南域結界☆ ジェルソミーナ -4ページ目

4 人間の証明

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 パレードが、始まって間もなく。
 彼の中で、いつもの「あの声」が、聞こえ始めていた。

 彼を乗せた馬車が、『ゲート・ミルビー』を越える頃、マーカス・キーツはついに、その「声」に我慢できなくなった。
(うるさい、消え失せろ!)
 「声」は、パレードの最初から、一方的に、好き放題なことを言い続けている。
「あの女を殺せと、ひっきりなしに!」
 頭を抱えるように耳を塞ぎ、座席下の、薄暗い闇を、睨みつける。

 どこからその声が聞こえてくるのか、彼には、まだ、分からない。
 しかしそれでも、どんな手段を使ってでも、無理やりにでも、彼は、その「声」を探し出そうとしている。
「お前にわたしが操れるものか。 お前ごとき下級悪魔が、わたしの中に入ってくる権限はない。殺すなら、お前に言われずとも、わたしはわたしの意志で殺す! 去れ! それとも……」

 ふと、ある一つの可能性が思い浮かび、口をつぐんだ。
「それとも……。あの女が生きていると、お前の都合が悪いのか」
 途端、悪魔の「声」が、途切れた。
「……そうなのだな!」
 しかし、「声」はもう、それきり聞こえてくることはない。
「化け物だーっ!」
 キーツは、目を覚ました。大通りで、群集が叫んでいる。
「鳥だ、化け物だーっ!」
「あぶないーっ!」

 馬車の真上を、激しい羽音が、通り抜けた。
 彼は馬車の、唯一開いた窓に、顔を寄せ――外を、覗いてみる。
(怪鳥か)
 尾の長い、二階建ての家ほどある巨大な鳥が、『パレード』の上空を、滑空している。
 青い羽根が、太陽に透けている。
 馬車の先頭を行く将校たちは、さすがに取り乱しはしないものの、落ちつかない様子だ。
 隊列の速度を緩め、宰相の馬車を、左右からも、警護した。

「……化け物鳥は、現在、進行方向、『ゲート・ユンジャン』の物見塔に止まっております。大人しくしているようですが……いかがなさいますか」
「そのまま行け」
 宰相の命令を、将校は、その通り、先頭に伝えた。

 怪鳥が見下ろす『パレード』を、群集は、あっけに取られながら、見守っている。
「すごいね、お母さん。宰相さまのパレード」
 母親の手をにぎったまま、男の子は、物見塔を見上げた。
「鳥さんが、パレードを守ってるんだ」
「そうね。すごいわね」
 鳥は、長い首を、腹の羽毛へ埋めると、眠るように目を閉じた。

 驚いていたのは、帝都・ロードの市民だけではない。
 宰相のパレードに警護係として、後ろから騎馬でついて来ていた、ジェルソミーナも、
(わあ……)
 魔物相手に、止まることさえしなかった宰相のパレードを、呆れかえって眺めている。
 それどころか、どうも、速度さえ上がってきている様子だ。

「……怖いもの知らずなんだから」
 溜め息をついて、
(仕方ないなあ)
 密かに、呪文を唱えた。


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3 人間の証明

 教会の鐘が、正午の合図を、打ち鳴らす。
 どこからともなく、国歌の、大斉唱が始まった。
 「紅茶専門店」の特別席から――シトラビンスが――灰色の制服を乗せ、駆けて行く、馬の後ろ姿を眺めていた。
 そしてゆっくりと、隣にいるガービン元帥に、うなずきかける。

 二番目の『大パレ―ド』は、荘厳で、気品あまりあるものであった。
 楽隊に踊り子。馬車数千に、花車(はなぐるま)を先導する騎馬達も、『第一のパレード』の時とは違い、微笑みにも緊張感を漂わせ、まっすぐ、正面だけを見つめ、力強く行進している。
 人々は国歌を歌いながら、この『第二のパレード』を、より近くで見ようと、前へ前へと身を乗り出した。
「パストラル帝国、ばんざーい!」
「キーツ宰相、ばんざーいっ!」

 身を乗り出した人々によって、ロープが今にも、千切れそうだ。
 第二の主役、マーカス・キーツ宰相の馬車は、まだまだ視界に……入っていない。
 兵士たちは懸命に、群集を脇へ、押し戻そうとしている。

「ほらほら、ごらん。宰相閣下の、お通りよ」
 若い女が、赤子をあやしながら、通りの『パレード』を、指さした。
「帰って来て下さった。しかも西域を支配していた軍隊を、退治して来られたそうじゃないか。閣下がロードに居て下さるだけで充分、心強いのに、イリニアとの戦いのために、ここまで尽力してくださるとは」
 老婦人は涙ぐみながら、手を合わせた。

「わあーいっ、イリニア兵士団め、まてーっ!」
「やっつけちゃうぞっ、まてーっ!」
 路地裏の階段を、子供たちが、走っていく。

 高らかにラッパが鳴り、花びらが、帝都に降り続ける。
 腰巻壁の説教台に、皇帝が供を連れ、姿を現わした。
 たちまち、城を見上げる大広場も、喝采に包まれる。
「皇帝陛下、ばんざーいっ!」
「ばんざーいっ!」


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2 人間の証明

 屋根の上から、窓辺から。娘や、婦人、老婆まで。
 彼にひと目、こちらを振り向いてもらおうと、精一杯、声援を送る。

 ジュンクリフは、晴れやかな顔をし、声をかけてくれる都市中の人々へ、できるかぎり、手を振り返す。
 彼は、苦闘の旅の末、皇女を誘拐していた魔術師を倒し――見事――
 皇女エオリオを、連れて帰ることができたのである。
「ジュンクリフ様、ばんざーいっ!」
 行きつけの飲み屋の、主人の声で、また町中が、万歳を始める。
「ばんざーいっ!」

「ジュンクリフさまーっ!」
 聞き覚えのある声に、ジュンクリフは、通りの、群集を見渡した。
 押し合いへしあいの群集の、頭の中から、必死にロープ際へ出て来ようとしている姿がある。
「あ……っ」
 ジュンクリフは、騎馬の歩みをゆるめ、パレードの列から離れた。

「ジュンクリフさまっ!」
 警備兵の阻止をふりきり、晴れ着姿の娘が、ロープをくぐり抜ける。
 彼は、迷わず、その手を取り、馬上へ抱き上げた。
「フィーネっ!」
 通りに盛大な拍手が、突如、沸き起こった。
 エオリオ皇女も、後ろを振り返り、その光景に、思わず笑みをこぼしている。

「最後だけ、中尉殿の、ホラ話通りだな!」
 馬を止めた仲間の背を押し、共に皇女奪回の旅をしてきた軍曹が、冗談めかして、耳打ちした。
「あのホラ話が本当だったら俺、まだ石像になってるんだぜ」

 紙吹雪に目を細め、喝采の中、下士官たちは、馬の足を速めた。
 数百の白いハトが、時計塔から、放たれた。

 頭上を旋回するハトの群れに、一瞬、馬を止めて――
 ジェルソミーナは、ロープの内側で、空を見上げる。

「いいパレード日和になったけど。なーんで私が、パレードの警備係なんだー?」
 灰色の制服に、揃いの帽子まで、かぶせられてしまった。
 頭上にひらひらと、紙吹雪が、舞い落ちる。

「そこ。そろそろ二番目のパレードだから。ゲート・アディージェへ行って、警邏していてちょうだい」
「はい、はーい」
 赤いリボンを尾に結んだ馬を反し、ジェルソミーナは、アディージェの門へ走り始めた。


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