南域結界☆ ジェルソミーナ -212ページ目

6-12 たぷん。

 学院の城は、校舎と塔。そして学院長たちの住む別棟に分かれている。
 旧校舎は、庭園が作られた丘を越え、並木道を突っ切った、向こう側だ。
 ――旧校舎。
 澪は、クロが誘拐された事件で、クロさえ現れてくれれば、ティーナはアーヴを助けてくれるだろう。そう思っていた。ティーナに初めて会った瞬間から、この人は無駄に他人を傷つけたりしない人だと、信じていたのだ。
 だからあの時、安心して旧校舎から飛び出すことができたのだが、
「んふふ。だって、ティーナさんったら、危なっかしいんですものー。そりゃあ用意もしておきますわぁ。」
 マリーナの説明によると、その直後、待機させておいた救護隊が、旧校舎に突入、アーヴを瓦礫の下から救い出してくれたらしい。
「それで、アーヴくんは?」
「んふふふ」
 ピンク色をした真珠が、マリーナの耳たぶで揺れる。
 そこには澪の心配そうな、小さな顔が映っている。
 澪の手には、朱塗りの箸。
 グリンピースのソースがかかった、黄色いオムレツの皿が湯気をあげている。
「んー。冷めちゃいますわよぉ。大丈夫ですのにー」
 横着に、二つのことを同時に言おうとするマリーナ。
 ワイングラスの赤い液体越し、桜色に染まった頬で澪を眺めながら、
「……アーヴさんのことが心配ですのねー」
「え、ええと。そりゃあ……」
「優しくて、楽しい子でしょ」
「あ……は、はい!」

6-11 たぷん。

「おかえりなさいませっ!」
「あらぁー。おかえりなさいませー」
 息せき切った声と、のんびりした挨拶が、城の玄関ホール、石段の上で交差する。
 一人は白いお仕着せの、真面目そうな眼鏡の青年。番頭さん。
 それから、ふんわりしたカシミア・ショールを後ろに長く垂らし、情熱的な赤いコサージュを、ドレスの胸元につけたマリーナ理事長。
 巻き髪にくっつけた小さな羽根帽子を、ゆらゆら揺らしながら、
「うふふふふ。ワシントン条約は大丈夫だったのかしらー」
 目尻のほくろを中心に、細い目をいっそう細くする。
「レオン大佐ったら、ご自分と同じ名前の獣を狩ってくるんですから。困りますわあ」
「なに言ってるんだ、マリーナ」
 青年は猟犬のように駆け出すと、慣れた手つきで手早く、大佐の黒革の上下を脱がせにかかっている。レオン大佐も慣れた様子で身を任せながら、憤慨したように、
「東の果てから小虎の娘が、わざわざ会いに来てくれたんだぞ。オレがもてなしてやらないと、誰が」
「まあ」
 マリーナは可笑しそうにくすくすと笑う。
 そういえば、と澪が後ろを振り返ると、雪の道には、毛皮から落ちた、赤いシミが点々とついている。
 良かれと思ってやってくれているので、あんまりそういうことは考えたくないのだけれど――。澪は小さく息をつく。
 ライオンさん、ごめんね。
「澪さん、早く中へ。そんな所に立っていちゃ、氷の柱になっちゃいますわあ」
「そうですとも。さ」
 番頭兼、事務室長、マリーナ付の執事のようなこともやっていたりするらしい青年は、澪のために、立派な室内履きを出してきて、
「あたたかな夕食も、あちらに用意してございますから」
 眼鏡の下から、折り目正しく、微笑んだ。

6-10 たぷん。

「小虎の愛娘が来るって聞いたからな、アフリカの奥地に行って狩ってきたんだ。見ろー。首が二つあるだろ? こういうライオンは希少価値があってだな。大抵はジャングル奥地の部族の、信仰の対象になってたりするんだ。嬢ちゃんは、小虎とオレが、兄弟分だって、聞かされてるだろー? だからだ。その愛娘が来たお祝いに、首が2つある兄弟みたいな神聖なライオンを、オレがわざわざアフリカにまで猟しに行って……」
 山のような荷物を背に負いながら、大男は得意げに、担いだ毛皮をばんばん叩く。
 声は低く、咆吼のようで、四〇代後半に見えないこともない大男だが、裂かれた黒革のジャケットから覗く、あちこちの筋肉は、これ以上、鍛えようがないぐらい盛り上がっている。
 いろいろ追求したいところや疑問な部分は山ほどあったが、
「あのっ、学院長」
 びっくりしたことに、この人が、学院長だったりするのだ。
「大佐ってよべー」
「あ、はい、がくいんちょ……いえ、大佐!」
 体格のわりに、歩くのがとんでもなく速い。
 拍車のついた革ブーツの踵が、石畳の上で華々しく、派手な音を立てる。
 必死に追いつきながら、
「私っ、小虎ししょーの、娘じゃありません」
「ええ!? 娘なんだろっ!?」
「……ちがいますっ!!」
 だったらいいなあと思ったこともあるけど、残念だけど全然違うの、などというようなことを、澪は喉元ぎりぎりで飲み込み、
「ししょーは、私がちっちゃい頃に、村に立ち寄った、旅の人で……」
「そーかぁー。あいつ……苦労性だからなあー」
 無精髭の残ったあごをさすりながら、遠い目をし、
「そういう建て前じゃなきゃ、隠し子には会いに行けんよなー」
「……うー」
「あっはっはっ」