南域結界☆ ジェルソミーナ -210ページ目

6-18 たぷん。

「いや――しかし、せっかくだぁ」
 大佐はまたどっかりと、太い足を高く組み、
「わざわざ学院へ、東の果てから遊びに来てくれたんだー。……おい、マリーナ。お前もたまには有給をとってだな、みんなでリラ咲く南極へ、ワイン片手にバカンスとしゃれ込まないか? 仕事なんか放っておけよ」
「まぁ。南極にリラは咲きませんわぁ。それに。澪さんは遊びに来られたんじゃなく、国際的な狩り人教育のために、おいでになったんですのー。有給休暇なんて大佐にはナイショで、実はこっそり、1日も残っていませんわあー」
「あー。……そう……なのか?」
「うふふ。大佐ったら」
「あはははは」
 豪放に笑う大佐と、婉然と微笑むマリーナ。
 穏やかな雰囲気の中、執事役の青年は、困ったように上司の二人を見比べていたが、やがて銀縁眼鏡の下に気弱そうな笑みを浮かべる。
「――そういうわけで、だ」
 角と角をきっちり合わせて奇麗にナプキンを畳もうとしている澪に、大佐は四角い顔を向ける。
「学院の力になってほしいんだ」
「無理に、とは言いませんわあ」
「いやあ。できれば、かなりの勢いで」
 大佐は緩慢に、マリーナを見返す。
「……オレたちを、助けてもらいたい」
「学院がどうなろうと知ったことじゃないと、いつもおっしゃっておいでですのにー」
 言いながらも屈託なく、ニコニコ微笑んでいる。
「んふ。珍しい」
「いいじゃねえか。……なあ、どうだい。小虎のお嬢ちゃん?」
 拳銃を青年に預け、大佐は安楽椅子の背に両腕を回す。
「小虎に出会う時は、いつでも重要な時代の境目だった。あいつにはあんまり借りは作りたくないんだが……」
 言葉ひとつひとつを低音で、丁寧に、はっきりと言いながら、
「マリーナや、生徒たちや、学院……」
 雰囲気のある瞳で澪を凝視したまま、
「いわゆるオレたちのために。小虎からの力――貸しちゃもらえねえかな?」

6-17 たぷん。

 ティーナちゃんが転入してきた、本当の理由は――なに?
 と、食堂のドアがノックされ、
「恐れ入りますが、大佐――」
 青年が声をひそめて呼びかけた。
 大佐は黄ばんだ片目だけを、青年に向ける。
 かまわんから、そこで話せ、という視線だ。
 執事役の青年は、ちょっと困った様子で巨漢の大佐を見返す。
「では……」
 小さく会釈し、周囲へはばかるようにして食堂へ踏み込んだ後、折り目正しい物腰でそっと大佐に耳打ちして、
「そろそろ実務の方を……。長老議会から、稟議書が山のように……」
「おー。そーゆーのは片っ端から、サインしといてくれ。……なっ?」
 元気に明るく、大佐は不器用なウインクをする。
「大佐……!」
「そうそう、忘れていたぞ」
 椅子から背を起こし、大佐は手早くシリンダーを拳銃に収めた。
 青年が、何かを反論しようとする直前に、雪の舞う漆黒の窓を、睨みつける。
 澪の目には、何かが慌てて、窓枠から逃げ出すのが見えた。
「追いま……」
「追わなくていい」
 言下に、大佐は澪へ答えている。
 渋い表情が、直後に気だるい雰囲気に戻って、

6-16 たぷん。

 ガシャッ! と金属の音がした。
 拳銃のシリンダーを、大佐が押し開けたのだ。
 手の平で何度も、シリンダーを回転させて止め、耳を澄ましては中を覗き、一つ一つ、耳と指先で確認するかのようにして、大佐は同じ動作を繰り返す。
 傲然と開いた股にあるのは、銃弾の紙箱だ。
 澪はイチゴムースの粒々を、スプーンですくい取りながら、
「……ティーナちゃんに聞いてみてもいいのかな……」
 呟く。
 ティーナちゃんは、自分は「狩り人」ではないと言っていた。各地域におかれた狩り人を、異界からの魔物を退治する、「抗体」とするならば、ノマドは世界中を旅し、空間の<裂け目>を修繕する、「血小板」。
(……仲良く、なりたいなあ)
 どちらも、異世界とこちらの世界の、「はざま」に関わる仕事なのに。
 そして、分からないことはもうひとつ。
 ティーナちゃんは狩り人ではないのに、どうして、狩り人の養成機関に、転入してきたんだろう?
 ノマドだけど研究者だから?
 澪が体得している、李八ヶの術に、興味を示している――
 そう、大佐は教えてくれたけど……
(李八ヶ……)
 それだけの理由なのだろうか?