南域結界☆ ジェルソミーナ -223ページ目

4章 : 墓守りの城  3


 ――墓守の城。
 それは歴史の表舞台に、ついに立つことのなかった城だった。
 今から、千五百年以上も昔。冬になれば豪雪に閉ざされる、山また山、森また森の、この辺境の地に、一つの小さな王国が誕生した。そしてその王国は長く、近代まで、ほそぼそとだが存在し、百年前、突如として地上から姿を消した。
 この学院がセラフィーマ「王立」学院の名を持つ以上、出資者である王家と無縁でなかったことは言うまでもない。だが、学院の古い記録にあたっても、王国滅亡の理由までは分からない。
 物好きな歴史家たちですら、滅亡の経緯を知るものはいなかった。
 時はちょうど、産業革命時代末期。
 小王国をかろうじてその東の端に含む西側諸国は、人類史上、未曾有の大戦のまっただ中にあった。地球上のどの位置から見てもより重要な国々の、統合、侵犯、内戦、制裁、分裂、条約破棄、シュプレヒコール。東と西。帝国と連合。赤とさらなる赤。亡命と迫害と独立と。策謀と諜報と全面戦争が、世界中を駆けめぐり、それが普通の人々の暮らしの上に君臨していた。
 そんな激しい濁流の中で、辺境の小王国の衰退など誰が気に留めたというのだろう。王国滅亡後は、隣国の大公が、シュプロン公国を建国した。だがそんな歴史さえ、世界の情勢の前ではささいなことだ。正直この時代、誰もが生き残るためにそれどころではなかったのだ。
 滅亡した王国。
 滅亡した王国の遺産、セラフィーマ王立学院。
 学院で、密かに続けられた「狩り人」の教育。
 いつか人はその学校を、「墓守りの城」――と呼んだ。


 どきん……どきん。
 どきん……どきん。
 アーヴは感動に打ち震えながら、澪の手をにぎりかえした。
 ……やわらかーい……。
「おっきいねー」
「えっ!? あっ、な、なにっ!?」
 今、自分が考えていた、ものすごぉーく恥ずかしいことを読み取られたんじゃないかと思って、アーヴの声が焦る。裏返る。澪は、
「ほら、前」
 つないだ手を、ぶんぶん振り回し、やたらめったら嬉しそうだ。
「さっきまで暗かったのに、明るい所に出たら、ほら。やっぱりお城なんだね。壁も床も遠くの方も、キラキラ光ってるし」
「……僕は前より澪ちゃんのほうが気になるなあ……。そうだ、澪ちゃん、歩きにくかっただろ、ごめんよ。足場悪いのに、手、つないでたから」
「ううん。アーヴくん、ゆっくり歩いてくれたもん」
 緊張のかけらもない様子で、すんなり、振り返る澪。
 とろけるような紺色の瞳には、アーヴの顔が映り込んでいる。
 こんなに警戒心のない、ひたむきな視線で見上げられると、アーヴは正直どうにかなってしまいそうだ。
 ああ、嫌われたっていい、一瞬でいいから、澪ちゃんを抱きしめたいよぉ。
「……インディージョーンズもびっくりだな」
「いんでぃー?」
「そー」
 真っ暗な洞窟のようなトンネルを抜けると、そこには夢のような大ホールが待っていた。天井は……魔法でもかかっているのか、見えない。ただ、霞のような波のような、青い靄の中から、透明な不思議な柱が降りてきていて、奥へ奥へ、幾百と並んでいる。
 光源は靄……になるのだろうか?
 まるで海底に、光が差し込んでいるみたいだ――と、アーヴは思った。
 東洋の神秘。海底の蓬莱山。五色の桃。
 東の果ての物語では、確か竜宮城と呼ばれる楽園があったんじゃなかったっけ。
 柱の周囲に、花びらのような光が舞っている。
「さすがの俺も、びっくりしたって」
「アーヴくん、ここ、初めて?」
「そうそう」
 アーヴは内心、苦笑する。
「言ってなかったなぁ。そ、初めてなの。でも一度来てみたかったんだ。ほら、多分、あれがそうだろう」
 柱の向こうにかすかに見える、青銅の扉を示す。
 声を低めて、囁く。
「あれが、『墓場』だよ」
「おはか……」
「死者たちが眠る場所」
「……」
 ぼんやりと、澪はその方向へ視線を向ける。
 それはひっそりとした雰囲気で、言われなければ見落としてしまいそうな扉だった。
 ホールの入り口近くにあるのに目立たない扉。
 数段さらに階段を降りた、奥まった場所にある扉で、周囲には魚群のような青い影がかかっている。
 アーヴはちらり、澪の横顔を盗み見た。
 澪の後ろで一つくくりにした、長い髪がゆらゆら左右に揺れていて、なんだか本物の子犬を相手にしているような感じだ。
 その視線に澪も気付き、紺色の瞳をまっすぐにこちらへ向けて、
「……アーヴくん……お墓参り?」
「あはは」
 アーヴは声を上げ、顔をのけぞらせて笑った。
「やっぱり、狩り人なんだなぁ、澪ちゃん」
 残念残念。
「えっえっえっ。どういうこと」
「せっかく怖がらせてあげようと思ってたのになあー」
 まあ当然、そうなってしかるべきだろう。
 この学校に転入する時点で、彼女らは「狩り人」なのだから。
 死者や霊魂。陰気な通路や闇。不気味な気配やよどみを怖がる普通の人間とは違う。小さな頃から、異世界の化け物や魔物ぐらい、見慣れているに違いない。そしてその中には、きっとタチの悪い、悪霊どもも含まれるのだろう。
「うーそ」
 アーヴは片手をポケットにつっこみ、ごそごそやりながら答えた。
 ニコチンが切れたのだ。
 器用に片手でマッチを擦ると、うまそうにタバコの煙を肺まで吸い込む。
「ここは人間の墓場じゃなくって、ほんとは古い知識の……墓場、らしい」
「知識の墓場って?」
「入ってみよーぜ」
「でもでも、扉、とびら!」
「開けてあげる。俺、紳士だし」
「そうじゃなくって、カギ……いるみたいだよー」
「お。カギなら持ってるんだー」
 歌うように返事をして、アーヴは制服のポケットから、カギの束を取り出した。
「準備いーでしょー」
 鼻をぴくぴくうごめかす。
「俺も詳しくは知らないけど、今はもう滅びた文明の、魔導書や魔導の器械が眠っているんだって」
「すごいねー。物知りだね」
「有名だからね」
 そう言ってアーヴは振り返り――
 澪のひたむきにこちらを見上げる、紺色の丸い瞳に気が付いて、
「かわいいなあ……」
 声には出さずに、とっさにその頭をなぜてしまう。
 そのまま、ぎゅーっと、抱きしめてあげたかったが、それはまだまだ早い。
 平常心平常心。深呼吸深呼吸。




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4章 : 墓守りの城  2


 澪は気付いていないが、澪からOKをもらえた時のアーヴといえば、表面上は落ちついて見えるものの、実際は心臓がバクバクいって、
(やったあーオレってラッキー! サイコーについてるっ! 神さまありがとーっ!)
 うおおおおおおっ!! と駆け出したい気持ちでいっぱいだった。
(なんだやっぱり学校の奴らの目が曇ってるだけじゃないかっ! 俺は正しいっ、俺の感覚、信じてよかったっ! いー子じゃないか、素直じゃないか、俺の手にぎりかえしてくれて、かわいーよなあー!)
 決めた俺っ!
 今日やっちゃいけないとこまで全部やるっ!!
 俺、澪ちゃんのココロのドレイになるっ!! 生きててよかったぁっ!!
「――足元、気をつけて」
「うん」
 澪はにっこり、微笑み返す。
 しかし、アーヴの下心までは見抜けていない。
 ――なにしろ。
 「墓守の城」と別名呼ばれている、これでもかというぐらい「いかにも」な城。
 その、不気味な地下。
 そこは「墓場」。
 ――に、通じる通路。
 額の高さには女の子なら、絶叫ものの蜘蛛の巣。
 男でも逃げて帰りたくなるような、骸骨(の彫刻)があちらこちら。
 本能的にかゆくなるような、小生物の鳴き声。
 暗い場所に二人きり。
 正体不明の、にゅるりぃぃ。とした液体が、首筋にぽたりぽたり。
 「学校一の美男子」を自負するアーヴが、興奮するのも無理はなかった。
 名づけて、
 『澪ちゃんにキャアキャア言ってもらって、あわよくば抱きついてもらおう大作戦』っ!!!
 ……いちおう、彼は大マジメである。
 どきん……どきん。
 つないだ手から、澪の鼓動が伝わってくる。
 アーヴは下りの階段の先頭に立ち、右手でロウソクの燭台を、左手で澪の手をしっかりと握っている。
 どきん……どきん。
 ロウソクの灯りで照らせる範囲は限られていて、「墓場」へと続くこの長くて細い通路は、まるで闇の底へ落ちていくかのようだ。
 ぬるぬるとした石の階段。
 枯れたツタの垂れ下がる天井。
 どこかに風の抜け道でもあるのか、時折、ロウソクの炎が苦悶するように激しく暴れて、その度にしばらくアーヴは立ち止まる。
 どきん……どきん。
 どきん……どきん。
「……アーヴくん……」
「怖い……?」
「……ううん」
「……寒くない?」
「だいじょーぶ」
「……そっか」
 むしろアーヴの鼓動こそ、速まっていることに気が付いて、澪は心配で声をかけたのだが、その心細げな声がかえって少年の鼓動を速めているのだということまでは、考えが及ばない。
「アーヴくんは……だいじょうぶ?」
「――おれ?」
 嬉しいなあ。
 心配されて、アーヴは密かに感動に打ち震えていた。
 ほんとに澪ちゃんって、自分のことより俺のこと、優先してくれる子なんだなあ……。
 心配してくれる女の子を数え切れないほどもっているくせに、この瞬間だけは、そんな女の子たちのことも忘れ、妙に心が「キュン……」となる。
 ありがとー澪ちゃん。『大作戦っ!』は空回りに終わってるよーな気がするけど澪ちゃんにやさしくしてもらえただけで僕は幸せだよ、愛してるよっ!!
「いざとならなくても、いつでも、澪ちゃんを守ってあげるから!」
「……わあ」
 肩越しに小さな感嘆が聞こえて、
「ありがとー」
 ゆるゆるとした返事が、数秒遅れて、彼の耳に届いた。



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4章 : 墓守りの城  1

 

 
 
 異変に気付き、澪がその足に急ブレーキをかけた瞬間、
「うわああああっ!」
 爆弾でも使ったんじゃないかと思うぐらいの勢いで、進行方向のドアが内側から吹き飛んだ。人影が廊下の天井に弾き飛ばされ、冷たい石畳の床に、いやというほど鼻の頭を打つ。
「いててっ! ……もったいねぇなあ、すっげぇ美人なのに……いてて」
「大丈夫っ? ケガしてないっ?」
 澪は慌てて駆け寄った。
 白いシャツに紺のネクタイ。
 赤い髪の、とても凛々しい顔立ちをした少年だ。
 F1レーサーか、花形サッカー選手の道を選んでも似合いそうな、溌剌とした利発そうな雰囲気をもっている。
 逆さまになったままの少年は、眉間にしわを寄せ、なにやらぶつぶつ呟いていたが、
「ああ! 澪ちゃん!」
 澪の声を聞くなり瞬時に顔を輝かせ、バネ仕掛けのように、跳ね起きた。
「澪ちゃん、待ってたっ!」
「……待ってた、って……」
「俺っ? 俺なら、クラスメイトのアーヴ!」
 質問を続けるすきを与えず、瞬時に名乗り、すばやく直立不動。
 勢いよくかかとを打ち鳴らして、
「アーヴィン・エルファ・メドバー。第3特級巡邏隊であります!」
「とっきゅー……じゅんらたい?」
「そ」
 にーんまり。
 スマートに敬礼をきめた姿は、よく訓練された海兵隊のようだ。
 だがぼーぜん、立ちつくす澪と目と目が合った瞬間、相好はまともに崩れて、
「まー。俺も含めて誰も活動してない、森の外側をまわる、真夜中専門の巡視隊だけど。澪ちゃんもよかったらー」
 へらへら。
「俺、騎士の家系だしー」
 ……だいぶ、イミが分からない。
「そうだ、アーヴィンくん」
「アーヴって呼んでくれよぉ」
「あのね、さっき、この部屋で……」
 おずおず、ドアの吹き飛んだ、用具室を振り返る。
 さっきこの部屋に感じた異様な気配は、とっくの昔にかき消えていた。
 澪がこの部屋から意識をそらしたのは、ほんの一瞬のこと。
 だから、その一瞬の間に、中の気配は消えた……ということになる。
 用具室に窓はなく、部屋から出るにはこの入り口を通るしかないはずだった。
 あの気配――。
 澪は丸い瞳で何度もまばたきする。。あれは人間、だったのだろうか。
 それとも――
「……誰かと……ケンカ、してたの?」
「やっさしいんだなあ、みおちゃん」
 アーヴは照れくさそうな、恥ずかしそうな、下心まんまんそうな、うさん臭いこと限りない笑みを浮かべて、さりげなく澪の小さな手をとりながら、
「俺、もののはずみで転んだだけなんだぜ。ついでにドアまで壊しちまったけど……。そんなドジでソコツな俺を、転入していきなり、心配してくれるんだ。俺の見込みは正しかったなあー、うんうん」
「でも、確かにここに。もう一人誰か……。いたよね?」
「いたかなあ……」
「だって、転んだっていうより」
「あんまり言わないで。転んだの恥ずかしいからさ」
 うつむき加減のまま、急にアーヴはしょんぼりした。
 頭一つ分高い位置から、悲しげにお願いされると、澪には何も言えなくなる。
「ね」
「う、うん……」
「……さぁ……。じゃあ、これからどこかに二人で授業サボって……」
 軽やかな鐘の音が、ステンドグラスの高窓越しに聞こえてきた。
 続いて響く大きな音は、どこかのクラスで一斉に、椅子や机が動く音だろう。
 澪は我に返り、アーヴを慌てて見上げ、
「大変! 授業はじまっちゃった!」
「大丈夫。これ、予鈴だから」
「――よれん?」
 澪はキョトンと、その聞き慣れない言葉を繰り返した。
 すばやく、マリーナ理事長からもらった脳内の翻訳機の中を検索してみる。
 が、それでも言葉の意味は分からない。
「よれん、って?」
「あー、そうだなあ……。……次の授業までの、『長い休み時間』?」
「……?」
 あまりに落ち着き払ったアーヴの様子に、心配しなくていいのかなあ? と思ったが――しかし、一応は聞いてみる。
「でもさっき、お昼休みがあったばかりだよ?」
「昼メシは昼メシ、休み時間は休み時間さ――」
 妙に強気に、騎士の末裔はうんうん、と繰り返しうなずく。
「この予鈴の間に、次の教室へ移動したり、予習をしたり、隣のクラスのヤツに教科書借りたり、小テストで何が出たか聞いておいたり。俺なら、そうだなあ。弁当にプラスして、食堂に焼きそばパン、買いに走ってるよなあ……」
「けど、理事長先生は、『次、授業だから急ぎなさい』って」
「それは予鈴の間にクラスの人に聞いて、急いで学校の仕組みに慣れておきなさい、っていうことだ。初めての学校生活で、不慣れなことだらけだろ?」
「そっかー」
 澪もつられて、うんうんとうなずく。
「分かんないこと……だらけだもん」
「そー。……だから、同じクラスの俺が、学校内を案内してやるよ」
「アーヴくんはもう、お弁当いいの?」
「いいのいいの」
 アーヴはつないだ手をぎゅっ、とにぎった。
「見たい所はある?」
 ――できるだけ人気が少ないところで。
 と、アーヴは内心付け足したが、そんなことが澪に分かるはずがない。
 アーヴ的には幸いにも、口うるさい教師達は全員、別棟で講義の真っ最中だ。
 しめしめ。
「お城の地下、行ってみようか」
「お城?」
「この学校、実はお城なんだよねー」
「へえ」
 澪は思わず、明るい声をあげた。



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