12 イリア・レーン&パスティ・レーン
「おおおーっ!」
突然の出来事だった。
押し寄せる熱気を、ジェルソミーナが、知覚するよりも早く。
リボンの自動障壁が、彼女を包み込む。
吹き抜ける猛火と共に、ゼバクロアは木立の奥まで、吹き飛ばされる。
「間に合いましたかっ!」
聞き覚えのある声が空から聞こえて、金属製の「からくり龍」の背に……
「油断しては駄目だと、フランドル先生の授業で、習いませんでしたか?」
「プリッター先生っ!」
ヘルメットのバイザーを上げ、片手を振ったのは、サンテルフェ魔法学院一の文科系教授。
古代言語学の、プリッターだった。
「先生、どーしてっ? どーして、こんな所にっ! それから何ですか、そのっ格好……っ!」
「伏せてっ!」
脇に挟んだ放射器に、両手をあてがい、教授は、彼女の背後へ、黒々とした火炎を放射させた。
炎の柱はたちまちに、兵士達を蒸発させる。
「レシング君、こっちへ!」
あたふたとジェルソミーナは、機械龍の後ろへ逃げ込む。
炎の中から、左半分、骨しか残っていない兵士達が、這いながら彼女達に向かってくる。
「目標捕捉っ!」
引き金をひくと、炎は焼け残った兵士達と、目には見えなかった、盛り土の陰へも襲いかかった。
「耳を塞いで!」
とっさに、ジェルソミーナは、両手で耳を覆う。
途端、教授の腕が、彼女の頭上を通過し、いつの間にか周囲を取り囲んでいた、グリッセン兵を焼き払った。
「先生、まだ……っ」
手足の焼け落ちた――または、上半身溶け落ちた兵士達が、それぞれの銃器を構え、炎の中から、近づこうとしている。
「そうでしょうともっ!」
プリッターは第二射を、彼らの上に長時間、浴びせ続けた。
辺りはまさしく、炎の海となっている。
火炎放射器の、白い胴体に刻み込まれた「古代文字」が、炎の反射で、赤く踊っているかのようだ。
炎の中で、兵士達が、まだ立ち上がろうと、蠢(うごめ)いている。
普通の人間なら、とっくの昔に、動けなくなっている状態である。
「せ、先生……っ」
あまりの気持ち悪さに、教授のローブに隠れると、
「中和弾を、撃ち込んだ方が良かったですね」
プリッターが何やら、呟いた。
「……見ておきなさい、レシング君。あれが、パスティ・レーンの『魅了』を受けた、人間の姿ですよ。ひとたび魅了の洗礼を浴びてしまうと、彼らは『神』から与えられる任務に対して、恐怖も痛みも感じなくなってしまうのです」
「えっ」
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突然の出来事だった。
押し寄せる熱気を、ジェルソミーナが、知覚するよりも早く。
リボンの自動障壁が、彼女を包み込む。
吹き抜ける猛火と共に、ゼバクロアは木立の奥まで、吹き飛ばされる。
「間に合いましたかっ!」
聞き覚えのある声が空から聞こえて、金属製の「からくり龍」の背に……
「油断しては駄目だと、フランドル先生の授業で、習いませんでしたか?」
「プリッター先生っ!」
ヘルメットのバイザーを上げ、片手を振ったのは、サンテルフェ魔法学院一の文科系教授。
古代言語学の、プリッターだった。
「先生、どーしてっ? どーして、こんな所にっ! それから何ですか、そのっ格好……っ!」
「伏せてっ!」
脇に挟んだ放射器に、両手をあてがい、教授は、彼女の背後へ、黒々とした火炎を放射させた。
炎の柱はたちまちに、兵士達を蒸発させる。
「レシング君、こっちへ!」
あたふたとジェルソミーナは、機械龍の後ろへ逃げ込む。
炎の中から、左半分、骨しか残っていない兵士達が、這いながら彼女達に向かってくる。
「目標捕捉っ!」
引き金をひくと、炎は焼け残った兵士達と、目には見えなかった、盛り土の陰へも襲いかかった。
「耳を塞いで!」
とっさに、ジェルソミーナは、両手で耳を覆う。
途端、教授の腕が、彼女の頭上を通過し、いつの間にか周囲を取り囲んでいた、グリッセン兵を焼き払った。
「先生、まだ……っ」
手足の焼け落ちた――または、上半身溶け落ちた兵士達が、それぞれの銃器を構え、炎の中から、近づこうとしている。
「そうでしょうともっ!」
プリッターは第二射を、彼らの上に長時間、浴びせ続けた。
辺りはまさしく、炎の海となっている。
火炎放射器の、白い胴体に刻み込まれた「古代文字」が、炎の反射で、赤く踊っているかのようだ。
炎の中で、兵士達が、まだ立ち上がろうと、蠢(うごめ)いている。
普通の人間なら、とっくの昔に、動けなくなっている状態である。
「せ、先生……っ」
あまりの気持ち悪さに、教授のローブに隠れると、
「中和弾を、撃ち込んだ方が良かったですね」
プリッターが何やら、呟いた。
「……見ておきなさい、レシング君。あれが、パスティ・レーンの『魅了』を受けた、人間の姿ですよ。ひとたび魅了の洗礼を浴びてしまうと、彼らは『神』から与えられる任務に対して、恐怖も痛みも感じなくなってしまうのです」
「えっ」
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11 イリア・レーン&パスティ・レーン
思わず振り返り。
薄ぼんやりとした白い網の目が、視野にはいった――瞬間。
ジェルソミーナは、四聖獣の、太い幹のような尻尾に、地面まで叩き落とされた。
「ぐっっ……!」
だが寸前、リボンの「自動障壁」が開き、彼女を落下の衝撃から守る。
「っ……!」
「こ、殺すっ、お前を殺すっ、命令・そのいーちっ!」
はるか上空から、猛烈な勢いで、四聖獣・ゼバクロアが降下してくる。
障壁は守ってくれたが、それでも、すぐに立ち上がることはできない。
「いた……たっ!」
ジェルソミーナは、気付いた。
この谷間中、いつの間にか、空も、どこかしこにも、目立たない『網』が、張りめぐらしてある。
(どうも「球状結界」の速度が出ないと思ったら……。こういうことか……っ)
網に、膝が触れた。
と、そこから全身に、力の抜ける、気だるい痺れが流れ込んでくる。
どうやらこの四聖獣の「巣」は、人間の生気をも吸い取るらしい。
ついにジェルソミーナは、その場に座り込んだ。
「どっ、どうしたあっ、もう終わりかっ」
曇っていく視界の中、見上げるとゼバクロアが、牙を剥き出しにして、笑っているところであった。
「っ……まだ、まだ……!」
と言っても、魔法を出す精神力のない彼女に、他の手立てはない。
ゼバクロアは、間髪置かず、二本の半月刀を振り上げた。
「ま、待って……っ!」
ジェルソミーナは、思わず叫ぶ。
「いっ、いーやだっ」
「『イリア』の居所、教えるからっ!」
「な、なにっ!」
ゼバクロアの髪が、逆立つ。
「しっ、しっ、知っているのかあっ!」
「いーいっ? 私を殺したら……『イリア』の場所、一生、分からなくなっちゃうからね!」
魔物は背を曲げ、人間の女を覗き込む。
舌を垂らしたままのその目は、期待と嬉しさで、真っ赤になっている。
「ほ、ほんとに知って……っ?」
「そーよー。教えてあげるわ。誰にも……ほんとは言いたくなかったんだけど」
魔物は気付いていないのだろうか、自分の尻尾が、ぱたぱた振れていることを。
「……その場所へ案内してあげる。その後で、私を殺すなり、どうとでもしてちょうだい。……強いあなたに殺されるなら……本望だわ」
女は肩を落とし、力なく呟く。
空を仰ぎ、やがて、ふっと視線をそらした横顔に、一すじの涙が伝っていく。
先程までとはうって変わった女のしおらしさに、魔物は明らかに戸惑っている。
「わっ、わっ……!」
(――で。イリアって一体、何なんだろ)
>INDEX
薄ぼんやりとした白い網の目が、視野にはいった――瞬間。
ジェルソミーナは、四聖獣の、太い幹のような尻尾に、地面まで叩き落とされた。
「ぐっっ……!」
だが寸前、リボンの「自動障壁」が開き、彼女を落下の衝撃から守る。
「っ……!」
「こ、殺すっ、お前を殺すっ、命令・そのいーちっ!」
はるか上空から、猛烈な勢いで、四聖獣・ゼバクロアが降下してくる。
障壁は守ってくれたが、それでも、すぐに立ち上がることはできない。
「いた……たっ!」
ジェルソミーナは、気付いた。
この谷間中、いつの間にか、空も、どこかしこにも、目立たない『網』が、張りめぐらしてある。
(どうも「球状結界」の速度が出ないと思ったら……。こういうことか……っ)
網に、膝が触れた。
と、そこから全身に、力の抜ける、気だるい痺れが流れ込んでくる。
どうやらこの四聖獣の「巣」は、人間の生気をも吸い取るらしい。
ついにジェルソミーナは、その場に座り込んだ。
「どっ、どうしたあっ、もう終わりかっ」
曇っていく視界の中、見上げるとゼバクロアが、牙を剥き出しにして、笑っているところであった。
「っ……まだ、まだ……!」
と言っても、魔法を出す精神力のない彼女に、他の手立てはない。
ゼバクロアは、間髪置かず、二本の半月刀を振り上げた。
「ま、待って……っ!」
ジェルソミーナは、思わず叫ぶ。
「いっ、いーやだっ」
「『イリア』の居所、教えるからっ!」
「な、なにっ!」
ゼバクロアの髪が、逆立つ。
「しっ、しっ、知っているのかあっ!」
「いーいっ? 私を殺したら……『イリア』の場所、一生、分からなくなっちゃうからね!」
魔物は背を曲げ、人間の女を覗き込む。
舌を垂らしたままのその目は、期待と嬉しさで、真っ赤になっている。
「ほ、ほんとに知って……っ?」
「そーよー。教えてあげるわ。誰にも……ほんとは言いたくなかったんだけど」
魔物は気付いていないのだろうか、自分の尻尾が、ぱたぱた振れていることを。
「……その場所へ案内してあげる。その後で、私を殺すなり、どうとでもしてちょうだい。……強いあなたに殺されるなら……本望だわ」
女は肩を落とし、力なく呟く。
空を仰ぎ、やがて、ふっと視線をそらした横顔に、一すじの涙が伝っていく。
先程までとはうって変わった女のしおらしさに、魔物は明らかに戸惑っている。
「わっ、わっ……!」
(――で。イリアって一体、何なんだろ)
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10 イリア・レーン&パスティ・レーン
突然。
半月刀が、彼女の頭上を、切り裂いた。
手首に巻いた勾玉の帯が、騒々しい音を立てる。
「イリアを出せ! 出せ! 大王、命令っ!」
興奮する度、公用語が、単語だけになっていく。
闇が切り裂かれる度、足元が、木の葉のように激しく揺らぐ。
「お前、「奴」の邪魔! わ、悪い奴、死ねっ! 命令!」
「えっ? 奴っ? 奴って「イリア」っ?」
回転する球にしがみつき、逆さまになりながら、どうにかジェルソミーナは攻撃を避ける。
「ちっ、ちっがうっ! 俺達、大王の敵――「イリア」倒す! お前、奴の邪魔、良くない! 殺す! だ、大王様からの、め、命令っ! うおおおおっ」
「たくさんの事を一度に言おうとしないで! 分かるように言ってよっ。つまり――『イリア』ってのと、『奴』ってのは、別物なのねっ!」
頭をかきむしるゼバクロアの背後に回り込みながら、ジェルソミーナは叫ぶ。
「イっ、イリアを出せーっ!」
このなんでもしゃべってくれる、頭の弱そうな魔物が多分、
(私の新しい硫化結界の、『実験材料』になる相手ね)
ただ……剣を振り回しているだけで、
――本当に強いのかしら――?
あちらこちらに逃げ回りながら、ジェルソミーナは不安になった。
(たまにマチルダったら、変なのを、『検索』してくれるんだから)
ジェルソミーナはこれ以上、この四聖獣と呼ばれる魔物に、つきあうのを諦めた。
球状結界を出しつづけるのも、案外、疲れるのだ。
(「錫杖」を取り返そうとしてるのかと思ったら、私を殺すのが、目的だったなんて)
なら、なおさら都合がいい。
ジェルソミーナは、結界の球の中に入った。
(今は私は、逃げるけど。私を殺すつもりなら、いつかは自分から、私の前に現われるでしょ。……まあ『実験』は、他の魔物で試すことにするけど)
結界が透き通り、少しずつ彼女ごと、夜の色に同化していく。
四聖獣・ゼバクロアは、女が逃げることに気づいて一層、荒れ狂う。
(やば……ほんとに眠い……早く、地面に降りないと)
夜風にさらされて、頭痛までしてきた。
魔法に割く精神力が、残りほとんどない。
早くここから脱出しようと、ジェルソミーナは焦り始める。
魔物の勾玉が、白い光をはじき、目に痛い。
呪文をつむぐ指先に、力を込める。
そして、次の呪文を、
(あれ……)
消えるはずの結界が、寸前のところで消えない。
(おかしいな……。あれっ?)
それどころか、彼女の意思で動くはずの結界が、宙の一点からびくとも動かなくなってしまった。
「ふぅぅぅ、今頃、気がついたか」
白い目を吊り上がらせ。ゆっくりと、四聖獣が近づいて来た。
「周りの様子をよく見るがいい。お前は、我らの、すっすっ、「巣」の中にいるっ!」
>INDEX
半月刀が、彼女の頭上を、切り裂いた。
手首に巻いた勾玉の帯が、騒々しい音を立てる。
「イリアを出せ! 出せ! 大王、命令っ!」
興奮する度、公用語が、単語だけになっていく。
闇が切り裂かれる度、足元が、木の葉のように激しく揺らぐ。
「お前、「奴」の邪魔! わ、悪い奴、死ねっ! 命令!」
「えっ? 奴っ? 奴って「イリア」っ?」
回転する球にしがみつき、逆さまになりながら、どうにかジェルソミーナは攻撃を避ける。
「ちっ、ちっがうっ! 俺達、大王の敵――「イリア」倒す! お前、奴の邪魔、良くない! 殺す! だ、大王様からの、め、命令っ! うおおおおっ」
「たくさんの事を一度に言おうとしないで! 分かるように言ってよっ。つまり――『イリア』ってのと、『奴』ってのは、別物なのねっ!」
頭をかきむしるゼバクロアの背後に回り込みながら、ジェルソミーナは叫ぶ。
「イっ、イリアを出せーっ!」
このなんでもしゃべってくれる、頭の弱そうな魔物が多分、
(私の新しい硫化結界の、『実験材料』になる相手ね)
ただ……剣を振り回しているだけで、
――本当に強いのかしら――?
あちらこちらに逃げ回りながら、ジェルソミーナは不安になった。
(たまにマチルダったら、変なのを、『検索』してくれるんだから)
ジェルソミーナはこれ以上、この四聖獣と呼ばれる魔物に、つきあうのを諦めた。
球状結界を出しつづけるのも、案外、疲れるのだ。
(「錫杖」を取り返そうとしてるのかと思ったら、私を殺すのが、目的だったなんて)
なら、なおさら都合がいい。
ジェルソミーナは、結界の球の中に入った。
(今は私は、逃げるけど。私を殺すつもりなら、いつかは自分から、私の前に現われるでしょ。……まあ『実験』は、他の魔物で試すことにするけど)
結界が透き通り、少しずつ彼女ごと、夜の色に同化していく。
四聖獣・ゼバクロアは、女が逃げることに気づいて一層、荒れ狂う。
(やば……ほんとに眠い……早く、地面に降りないと)
夜風にさらされて、頭痛までしてきた。
魔法に割く精神力が、残りほとんどない。
早くここから脱出しようと、ジェルソミーナは焦り始める。
魔物の勾玉が、白い光をはじき、目に痛い。
呪文をつむぐ指先に、力を込める。
そして、次の呪文を、
(あれ……)
消えるはずの結界が、寸前のところで消えない。
(おかしいな……。あれっ?)
それどころか、彼女の意思で動くはずの結界が、宙の一点からびくとも動かなくなってしまった。
「ふぅぅぅ、今頃、気がついたか」
白い目を吊り上がらせ。ゆっくりと、四聖獣が近づいて来た。
「周りの様子をよく見るがいい。お前は、我らの、すっすっ、「巣」の中にいるっ!」
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