南域結界☆ ジェルソミーナ -12ページ目

6 イリア・レーン&パスティ・レーン

 壮年の男性が、入って来た。
 靴まで届く、長い上着。麻の荒縄を肩から斜めに垂らし、やはり縄で飾られた、白い高帽子をかぶっている。
「神官さま」
 流浪の民は、ざわめいた。
 我先にと、争うように、上座を譲る。

 神官は、開いているのか定かではない眼を、マチルダに向け、
「あなたも、『星』をみる者なら、お気づきでしょう? イリニア帝国……近隣諸国は、すでに『悲しみの大王』、パスティ・レーンの『魅了の力』に染化されてしまっている。……人々は……パスティを神と称え、倫理や法よりも、パスティの言葉を信奉しています。パスティによって作られた兵は、死をも厭わない「最強の兵」と呼べるでしょう……」
「そんなことないもーんっ!」

 マチルダは、ほっぺを膨らませ、食ってかかるように言った。
「それはキーツ君の、『目の魅了』の力だって一緒だもんっ! キーツ君だって、みんなに「大好き」だって思われてるもんっ! パスティとイリニアの兵士さんが「つよい」って言うなら、キーツ君とパストラルのは、もっともっともっともっと! すっごくとぉーっても、最強だもんっ。お友達だもんっ。強いんだもーんっ!」

「ちょっとマチルダ! 『目の魅了』、ってなに!」
 話に参加していなかったジェルソミーナが、絨毯の端から、叫んだ。
「キーツ様の、目の魅了?」
 マチルダは首を、かしげている。
「ジェルちゃーん。パストラルはね。ずっと前から、キーツ君の目の魔法で、「キーツ君の言いなり」になってるのよー」
 エプロンの膝を向け、レイリが、微笑んだ。
「……うそ」
「ほんとー」

 レイリはおっとり、答えた。少女たちは、二人で話しだす。
「魔法だよね、あれは」
「先天性、みたいよねー」
「宰相閣下になってから、力がすっごく、大きくなってきちゃったんだあ」
「変動するらしいのよねー」
「うーん。なんか最近は、とくに」
「そお。最近は特に、どうしてだか。『力』がやたら強くなってきちゃったのよね。周辺の国にまで、『魅了』が広がってるもんねー」

「……なんで……そんなこと知ってるの?」
「ジェルちゃん、知らなさすぎー」
「知らなさすぎーっ!」
 少女たちは、無邪気に、笑い合う。

「……どういうこと」
「だからあー。ロードの人も……うーっと、えと、えと……お姫様も、皇帝のおじーちゃんも、それからガービンさんも、フィーネちゃんも……。パストラルに住んでる人は、みーんなみんな、キーツ君の『操り人形』なんだよー」
「そお。ただ、キーツ君に、「操ろう」って気がないから、みんな自分の意思で動いてるけど。ねっ?」


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5 イリア・レーン&パスティ・レーン

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 焚き火が、ぱちぱちと音をたて、円陣の中央で、燃えさかっている。
 ぐるり、広場を囲む松明からも、勢いよく、火の粉が噴きあがる。

 木の皮でできた帽子を、あごの下までずらし、木の葉のような民族衣装を着た子どもたちが、腕白そうな仲間たちと一緒に、テントとテントの間を走り回っている。

「こらーっ。お願いだから静かにしてーっ」
 ついに三角定規を置いて、ジェルソミーナがテントの入り口から出て来た。
「聞こえてるー? ……あー」
「すっごいよねー。こんなに大きい石、初めてーっ」
 テントの奥。
 後方、円座になった絨毯の上で、マチルダが、素っ頓狂な声を上げた。
 上座であぐらをかいていた、『放浪の民』の長老も、思わず身を乗り出して、
「見事な魔石じゃ……ぬぬぬぬぬ」

 錫杖の頭に付いた、こぶし大の『青黒い石』に見入っている。
「博物館に置いておくには勿体無い……。これはやはり、ロードの『神』に捧げねば……」
「駄目だよ、それは僕のなんだ!」
「エスト!」
 錫杖を取り返そうとした手を叩き、長老は、少年を叱りつけた。
「お前の物ではなかろう! これはグリッセンの王立博物館にあった物だ! お前はそれを、盗み出してきただけじゃろ!」
「……だって」

 エストと呼ばれた十四歳ぐらいの狡猾そうな少年は、何かを言いかけたが、長老を一睨みし、黙り込んだ。
 表から戻って来たジェルソミーナは、一人円陣から離れて座り、座卓の上に設計図を広げると、呪文の改造に没頭している。

「……そういう訳で、このエストは、グリッセンの『タルト騎侯団』に追い回されておりますのじゃ」
「タルトきこーだんっ?」
「ご存知でしたか、お嬢さん」
 レイリは、ぶんぶん何度も、三角巾の頭を、縦に振る。
「すっごく有名なんだよー」
「へー」
「そうです……弱小国『グリッセン』が唯一誇れるもの。それが、西域最高と呼ばれる、『魔道使いタルト騎侯団』……。も……あなた達に一瞬で、やられてしまったそうですが……」
 エストが不思議な物でも見るように、マチルダ達を眺めている。

「タルト大尉率いる『グリッセン』の騎侯団は、私達、旅を続ける『放浪の民』の一族を、迫害し続けてきました。それを……このグリッセンの民、エストが何かと助けてくれて」
 長老が顔を向けると、少年は歯を出して、にっと笑った。
「……そして今度はまた、追われているエストを、あなた方が助けて下さった」

 涙目の長老の後を引き継ぐように、今まで口を閉ざしていた人々が、一斉に礼を言い始めた。
「グリッセン兵を打破できたとは、素晴らしい。あの国はイリニア帝国に近く、パスティ・レーンの『魅了の呪い』を直接に受けている。ゆえに、人民も兵士もパスティに心奪われ、死も恐れぬ、『操り人形』となっておりますのに」


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4 イリア・レーン&パスティ・レーン

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 真っ赤な裳(も)が、舞い上がった――
 瞬間。
 地上には、落雷が、縦横無尽に突き刺さる。

 逃げ惑う『闇生物』の頭上に、魔法架絡久利・「翻玉壽布」の攻撃は容赦ない。
 腰に結んだ翻玉壽布で、踊り子のように踊ってみせて、

「うっわあーいっ。当たっちゃったあ!」
 マチルダは休む間も無く、チェック柄の裳を、翻す。
「やあーんっ、まあちゃんったらーっ!」

 「架絡久利箱」を頭上に掲げ、レイリは、ウサギ耳でぴょんぴょん跳ねる。
「パンツ、丸見えーっ!」
「いえーいっ!」

 空にはマチルダ。丘にはレイリ。――双子の、美少女姉妹。
 レイリの頭上にも、稲妻が降り注ぐが、全て、ピンクの柔破結界で打ち消されてしまう。

 我を失った魔界の害虫が、集団で、彼女めがけて突進してきた。
 ――が、他所見をしているレイリの壁に阻まれ、電気ショックで感電死してしまった。

「昔々大鏡っ、おーぷんっ!」
 蓋を開いた架絡久利箱から、八角形の鏡が、自発的に、胴体をひねって飛び出す。
 さらに巨大化すると、
「新せーひん・ぱわーで、やっつけちゃえーっ!」
 レイリの無邪気な号令に応え、胴体に映る敵を、銀色の体内に吸引し始めた。
「やったあーっ! すっごーいっ!」

 いたる所に雷が落ち、それはそれは凄惨な……まるでこの世の終わりのように……魔物や森を、噴き飛ばす。

 天空で舞う、翻玉壽布の影響下から、兵士たちは必死に逃れようとするが、

「ばーか」
 一人。街道の出口で、待ち構えていた女が、大樹の上から彼らを見下ろした。
 そして、目を細め、
「逃げきれるとでも、思ってた?」
 乾いた声で囁く。

「け、結界師っ! それと……あのガキっ!」
 命からがら逃げてきた隊長は、木の上で足を組んでいる女、そして「あの少年」を見つけるなり、絶句した。
「私ね。弱い者いじめ、大嫌いなのよ」
「だっ、だったら! わしらも見逃してくれ! 頼むっ!」
「却下」

 女の返事も聞かず、兵士達は一斉に、木の上へ集中砲火をあびせる。
 だが、標的の姿は、寸前、空に掻き消え、
「っ!」
 驚きで彼らが、射撃の手を止めようとする、暇もなく、

「あっれー?」
「ジェルちゃんだあー」
 その。
 途方もない、大爆発は――自動障壁に守られたマチルダ、レイリをよそに――街道ごと、森を呑み込んだ。

 少年を匿(かくま)ったこの娘たちを、ただの女だと思って喧嘩を売ったのが、そもそもの間違いだったのだろう。


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