南域結界☆ ジェルソミーナ -217ページ目

5-10 あなたが気にくわないからよ

  
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 すっかり目を回しているアーヴを、ひょいと肩に担ぎなおし、澪は窓枠に両足を乗せると、
「……」
 そのまま地上を、見下ろした。
 さすがに校舎の4階は高い。しかも雪が降っていて、なかなか寒そうだ。
 が、壁にはデコボコ、わずかなでっぱりもあるし、
(ん。これなら飛び降りてもだいじょーぶだね)
 そう判断して、前髪に手を当てる。
 大事なゴーグルは、きちんとそこに乗っていた。だいじょうぶ。
 ほっ……と澪は一安心して、窓から両手を離した。
「――おっと!」
 気配に澪は即座に空中で身体を反転、片手で排水用のパイプに、つかまった。
 危うく落ちそうになるアーヴの身体を、飛び降りた窓へ投げ上げて、
「逃がしやしないわよ、お嬢ちゃん!」
 夜の闇に、銀色の枠が現れていた。
 ちょっと指で触れただけで、切れてしまいそうな、鋭利な四角形。
 その四角形の中に、少女は立っていたのだ。
 大きな赤い唇が、不服そうに、歪んで、
「お姫さまの命が惜しくない、っていうなら、逃げてもらっても構わないけど」
「ティーナちゃん!」
 澪は嬉しくて声を跳ね上げた。ティーナちゃんに会えたのなら、もう用事は済んだ。すぐにクロも返してもらえるのだろう――
「返すわけ、ないでしょ」
 憎しみと嘲りのこもった瞳で、ゼルペンティーナは吐き捨てる。
「お姫さまと、その男の命が惜しかったら、私と戦いなさい」
「なんで」
 澪には分からない。
「どうしてティーナちゃんと、戦わなくっちゃならないの?」
「どうしてかしら?」
 雪まじりの風に舞う少女の金色の後れ毛に、緑色の輝きが増した。
「あなたが気にくわないから……じゃない……かしら!!」
 目の前で白い光が炸裂した。
 しかし、吹き飛ぶ排水用パイプの安否を確認するヒマなどなく。
 近くの窓枠に、ぎりぎり着地――しかけたが、
「!」
 その右手に銀色の枠が現れ、逃げようとする澪を挟み撃つ。
「逃げてるだけじゃ、解決しなくてよ!」
 雪の夜空にコートをはためかせ、ゼルペンティーナは甲高い声で叫ぶ。
 彼女の周囲には、銀色に光る、四角形の枠が、合わせ鏡のように幾枚も展開していた。
 まるで女王を讃えるかのように、輪舞曲(ロンド)を舞う。
 鋭いあごを上げ、傲慢な美しさをもった少女は緑がかった瞳で、澪を見下ろし、
「せっかくだから。最後にいいこと教えといてあげる」
 抑揚のない声で囁く。
「その鏡は禁断の「向こう側」へとつながっているわ。まあようするに。あんたがこれからすぐに行く世界のことね……。私は、「向こう側」へ続く、カギをにぎっている。取り込んだ力を異世界で増幅・膨張させ、噴出し、それを取り込み増幅させ、また噴出させる――無限の力。この世界を破壊することすら可能な力。それを司っているのが私」
 話しながらも、攻撃の手はいっさいゆるめず、
「――ステキじゃない?」
 ぞくっ、とする予感。澪は瞬時に、その窓枠に降り立つのを中止。
 無理やり壁のでっぱりに爪をかけ、上半身のバネを使って跳ね上がる。
「うわ」
 あまり驚かない澪もさすがに声を発した。
 ほぼ同時に、3階の窓枠から水平に、校舎に添って、夜空を焦がすような炎が噴き上がったのだ。まるで夜空に敷かれた銀の絨毯のように、それは校門近くの空まで続いていく。
 これでは3階以下に飛び降りるなんて、とてもできない。
「……ティーナちゃん、どうして」
 反動で短いひさしを蹴り、破れた窓にたんっ、と跳ね戻る。
 危うい態勢で振り返り、
「私、ティーナちゃんと、お友達になりたいのに」
「私はノマド」
 質問はスルーし――
 銀の炎の照り返しを受けながら、銀の枠の中で、ゼルペンティーナはまっすぐにこちらを見つめている。
 その瞳は妖しく、美しい。
「空間を分割せず、固定した中心を成り立たせず、また階層性をしりぞけることによって、国家的秩序をしりぞける存在――」
 ひどく透き通った低音が、夜空に響く。
「そして空間の<裂け目>の修繕者。放浪の民」
 それはとても神秘的な声だった。
「――この世界の裂け目を、「傷口」とするなら」
 たっぷりと余裕を含んだ表情で、歌うようにあごの先端を上げる。
「あなたたち狩り人は「抗体」。そして私たちは「血小板」……っていったところかしら。でも正直……今のやり方には飽き飽きしてるのよね……」
 気だるく首をすくめるが、至近距離からの連射は止まらない。
 逃げても、その裏をかくような動きで、鏡は挟み撃ちしようとする。
 轟音と白光に直撃を受けた窓枠が、渡り廊下の奥にまで吹き飛んで、
「ふー……わわわあ……」
「アーヴくん?」
 澪は窓越しに、渡り廊下を振り返った。
 廊下の上に倒れていたアーヴが、衝撃で、ようやく意識を取り戻したのだ。

5-9 あなたが気にくわないからよ

 
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 主の消えた研究室で、小鬼たちがかいがいしく、クロの世話をしてくれている。
 いや。
 しようと――してくれている。
 フライ返しやジャム瓶の蓋を背負った小鬼たちは、ある者は2匹で、頭の上に熱々のティーポットを捧げ持ち、ある者はビスケットの缶を、ある者は不思議な色の小石を、延々、クロの前に並べていってくれている。
 しかし――
 クロはただ、モニターを見つめていた。
 唇を閉ざし、まばたきを忘れた人形のように、静かに座っていた。
 ――考えていたのだ。
 ティーナは言った。
 信じることが大切なのだと。
 王子が王女を、悪の手から救い出してくれる――
 その瞬間を、最後まで諦めずに信じ抜くのが、お姫さまの正しい務めなのだと。
 そうやって、『特別な存在』に育っていくのが、お姫さまなのだと。
(……アーヴくん……)
 大切なその名を、心の奥深く呟く。
 ――私、どうしたらいいの?
(どうしたら、あなたに……)
 ぼやけたモニターに、少女はじっと視線をこらした。

5-8 あなたが気にくわないからよ

 
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 一方、研究熱心なゼルペンティーナは、この上なく、絶好調だった。
(ふっふっふっふっふっ。まだまだねー!)
 彼女が展開させた、渡り廊下を封鎖する「鏡」は、当然、通常の物質ではない。
 かといって世界が、自身を守る「抗体」として生みだした「異能」とも微妙に違う。
 ゼルペンティーナの力の基礎は、古代から盛んに研究され、大系づけられた「魔導力学」だ。
 魔導力学は、この世界の産物である「物理法則」と「異能」の接点を見つけ、この世界の裂け目、「空間のほころび」を理論として見極め――場合によっては、漠然とした、感覚的な方法でしか継承されない「異能」を学問として昇華。分析、数式化し、統計立てようとする学問である。
 これを「工学」に仕上げたのは、17世紀の自然科学ブームと18世紀以降の産業革命だった。一時、アラビアや南アジアへ本拠を移していた「魔導力学」は、世界へ広がる植民地政策と帝国主義の号令の下、武器弾薬・新兵器を開発しながら、大きく進化した。
 そして現代。魔導工学を継承し続ける一派は、今もなお、「表」の存在である自然科学の進歩に貢献し、絡み続けている。
 彼らは言う。この世界の「真の姿」を理解するためには、自然が存在するためのもう一つの<裏の科学>、「魔導力学」を知る必要があるのだ――と。
 そして、今。
 今世紀最大の――とすら呼ばれた、南の要・ゼルペンティーナは、制服の赤いスカートをひるがえし、細い腰にぐいっ、と片手を押し当てると、
(おもしろい――っ!)
 モニターの中で、澪は駆ける。
 そして、画面を埋め尽くす、光、光、光。
 地獄の亡者たちの叫び声が、いっそう光の奔流を激化させる。
 この世界には存在しえない、異常なエネルギーを圧縮した光の帯が、暴走するかのように鏡面から噴き出す。
 上下左右、関係なく。
 自身、高速で移動することができる6枚の鏡の攻撃は、まるでクモの巣――
 いや、稲妻の巣のようなありさまだ。
 一瞬でもかすれば最後――
 だが、目で追っていては間に合わない鏡面の攻撃を、澪は避ける。
 まるで、その動きを予知していたかのような適確さだ。
 しかも、
(あの光の洪水の中……腕一本で男子生徒を振り回し、逃げ続けられる筋力……)
 ティーナはうっすら目を細めた。
 火事場の馬鹿力というが、そんな偶然の産物ではない。
 あの小柄な身体の、いったいどこに、それだけの筋力が埋まっているのか……
(――調べてみたい――!)
 うずうずしてしまう。
 うずうずしすぎて、立ちくらみしそうだ。
 類推とか仮説、とかではなく、確証を!!
 もっともっと! 全てを、望み通りに展開させたい!
 心がうち震え、爆発しそうなティーナの耳に、
「お願いっ!」
 半狂乱のクロの叫びが、かすかに届く。
「どうか、アーヴくんを……っ!」
 そのかすかな声、かすかな単語で、ふっとアイデアがひらめいて、
(――よしっ! アーヴを殺すか!!)
 緑がかった眼光に力を込め、さくっと、ひどい決断をくだすと、かえす動きで、
「全ゲート開放!」
 長いコートを打ち払い、最後となるであろう、命令を下す。
 白い光をほとばしり続けるモニターをまっすぐに見据えると、
「フラーレン展開!! 全力一斉放射っ!」
 広い額の汗をこぶしで拭い、思いきり息を吸って――
「撃てっ!!」
 ――と――
 最後まで言い切る前に、
「ちょっ……! なにやってくれてるのよっ!」
 全力で皆殺ししようとしている、こっちの声が届いたのか、澪が渡り廊下の窓ガラスを叩き割ったのだ。
 その瞬間にはアーヴを担いで、窓を乗り越えようとしている。
「身軽な上に、力持ちね! あの子っ!」
 慌てて左の空間へ、片手を突き出す。
 それだけの動作で、何もなかったはずの空間に、銀の枠が現れた。
 その中は、見るだけで怖気だつ、灰色の渦。
 燐光を弾けさせながら、混沌の世界へ誘うかのように、巨大な渦が逆巻いている。
 そこへ向かってためらいもなく、飛び込みながら、
「委員長、ゆっくりしててね!」
 一瞬だけ後ろを振り返り、ゼルペンティーナは姿を消した。