5-13 NOMADE
ギュルルルルルルルッ!!
けたたましい音がして、はななだ場違いなものが乱入してきたのは、その瞬間だった。
真冬の辺境、森林の小国の夜空に、クリームカラーのボディが跳躍する。
森の奥に噴き上がった赤い炎に気を取られていた澪は、ちょっとぽかん、とした表情でそれを見送った。
吹雪なのに、オープンカー。
それもニワトリの唐揚げで有名な某超大国の大統領が、両腕を広げて乗っていそうな、総革張りの大型車。
車高はやたら低いくせに、タイヤは暴走族のそれのようなゴッツさで、フェンダーからテールにかけ、無意味に銀メッキの装飾がほどこされ、半裸のおねーちゃんがウインクしている。
雄牛のように猛る排気音。そして、このエコな御時世をハナっから無視してかかっているとしか思えない噴き出される大量の黒煙。亜硫酸ガス。
そのくせ白銀のエンブレムは、跳ね馬なのだから、意味が分からない。
オープンカーは物見の塔のすぐ足元に、バウンドしながら停止すると、
パァンパァンパパパパパパパパパパパ、パァンッ!!
壊れたかのようにクラクションを連打し続けて、
「……ういぃー」
酔っぱらいみたいな唸り声をしながら、ドアを開けた。
そこから降り立ったのは、茶色い髪を全て後ろへなでつけた、大男。
胴回りは巨木ほどあり、黒革の上下を着込み、拍車のついた革ブーツ。両手の指に大きなダイアモンドの指輪を幾つもつけている。
まとわりつく雪を払いもせず、大男は、車の座席下へ頭を突っ込むと、
「わぁ」
ぬらぬらと光る――猟銃を取り出した。
機関部の外に露出した撃鉄、冷たい雰囲気のストレートグリップ。ゾウでも殺せそうなスラッグショット(単発弾)で、口径は信じられないほど大きい。
年季の入った銃身、闇より深い色の鋼鉄を、巨大な手の平で、むんずと掴み、
(え、なんで猟銃? みんなを撃っちゃうの? どうしようどうしようどうしよう!)
頭の中がいっぱいの澪をよそに、ガシャン、と乾いた音で、撃鉄を引く。
そして大男は、生徒たちが暴れている方角へと、おもむろに、黒い銃口を向けて、
(けど。ええとええと、確か確か……)
澪の銃器に対する知識は少ない。しかし、生徒たちが暴れているあの丘、あの森まで、どう見積もっても400メートルはある。単発銃にそこまでの射程はない。射程があっても当たらない。といって異能者が銃を扱うと、どういうことになるのかは、よく分からない。
(どうしようかな。止めたほうが……)
澪は泣きそうな思いで、身を乗り出した――
と、四角い顔が、わずかにこちらを振り返る。
寒さで真っ赤になったやたら大きな鼻の、その下の口が、
『見とけよ。嬢ちゃん』
間違いなく動いた。
『悪ガキどもはこうやって、手なずけるもんだ』
二本の飛び出した犬歯が、ぎらりと光り、
ダン!!!!
銃声が長く、雪の舞う夜空に鳴り響いた。
丘で、森で、争っていた少年たちの叫び声が、奇妙に、ぴたり……と止まる。
「……空砲?」
だけど。
どこか、おかしい。
澪は首を伸ばすと、意識を凝らし、冷たい大気に耳を立てる。
雪山を越えてきた、暴風の唸りすら、止まって――
『バカやろう。雪ん中、夜中に、火遊びなんかすんじゃねえー。山火事にでもなったら、どーすんだ』
一方で大男は、自分でもかなり自然に優しくないことをしておきながら、いけしゃあしゃあと、言い放つ。
だが澪は、迫り来る不可解な気配の正体を突き止めようと、すでに神経を、闇の彼方へと飛ばしていた。
そうそれは――悪夢への、単なる合図にすぎなかったのだ。
針葉樹の森が、一斉にざわめきだす。
動かないはずの丘が膨れあがり、森が次々と、伸び上がる。
雪の破片が、空へと飛ぶ。
森が。目覚めたのだ。
今までとは全く違う絶叫が、丘や森の方角から、夜の底、立て続けに起こり、
『まぁ……人間一つや二つ、トラウマがあったほうが、その後の人生、楽しくなるってもんだ。そう思うだろー?』
大男は、渋い声で軽口を叩き、片手で猟銃を器用に回して、
『親友に、懐かしい話でも聞かせてほしいなぁ。小虎の娘』
けたたましい音がして、はななだ場違いなものが乱入してきたのは、その瞬間だった。
真冬の辺境、森林の小国の夜空に、クリームカラーのボディが跳躍する。
森の奥に噴き上がった赤い炎に気を取られていた澪は、ちょっとぽかん、とした表情でそれを見送った。
吹雪なのに、オープンカー。
それもニワトリの唐揚げで有名な某超大国の大統領が、両腕を広げて乗っていそうな、総革張りの大型車。
車高はやたら低いくせに、タイヤは暴走族のそれのようなゴッツさで、フェンダーからテールにかけ、無意味に銀メッキの装飾がほどこされ、半裸のおねーちゃんがウインクしている。
雄牛のように猛る排気音。そして、このエコな御時世をハナっから無視してかかっているとしか思えない噴き出される大量の黒煙。亜硫酸ガス。
そのくせ白銀のエンブレムは、跳ね馬なのだから、意味が分からない。
オープンカーは物見の塔のすぐ足元に、バウンドしながら停止すると、
パァンパァンパパパパパパパパパパパ、パァンッ!!
壊れたかのようにクラクションを連打し続けて、
「……ういぃー」
酔っぱらいみたいな唸り声をしながら、ドアを開けた。
そこから降り立ったのは、茶色い髪を全て後ろへなでつけた、大男。
胴回りは巨木ほどあり、黒革の上下を着込み、拍車のついた革ブーツ。両手の指に大きなダイアモンドの指輪を幾つもつけている。
まとわりつく雪を払いもせず、大男は、車の座席下へ頭を突っ込むと、
「わぁ」
ぬらぬらと光る――猟銃を取り出した。
機関部の外に露出した撃鉄、冷たい雰囲気のストレートグリップ。ゾウでも殺せそうなスラッグショット(単発弾)で、口径は信じられないほど大きい。
年季の入った銃身、闇より深い色の鋼鉄を、巨大な手の平で、むんずと掴み、
(え、なんで猟銃? みんなを撃っちゃうの? どうしようどうしようどうしよう!)
頭の中がいっぱいの澪をよそに、ガシャン、と乾いた音で、撃鉄を引く。
そして大男は、生徒たちが暴れている方角へと、おもむろに、黒い銃口を向けて、
(けど。ええとええと、確か確か……)
澪の銃器に対する知識は少ない。しかし、生徒たちが暴れているあの丘、あの森まで、どう見積もっても400メートルはある。単発銃にそこまでの射程はない。射程があっても当たらない。といって異能者が銃を扱うと、どういうことになるのかは、よく分からない。
(どうしようかな。止めたほうが……)
澪は泣きそうな思いで、身を乗り出した――
と、四角い顔が、わずかにこちらを振り返る。
寒さで真っ赤になったやたら大きな鼻の、その下の口が、
『見とけよ。嬢ちゃん』
間違いなく動いた。
『悪ガキどもはこうやって、手なずけるもんだ』
二本の飛び出した犬歯が、ぎらりと光り、
ダン!!!!
銃声が長く、雪の舞う夜空に鳴り響いた。
丘で、森で、争っていた少年たちの叫び声が、奇妙に、ぴたり……と止まる。
「……空砲?」
だけど。
どこか、おかしい。
澪は首を伸ばすと、意識を凝らし、冷たい大気に耳を立てる。
雪山を越えてきた、暴風の唸りすら、止まって――
『バカやろう。雪ん中、夜中に、火遊びなんかすんじゃねえー。山火事にでもなったら、どーすんだ』
一方で大男は、自分でもかなり自然に優しくないことをしておきながら、いけしゃあしゃあと、言い放つ。
だが澪は、迫り来る不可解な気配の正体を突き止めようと、すでに神経を、闇の彼方へと飛ばしていた。
そうそれは――悪夢への、単なる合図にすぎなかったのだ。
針葉樹の森が、一斉にざわめきだす。
動かないはずの丘が膨れあがり、森が次々と、伸び上がる。
雪の破片が、空へと飛ぶ。
森が。目覚めたのだ。
今までとは全く違う絶叫が、丘や森の方角から、夜の底、立て続けに起こり、
『まぁ……人間一つや二つ、トラウマがあったほうが、その後の人生、楽しくなるってもんだ。そう思うだろー?』
大男は、渋い声で軽口を叩き、片手で猟銃を器用に回して、
『親友に、懐かしい話でも聞かせてほしいなぁ。小虎の娘』
5-12 NOMADE
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耳元で風が唸る。
普通の女子高生ではありえない跳躍力で、澪は校舎の屋根を跳ね上がると、一気に隣接する、物見の塔へ飛び移った。
黒いゴーグル越しに見れば、闇夜でも地形や人影がよく視認できる。
ようするに暗視機能(ナイトビジョン)が組み込まれてあるのだが、そういう難しい話は澪にはよく分からない。
ただ彼女は、迫り来る力の群れに気付き、いち早く飛び出してきただけだ。
彼女は戦うために存在する。
(右50、左80、森の中に……100ってところ)
この学校に転入してきた瞬間から、何か大きな戦いが始まりそうだ、とは気付いていた。
校内に満ちる、臨界点ぎりぎりの殺気。
ひた隠しにされた、一触即発の気配――
鋭敏な澪の感覚は、それに気付いていたのだ。
学校側にはもちろん知らされていないのだろうが、生徒たちの間でなにか、大きな集団が2つ以上あり、その勢力同士の対決が、今夜、すぐ近くで起こるのだと。
そして南の要・ゼルペンティーナが旧校舎を破壊した、あの爆音を合図に、2大勢力の間で本格的にぶつかり合いが始まったのだ。
(――来る)
彼らは旧校舎をめざしているのだ。
旧校舎を乗っ取った者が勝者なのか、破壊した者が勝者なのか、その辺りは分からないが――
澪は何かに撃たれたように、細い眉を上げると、
「!」
鋭く目の前で腕を組み、手の平を闇夜へ突き立てた。
雪が吹きつける黒い夜空が、一瞬、凍りつく。
そして姿を現す。何万もの黒羽根の矢だ。旧校舎の外壁めがけ、飛んできたそれらの矢は、目に見えない雷撃の力に阻まれ、聞くに耐えない断末魔の悲鳴を上げる。
李八ヶ生陣。電場を瞬間的に張り巡らせる力だったりするのだが、やっぱりそういうことも澪には分からない。大陸から伝わった仙術をベースに、陰陽道の先人たちが作り上げた、と知るだけだ。
フェイントのつもりだったのだろうが、
(こういう時って、どうしたらいいのかなぁ)
さらに倍以上の黒矢が放たれるものの、難なく、李八ヶ流の電場はそれらを撃ち落とす。
問題なのは、あの森の奥なのだ。
不気味な、霊力の高まりを感じる。
霊圧――とでもいうのだろうか。ゼルペンティーナの時もそれは感じたが、彼女よりももっとギラギラとした、男くさい、力押しな波動だ。
ぶ厚いゴーグル越しに、ちらり、闇の様子を確認する。
風向きが変わっている。
しかも、悪意の濃度が並々ならない。
(本気で、旧校舎を落とそうとしてるんだねー……)
手すりの上に爪先立ちし、澪は小さな胸をしっかりとそらす。
しかし、旧校舎はティーナちゃんがアジトを構えているはずだ。クロちゃんだって、アーヴくんのお世話で手一杯だろう。雪の降るこんなに寒い夜に、あんな大群で押しかけられても、みんなはメイワクしてしまうに違いない。
李八ヶ流を教授してくれた師匠は、澪にチームワークの大切さを説いた。小虎おじちゃんと呼ばれた師匠は、命令を待たないと何もできない澪に、自分で考えることの大切さを教えてくれた。
チームワークとは、一人一人が考えることなのだと。
小虎師匠なら、なんと言うだろう?
(ちゃんと説明して……みんなに帰ってもらうのが一番いいかなあ……)
ギラギラしているお兄さんたちに何と言ったところで、帰ってもらえるはずなどないのだが、澪の思考能力ではこの辺が精一杯だ。
じゃあ他の方法は――? と考えると――
それはいけない。
それでは、学校の生徒さんたちが皆殺しになってしまう。
「決めた!」
膨大な悪意。すでに殺し合いの始まっているらしい戦場。
異能者たちの戦いは、激しい。
彼らは誕生した瞬間から、武器を手に生まれてくるようなものだから、「戦ってはならない!」と連呼する、世界のルールが、鬱陶しくてならないのだ。
ゆえに、こういう機会に乗じて、普段のウサを爆発させる。
理性的に話を聞いてもらえるような、正常な状態ではとてもないのだが――
自信満々、澪は、物見塔の手すりを蹴った。
鋭い弧を描きながら、空中で一回転。
吹雪と共に、踵を使って、下の階に着地。
その勢いに乗り、夜空へと駆け出す。
――が、
びくっ!!
と、澪は、急停止した。
その口笛の音もそうだが、誰かが澪を、制止したのを感じたのだ。
遠くの崖から、大きな獣に射すくめられたような感じ。
間違いなく、澪へ宛て、放たれた強いプレッシャー。
抑止の力。
制止は言う。
「行くな。これ以上は進むな」と。
5-11 NOMADE
彼は床の上で眠たそうにアクビをし、それから不思議そうに半身を起こす。
どうして自分がここにいるのか分かっていない顔だ。
辺りをぼぉーっと見渡しながら、後頭部をかいていたが――
また欠伸なんかをして、二度寝をしようとしつつ、涙目のまま、破れた窓を見上げる。
そして、夜空に浮かぶ、長いコートの少女に気が付いて、
「魔女っ!? お前クロ……ぐふぅっ!!」
「魔女って言うなあ!!」
ゼルペンティーナから放たれた白光が、アーヴの胴体にクリーンヒットする。
助けに行くにも到底間に合わず、アーヴは渡り廊下の向こうの壁に激突。
崩れてきた天井と壁の下敷になった。
「……っとに、学習能力のないっ!」
クズが!! と少女は吐き捨てる。
さらに返す動きで、鋭く指を澪へ突き付けて、
「あんたが全力を出さないから!! こうやって周りがケガするのよっ!?」
単なる八つ当たりだったりするのだが、迫力に押されている澪にそこまでの考えは回らない。
長身の美少女は、激しさを増す雪の中、細い足で枠を踏みしめ、
「だいたいね! さっきからこそこそ逃げ回って! あんた! あたしを絶対、なめてるでしょ!!」
やけっぱちに満ちた表情で、吠える。
澪は、うっ、と立ち止まってしまった。
「もしくは自分の能力に、案外自信がもててなくて、反撃し返せないのね! ははっ! 異能の発祥一万年の歴史が聞いて呆れるわ!! 東の国も、とんだ虚飾、腑抜け揃い! 思った以上に大したことなかったわね! 西側諸国の天敵、<魔拂閣>(コンドラーチー)にトドメを刺した少女、って売り口上のわりには……なんて見かけ倒し! 口先ばかりで役に立たない無能な護衛と一緒に、ここへ乗り込んでくる時点で、どうかと思ったけど、さらにこんな臆病者だとは思わなかったわ!」
少女は嘲るように、澪を見下し、
「臆病者は、尻尾を巻いて帰るがいい! 臆病者だらけの故郷なら、あなたが後生大事に守ってる化けの皮も、はがされることがないでしょうからね!! はははっ」
カラカラと笑うだけ笑い――
「――あんた。狩り人、向いてないんじゃない?」
やがて、くすくす笑い混じりの、小馬鹿にしたような口調になった。
本当に、怒ったり笑ったり、忙しい少女である。
しかし、血の気のない白い顔。
緑の光を放つ瞳は、尋常ではない。
黄金の後れ毛を雪風に吹き流しながら、少女は瞳をいっそう冷たくし、
「この学校に入学したのだってさ、故郷の組織じゃ役に立たないから追い出されたのよ、そうじゃなきゃ――ねえ。ここで、あなたの本気ってやつを見せてよ。見せれないんでしょ――?」
少女は声を上げて笑った。
「ほらね?」
そして、澪の小さな顔を見返す。
澪はゼルペンティーナを見上げていた。
故郷のことを侮辱され、アーヴのことをコケにされ、自分自身のこともバカにされて――も、
澪は悲しげに、じっとゼルペンティーナを見上げていた。
悲しげに。
ただ、悲しげに。
その様子はとても、反撃など考えていない表情だ。
マニュアルにない命令を与えられて、思考停止に陥ってしまった機械人形のように。
困惑と、悲しみに満ちた、紺色の瞳で。
ちっ。
「――えええええい……っ!!」
何かを我慢し続けていたらしいゼルペンティーナの顔が、ある時ふいに、崩れるようにして変わった。長い前髪のかかった青白い顔を伏せ、低い、地響きのような苦悶の声を上げると、
「もぉぉぉぉぉぉ!
ほんっとにもう、イライラするぅっっっ!! もう――いいっ!!
マジで死ねえっ!!!」
少女が怒りに任せ全力、左手を突き出すのと、あまりに巨大な銀枠が夜空に浮かび上がるのと、
「アーヴくんっ!!」
聞き慣れた悲鳴が間近で聞こえるのと、B校舎の半分が、握りつぶされでもしたかのように、轟音、砕け散るのとは同時だった。
瞬時にゼルペンティーナが、攻撃対象の指定を変えたのだ。
濛々と噴き上がる煙の隙間に、B校舎から無惨に引きちぎられた渡り廊下の影が浮かんだ。
その、一歩でも後戻りすれば即、地上に落下する廊下の端に、見慣れた制服のスカートが揺れ、
「ね……ねえ、ごほっ……大丈夫……っ!?」
「うわあ!? やめてやめてっ委員長っ!」
それマジで危ないから触っちゃダメっ! 口走るやいなや、慌ててゼルペンティーナは、廊下の入り口を塞いでいた銀の鏡を解除する。廊下へ向かいたい人影が、強引に鏡を押し退けようと手を伸ばしたからだ。
「確かに、基礎体力つけなきゃ、能力の持ち腐れだとは言ったけど、こんなところまでランニングしにこなくていいのよっ!?」
間抜けたセリフを、ホンキで叫んでいたりする。
もちろん、人影――
クロは、基礎体力向上を目的に、校舎を駆けてきたわけではない――
ゼルペンティーナのとぼけた叫びには答えず、少女は壁に手を突きながら、煙の中から姿を現した。
熱をもった両目が赤い。ふらつく足取りで、一歩、また一歩――
すがりつくような視線を、明かりの消えた渡り廊下の中心部へ投げかける。
「アーヴくん……大丈夫……?」
そして、
ぺたん。瓦礫の山の前に膝から崩れ落ちた。
震える指先を、瓦礫の山に伸ばし、
「……アーヴくん……返事して……」
一つ一つ、重い破片を取り除いていく。
「聞こえる……?」
モニターを通して、クロは、一部始終を見ていたのだ。
もちろん、壁に叩きつけられたアーヴが落ちてきた天井の下敷きになる瞬間も、少女はしっかりと見てしまっていた。
「……くん……」
それでも破片を取り除く手は、止まらない。
頬を伝ったしずくが、瓦礫の上に一つ落ちた。
それを見ていて。
んーーーーーーーーーーーーーーっ、とゼルペンティーナは、眉をひそめた。
良かれと思ってみんなに牛乳を買ってきたものの消費期限が一ヶ月前きれでしたわん、どうしよう。
というような極めて複雑な表情で、まばたきをし。
そして嫌な汗を一筋浮かべつつ、油の切れた歯車のように、ぎぎぎぎっ……と、クロから視線を外す。
恐る恐る、救いを求めるように、共犯者を、窓枠に捜し――
「……あれっ?」
眉を跳ね上げ、ティーナはすっとんきょうな、声をあげた。
どこにも見当たらなくなっていたのだ。
「あれれ」
いつのまにやら、澪が、いなくなっていた。
どうして自分がここにいるのか分かっていない顔だ。
辺りをぼぉーっと見渡しながら、後頭部をかいていたが――
また欠伸なんかをして、二度寝をしようとしつつ、涙目のまま、破れた窓を見上げる。
そして、夜空に浮かぶ、長いコートの少女に気が付いて、
「魔女っ!? お前クロ……ぐふぅっ!!」
「魔女って言うなあ!!」
ゼルペンティーナから放たれた白光が、アーヴの胴体にクリーンヒットする。
助けに行くにも到底間に合わず、アーヴは渡り廊下の向こうの壁に激突。
崩れてきた天井と壁の下敷になった。
「……っとに、学習能力のないっ!」
クズが!! と少女は吐き捨てる。
さらに返す動きで、鋭く指を澪へ突き付けて、
「あんたが全力を出さないから!! こうやって周りがケガするのよっ!?」
単なる八つ当たりだったりするのだが、迫力に押されている澪にそこまでの考えは回らない。
長身の美少女は、激しさを増す雪の中、細い足で枠を踏みしめ、
「だいたいね! さっきからこそこそ逃げ回って! あんた! あたしを絶対、なめてるでしょ!!」
やけっぱちに満ちた表情で、吠える。
澪は、うっ、と立ち止まってしまった。
「もしくは自分の能力に、案外自信がもててなくて、反撃し返せないのね! ははっ! 異能の発祥一万年の歴史が聞いて呆れるわ!! 東の国も、とんだ虚飾、腑抜け揃い! 思った以上に大したことなかったわね! 西側諸国の天敵、<魔拂閣>(コンドラーチー)にトドメを刺した少女、って売り口上のわりには……なんて見かけ倒し! 口先ばかりで役に立たない無能な護衛と一緒に、ここへ乗り込んでくる時点で、どうかと思ったけど、さらにこんな臆病者だとは思わなかったわ!」
少女は嘲るように、澪を見下し、
「臆病者は、尻尾を巻いて帰るがいい! 臆病者だらけの故郷なら、あなたが後生大事に守ってる化けの皮も、はがされることがないでしょうからね!! はははっ」
カラカラと笑うだけ笑い――
「――あんた。狩り人、向いてないんじゃない?」
やがて、くすくす笑い混じりの、小馬鹿にしたような口調になった。
本当に、怒ったり笑ったり、忙しい少女である。
しかし、血の気のない白い顔。
緑の光を放つ瞳は、尋常ではない。
黄金の後れ毛を雪風に吹き流しながら、少女は瞳をいっそう冷たくし、
「この学校に入学したのだってさ、故郷の組織じゃ役に立たないから追い出されたのよ、そうじゃなきゃ――ねえ。ここで、あなたの本気ってやつを見せてよ。見せれないんでしょ――?」
少女は声を上げて笑った。
「ほらね?」
そして、澪の小さな顔を見返す。
澪はゼルペンティーナを見上げていた。
故郷のことを侮辱され、アーヴのことをコケにされ、自分自身のこともバカにされて――も、
澪は悲しげに、じっとゼルペンティーナを見上げていた。
悲しげに。
ただ、悲しげに。
その様子はとても、反撃など考えていない表情だ。
マニュアルにない命令を与えられて、思考停止に陥ってしまった機械人形のように。
困惑と、悲しみに満ちた、紺色の瞳で。
ちっ。
「――えええええい……っ!!」
何かを我慢し続けていたらしいゼルペンティーナの顔が、ある時ふいに、崩れるようにして変わった。長い前髪のかかった青白い顔を伏せ、低い、地響きのような苦悶の声を上げると、
「もぉぉぉぉぉぉ!
ほんっとにもう、イライラするぅっっっ!! もう――いいっ!!
マジで死ねえっ!!!」
少女が怒りに任せ全力、左手を突き出すのと、あまりに巨大な銀枠が夜空に浮かび上がるのと、
「アーヴくんっ!!」
聞き慣れた悲鳴が間近で聞こえるのと、B校舎の半分が、握りつぶされでもしたかのように、轟音、砕け散るのとは同時だった。
瞬時にゼルペンティーナが、攻撃対象の指定を変えたのだ。
濛々と噴き上がる煙の隙間に、B校舎から無惨に引きちぎられた渡り廊下の影が浮かんだ。
その、一歩でも後戻りすれば即、地上に落下する廊下の端に、見慣れた制服のスカートが揺れ、
「ね……ねえ、ごほっ……大丈夫……っ!?」
「うわあ!? やめてやめてっ委員長っ!」
それマジで危ないから触っちゃダメっ! 口走るやいなや、慌ててゼルペンティーナは、廊下の入り口を塞いでいた銀の鏡を解除する。廊下へ向かいたい人影が、強引に鏡を押し退けようと手を伸ばしたからだ。
「確かに、基礎体力つけなきゃ、能力の持ち腐れだとは言ったけど、こんなところまでランニングしにこなくていいのよっ!?」
間抜けたセリフを、ホンキで叫んでいたりする。
もちろん、人影――
クロは、基礎体力向上を目的に、校舎を駆けてきたわけではない――
ゼルペンティーナのとぼけた叫びには答えず、少女は壁に手を突きながら、煙の中から姿を現した。
熱をもった両目が赤い。ふらつく足取りで、一歩、また一歩――
すがりつくような視線を、明かりの消えた渡り廊下の中心部へ投げかける。
「アーヴくん……大丈夫……?」
そして、
ぺたん。瓦礫の山の前に膝から崩れ落ちた。
震える指先を、瓦礫の山に伸ばし、
「……アーヴくん……返事して……」
一つ一つ、重い破片を取り除いていく。
「聞こえる……?」
モニターを通して、クロは、一部始終を見ていたのだ。
もちろん、壁に叩きつけられたアーヴが落ちてきた天井の下敷きになる瞬間も、少女はしっかりと見てしまっていた。
「……くん……」
それでも破片を取り除く手は、止まらない。
頬を伝ったしずくが、瓦礫の上に一つ落ちた。
それを見ていて。
んーーーーーーーーーーーーーーっ、とゼルペンティーナは、眉をひそめた。
良かれと思ってみんなに牛乳を買ってきたものの消費期限が一ヶ月前きれでしたわん、どうしよう。
というような極めて複雑な表情で、まばたきをし。
そして嫌な汗を一筋浮かべつつ、油の切れた歯車のように、ぎぎぎぎっ……と、クロから視線を外す。
恐る恐る、救いを求めるように、共犯者を、窓枠に捜し――
「……あれっ?」
眉を跳ね上げ、ティーナはすっとんきょうな、声をあげた。
どこにも見当たらなくなっていたのだ。
「あれれ」
いつのまにやら、澪が、いなくなっていた。