9 イリア・レーン&パスティ・レーン
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「ジェルちゃんっ!」
すぐ頭上に、電光がはしり。
ホウキに乗ったマチルダが、姿を現わす。
「来たよ! やったじゃーんっ。お待ちかねーっ!」
高い空から――
炎に包まれる集落を覗き込み、マチルダは、眠たかったのも忘れ、大御機嫌だ。
『放浪の民』の村は、今、炎の中にあった。
村人たちは、長老の指示に従い、森の奥、岩場へ避難している。
ジェルソミーナは、球状の結界を足元に張って、少しでも現状をつかもうと、星空へ、高く昇っている。
深夜の、襲撃だった。
グリッセン兵の隊列は、真昼のものとはまるで違い、内容的にも兵数面でも大規模なものであった。
それだけ、『錫杖』を取り返そうとする、執念が深いということであろう。
夜空に浮かぶ彼女達を見つけ、小鬼が六羽、コウモリ羽根の向きを変える。
「多分、これだよっ。いっつもパスティ君と一緒に暴れてるっ、すっごーく強い魔物っ! ばんざーいっ、じっけーんっ!」
「まあちゃん、駄目っ、今出て来られても困るの。今日はもう、昼間ので精神力ないんだから……。逃げるか、目立たないように……」
マチルダはあきらかに、不満そうだ。
指先で小鬼たちに呪いをかけ、マチルダは、ホウキの上で印を切った。
両手を「宝珠」の上にかざすと、白い球面が、独特の金属音を響かせる。
「……できることなら、まあちゃんがその宝珠で、『放浪の民』を守ってあげてくんない? 買い直したんでしょ」
横目で見ていると、「宝珠」は強烈な閃光を放ち、四方の魔物を一瞬で蒸発させた。
「まあちゃん、もう、自分の宿題やっちゃったもーん」
「まあちゃん、神官のおじさんに、お餅半分もらったんでしょー。頑張んなきゃ」
「でもー」
マチルダはお餅のように、頬っぺたを膨らます。
と、闇が津波のように、激しく揺らいだ。
「わあああーっ!」
振り返る暇もなく、マチルダの姿が、そこから消えた。
(何か来る!)
ジェルソミーナも、自分の結界にもう一つ、呪文を加えようとする。
ぼやぼやしている暇はない。
自分も避難した方がいい。
しかし、
「みっ、見つけたぞ、人間の女!」
炎の渦に乗った、見上げるほどの大男が、彼女の前を遮った。
上半身には鎖をまとい、逆立つ鈍色の髪。眉は太く、鼻は四角く、彫りの深い犬顔。
両手に反りの大きい、半月刀を握っている。
「わっ、我ら、パスティ・レーン大王の復活を願う、四聖獣! その一人、ゼっ、ゼバクロアっ!」
言葉を吐き出す度、息が詰まるのは、
(こいつ、犬の魔物か……)
魔物が、長い自己紹介をしている間に、さっさと逃亡用呪文を唱えてしまっても、いいのだが……。
ついつい好奇心に誘われて、口ごもっている白い目の、なかなか味のある顔を見上げている――
と。
それに気付いたのか、ゼバクロアは、急に唸り声を上げ、
「お前、イリアを、かっ、隠していないかあーっ!」
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「ジェルちゃんっ!」
すぐ頭上に、電光がはしり。
ホウキに乗ったマチルダが、姿を現わす。
「来たよ! やったじゃーんっ。お待ちかねーっ!」
高い空から――
炎に包まれる集落を覗き込み、マチルダは、眠たかったのも忘れ、大御機嫌だ。
『放浪の民』の村は、今、炎の中にあった。
村人たちは、長老の指示に従い、森の奥、岩場へ避難している。
ジェルソミーナは、球状の結界を足元に張って、少しでも現状をつかもうと、星空へ、高く昇っている。
深夜の、襲撃だった。
グリッセン兵の隊列は、真昼のものとはまるで違い、内容的にも兵数面でも大規模なものであった。
それだけ、『錫杖』を取り返そうとする、執念が深いということであろう。
夜空に浮かぶ彼女達を見つけ、小鬼が六羽、コウモリ羽根の向きを変える。
「多分、これだよっ。いっつもパスティ君と一緒に暴れてるっ、すっごーく強い魔物っ! ばんざーいっ、じっけーんっ!」
「まあちゃん、駄目っ、今出て来られても困るの。今日はもう、昼間ので精神力ないんだから……。逃げるか、目立たないように……」
マチルダはあきらかに、不満そうだ。
指先で小鬼たちに呪いをかけ、マチルダは、ホウキの上で印を切った。
両手を「宝珠」の上にかざすと、白い球面が、独特の金属音を響かせる。
「……できることなら、まあちゃんがその宝珠で、『放浪の民』を守ってあげてくんない? 買い直したんでしょ」
横目で見ていると、「宝珠」は強烈な閃光を放ち、四方の魔物を一瞬で蒸発させた。
「まあちゃん、もう、自分の宿題やっちゃったもーん」
「まあちゃん、神官のおじさんに、お餅半分もらったんでしょー。頑張んなきゃ」
「でもー」
マチルダはお餅のように、頬っぺたを膨らます。
と、闇が津波のように、激しく揺らいだ。
「わあああーっ!」
振り返る暇もなく、マチルダの姿が、そこから消えた。
(何か来る!)
ジェルソミーナも、自分の結界にもう一つ、呪文を加えようとする。
ぼやぼやしている暇はない。
自分も避難した方がいい。
しかし、
「みっ、見つけたぞ、人間の女!」
炎の渦に乗った、見上げるほどの大男が、彼女の前を遮った。
上半身には鎖をまとい、逆立つ鈍色の髪。眉は太く、鼻は四角く、彫りの深い犬顔。
両手に反りの大きい、半月刀を握っている。
「わっ、我ら、パスティ・レーン大王の復活を願う、四聖獣! その一人、ゼっ、ゼバクロアっ!」
言葉を吐き出す度、息が詰まるのは、
(こいつ、犬の魔物か……)
魔物が、長い自己紹介をしている間に、さっさと逃亡用呪文を唱えてしまっても、いいのだが……。
ついつい好奇心に誘われて、口ごもっている白い目の、なかなか味のある顔を見上げている――
と。
それに気付いたのか、ゼバクロアは、急に唸り声を上げ、
「お前、イリアを、かっ、隠していないかあーっ!」
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8 イリア・レーン&パスティ・レーン
暖かいうちにどうぞ。
と、返事のかわりに、神官は言った。
「みんなに好きだと思われていても……キーツ様、全然、嬉しそうじゃない……から」
「……この魔法の欠点は、それが「盲目の恋」だ、ということです」
「盲目……?」
「そう。術者の事……普通恋をするなら、相手の目に入ってしかるべきこと。術者の短所や悪癖、考え方や趣味の相違。資産やら容貌も含めて……それらを、何一つ知らなくとも、術にかかった人は、自動的に、術者へ恋をするということです。自動的……「強制的」に。……そして……例え、術者に裏切られ、正常な状態では耐えられない酷い扱いを受けていても……恋する者には、それが「酷い扱い」だとは分かりません」
「だから……パストラルの人は、あんなひどい法律の中でも、みんなキーツ様を称えて……」
魚を脇へ退け、神官は、野菜だけを選び、口に運んだ。
「……神に見えるのですよ、あまりにも大きな恋をしてしまうと。術者に関わる全ての物事の真偽が見えなくなって、術者の為すこと全てが、正しく、神聖で完璧なものに見えてくる。そうなってしまうと、もはや術者は人間ではなく、永遠に手の届かない憧れの……『神』ですね」
(そうだ)
以前、誰かが、言っていた。
『宰相閣下のおっしゃることには間違いがない。閣下のなされることは全て、幸福に繋がるって、みんながみんな、そう思ってるんだ――』
(キーツ様……)
夕食を終えた子供たちが、また表を、走り始めている。
マチルダたちが笑っているから、きっと一緒になって、焚き火の周りで遊んでいるのだろう。
(……愛されていても、幸せそうには見えなかった……)
庭園で見かけたあの横顔を、もう一度思い出そうとした瞬間、テント越しに甲高い笑い声が響いたせいか、ジェルソミーナの後頭部に――鈍い痛みがはしった。
彼女は気がついて、神官の空のカップに、果実酒を注ぐ。
そして自分も、ようやくスープのカップに手を伸ばす。
(魅了の魔法……? 先天性。無意識の……?)
取っ手の部分に指を添えると、温もりが、じんと伝わってきた。
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と、返事のかわりに、神官は言った。
「みんなに好きだと思われていても……キーツ様、全然、嬉しそうじゃない……から」
「……この魔法の欠点は、それが「盲目の恋」だ、ということです」
「盲目……?」
「そう。術者の事……普通恋をするなら、相手の目に入ってしかるべきこと。術者の短所や悪癖、考え方や趣味の相違。資産やら容貌も含めて……それらを、何一つ知らなくとも、術にかかった人は、自動的に、術者へ恋をするということです。自動的……「強制的」に。……そして……例え、術者に裏切られ、正常な状態では耐えられない酷い扱いを受けていても……恋する者には、それが「酷い扱い」だとは分かりません」
「だから……パストラルの人は、あんなひどい法律の中でも、みんなキーツ様を称えて……」
魚を脇へ退け、神官は、野菜だけを選び、口に運んだ。
「……神に見えるのですよ、あまりにも大きな恋をしてしまうと。術者に関わる全ての物事の真偽が見えなくなって、術者の為すこと全てが、正しく、神聖で完璧なものに見えてくる。そうなってしまうと、もはや術者は人間ではなく、永遠に手の届かない憧れの……『神』ですね」
(そうだ)
以前、誰かが、言っていた。
『宰相閣下のおっしゃることには間違いがない。閣下のなされることは全て、幸福に繋がるって、みんながみんな、そう思ってるんだ――』
(キーツ様……)
夕食を終えた子供たちが、また表を、走り始めている。
マチルダたちが笑っているから、きっと一緒になって、焚き火の周りで遊んでいるのだろう。
(……愛されていても、幸せそうには見えなかった……)
庭園で見かけたあの横顔を、もう一度思い出そうとした瞬間、テント越しに甲高い笑い声が響いたせいか、ジェルソミーナの後頭部に――鈍い痛みがはしった。
彼女は気がついて、神官の空のカップに、果実酒を注ぐ。
そして自分も、ようやくスープのカップに手を伸ばす。
(魅了の魔法……? 先天性。無意識の……?)
取っ手の部分に指を添えると、温もりが、じんと伝わってきた。
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7 イリア・レーン&パスティ・レーン
そう言って、少女たちは、はしゃいでいるが――
そんな穴だらけの説明で、彼女に、納得できるはずがない。
宰相に関してジェルソミーナが知っているのは、とかく、彼が重苦しい、タチの悪い宰相だという、表面上の姿だけである。
思いがけず、彼の手先の器用さも、最近、知ってしまった事の一つだが……。
とにかく、彼女が知るキーツ像からは、『魅了』だの『パストラル国民を操っている』だの、とても想像が尽かないのだ。
あまりの唐突な、現実離れした話に、もう一度、レイリかマチルダを捕まえようと、あたふたしている。
と、神官が前から、彼女の肩を叩いた。
皺だらけの顔で、ジェルソミーナを覗き込んでいる。
よく見ると、顔中傷だらけだ。
だが、目元は柔和で、膨らみながら左右に垂れ下がっている。
もしも目が開いたなら……透き通った、緑色の瞳が、似合うことだろう。
テントの中に女達が入って来て、夕食の準備を始めた。
少女達もはしゃぎながら、手伝いを始める。
その、どこか優しげな雰囲気に、ジェルソミーナは思いきって、神官に尋ねてみた。
「本当の事なんでしょうか。『魅了』の力って……。つまり、一体どういう?」
神官は何気なく、彼女の呪文の設計図を眺めていたが、おもむろにその場へあぐらをかき、
「人が、自分に、恋をする魔法ですよ」
うなずきながら答えた。
「恋?」
「そうです。パスティ・レーンも、そしてキーツ宰相も。その魔法を、意識せずに使うことができる」
「恋……」
予想だにしない単語であった。
神官が、女達から、夕食の膳を、受け取ってくれた。
ジェルソミーナは、彼女なりに、懸命に頭をひねってみる。
「それはつまり……。今も、パストラル中が、キーツ様に、「恋」をしているということですか?」
肝心な質問であったはずだ。
――が、神官は、黙ったままで椀を差し出した。
白い湯気が、椀に満ちる。
(けど、もしも、本当に……みんなが、キーツ様に恋をしているとすれば……)
湯気が、マチルダ達を、霞ませている。
その湯気の内に、ロードの人達の、姿が浮かんでくる。
「……キーツ様……。嬉しそうじゃない……」
青い城、青い部屋。
足元から忍び寄る、肌寒さ。
居心地の悪い、圧迫感。
……宰相の横顔から、安らぎや、微笑みを見出したことは、今まで、一度たりともない。
いつも一人で、孤高に、威圧感を保っている。
それもどこか儚げで、悲しそうに……見える。
少なくとも、彼女を憎しみの目で見る時、以外はそうだ。
難しいことは、分からないけれど。
「……幸せな、魔法では無いんですよ、ね」
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そんな穴だらけの説明で、彼女に、納得できるはずがない。
宰相に関してジェルソミーナが知っているのは、とかく、彼が重苦しい、タチの悪い宰相だという、表面上の姿だけである。
思いがけず、彼の手先の器用さも、最近、知ってしまった事の一つだが……。
とにかく、彼女が知るキーツ像からは、『魅了』だの『パストラル国民を操っている』だの、とても想像が尽かないのだ。
あまりの唐突な、現実離れした話に、もう一度、レイリかマチルダを捕まえようと、あたふたしている。
と、神官が前から、彼女の肩を叩いた。
皺だらけの顔で、ジェルソミーナを覗き込んでいる。
よく見ると、顔中傷だらけだ。
だが、目元は柔和で、膨らみながら左右に垂れ下がっている。
もしも目が開いたなら……透き通った、緑色の瞳が、似合うことだろう。
テントの中に女達が入って来て、夕食の準備を始めた。
少女達もはしゃぎながら、手伝いを始める。
その、どこか優しげな雰囲気に、ジェルソミーナは思いきって、神官に尋ねてみた。
「本当の事なんでしょうか。『魅了』の力って……。つまり、一体どういう?」
神官は何気なく、彼女の呪文の設計図を眺めていたが、おもむろにその場へあぐらをかき、
「人が、自分に、恋をする魔法ですよ」
うなずきながら答えた。
「恋?」
「そうです。パスティ・レーンも、そしてキーツ宰相も。その魔法を、意識せずに使うことができる」
「恋……」
予想だにしない単語であった。
神官が、女達から、夕食の膳を、受け取ってくれた。
ジェルソミーナは、彼女なりに、懸命に頭をひねってみる。
「それはつまり……。今も、パストラル中が、キーツ様に、「恋」をしているということですか?」
肝心な質問であったはずだ。
――が、神官は、黙ったままで椀を差し出した。
白い湯気が、椀に満ちる。
(けど、もしも、本当に……みんなが、キーツ様に恋をしているとすれば……)
湯気が、マチルダ達を、霞ませている。
その湯気の内に、ロードの人達の、姿が浮かんでくる。
「……キーツ様……。嬉しそうじゃない……」
青い城、青い部屋。
足元から忍び寄る、肌寒さ。
居心地の悪い、圧迫感。
……宰相の横顔から、安らぎや、微笑みを見出したことは、今まで、一度たりともない。
いつも一人で、孤高に、威圧感を保っている。
それもどこか儚げで、悲しそうに……見える。
少なくとも、彼女を憎しみの目で見る時、以外はそうだ。
難しいことは、分からないけれど。
「……幸せな、魔法では無いんですよ、ね」
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