5-7 あなたが気にくわないからよ
本能的に、澪とアーヴは、両足に急ブレーキをかけた。
後方からは、一つ目の大鬼たち。天井からは、黒い機械の魔物たちが疾走し、二人を追いかけてくる。
挟み撃ちする魔物たちの厚い層を、なんとか切り抜け――
とにかく逃げ道のない、渡り廊下は危険だ、ここからすぐに脱出しようと、今、ぎりぎりのところで駆け出したのだが、
「!」
突如、進行方向に、銀色に光る壁が現れたのだ。
突然立ち止まった二人の頭上を、勢い余って、魔物たちが駆け抜ける。
「アーヴくん、後ろも」
振り返ると、後方、渡り廊下の入り口もまた、銀色に輝く壁で、天井から床まで塞がれてしまっていた。
壁――というよりも、鏡――に近いかもしれない。
銀――というよりも、水銀か――
鏡の表面から噴き上がり、渦巻き、焦がし踊るのは、水銀の炎。
そして苦悶する死者たちの顔だ。
「げー」
地獄絵図というのは、こういう状態をいうのだろう。
アーヴは総身の毛が逆立った。
さらに、
「アーヴくんっ!!」
紫色の瘴気が噴き上がり、鏡を包んだと思った瞬間――
澪がアーヴを突き飛ばした。
逃げ遅れた彼の前髪の先端が、ジュオッ! 音を立てて、蒸発する。
彼の目に映ったのは、回転する天井と、廊下全域を突き抜けた白光のみ。
「魔物、全部消えちゃったよお」
素早く、上半身を起こしつつ周囲を見渡し、澪が呟く。
「ええええっ! 敵も味方も、関係なしに皆殺し!?」
澪ちゃんに押し倒されて、しかも太ももが直接当たってたりするのが、アーヴはやたらめったら嬉しいのだが、残念、口から飛び出した言葉にはそんな余裕はなく、
「今の、鏡から出た光だろっ!?」
「第2射来る!」
声が聞こえた時には、肩がはずれそうな、急激なものすごい力に引っ張られ、彼は小石のように、横滑りに弾け跳んだ。
>
「話が違うわ! ティーナさん!!」
思わずクロは悲鳴を上げていた。
気の弱い彼女にしてはありえないほどの怒りを、蒼白な顔中に浮かばせ、
「アーヴくんを傷つけないで、って約束したのに!!」
呪詛のように延々と、白い文字が次から次に、黒い画面へ刻まれていく。銀膜のモニターにはモバイルのパソコンがつながれ、なにやら膨大な演算をこなしているようだ。
ティーナの肩の上に浮かんでいた、この世界の物質ではない――透ける小さな板は最初は2枚だった。それが今では、6枚に増えている。
灼熱の白光をレーザー砲のごとく連射する鏡――渡り廊下でアーヴたちを挟み撃ちにしている鏡が、今では6枚に増えている、ということだ。
実戦経験が皆無に等しいクロでも、ティーナが本気で、アーヴを傷つけにかかっていることぐらい分かる。
「……やめて」
左腕を空中へかざし、右手だけでキー操作を続けるティーナのコートの背中には、異様な気配が漂っている。日常、学校で感じていたあの近寄りがたい、凍てつく雰囲気とは全く異質なものだ。
だが、それでも。逃げようとする心を叱咤し、叫ぶ。
「特別になんか私……ならなくていいから! だからお願い、もうやめて!!」
ティーナが言うように、確かに今、アーヴの頭の中はクロのことでいっぱいかもしれない。だが、こんなことはイヤだった。
こんなことなら、教室で、たくさんの華やかな女の子たちに囲まれている彼を、じっと遠くから見つめるしかなかった、あの頃の方がマシだった。
彼を傷つけて苦しめて、それで「特別」になれたとして――
猛然とモニターを突き抜ける白光に、少女は幾度となく瞳をしばたたかせた。
後方からは、一つ目の大鬼たち。天井からは、黒い機械の魔物たちが疾走し、二人を追いかけてくる。
挟み撃ちする魔物たちの厚い層を、なんとか切り抜け――
とにかく逃げ道のない、渡り廊下は危険だ、ここからすぐに脱出しようと、今、ぎりぎりのところで駆け出したのだが、
「!」
突如、進行方向に、銀色に光る壁が現れたのだ。
突然立ち止まった二人の頭上を、勢い余って、魔物たちが駆け抜ける。
「アーヴくん、後ろも」
振り返ると、後方、渡り廊下の入り口もまた、銀色に輝く壁で、天井から床まで塞がれてしまっていた。
壁――というよりも、鏡――に近いかもしれない。
銀――というよりも、水銀か――
鏡の表面から噴き上がり、渦巻き、焦がし踊るのは、水銀の炎。
そして苦悶する死者たちの顔だ。
「げー」
地獄絵図というのは、こういう状態をいうのだろう。
アーヴは総身の毛が逆立った。
さらに、
「アーヴくんっ!!」
紫色の瘴気が噴き上がり、鏡を包んだと思った瞬間――
澪がアーヴを突き飛ばした。
逃げ遅れた彼の前髪の先端が、ジュオッ! 音を立てて、蒸発する。
彼の目に映ったのは、回転する天井と、廊下全域を突き抜けた白光のみ。
「魔物、全部消えちゃったよお」
素早く、上半身を起こしつつ周囲を見渡し、澪が呟く。
「ええええっ! 敵も味方も、関係なしに皆殺し!?」
澪ちゃんに押し倒されて、しかも太ももが直接当たってたりするのが、アーヴはやたらめったら嬉しいのだが、残念、口から飛び出した言葉にはそんな余裕はなく、
「今の、鏡から出た光だろっ!?」
「第2射来る!」
声が聞こえた時には、肩がはずれそうな、急激なものすごい力に引っ張られ、彼は小石のように、横滑りに弾け跳んだ。
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「話が違うわ! ティーナさん!!」
思わずクロは悲鳴を上げていた。
気の弱い彼女にしてはありえないほどの怒りを、蒼白な顔中に浮かばせ、
「アーヴくんを傷つけないで、って約束したのに!!」
呪詛のように延々と、白い文字が次から次に、黒い画面へ刻まれていく。銀膜のモニターにはモバイルのパソコンがつながれ、なにやら膨大な演算をこなしているようだ。
ティーナの肩の上に浮かんでいた、この世界の物質ではない――透ける小さな板は最初は2枚だった。それが今では、6枚に増えている。
灼熱の白光をレーザー砲のごとく連射する鏡――渡り廊下でアーヴたちを挟み撃ちにしている鏡が、今では6枚に増えている、ということだ。
実戦経験が皆無に等しいクロでも、ティーナが本気で、アーヴを傷つけにかかっていることぐらい分かる。
「……やめて」
左腕を空中へかざし、右手だけでキー操作を続けるティーナのコートの背中には、異様な気配が漂っている。日常、学校で感じていたあの近寄りがたい、凍てつく雰囲気とは全く異質なものだ。
だが、それでも。逃げようとする心を叱咤し、叫ぶ。
「特別になんか私……ならなくていいから! だからお願い、もうやめて!!」
ティーナが言うように、確かに今、アーヴの頭の中はクロのことでいっぱいかもしれない。だが、こんなことはイヤだった。
こんなことなら、教室で、たくさんの華やかな女の子たちに囲まれている彼を、じっと遠くから見つめるしかなかった、あの頃の方がマシだった。
彼を傷つけて苦しめて、それで「特別」になれたとして――
猛然とモニターを突き抜ける白光に、少女は幾度となく瞳をしばたたかせた。
5-6 インダクタンス
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「よぉし!! 挟み撃ち、成功っ! ……にしても……」
モニターに映った二人を眺めながら、ティーナは紅茶を一気に飲み干して、
「あの彼も、意外にすばしっこいわねー。……ぜんぜんっ期待してなかったのに!」
「アーヴくん、逃げてっ!!」
さっきからずっとソファの背へ身を乗り出し、クロは祈るように手を組んで、モニターを凝視している。
フラーレンの誘導は成功し、二人は予定通り、渡り廊下の半ばまで来た。
前方には機械でできた黒い魔物。後方には棍棒を携えた、大鬼たち。
冷静に見ていれば分かることだが、魔物たちは威嚇したり、躍りかかるフリはするが、実は本気で攻撃をしていない。
その辺は、クロの要望通りだ。
ティーナはあきれたように、片目だけでクロを見て、
「逃げてもらうだけじゃ困るのよ、なんのためにサンプリングをしてるんだか……ああ、きたきた! あの剣は興味深いわねー」
二人に躍りかかった魔物を、モニターの中のアーヴが剣で薙ぎ払ったのだ。
それを、眩しそうに見つめながら、
「あの祭器みたいな剣、どこかで見た気がするんだけど。資料館かなー」
「アーヴくん、霊力の視認化なんてできるんだ……」
頬を染めて、クロが呟く。
「いや。よくある視認化じゃないわよ? もっと古典的な……そうねえ……」
眼光の鋭い少女は唇に指をあて、考え込む。
「……随分と珍しい時代の、古いほころびを使ってるわ」
「そうなの?」
「そうなのよ。あの力の色合いといい、大きさ……。ふむ……。あああ。そうか……あの柄、祈りの民の系統だ。なら、祈りで霊力を高めて擬態化させるタイプ……そうだ、北方だ。時代的にも合うな。そろそろきてもおかしくない。アンチ異能の力ね!」
言った端から、魔物が三体、切り倒される。
あのサスペンションを滑らかにした青足モデルは、重心を低くし機動性を高めた結構高価な新型タイプだったのに、むむむむむ、仕方ない!!
「フォーメーションBで!」
鋭く、頭上のフラーレンを通して、現場に指示を送る。
想定外のことばかり起こっているが、しかしこれはこれで実用的なデータが採取できそうだ。
ティーナはいきいきと、クセっけの長い髪を後頭部でまとめると、殴り書きしているノートに、大きくグルっと丸をつけ、
「ふふふふふふ! 生きて帰れるとは思わないほうがいいわよー!」
心から嬉しそうに、モニターへ向かい高笑いする。
「……ねえ、ティーナさん……」
ソファから、おずおずと声があがった。
小さな背を丸め、気弱な少女が、いっそうみじめな瞳を向ける。
モニターの中で懸命に戦っているアーヴの背中を眺めていると――優しいクロの心は、なぜ彼が戦わなければならないのか、その根本的な理由に思い当たって、悲しくなってきたのだ。
少女は銀色の瞳を、そっと伏せ、
「もう……やめにしない?」
「はあ?」
こいつバカなんじゃないのか、実験はこれからが面白くなるっていうのに、だいたいこの程度で何のデータが採取できたと、そもそも私の関心対象は澪で、それに対してはなんのサンプリングも……!
と、ぶつけてやりたい100語余りを、ぐっと無理やり飲み込んで、
「あのねえ……委員長……」
大声に怯えてしまった少女に、力なく溜息をつく。
「ハリウッド映画は好き? あー、見ないんだ。それじゃあ昔のおとぎ話でもいいや。王子さまが凶悪なドラゴンやらグリフォンと戦って、それでようやくお姫さまを手に入れました。……なのに、その途中で、「かわいそうだからやめ。お姫さま連れて帰って」って――なんだそれ。
そういうの、王子さまの努力に対して失礼なんじゃない? 王子さまに努力をさせてあげるのがお姫さまの役目じゃなくって? だいたい、王子さまなんて、その時ぐらいしか見せ場がないんだからさ、気持ちよく活躍させてあげなさいよ。そしてお姫さまは最後まで、ちゃんと王子さまを信じること。いーい?」
「信じること……」
「そーお。信じること!!!」
力強く言い切ってモニターを振り返るなり、
(まずいな……)
ティーナは小さく舌を出す。
お姫さまの支持あってこそ、こういう計画は楽しいというのに、ちょっと寄り道、しすぎたかもしれない。
正直、アーヴなんてどうでもいい。
問題は澪だ。
ゴーグルを付けた時には今度こそ、本気を出してくれるか? と期待したが、今ではもう頭の上に乗っけてしまっている。
――あのゴーグルの話は聞いている。
(やっぱり手ぬるい戦闘じゃ、<魔拂閣>なんて起動しないのねえ……)
ならば。
本気を出させるのみ。
黄金色の瞳に、肉食獣めいた緑色の光が走る。
鋼鉄のように直線な背筋をさらにピンと張り、長いコートの前をはだけ、モニターの前に斜め立ちすると、
「展開!」
傲然と、命令口調で叫ぶ。
5-5 インダクタンス
>
おお、と軽く両手を胸の前で打ち合わせると、
「案内してくれるみたい」
感動したような、間延びしたセリフの澪。
「ワナだよ! ワナ!!」
すかさずアーヴは否定する。
非常扉の陰から、廊下の様子をうかがいながら、
「俺たちが全然、敵と戦おうとしないから、魔女め、俺たちを魔物の巣窟へ追い込もうとして……うわっ危なっ!!」
彼が紅茶色の頭を扉の陰に引っ込めるのと、棍棒を持った大鬼が、巡回に廊下へ現れるのとは同時だった。
アーヴなら分かる。あれは、北欧神話とかケルト神話とかによく出てくる「あれ」だ。古代の魔術師が「こっち」の世界につなぎ止めて、それっきりになっている異界の者たちだ。
(くそっ! これだから魔術師どもは!)
心の中でさんざん悪態をつくアーヴの後ろで、まだ澪は嬉しそうに天井近くの銀色の球体を見上げ、なおも誇らしげに、
「でも、クロちゃんを一秒でも早く助けてあげたいから、なるべく直線距離で急いでいこうって言ったのアーヴくんだよー」
「みおちゃあーん。絶対、あの魔女のところで最終バトルになる、って分かりきってるじゃーん。無駄をなくしたいんよ、オレはー」
と、言いたかったが、アーヴはその台詞を飲み込んだ。
大鬼たちの様子が一変した。どうやら隠れている二人に気付いたらしい。
仲間たちを引きつれ、こちらへ駆けてきたからだ。
「まじぃ!」
螺旋階段を駆け下りようとする、が、
「アーヴくん、こっち!」
やにわに澪は、アーヴの腕を逆方向へと引いた。
アーヴが身を翻すかしないかのうちに、頭上から、鋭い蒸気を噴き上げて、
「またかよっ、こいつら!!」
オイルを撒き散らしながら、二人の背後と進行方向に、落下した。
裏玄関をくぐった辺りから、ずっとついてきていた、機械の黒い魔物たちだ。
何度もふりきったと思ったのに、とんでもなく執拗だ。
アーヴは破魔の剣を創り出そうとするが、澪は間髪おかず、
「走ろう」
通路の向こうを飛翔していく、銀色の球を追ってダッシュする。
「えっ! ちょっと待って!!」
突然のダッシュに引っ張られるようにして、アーヴも前のめりに駆け出す。
高温のオイルの飛沫が肩に飛び、刃物のついた腕が横殴りに繰り出されたが、アーヴの方が一瞬早かった。ついでに、人をも喰らう鬼たちの棍棒を避ける。
「くそっ、せめて、クロの居場所が分かれば!」
クロの居場所が分からない以上、校舎を全て、しらみつぶしに探すしかなかった。
渡り廊下でつながれた、A校舎なのか、B校舎なのか。
しかも二人は薄々気がついていたが、彼らの居場所は全て、誘拐犯に筒抜けのようだった。きっと使い魔かなにかを使って、モニターしているに違いない。
左右から飛び出してきた機械の魔物を、ディフェンスの隙間をかいくぐるアタッカーのような絶妙のタイミングでくぐり抜けると、
「アーヴくん」
危うい態勢からバランスを取り戻そうとする彼に、遠くから声が飛んだ。
すでに澪は渡り廊下の端にまでたどり着いていて、
「あれ。みおちゃん?」
黒いゴーグルをつけている。
スカートの制服に、男物のがっしりとした黒ゴーグルは、おかしな感じだ。
紺色の髪をたなびかせ、まっすぐに立つ、澪の白い首すじ――を目がけ、天井から走り出てきた機械の魔物はたちどころに飛びかかっていく。が、
「澪ちゃん!!」
駆け寄ろうとするアーヴの目には、なにがどう、なったのか。
次の瞬間には向こう正面の壁まで、機械は一直線に弾き飛ばされていた。
「あそこ。見て。見えるかな。灯りが見えるの」
ゴーグルをしたままの澪は、真っ暗な闇、夜の窓を指さした。
その動作があまりに自然なので、アーヴは誰かが澪ちゃんを助けてくれたのかな? と思わず、廊下を見渡してしまう。
「え、ええーと……今……」
「多分、あそこにクロちゃんがいると思う」
「ほんとに!?」
疑問はさておき、その情報は嬉しかった。
「じゃあクロを救出して……」
ふと、アーヴは眉をひそめ、剣を抜く準備をしつつ、
「その……前に……。まずは、こいつらだな……」
徐々に輪を狭める、機械や食人鬼たちの群れを、慎重に振り返った。