森や町は、みんなが時間をかけて作った、とっても大切な物なんだからね」
「はあーいっ!」
尾っぽに一面、コインの角で悪戯書きをされて、機械龍はかなり迷惑そうだ。
ジェルソミーナは、龍の様子も気になったが、自分の茶色い、長い髪を結ったリボンも、そして煙を上げる森の様子も気にかかって、「マチルダ、集落はどうなったのー?」と聞いてみた。
「いいですか、キーツ宰相の『魅了』にかからないのは、世界中であなただけなのですから。「しっかり」、やって下さいね」
「え?」
「分かりましたね?」
>INDEX
プリッターは、火柱を見やった。
「……それは、あのマチルダ君も同じこと。お友達の、ジュンクリフ・エドバー君も同じ。そしてわたしも。魔法学院の学院長さえも……ですよ。どれだけの「修行」を積んでいるにせよ、あの『魅了』にかからずに済むような、例外はありません」
プリッターは龍の額をなぜ、言葉を切った。
「それだけ、キーツ宰相と、パスティ大王の魔力は、途方もなく強大であるということです……」
「それは……私も、同じことですよね?」
「夢現を、体感したことがありますか? レシング君」
わざと、すましたような口調で、尋ねる。
舵を取られた龍は、夜風に乗って、大きく跳ね上がった。
ジェルソミーナは危うく、教授の、背中にしがみつく。
「それが……」
教授は、両肩で笑い、優しく、
「あなただけは違うのですよ。キーツ宰相の前に出ても、あなただけは、『魅了』にはかからないのです」
「いや、でも、私……っ!」
プリッターはそれを制し、
「かからないのですよ。――それは、あなたの『リボン』。リュイ君にもらったその一本のリボンが、あなたを『魅了』から、絶えず、完璧に守っているのです」
「リボン……?」
龍は、雲を抜け、夜空を滑空する。
「調査室の結論ですから間違いないでしょう、あなたのその『リボン』は、相当な力を持ち、恐らく……「生きている」のですよ。あなたに害をなそうとする物を、リボンは自分で判断し、全て、寸前で遮断しているのです」
「防御魔法の道具だとは、思っていましたけど……」
「物体だけではないでしょう」
即座に修正する。
「その『青いリボン』は、目に見えないもの、呪術的なものも、排除してしまうのです。とにかく、あなたにとって、「良くない影響を及ぼすもの」……全てを、ね」
マチルダの姿が、すぐ傍にまで迫ってきた。
少女は魔物に、トウガラシ玉の一撃を食らわせた後、ホウキの柄をこちらへ向ける。
「あっ、ぷりったー先生っ!」
嬉しげに両手をあげ。
機械龍の背後へまわり、その尾っぽをつかんで、振りまわした。
「おや、サザーランド君。君もウインター・バーゲンで、カラクリ魔法具を買って来たの」
「うんっ! ポテテ君の、お店でー」
「元気に遊ぶのは良いことだけど、あまり破壊してはいけないよ。森や町は、みんなが時間をかけて作った、とっても大切な物なんだからね」
「はあーいっ!」
尾っぽに一面、コインの角で悪戯書きをされて、機械龍はかなり迷惑そうだ。
ジェルソミーナは、龍の様子も気になったが、自分の茶色い、長い髪を結ったリボンも、そして煙を上げる森の様子も気にかかって、「マチルダ、集落はどうなったのー?」と聞いてみた。
「いいですか、キーツ宰相の『魅了』にかからないのは、世界中であなただけなのですから。「しっかり」、やって下さいね」
「え?」
「分かりましたね?」
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14 イリア・レーン&パスティ・レーン
ジェルソミーナは驚き、身を乗り出した。
そんな背中の彼女へ、「三角体」をかかげてみせ、教授は、笑う。
力の暴走を、魔法学院の結界で封じられた『結晶』は、ほのぼのとした光を――
一見、平和そのものにしか見えない、危険な光を――
辺りに散らしている。
バイザーを下ろした目尻に、いつも通りの笑みをうかべ、
「ですから、この辺りは……今、キーツ宰相の『魅了』が、充満しているはずですよ」
プリッターは、においを嗅ぐように、星空を見渡す。
その横顔を、ジェルソミーナは信じられない物に出くわしたかのように、見つめた。
「そ……それって……」
「大丈夫ですよ」
即答する。
「わたし達も、あなたも。『魅了』の魔法には、そうそうかかりませんから」
「かかりませんから、って言っても……!」
脳内が、麻痺したように硬直した。
次の瞬間、ジェルソミーナは、堰を切ったように、
「先生、『魅了』って……強力なんでしょ!? パストラルやイリニアを、すぐに、丸ごと呑み込んでしまえるぐらいに……!」
プリッターは、興味深そうに、彼女を見つめ返した。
どんな思いで、その言葉を吐いたのか、全て、見透かしているかのようだった。
「あなたはやはり……キーツ宰相の「力」を、真に、理解していらっしゃるようですね」
茶色い瞳が、やおら、宙で固まる。
「どゆ?」
「いえいえ、まあそれはいいです」
今度の宿題にしましょうか。
やんわりとした口調で付け足して、プリッターは、機械龍の進路を、森の上空へ向けた。
「……ただ、ヒントだけは出しておきましょうね。先天的なものだと言っても、キーツ宰相の『魅了』は、魔法であることには変わりありません。わたしたち「古代魔法」の修行を積んできた者は、魔法に対する「抵抗力」の修行も積んできています。精神力を高めるという、ね」
「――だから、キーツ宰相の『魅了』に、かからないんですね、先生?」
「もちろん、個人差はありますよ。魔法に対する「抵抗」の修行を、どれだけ積んできたかという、修行量と質の差です」
「わあああいっ!」
遠くで、マチルダが歓声を上げた。
ホウキに逆さまに吊り下がったまま、両手を離し、炎の中のコウモリをつかまえて遊んでいる。
教授は、やさしげなまなざしを向けた。
「――しかし、わたしたちの『魔法抵抗』には、限界があります。「古代魔法」の修行で身に付けたこの抵抗力。これだけでは完全に、キーツ宰相やパスティ大王の『魅了』に打ち勝つことはできない。打ち勝てるのは、魅了の弱まっている状態だけ……宰相から離れている時、だけなのです。その証拠に、レシング君、わたしたちはキーツ宰相の前に出ると、その魅了の虜になってしまうのですよ? ほんのり良い気持ちになってきて、夢と現の境目が判らなくなって……あとは先ほど見た、あの兵士達と同じです……『操り人形』になってしまうのですよ」
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そんな背中の彼女へ、「三角体」をかかげてみせ、教授は、笑う。
力の暴走を、魔法学院の結界で封じられた『結晶』は、ほのぼのとした光を――
一見、平和そのものにしか見えない、危険な光を――
辺りに散らしている。
バイザーを下ろした目尻に、いつも通りの笑みをうかべ、
「ですから、この辺りは……今、キーツ宰相の『魅了』が、充満しているはずですよ」
プリッターは、においを嗅ぐように、星空を見渡す。
その横顔を、ジェルソミーナは信じられない物に出くわしたかのように、見つめた。
「そ……それって……」
「大丈夫ですよ」
即答する。
「わたし達も、あなたも。『魅了』の魔法には、そうそうかかりませんから」
「かかりませんから、って言っても……!」
脳内が、麻痺したように硬直した。
次の瞬間、ジェルソミーナは、堰を切ったように、
「先生、『魅了』って……強力なんでしょ!? パストラルやイリニアを、すぐに、丸ごと呑み込んでしまえるぐらいに……!」
プリッターは、興味深そうに、彼女を見つめ返した。
どんな思いで、その言葉を吐いたのか、全て、見透かしているかのようだった。
「あなたはやはり……キーツ宰相の「力」を、真に、理解していらっしゃるようですね」
茶色い瞳が、やおら、宙で固まる。
「どゆ?」
「いえいえ、まあそれはいいです」
今度の宿題にしましょうか。
やんわりとした口調で付け足して、プリッターは、機械龍の進路を、森の上空へ向けた。
「……ただ、ヒントだけは出しておきましょうね。先天的なものだと言っても、キーツ宰相の『魅了』は、魔法であることには変わりありません。わたしたち「古代魔法」の修行を積んできた者は、魔法に対する「抵抗力」の修行も積んできています。精神力を高めるという、ね」
「――だから、キーツ宰相の『魅了』に、かからないんですね、先生?」
「もちろん、個人差はありますよ。魔法に対する「抵抗」の修行を、どれだけ積んできたかという、修行量と質の差です」
「わあああいっ!」
遠くで、マチルダが歓声を上げた。
ホウキに逆さまに吊り下がったまま、両手を離し、炎の中のコウモリをつかまえて遊んでいる。
教授は、やさしげなまなざしを向けた。
「――しかし、わたしたちの『魔法抵抗』には、限界があります。「古代魔法」の修行で身に付けたこの抵抗力。これだけでは完全に、キーツ宰相やパスティ大王の『魅了』に打ち勝つことはできない。打ち勝てるのは、魅了の弱まっている状態だけ……宰相から離れている時、だけなのです。その証拠に、レシング君、わたしたちはキーツ宰相の前に出ると、その魅了の虜になってしまうのですよ? ほんのり良い気持ちになってきて、夢と現の境目が判らなくなって……あとは先ほど見た、あの兵士達と同じです……『操り人形』になってしまうのですよ」
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13 イリア・レーン&パスティ・レーン
バイザー越しに、教授と、ジェルソミーナの目が合った。
「先生、『魅了』……って、今……」
「これは作り話などではありませんよ。現実に、「魅了」は存在しているのです。パスティ・レーンと呼ばれる悪魔の魅了、そして、あなたのよく知っている……」
「先生!」
夜空へ。
魔法の放射器の、口を傾けた。
「キーツ宰相の『魅了』の場合も、これと同じことが起こります」
仲間をあらかた焼き殺されていても、なおも向かってくる人間達に、数度目の狙いを定める。
甲冑に隠れて表情は分からないが、『人間が人間ではなくなってしまっている』――
ような、感じがした。
(狂気……)
放射器に、新たなエネルギー・パックが装填される。
(操り人形……っ)
赤々と、森が、燃え広がる。
焼き払っても、焼き払っても、兵士達は立ち上がり――彼女達に、向かってくる。
(そんなこと……)
傷をかばいもせず、痛みも感じず、草むらから、兵士たちは、立ち上がる。
――舞いあがる、火の粉。
踊り狂う灼熱の炎の渦の中に、ジェルソミーナは翻る、マーカス・キーツのマントを見たような気がした。
「レシング君!」
幻想に取り憑かれた、彼女の腕を取って。
機械龍の背へ、引きずり上げる。
「戦いを終わらせましょう!」
彼女が意識を取り戻したのは、その青白い、発光によってであった。
「きゃあっ!」
ジェルソミーナは、教授の背中に、思いきり、しがみつく。
それは、意識がふっとびそうなほどの、大容量の光だった。
プリッターは半透明な、霞みがかった「青い正三角形」を、頭上に高く掲げ。
星空へ祈るように、呪文を唱えている。
「な、なに……っ?」
いつの間にか、機械龍は、空に留まっていた。
薄い霧が地上を包み、その侵食と共に、生きた兵士の動きが鈍くなっている。
体の大半を焼け爛(ただ)れさせた兵士たちは、目を見開き、うめき声もあげず……
糸が切れたように。
唐突に、崩れ落ちる。
物陰に隠れていた兵士たちも、時間をおかず、次々に、逃亡し始めた。
「せ、先生……っ。この光……っ!」
「ポテテ君が、作ってくれたのですよ」
なにげない口調で、応える。
「マチルダ・サザーランド君の、婚約者の――ね? 彼はまったく、魔法開発者としては素晴らしい生徒ですよ。こんな便利な、魔法道具や機械ばかり作ってくれて。
……この三角形の中心部は、キーツ閣下の「魅了」を結晶化させたものです。ポテテ君やあなたのお師匠様がね、ロードに泊まり込み、溜めに溜めた、魔法の結晶体ですよ。
パスティ大王の「魅了」を、キーツ閣下の「魅了」で、上から塗り消してしまおうという訳ですね」
「魅了で魅了を、塗り消すっ?」
>INDEX
「先生、『魅了』……って、今……」
「これは作り話などではありませんよ。現実に、「魅了」は存在しているのです。パスティ・レーンと呼ばれる悪魔の魅了、そして、あなたのよく知っている……」
「先生!」
夜空へ。
魔法の放射器の、口を傾けた。
「キーツ宰相の『魅了』の場合も、これと同じことが起こります」
仲間をあらかた焼き殺されていても、なおも向かってくる人間達に、数度目の狙いを定める。
甲冑に隠れて表情は分からないが、『人間が人間ではなくなってしまっている』――
ような、感じがした。
(狂気……)
放射器に、新たなエネルギー・パックが装填される。
(操り人形……っ)
赤々と、森が、燃え広がる。
焼き払っても、焼き払っても、兵士達は立ち上がり――彼女達に、向かってくる。
(そんなこと……)
傷をかばいもせず、痛みも感じず、草むらから、兵士たちは、立ち上がる。
――舞いあがる、火の粉。
踊り狂う灼熱の炎の渦の中に、ジェルソミーナは翻る、マーカス・キーツのマントを見たような気がした。
「レシング君!」
幻想に取り憑かれた、彼女の腕を取って。
機械龍の背へ、引きずり上げる。
「戦いを終わらせましょう!」
彼女が意識を取り戻したのは、その青白い、発光によってであった。
「きゃあっ!」
ジェルソミーナは、教授の背中に、思いきり、しがみつく。
それは、意識がふっとびそうなほどの、大容量の光だった。
プリッターは半透明な、霞みがかった「青い正三角形」を、頭上に高く掲げ。
星空へ祈るように、呪文を唱えている。
「な、なに……っ?」
いつの間にか、機械龍は、空に留まっていた。
薄い霧が地上を包み、その侵食と共に、生きた兵士の動きが鈍くなっている。
体の大半を焼け爛(ただ)れさせた兵士たちは、目を見開き、うめき声もあげず……
糸が切れたように。
唐突に、崩れ落ちる。
物陰に隠れていた兵士たちも、時間をおかず、次々に、逃亡し始めた。
「せ、先生……っ。この光……っ!」
「ポテテ君が、作ってくれたのですよ」
なにげない口調で、応える。
「マチルダ・サザーランド君の、婚約者の――ね? 彼はまったく、魔法開発者としては素晴らしい生徒ですよ。こんな便利な、魔法道具や機械ばかり作ってくれて。
……この三角形の中心部は、キーツ閣下の「魅了」を結晶化させたものです。ポテテ君やあなたのお師匠様がね、ロードに泊まり込み、溜めに溜めた、魔法の結晶体ですよ。
パスティ大王の「魅了」を、キーツ閣下の「魅了」で、上から塗り消してしまおうという訳ですね」
「魅了で魅了を、塗り消すっ?」
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