南域結界☆ ジェルソミーナ -11ページ目

9 イリア・レーン&パスティ・レーン

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「ジェルちゃんっ!」
 すぐ頭上に、電光がはしり。
 ホウキに乗ったマチルダが、姿を現わす。
「来たよ! やったじゃーんっ。お待ちかねーっ!」
 高い空から――
 炎に包まれる集落を覗き込み、マチルダは、眠たかったのも忘れ、大御機嫌だ。

 『放浪の民』の村は、今、炎の中にあった。
 村人たちは、長老の指示に従い、森の奥、岩場へ避難している。
 ジェルソミーナは、球状の結界を足元に張って、少しでも現状をつかもうと、星空へ、高く昇っている。

 深夜の、襲撃だった。
 グリッセン兵の隊列は、真昼のものとはまるで違い、内容的にも兵数面でも大規模なものであった。
 それだけ、『錫杖』を取り返そうとする、執念が深いということであろう。

 夜空に浮かぶ彼女達を見つけ、小鬼が六羽、コウモリ羽根の向きを変える。

「多分、これだよっ。いっつもパスティ君と一緒に暴れてるっ、すっごーく強い魔物っ! ばんざーいっ、じっけーんっ!」
「まあちゃん、駄目っ、今出て来られても困るの。今日はもう、昼間ので精神力ないんだから……。逃げるか、目立たないように……」

 マチルダはあきらかに、不満そうだ。
 指先で小鬼たちに呪いをかけ、マチルダは、ホウキの上で印を切った。
 両手を「宝珠」の上にかざすと、白い球面が、独特の金属音を響かせる。

「……できることなら、まあちゃんがその宝珠で、『放浪の民』を守ってあげてくんない? 買い直したんでしょ」
 横目で見ていると、「宝珠」は強烈な閃光を放ち、四方の魔物を一瞬で蒸発させた。

「まあちゃん、もう、自分の宿題やっちゃったもーん」
「まあちゃん、神官のおじさんに、お餅半分もらったんでしょー。頑張んなきゃ」
「でもー」
 マチルダはお餅のように、頬っぺたを膨らます。

 と、闇が津波のように、激しく揺らいだ。
「わあああーっ!」
 振り返る暇もなく、マチルダの姿が、そこから消えた。
(何か来る!)

 ジェルソミーナも、自分の結界にもう一つ、呪文を加えようとする。
 ぼやぼやしている暇はない。
 自分も避難した方がいい。
 しかし、
「みっ、見つけたぞ、人間の女!」
 炎の渦に乗った、見上げるほどの大男が、彼女の前を遮った。

 上半身には鎖をまとい、逆立つ鈍色の髪。眉は太く、鼻は四角く、彫りの深い犬顔。
 両手に反りの大きい、半月刀を握っている。
「わっ、我ら、パスティ・レーン大王の復活を願う、四聖獣! その一人、ゼっ、ゼバクロアっ!」
 言葉を吐き出す度、息が詰まるのは、
(こいつ、犬の魔物か……)

 魔物が、長い自己紹介をしている間に、さっさと逃亡用呪文を唱えてしまっても、いいのだが……。
 ついつい好奇心に誘われて、口ごもっている白い目の、なかなか味のある顔を見上げている――
 と。
 それに気付いたのか、ゼバクロアは、急に唸り声を上げ、

「お前、イリアを、かっ、隠していないかあーっ!」


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8 イリア・レーン&パスティ・レーン

 暖かいうちにどうぞ。
 と、返事のかわりに、神官は言った。

「みんなに好きだと思われていても……キーツ様、全然、嬉しそうじゃない……から」
「……この魔法の欠点は、それが「盲目の恋」だ、ということです」
「盲目……?」
「そう。術者の事……普通恋をするなら、相手の目に入ってしかるべきこと。術者の短所や悪癖、考え方や趣味の相違。資産やら容貌も含めて……それらを、何一つ知らなくとも、術にかかった人は、自動的に、術者へ恋をするということです。自動的……「強制的」に。……そして……例え、術者に裏切られ、正常な状態では耐えられない酷い扱いを受けていても……恋する者には、それが「酷い扱い」だとは分かりません」

「だから……パストラルの人は、あんなひどい法律の中でも、みんなキーツ様を称えて……」
 魚を脇へ退け、神官は、野菜だけを選び、口に運んだ。
「……神に見えるのですよ、あまりにも大きな恋をしてしまうと。術者に関わる全ての物事の真偽が見えなくなって、術者の為すこと全てが、正しく、神聖で完璧なものに見えてくる。そうなってしまうと、もはや術者は人間ではなく、永遠に手の届かない憧れの……『神』ですね」

(そうだ)
 以前、誰かが、言っていた。
『宰相閣下のおっしゃることには間違いがない。閣下のなされることは全て、幸福に繋がるって、みんながみんな、そう思ってるんだ――』

(キーツ様……)
 夕食を終えた子供たちが、また表を、走り始めている。
 マチルダたちが笑っているから、きっと一緒になって、焚き火の周りで遊んでいるのだろう。
(……愛されていても、幸せそうには見えなかった……)

 庭園で見かけたあの横顔を、もう一度思い出そうとした瞬間、テント越しに甲高い笑い声が響いたせいか、ジェルソミーナの後頭部に――鈍い痛みがはしった。
 彼女は気がついて、神官の空のカップに、果実酒を注ぐ。
 そして自分も、ようやくスープのカップに手を伸ばす。

(魅了の魔法……? 先天性。無意識の……?)
 取っ手の部分に指を添えると、温もりが、じんと伝わってきた。


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7 イリア・レーン&パスティ・レーン

 そう言って、少女たちは、はしゃいでいるが――
 そんな穴だらけの説明で、彼女に、納得できるはずがない。

 宰相に関してジェルソミーナが知っているのは、とかく、彼が重苦しい、タチの悪い宰相だという、表面上の姿だけである。
 思いがけず、彼の手先の器用さも、最近、知ってしまった事の一つだが……。

 とにかく、彼女が知るキーツ像からは、『魅了』だの『パストラル国民を操っている』だの、とても想像が尽かないのだ。
 あまりの唐突な、現実離れした話に、もう一度、レイリかマチルダを捕まえようと、あたふたしている。

 と、神官が前から、彼女の肩を叩いた。
 皺だらけの顔で、ジェルソミーナを覗き込んでいる。
 よく見ると、顔中傷だらけだ。
 だが、目元は柔和で、膨らみながら左右に垂れ下がっている。
 もしも目が開いたなら……透き通った、緑色の瞳が、似合うことだろう。
 テントの中に女達が入って来て、夕食の準備を始めた。
 少女達もはしゃぎながら、手伝いを始める。
 その、どこか優しげな雰囲気に、ジェルソミーナは思いきって、神官に尋ねてみた。

「本当の事なんでしょうか。『魅了』の力って……。つまり、一体どういう?」
 神官は何気なく、彼女の呪文の設計図を眺めていたが、おもむろにその場へあぐらをかき、
「人が、自分に、恋をする魔法ですよ」
 うなずきながら答えた。
「恋?」
「そうです。パスティ・レーンも、そしてキーツ宰相も。その魔法を、意識せずに使うことができる」
「恋……」

 予想だにしない単語であった。
 神官が、女達から、夕食の膳を、受け取ってくれた。
 ジェルソミーナは、彼女なりに、懸命に頭をひねってみる。

「それはつまり……。今も、パストラル中が、キーツ様に、「恋」をしているということですか?」
 肝心な質問であったはずだ。
 ――が、神官は、黙ったままで椀を差し出した。
 白い湯気が、椀に満ちる。

(けど、もしも、本当に……みんなが、キーツ様に恋をしているとすれば……)
 湯気が、マチルダ達を、霞ませている。
 その湯気の内に、ロードの人達の、姿が浮かんでくる。

「……キーツ様……。嬉しそうじゃない……」
 青い城、青い部屋。
 足元から忍び寄る、肌寒さ。
 居心地の悪い、圧迫感。
 ……宰相の横顔から、安らぎや、微笑みを見出したことは、今まで、一度たりともない。

 いつも一人で、孤高に、威圧感を保っている。
 それもどこか儚げで、悲しそうに……見える。

 少なくとも、彼女を憎しみの目で見る時、以外はそうだ。
 難しいことは、分からないけれど。

「……幸せな、魔法では無いんですよ、ね」


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