南域結界☆ ジェルソミーナ -213ページ目

6-9 たぷん。


   おおきなのっぽの ハト時計
   ごじまーんのとーけいさー
   ひゃくねんいつも うごいていた
   その日もうごいてた
   おじーさんの生まれた朝に その日もうごいてた
   今は もう ハト時計
   おじーさんの時計


 旋律がやたら行ったり来たりの、複雑な歌が聞こえる。
 自らを「大佐」と名乗った、渋い面構えの大男が、血の臭いをぷんぷんさせながら、城の中庭へオープンカーを停め、鼻歌をうたっているのだ。
 まさかこの、真新しい高級車も、いきなり吹雪の中、崖からダイビングしたり、荒れ地を爆走したりするとは思っていなかったに違いない。
 澪は冷たくなった両耳をこすりこすり、にこにこして、大佐が戻ってくるのを待っている。
「変わったお歌」
「おう。小虎には、教えてもらわなかったのか?」
「うん。りはっか、のことがほとんど。後は、筋肉の付け方とか、すとれっちの仕方とか……。あ。あとあと。気配の消し方とか、カギ開けとかは、おじさまに」
「お前も苦労するなあ」
 城のアーチの下、澪は飛び跳ねて、両手を差し出す。
 澪にはステンレスの水筒だけを投げてよこし、大佐は血臭の原因――なにか、大きな獣の毛皮を、車から肩へ担ぎ上げた。
 頭の方がだらり、下向きになっていて、ガッシリとした関節、ふかふかとした毛並みが美しい。
「これか?」
 ほんわかあたたかい水筒を胸に抱いたまま、いろいろ質問したそうに見上げてくる澪に、大佐は、日焼けした顔をにやり、いたずらっ子のように歪ませ、

6-8 ぷるるるるるる

 それはちょっと気になったが、
『――いいかい――。僕の投資は、帝国の利益のためだ』
 押し殺すような沈黙の後。
 気持ちに蓋をするかのように、しっかりとした口調で男は言った。
 スポンサー然と、襟を正し、
『頼むから……他の小うるさくて、くだらない小国なんかのために、貴重な時間を費やさないでくれよ。開発者も技術者も、君の替えはいくらでもあるんだ。そのへんをよく理解した上で……』
「はいはい。分かった分かった。それじゃ、おやすみ」
 続く、いつもの高飛車な調子を、軽くあしらう。
 ふむ。
 やっぱり気のせいだ。
 たいしたことじゃなかったみたいね。うんうん。
「たぶん時差のせいで、そっちは夕方でしょうけど――美味しいもの食べて、早く寝たほうがいいわよ。……ふわあ」
『ティーナ!』
 非難めいた声が、ケータイの向こう側から響く。
 まどろむ雰囲気の中、スポンサーは何かを言いかけ、
『……おやすみ――』
 ピッ。
 どちらともなく通信はOFFにされた。
 そして指先から、ケータイが滑り落ちるやいなや――
 毛布もかけず、絨毯の上で、ティーナは深い眠りに落ちていた。
 

6-7 ぷるるるるるる

「じゃ、もう用は無いみたいだから、切るわよ」
 一方的に宣言して、ケータイを切ろうとすると、慌てて、
『ティーナ!』
 懐かしい呼び方で、男は叫ぶ。
「あー?」
『……姉さんから、伝言を預かってる』
「それを早く言いなさいよ。……なんて?」
『っ……』
 男は言葉に詰まった。もの悲しそうな調子になって、
『相変わらず君は……』
「聞こえないわよー? はっきり言いなさいよ」
『――いや、いいんだ……』
「よくない。全然よくない。姉さんが何って言ったのか、さっさと教えて欲しいんだけど。
切るわよ?」
『ティーナ……』
 男は向こうで、溜息をついたようだった。
『――赤と青があったら、青を選ぶように』
「うん」
『絨毯で寝るなら、先にちゃんと、毛布を用意するように』
「ふふん」
 それはちょっと笑った。さすが姉さんだ。
 すでに手遅れだけど。
「それで終わり?」
『姉さんからは、ね』
「じゃー、切るわ。おやすみ」
 伸びをしながら言い放つと、ケータイから、男が何かを呟くのが聞こえた。
 僕からは……とかなんとか、言ったような気がする。
 様子がおかしい。
 何かを言い残しているかのような、後を引くような、いかにも淋しげな様子。