6 イリア・レーン&パスティ・レーン
壮年の男性が、入って来た。
靴まで届く、長い上着。麻の荒縄を肩から斜めに垂らし、やはり縄で飾られた、白い高帽子をかぶっている。
「神官さま」
流浪の民は、ざわめいた。
我先にと、争うように、上座を譲る。
神官は、開いているのか定かではない眼を、マチルダに向け、
「あなたも、『星』をみる者なら、お気づきでしょう? イリニア帝国……近隣諸国は、すでに『悲しみの大王』、パスティ・レーンの『魅了の力』に染化されてしまっている。……人々は……パスティを神と称え、倫理や法よりも、パスティの言葉を信奉しています。パスティによって作られた兵は、死をも厭わない「最強の兵」と呼べるでしょう……」
「そんなことないもーんっ!」
マチルダは、ほっぺを膨らませ、食ってかかるように言った。
「それはキーツ君の、『目の魅了』の力だって一緒だもんっ! キーツ君だって、みんなに「大好き」だって思われてるもんっ! パスティとイリニアの兵士さんが「つよい」って言うなら、キーツ君とパストラルのは、もっともっともっともっと! すっごくとぉーっても、最強だもんっ。お友達だもんっ。強いんだもーんっ!」
「ちょっとマチルダ! 『目の魅了』、ってなに!」
話に参加していなかったジェルソミーナが、絨毯の端から、叫んだ。
「キーツ様の、目の魅了?」
マチルダは首を、かしげている。
「ジェルちゃーん。パストラルはね。ずっと前から、キーツ君の目の魔法で、「キーツ君の言いなり」になってるのよー」
エプロンの膝を向け、レイリが、微笑んだ。
「……うそ」
「ほんとー」
レイリはおっとり、答えた。少女たちは、二人で話しだす。
「魔法だよね、あれは」
「先天性、みたいよねー」
「宰相閣下になってから、力がすっごく、大きくなってきちゃったんだあ」
「変動するらしいのよねー」
「うーん。なんか最近は、とくに」
「そお。最近は特に、どうしてだか。『力』がやたら強くなってきちゃったのよね。周辺の国にまで、『魅了』が広がってるもんねー」
「……なんで……そんなこと知ってるの?」
「ジェルちゃん、知らなさすぎー」
「知らなさすぎーっ!」
少女たちは、無邪気に、笑い合う。
「……どういうこと」
「だからあー。ロードの人も……うーっと、えと、えと……お姫様も、皇帝のおじーちゃんも、それからガービンさんも、フィーネちゃんも……。パストラルに住んでる人は、みーんなみんな、キーツ君の『操り人形』なんだよー」
「そお。ただ、キーツ君に、「操ろう」って気がないから、みんな自分の意思で動いてるけど。ねっ?」
>INDEX
靴まで届く、長い上着。麻の荒縄を肩から斜めに垂らし、やはり縄で飾られた、白い高帽子をかぶっている。
「神官さま」
流浪の民は、ざわめいた。
我先にと、争うように、上座を譲る。
神官は、開いているのか定かではない眼を、マチルダに向け、
「あなたも、『星』をみる者なら、お気づきでしょう? イリニア帝国……近隣諸国は、すでに『悲しみの大王』、パスティ・レーンの『魅了の力』に染化されてしまっている。……人々は……パスティを神と称え、倫理や法よりも、パスティの言葉を信奉しています。パスティによって作られた兵は、死をも厭わない「最強の兵」と呼べるでしょう……」
「そんなことないもーんっ!」
マチルダは、ほっぺを膨らませ、食ってかかるように言った。
「それはキーツ君の、『目の魅了』の力だって一緒だもんっ! キーツ君だって、みんなに「大好き」だって思われてるもんっ! パスティとイリニアの兵士さんが「つよい」って言うなら、キーツ君とパストラルのは、もっともっともっともっと! すっごくとぉーっても、最強だもんっ。お友達だもんっ。強いんだもーんっ!」
「ちょっとマチルダ! 『目の魅了』、ってなに!」
話に参加していなかったジェルソミーナが、絨毯の端から、叫んだ。
「キーツ様の、目の魅了?」
マチルダは首を、かしげている。
「ジェルちゃーん。パストラルはね。ずっと前から、キーツ君の目の魔法で、「キーツ君の言いなり」になってるのよー」
エプロンの膝を向け、レイリが、微笑んだ。
「……うそ」
「ほんとー」
レイリはおっとり、答えた。少女たちは、二人で話しだす。
「魔法だよね、あれは」
「先天性、みたいよねー」
「宰相閣下になってから、力がすっごく、大きくなってきちゃったんだあ」
「変動するらしいのよねー」
「うーん。なんか最近は、とくに」
「そお。最近は特に、どうしてだか。『力』がやたら強くなってきちゃったのよね。周辺の国にまで、『魅了』が広がってるもんねー」
「……なんで……そんなこと知ってるの?」
「ジェルちゃん、知らなさすぎー」
「知らなさすぎーっ!」
少女たちは、無邪気に、笑い合う。
「……どういうこと」
「だからあー。ロードの人も……うーっと、えと、えと……お姫様も、皇帝のおじーちゃんも、それからガービンさんも、フィーネちゃんも……。パストラルに住んでる人は、みーんなみんな、キーツ君の『操り人形』なんだよー」
「そお。ただ、キーツ君に、「操ろう」って気がないから、みんな自分の意思で動いてるけど。ねっ?」
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5 イリア・レーン&パスティ・レーン
>
焚き火が、ぱちぱちと音をたて、円陣の中央で、燃えさかっている。
ぐるり、広場を囲む松明からも、勢いよく、火の粉が噴きあがる。
木の皮でできた帽子を、あごの下までずらし、木の葉のような民族衣装を着た子どもたちが、腕白そうな仲間たちと一緒に、テントとテントの間を走り回っている。
「こらーっ。お願いだから静かにしてーっ」
ついに三角定規を置いて、ジェルソミーナがテントの入り口から出て来た。
「聞こえてるー? ……あー」
「すっごいよねー。こんなに大きい石、初めてーっ」
テントの奥。
後方、円座になった絨毯の上で、マチルダが、素っ頓狂な声を上げた。
上座であぐらをかいていた、『放浪の民』の長老も、思わず身を乗り出して、
「見事な魔石じゃ……ぬぬぬぬぬ」
錫杖の頭に付いた、こぶし大の『青黒い石』に見入っている。
「博物館に置いておくには勿体無い……。これはやはり、ロードの『神』に捧げねば……」
「駄目だよ、それは僕のなんだ!」
「エスト!」
錫杖を取り返そうとした手を叩き、長老は、少年を叱りつけた。
「お前の物ではなかろう! これはグリッセンの王立博物館にあった物だ! お前はそれを、盗み出してきただけじゃろ!」
「……だって」
エストと呼ばれた十四歳ぐらいの狡猾そうな少年は、何かを言いかけたが、長老を一睨みし、黙り込んだ。
表から戻って来たジェルソミーナは、一人円陣から離れて座り、座卓の上に設計図を広げると、呪文の改造に没頭している。
「……そういう訳で、このエストは、グリッセンの『タルト騎侯団』に追い回されておりますのじゃ」
「タルトきこーだんっ?」
「ご存知でしたか、お嬢さん」
レイリは、ぶんぶん何度も、三角巾の頭を、縦に振る。
「すっごく有名なんだよー」
「へー」
「そうです……弱小国『グリッセン』が唯一誇れるもの。それが、西域最高と呼ばれる、『魔道使いタルト騎侯団』……。も……あなた達に一瞬で、やられてしまったそうですが……」
エストが不思議な物でも見るように、マチルダ達を眺めている。
「タルト大尉率いる『グリッセン』の騎侯団は、私達、旅を続ける『放浪の民』の一族を、迫害し続けてきました。それを……このグリッセンの民、エストが何かと助けてくれて」
長老が顔を向けると、少年は歯を出して、にっと笑った。
「……そして今度はまた、追われているエストを、あなた方が助けて下さった」
涙目の長老の後を引き継ぐように、今まで口を閉ざしていた人々が、一斉に礼を言い始めた。
「グリッセン兵を打破できたとは、素晴らしい。あの国はイリニア帝国に近く、パスティ・レーンの『魅了の呪い』を直接に受けている。ゆえに、人民も兵士もパスティに心奪われ、死も恐れぬ、『操り人形』となっておりますのに」
>INDEX
焚き火が、ぱちぱちと音をたて、円陣の中央で、燃えさかっている。
ぐるり、広場を囲む松明からも、勢いよく、火の粉が噴きあがる。
木の皮でできた帽子を、あごの下までずらし、木の葉のような民族衣装を着た子どもたちが、腕白そうな仲間たちと一緒に、テントとテントの間を走り回っている。
「こらーっ。お願いだから静かにしてーっ」
ついに三角定規を置いて、ジェルソミーナがテントの入り口から出て来た。
「聞こえてるー? ……あー」
「すっごいよねー。こんなに大きい石、初めてーっ」
テントの奥。
後方、円座になった絨毯の上で、マチルダが、素っ頓狂な声を上げた。
上座であぐらをかいていた、『放浪の民』の長老も、思わず身を乗り出して、
「見事な魔石じゃ……ぬぬぬぬぬ」
錫杖の頭に付いた、こぶし大の『青黒い石』に見入っている。
「博物館に置いておくには勿体無い……。これはやはり、ロードの『神』に捧げねば……」
「駄目だよ、それは僕のなんだ!」
「エスト!」
錫杖を取り返そうとした手を叩き、長老は、少年を叱りつけた。
「お前の物ではなかろう! これはグリッセンの王立博物館にあった物だ! お前はそれを、盗み出してきただけじゃろ!」
「……だって」
エストと呼ばれた十四歳ぐらいの狡猾そうな少年は、何かを言いかけたが、長老を一睨みし、黙り込んだ。
表から戻って来たジェルソミーナは、一人円陣から離れて座り、座卓の上に設計図を広げると、呪文の改造に没頭している。
「……そういう訳で、このエストは、グリッセンの『タルト騎侯団』に追い回されておりますのじゃ」
「タルトきこーだんっ?」
「ご存知でしたか、お嬢さん」
レイリは、ぶんぶん何度も、三角巾の頭を、縦に振る。
「すっごく有名なんだよー」
「へー」
「そうです……弱小国『グリッセン』が唯一誇れるもの。それが、西域最高と呼ばれる、『魔道使いタルト騎侯団』……。も……あなた達に一瞬で、やられてしまったそうですが……」
エストが不思議な物でも見るように、マチルダ達を眺めている。
「タルト大尉率いる『グリッセン』の騎侯団は、私達、旅を続ける『放浪の民』の一族を、迫害し続けてきました。それを……このグリッセンの民、エストが何かと助けてくれて」
長老が顔を向けると、少年は歯を出して、にっと笑った。
「……そして今度はまた、追われているエストを、あなた方が助けて下さった」
涙目の長老の後を引き継ぐように、今まで口を閉ざしていた人々が、一斉に礼を言い始めた。
「グリッセン兵を打破できたとは、素晴らしい。あの国はイリニア帝国に近く、パスティ・レーンの『魅了の呪い』を直接に受けている。ゆえに、人民も兵士もパスティに心奪われ、死も恐れぬ、『操り人形』となっておりますのに」
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4 イリア・レーン&パスティ・レーン
>
真っ赤な裳(も)が、舞い上がった――
瞬間。
地上には、落雷が、縦横無尽に突き刺さる。
逃げ惑う『闇生物』の頭上に、魔法架絡久利・「翻玉壽布」の攻撃は容赦ない。
腰に結んだ翻玉壽布で、踊り子のように踊ってみせて、
「うっわあーいっ。当たっちゃったあ!」
マチルダは休む間も無く、チェック柄の裳を、翻す。
「やあーんっ、まあちゃんったらーっ!」
「架絡久利箱」を頭上に掲げ、レイリは、ウサギ耳でぴょんぴょん跳ねる。
「パンツ、丸見えーっ!」
「いえーいっ!」
空にはマチルダ。丘にはレイリ。――双子の、美少女姉妹。
レイリの頭上にも、稲妻が降り注ぐが、全て、ピンクの柔破結界で打ち消されてしまう。
我を失った魔界の害虫が、集団で、彼女めがけて突進してきた。
――が、他所見をしているレイリの壁に阻まれ、電気ショックで感電死してしまった。
「昔々大鏡っ、おーぷんっ!」
蓋を開いた架絡久利箱から、八角形の鏡が、自発的に、胴体をひねって飛び出す。
さらに巨大化すると、
「新せーひん・ぱわーで、やっつけちゃえーっ!」
レイリの無邪気な号令に応え、胴体に映る敵を、銀色の体内に吸引し始めた。
「やったあーっ! すっごーいっ!」
いたる所に雷が落ち、それはそれは凄惨な……まるでこの世の終わりのように……魔物や森を、噴き飛ばす。
天空で舞う、翻玉壽布の影響下から、兵士たちは必死に逃れようとするが、
「ばーか」
一人。街道の出口で、待ち構えていた女が、大樹の上から彼らを見下ろした。
そして、目を細め、
「逃げきれるとでも、思ってた?」
乾いた声で囁く。
「け、結界師っ! それと……あのガキっ!」
命からがら逃げてきた隊長は、木の上で足を組んでいる女、そして「あの少年」を見つけるなり、絶句した。
「私ね。弱い者いじめ、大嫌いなのよ」
「だっ、だったら! わしらも見逃してくれ! 頼むっ!」
「却下」
女の返事も聞かず、兵士達は一斉に、木の上へ集中砲火をあびせる。
だが、標的の姿は、寸前、空に掻き消え、
「っ!」
驚きで彼らが、射撃の手を止めようとする、暇もなく、
「あっれー?」
「ジェルちゃんだあー」
その。
途方もない、大爆発は――自動障壁に守られたマチルダ、レイリをよそに――街道ごと、森を呑み込んだ。
少年を匿(かくま)ったこの娘たちを、ただの女だと思って喧嘩を売ったのが、そもそもの間違いだったのだろう。
>INDEX
真っ赤な裳(も)が、舞い上がった――
瞬間。
地上には、落雷が、縦横無尽に突き刺さる。
逃げ惑う『闇生物』の頭上に、魔法架絡久利・「翻玉壽布」の攻撃は容赦ない。
腰に結んだ翻玉壽布で、踊り子のように踊ってみせて、
「うっわあーいっ。当たっちゃったあ!」
マチルダは休む間も無く、チェック柄の裳を、翻す。
「やあーんっ、まあちゃんったらーっ!」
「架絡久利箱」を頭上に掲げ、レイリは、ウサギ耳でぴょんぴょん跳ねる。
「パンツ、丸見えーっ!」
「いえーいっ!」
空にはマチルダ。丘にはレイリ。――双子の、美少女姉妹。
レイリの頭上にも、稲妻が降り注ぐが、全て、ピンクの柔破結界で打ち消されてしまう。
我を失った魔界の害虫が、集団で、彼女めがけて突進してきた。
――が、他所見をしているレイリの壁に阻まれ、電気ショックで感電死してしまった。
「昔々大鏡っ、おーぷんっ!」
蓋を開いた架絡久利箱から、八角形の鏡が、自発的に、胴体をひねって飛び出す。
さらに巨大化すると、
「新せーひん・ぱわーで、やっつけちゃえーっ!」
レイリの無邪気な号令に応え、胴体に映る敵を、銀色の体内に吸引し始めた。
「やったあーっ! すっごーいっ!」
いたる所に雷が落ち、それはそれは凄惨な……まるでこの世の終わりのように……魔物や森を、噴き飛ばす。
天空で舞う、翻玉壽布の影響下から、兵士たちは必死に逃れようとするが、
「ばーか」
一人。街道の出口で、待ち構えていた女が、大樹の上から彼らを見下ろした。
そして、目を細め、
「逃げきれるとでも、思ってた?」
乾いた声で囁く。
「け、結界師っ! それと……あのガキっ!」
命からがら逃げてきた隊長は、木の上で足を組んでいる女、そして「あの少年」を見つけるなり、絶句した。
「私ね。弱い者いじめ、大嫌いなのよ」
「だっ、だったら! わしらも見逃してくれ! 頼むっ!」
「却下」
女の返事も聞かず、兵士達は一斉に、木の上へ集中砲火をあびせる。
だが、標的の姿は、寸前、空に掻き消え、
「っ!」
驚きで彼らが、射撃の手を止めようとする、暇もなく、
「あっれー?」
「ジェルちゃんだあー」
その。
途方もない、大爆発は――自動障壁に守られたマチルダ、レイリをよそに――街道ごと、森を呑み込んだ。
少年を匿(かくま)ったこの娘たちを、ただの女だと思って喧嘩を売ったのが、そもそもの間違いだったのだろう。
>INDEX