南域結界☆ ジェルソミーナ -219ページ目

5-4 じんたいじっけん

 
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 金色の髪をさらりと肩に流し、
「ふっふっふっふっふー。ついに来たわねー」
 鋭い瞳の少女は、嬉しそうにモニターに手を当てた。
 一見、鏡のように見える、銀色の膜は、旧校舎のあちこちに配備しておいた使い魔型・偵察機(サーチャー)と繋がっている。魔物は通常、この世界で生きていくことは難しいが、天才と呼ばれる彼女が手を下せば不可能などない。
 彼女のもつ豊富な、魔導工学の知識を絡ませれば、実に便利な「使い魔」となる。
「アーヴくん……」
 モニターに映った少年を見て、クロもまた、弾んだ声を上げる。
 嬉しそう――
 というよりは、驚いた表情をして、クロはあたたかなミルクティーを、手の平に包んだ。
「だから言ったでしょ? アーヴィンは絶対、あなたを助けに来るって」
 クセの強い前髪の下から、委員長の姿を振り返る。
 二人の侵入者は、今や、旧校舎の裏門を、こっそり乗り越えようとしているところだった。
 まさかクロが同意の上で、誘拐されているとは、侵入者たちも思わない。
「なんで……。私なんかのために……」
「なんかとか、言わない!」
 少女は、一転、声を爆発させる。
 びくっ!!
 自信なさげに呟いたクロは、ここに来て初めて、首をすくめた。が――
 一方で、モデルのような迫力の美少女は、死人のような、長い吐息をつき、
「いいもの持ってるって……さっきから、再三言ってるじゃない。なんで分からないかなあ……」
 疲れはてた声で、クロが腰かけるソファへ身を乗り出した。
 説明が中断していた、ポータブルパソコンのマウスを、かちゃかちゃといじって、
「霊層にアクセスしてみる。許可もらっていい? 委員長」
「え。ええ、どうぞ」
 訳が分からないまま、GOサインを出してしまう。
 金色の瞳の少女、ゼルペンティーナは、間違いなく――七日前、Cクラスに転入してきた、「あの」ゼルペンティーナだ。
 凶悪で、上級生も同級生も関係なく、逆らう者は容赦なく叩きのめす。
 「狩り人」の養成機関という、腕にすこぶる自信のある、鼻息の荒い猛者たちが集ったこの学校では、「誰が学校の頂点を獲るか」が、最大の関心事の一つだが、彼女はわずか数日のうちに、その「頂点」へのしあがった。
 しかも彼女は、赤子ですら名を知っている、『南の要』本人だというではないか――!
 その傍若無人な振る舞いに、理事長すら見て見ぬふりを決め込んでいるというから、どれほどこの「要(かなめ)」が怖れられているか、想像に難くない。
 だからこそ、クロは分からなくなる。
 ティーナはあの時、実に楽しそうに説明してくれた。
「委員長! これはアーヴとあなたの、仲を深めるための作戦よ!」
 旧校舎の、ティーナ専用研究室へ、案内してもらいながら聞いたのだ。
 ティーナは長いコートの裾を、雪交じりの風にはためかせ、
「あなたが誘拐されたことを告げたら、アーヴは絶対に、一目散にあなたを助けにくるわー。あなたはすぐに解放してあげる。私の狙いはね、澪なのよ」
 意味ありげにふふふ、と笑う。
 重厚な知識の宿った深い色味の瞳が、怯えるクロの瞳を見つめ、くっきりとした石膏のような顔立ちは、ロマネスク時代の美術品のようだ。
 踊るように人さし指を空間にはしらせると、たちまちに旧校舎中に明かりがついた。
「……このぐらいのことは序の口」
 次いで、
「澪の力を確かめたいの」
 背中に羅針盤を背負った小鬼が、ミルクティーを運んできた。
 紅茶で暖まりながら案内してもらった研究室は――
 少々、正体不明の機材やら工具に囲まれて、ごちゃごちゃしているとはいえ、煖炉の前にはソファがあり、窓にはレースのカーテンがかかり、テーブルにはお茶菓子と最新のファッション雑誌が揃っていて、なかなか居心地がいい。
 ティーナ自身も最初から、寒くない? 膝掛けもって来ようか? 暗かったら言ってね。暇つぶしの本なら幾らでもここにあるし、そうそうクッション、こっちの方が気持ちいいから使ってみてよ――
 なにかと気を遣ってくれている。
 光の妖精がシャンデリアに止まり、ミルクティーのお代わりを、クロに何度も勧めてくれているのは、さっきの小鬼たちだ。プリンキピアの上に爪先立ちして、危なっかしくお代わりを注いでくれる。
 ――これが、あの――
 怖れられた、「南のかなめ」本人なのだろうか――?
 密かに悩み続けるクロの視界に、モニターの光が映った。我に返り、
「ティーナさん、二人、この校舎に入ったみたいよ!」
 まるで共犯者みたい……と思いながら声をあげる。
 共犯者なのだが。
「ん。平気よ。……フラーレン」
 視線はパソコンに向けたまま、呼びかける。と、天井画から溶け出すようにして複数個、銀色の、無機質な多角形が現れた。
「行って、相手してあげて」
 小さく旋回すると、多角形はまた天井画の中に消える。
「今のは……」
「よしっ。でたでた! やっぱり霊層に直接介入しないと、はっきりしたことは分からないみたいね。委員長、二人のことはしばらく気にしないでいいから、今はこっち。分かりやすくするために、委員長の能力値を、観念的な共通記号をつかって数値化してみたの。希望なら、グラフ化してみてもいいわよ」
「ティーナさん……これ……」
 さっき付けられた血圧測定のリストバンドのようなものに、今またティーナが、プラグを一本、新しく差し込もうとしている。
「どう? 痛い?」
「ううん。全然」
 痛くはないけど……
 アーヴが大変な目に遭いかけているというのに、自分はふかふかのソファの上で、紅茶なんか飲みながら、能力値の測定などやっていていいものかと、委員長は真剣に悩む。
(アーヴくん……)
 たとえ自分に、隠された、優れた能力が発見されたとしても――
 アーヴの存在は、ずっとずっと手の届かない、遠い存在のように、クロは感じるのだ。

5-3 じんたいじっけん

 

 
「くっそお! クロが誘拐されたっ!」
 夕方とはいえ、1月。
 寄宿舎へ続く雪道は、すでに真っ暗になっていた。
 その道の入り口でぐずぐずしていると、後ろからものすごく聞き覚えのある声が追いかけてきたのだ。
「アーヴくん?」
「澪ちゃん! やられた! あの野郎、ぜったい何かしやがると思ってたんだ!」
 こんなに激しく怒っているアーヴは見たことがない。
 アーヴは乱れた呼吸を整えもせず、澪に手紙を突き付けた。
「これ。ヤツからだ」
 澪が手紙を読み終えるのも待たずに、彼は続ける。
「クロを取り返しに来いって。言われなくても――だ!! ……澪ちゃんと一緒に来い、って言ってるけど……」
「もちろん、私も行くよ」
 彼の言葉の先回りをして、澪は答える。
「でも……」
 文面は簡単なものだった。
 しかし澪は、心配げにちょっと首をかしげて、
「ティーナちゃんが、誘拐だなんて、する人には思えないんだけど……」
「いいや、あいつならやるね!!」
 アーヴはきっぱり、力を込めて言い切った。
 確信に満ちた瞳が、澪を見返す。
「人間を切り刻んで、人体実験するようなヤツだぞ!?」
「え」
 しまった、というようにアーヴは口を塞いだが、澪は聞き逃さず、
「そんな危ないことするの」
「だから……」
 アーヴは諦めたように、大きく溜息をついて、
「みんなに怖がられてんだよ……。『南のかなめ』っていうのは、自分の目的のためには手段を選ばない。そんなだからこそ『南の帝国』に気に入られてるんだ!」
「南の帝国?」
「蜃気楼の国さ」
 それだけ答えると、アーヴはブルゾンの肩を、苛だたしげにすくめ、踏みしだかれて黒くなった雪を、さらに踏みつけながら、
「どこかの国の、非合法な研究開発のバイトをしてるってウワサもあるし、それであちこちに地下組織がらみの研究所を持っているっていうウワサもある。なんの実験をしているのか……は、誰も知らないんだけどな」
「会いに行こう、ティーナちゃんに」
「お?」
「会いに行かなきゃ。……ウワサだけじゃ本当のこと、分からないもん」
 急に歩き出した澪の後を、アーヴは追いかける。
「そういうこと――じかに聞くの?」
「来てほしいって、お手紙までくれたんだからー」
 危険を危険と感じない、のんびりとした口調で答える。
 アーヴは深淵の夜空を見上げた。
 冷たい雪が、また舞い始めている。
「……帰らなくっちゃな、クロを連れて。晩ご飯までに……」
 彼の脳裏には、必死に抵抗し、逃げようとしたが逃げ切れず、無理やり連れ去られた、哀れなクロの姿が浮かんでいたのだ。
 少女はきっと泣きながら、今も助けを待っているだろう。
 こんな寒い夜に、ひとりぼっち。
 身の毛もよだつ、恐ろしい魔女のもとで、どんなむごい仕打ちを、受けていることか――
「急ごう!」
「うん」
 二人は同時に駆け出した。

5-2 でもどうしようっ!

  

  
「……ばか……ばか……っ!」
 クロティルドは泣きながら、学校の階段を駆け下りていた。
 制服の短いスカートから、白い太ももがあらわになり、ネクタイのリボンがほどけ、どこかに水溜まりがあったらしい、ソックスはぐしゅぐしゅに濡れてしまっていたが、それでも速度を落とさず、委員長は走り続けた。
(……わたしの……ばか……っ!)
 あの日――
 誰が委員長になるかで、Cクラスは新学期早々、険悪なムードだった。
 気の弱い担当教師が、「運も実力のうち」とクジ引きさせて、それでクロティルドが選ばれた。それが、クラスの、特に男子生徒たちの暴動を加速させた。
 ――よりによって、こんな、へっぽこな女子に――!!!
 椅子が飛び、机が跳ね上げられ、黒板消しが投げつけられた。
 その時、かばってくれたのがアーヴィンだった。
 唯一、クロの味方になってくれたのが、彼だった。
 立ち上がり、彼はケガまでして、クロのために戦った。
 今思えば――
 アーヴなら、相手が女の子でありさえすれば、例外なく、同じ態度をとっただろう。
 ――クロだけが、特別ではない。
 けれど、まだ何も知らなかったあの頃のクロは、思いがけない彼の行動が、とてもまぶしくて、心が震えるほど嬉しかったのだ。
 クロは、アーヴの背中を覚えている。
 大丈夫? と、振り返り尋ねた、あの明るい笑顔を覚えている。
 そして――
「きゃあっ!!」
 しまった、と思った時には、クロは階段から足を踏み外していた。

 ――地面に叩き付けられる! 怖いっ!!
 固く目をつぶり、クロは全身をこわばらせた――
 が、予想に反し、身体はそれ以上、空間には傾かず、
「!?」
 柔らかいものが肩から顔へぶつかり、危ういところで落下は止まった。
 代わりに、
「……泣きながら階段を走るのは、推奨できないわ」
 低い声が響く。
 暗がりの中に、黄金の髪がさらり、と揺れ、
「廊下は走らないように――って。階段だって同じよ? 委員長」
 階下の踊り場に歩を進める、女子生徒の影。
 飛び出してきた使い魔の黒猫が、クロの前方で威嚇の態勢にはいったが、少女が目をこちらへ向けるなり、怯えたように手すりの陰へ逃げてしまった。
 少女は、金色の瞳を上げ、値踏みするかのようにクロを見つめる。
 赤い唇が、にたりっ、と笑い、
「ねえ――委員長。あなたアーヴィンのことが好きなんでしょ」
 クロは、愕然とした。
 胸深く秘めた、秘密を暴かれた上に、突然のことだ。
 なんの返事もできない。
 目を見開き、硬直しつづけるだけだ。
「あなたを『特別』にする、良い方法があるんだけど――」
 長い髪をうねらせ、転入したてのもう一人の少女は、妖しく問いかけた。
「この「計画」。乗ってみない?」