1章 : みおちゃんレンタルされるよー 5
幸せあふれる表情で、澪はあばたの青年を見返す。
「なあに?」
この人はよくお菓子をくれる人だと知っている子犬のように、なんの疑いも持たない笑顔で首を傾げ、きちんと正座をしたまま、
「どうかしたの?」
「いや」
天井に視線を泳がせたまま、男は思わず言いよどんだ。
だが沈思した後、何か覚悟を決めたかのように、眉間じわを深くして、
「なあ……澪。俺は大丈夫だと信じてるんだが……。もしもさ。もしも……」
「奴らの言いなりなんかになるんじゃねえぞおおおおおーっ!」
気を取られていた澪に、その重装甲戦車の突進をかわす、ゆとりはなかった。
背後から伸びてきた筋肉質の腕が、澪の喉元から肩へ乱暴にすべり込み、
「お前……っ!」
危ういところで重戦車のキャタピラから逃れたあばた男が、悲鳴に近い叫び声をあげる。
しかし態勢を立て直しざま、周囲の異常に目をしかめ、口鼻を袖で覆って、
「……さけ……っ? お前、酒飲んでるのかっ!?」
「うわははははははは!」
陽気な重戦車は、逃れようもない澪の首筋を羽交い締めにし、何がなんだか分からないその頭を、ぐりぐり、スイカか何かのようになでつける。
「イヤな仕事は全部、断っちまえよおーっ」
重戦車は懐から、ウォツカのボトルを見せつけ、「いる? いる? 飲ませねー!」と一人で言って、笑っている。
羽織はだらしなく肩の先端だけに引っかかり、紐は畳の上を引きずっている。
澪の顔をのぞき込む、日焼けした無精ひげの顔は、必要以上に嬉しそうだ。
頭をぐりぐりする度、むわっとした正体不明のキツイ体臭が辺りにまき散らされた。
重戦車は硬直したままの白いほっぺたに手をかけ、そのまま両側に、ぷにぷに引っ張り、
「いいかぁ、よく聞け? 俺たちゃあ「でりけーと」なんだ。おめーがドジふんだり、つまんねぇ仕事を引き受けたら、俺たちの恥になるんだぞ。誰も最初っから、お前が仕事を全部引き受けるだろうなんて期待してねえってこと、覚えとけー。やりたくねえなあー……と思ったら迷わず! そいつの横っツラ張り飛ばし……ててて……なんのかんの言い訳付けて、断っちまえ。俺たちゃ『契約』のために生きてるんじゃねぇ、ってことだあ……いいなあ?」
「言ってることは分かるが」
低い声で、背後にゆらり、暗い影が立つ。
薄いまぶたには剣呑な雰囲気。
金髪を逆立たせた男は、芝居がかった動作で長く、右こぶしに息を吐きかけた。
と、おもむろに、
「お前が一番、恥さらしなんだよっ!」
「……っ! いきなりかよぉっ!!」
音を立て、深酒しているとは思えない反射神経で、巨漢の酔っぱらいは鋭いこぶしの一撃を受け止めた。
そして、後ろにたじろぐことなく、その巨体からは想像もつかない素早さで体をひるがえし、
「オレをなめるなあっ!」
力ずく、背負い投げに金髪の男を投げ飛ばす。だが、「んなのに……! かかるかよっ!」金髪男もそう簡単には投げられない。雄叫びを上げると、足を蹴り払い、自ら巨体を畳の上に叩きつけようとする。
「何をやってるんだ」
呆然としていた澪の隣に、懐手を抜きながら、ずい、と長身の影が座り込んだ。
羽織の黒い袖を後ろに払い、半分苦笑ぎみに、
「あいつら、浮かれすぎだな」
「……隊長」
澪が驚いたように見上げると、八束隊長のいたずらそうな目が、澪を見下ろしたところだった。
1章 : みおちゃんレンタルされるよー 4
「八束(やつか)」
「はっ」
兄貴と呼ばれた丸刈りの青年が、総主の前にいざり出た。
肩幅の広い、どっしりと落ち着き払った、眼光の鋭い青年で、五年前から日野寺神社とその近隣の、守備隊隊長を任されている。
総主は扇の先端を、考え深げに顎に当て、
「差配にも昨夜、話はつけておきました。出立の準備は全て彼に任せてあります。あなたには手間ばかりかけさせますが、これから管抜(すがぬき)の差配のもとへ部下を数人……」
しかし、落ち着きのない隊員たちは、また背後でざわざわしはじめる。
「なあ、西側ってどうやって行くんだ?」
声に、待ちきれない様子で総主を見上げていた澪が後ろを振り返る。
「――おじさまの車?」
「馬鹿言え。あんなクソボロっちいアンティークカーが走るかよ」
言下に、澪の発言を笑みもなく否定したのは、髪を金色に染めた男だった。
膝の上で片肘を付き、体を傾けて、耳掃除を続けながら、
「明治時代の、薪で走ってたような車だぜ? あんなもんで海が渡れるかよ。お前、西側まで泳いで渡る気か。何日かかるんだ」
「飛行機で10時間ぐらいかかるって、話だぜ」
事情に通じていそうな口ぶりで、あばただらけの小柄な青年が、会話に割り込んできた。
八束たちに怒られないか、かなり挙動不審な様子で後方に大きく首をのばし、そして、大丈夫そうだと判断すると、上半身を折り、囁き声になって、
「その途中、バスにも、もちろん電車にも……あーっと、船ぐらいにも乗れるだろうって話。電車は単線じゃないぞ。船だってこの辺の、木製の渡し船と訳が違う。鋼鉄の船だ」
おお、すげえ。と、男はあぐらを組み直し、
「オレ、そんなに一度に乗ったことねー」
「西側の学校にゃ、澪以外にも『契約』を結んだ子供たちがいっぱいいるってさ」
「良かったな、澪」
えへへへと、澪は、相好を崩して笑う。
いつか花見の席で、にこにこ一人、まんじゅうを食べていた時のような、幸せいっぱいの笑みだ。
隊員たちが乱闘で、料理や桜どころではなくなっているというのに、澪だけは一人、いつまでももぐもぐ食べていた。
「……けど、『契約』のことなんだが」
あばた面の男は言いかけて、ふと、何かに気付いたように、視線をそらした。
そして慎重に意識をこらすように天井を見つめ、やがて眉をひそめて、
「澪、お前さ……」
1章 : みおちゃんレンタルされるよー 3
「私……『れんたる』されに、学校に行くの?」
「レンタ……!」
総主の声が気色ばんだ。
「どこで覚えてきたの、そんな言葉?」
我を忘れて、言いつのる。
「術者の交換と提供、情報の共有。短期の派遣だよ。学校が、澪の力を借りたいと言ってきてるんだ。この神社だって、稲紋の守備者たちを隣村から借り受けて、守ってもらっているだろ? 澪が行くのは、そういった守備者たちの養成学校なんだ。澪だって、ようやく羽織をもらったじゃないか……」
「おいおい! 澪っ! 聞いたぞぉっ!」
その時、どかどかと床板を踏みならす、大勢の足音が廊下の向こうから聞こえてきた。
次の瞬間、障子は砕け飛びそうなほど手荒く、左右に開かれて、
「お前、まだ強くなるんだって!? 正気かよっ!?」
「はっはっはっ。ついにお前も、お徳用レンタル候補だな!」
物騒な武器を背中や腰に収めた、長身の黒ずくめ集団が、次々に乗り込んできた。
悪意まみれのにやけ顔で、硬直している澪を取り囲み、その退路をたちまち、絶ち切ってしまう。
「聞いたぞー。お前、いっちょまえに進学するんだってな!?」
声も体も巨大な隻眼の男が、澪の後ろ襟をつかみ、ひょいと目の高さまで持ち上げる。
「ははあん……。俺は知ってるぞ。お前、剣術の技が行きづまってるだろ? それで進学を決めたなあ? 俺の完璧すぎる推理に……んんん、間違いはないっ!」
「……なるほど。レンタルだかトレードの、国際養成機関に入って、訓練を受けに行くわけだ。そして国境や部族のような制約のない、超法規的守備者になる」
続けざま、頭を丸坊主に刈った年長の青年が部屋に入り、懐手のまま、あざ笑うように澪を見上げる。
「これ以上、強くなってどうする気だ。みお?」
「はっ。おめえも入って、修行しなおしてくりゃいいんだ」
「っだとてめっ!! 兄貴になんてクチをききやがるっ!!」
軽口を言われた青年より、周囲を取り囲む頭髪のとんがった男たちの方が素早く反応し、逆上する。
澪をそっちのけ、軽口を叩いた、細面の杖術使いの胸ぐらをつかみ上げ、
「もう一回、言ってみろやあっ!」
「おおっ? お前らが、オレに命令できると思ってんのかよ? 根性無しの、くたばり損ないがぁ!」
「へらず口きいてんじゃねえよっ!! かかってこいやあっ! 今日こそ決着つけてやる、表出やがれっ!!」
「――やめなさい、お前たち!」
凛とした声が室内に響いた。
さっきの大騒動が嘘のように、男たちは畳と廊下の上に片膝をつく。
稲穂の紋で白く抜かれた黒羽織が、一斉に深々と頭を垂れて、
「総主……いらっしゃったんですか……」
「いましたよ、わたしは。ずっと」
壇上の総主は鼻を鳴らし、白無垢衣装の顔を、鉄扇であおぐ。