南域結界☆ ジェルソミーナ -198ページ目

6-46 角砂糖

 それは。
 今まで結構いろいろな、歴史的事件や場面に遭遇してきたティーナですら、息を飲む光景だった。
(よくもまあ……。こんなに集まって……!)
 慣れた動作で、銀の枠に片手を引っかけ、よくよく足元を見渡す。
 百鬼夜行だ。
 東西南北。夜空を埋め尽くし、ありとあらゆる方角から、青い帯を引きながら、ぞくぞくと、吸い寄せられるように飛んでくる。
 あやかし、妖怪、魔物、精霊――
 ――人間たちよりも古い歴史を持つとされる、灰色の闇たち。
 雪が降り積もっているはずの広大な森は、彼らに遮られ、ほとんど見えない。
 闇は彼らの放つ燐光で、月夜のように青白く光って見えた。
 速度も落とさず、寄り道もせず、一心不乱に突き進む、彼ら。
 それは今度こそ、故国を取り戻そうと懸命になる、難民の群れのようだった。
「……角砂糖に群がる、アリみたいねー……」
 感動のあまり、思わず声が漏れてしまう。

6-45 角砂糖

 クライアントが提供する材料だけでは、とても研究の成功など望めないのだ。
 例えば彼女が、以前ちょっとしたことで手に入れた、「地獄の扉(ゲート)」。
 巨大な渦、狂気と異世界の燐光が逆巻く、人間など絶対に踏み込めない扉だが、空間と空間を歪ませ、一つの空間を別の空間につなぎ直すことができる。
 「この世界内」だけなら、分子理論や空間エネルギー保存則が「瞬間移動」を不可能にさせているが、高度な物質の構造式も、量子力学的に変動する空間のずれも、「異世界」を経由させれば、膨大な時間を必要とする誤差分の修正式さえ、折り畳み、圧縮化し、「一瞬でこなす」ことができるようになる。
 ――ようするに。
 今のティーナは、この扉で、どんな場所にでも一瞬で辿り着くことができた。
 もちろんその分、無視できない、重大な欠陥もあったりはするが――
 その辺りは企業秘密だ。
 金色の髪の少女は、ゲートをくぐり抜けた。
 冷たい風が頬を打つ。
 純黒の海のような森が地平線のずっと向こうにまで広がり、寒さにくしゃみをしながら、
「……うーわ」

6-44 角砂糖

「いてててて!」
 片腕が痺れているのは、変な格好で、ぶつけたように眠っていたせいだ。
 鼻をすすりあげ、なおかつ、腕のもげそうな痛みをこらえつつ、
「あ“―……」
 クセのついた髪を、大ざっぱに、ぐしゃぐしゃっと、彼女は後頭部へかき上げた。
 しかし二度寝なんかは、したりせずに、
「……つまんない魔物とかだったら、タダ済まさないわよぉー」
 不愉快げな、しかし自発的な表情で、モニターの地図を眺めやる。
 赤い光点は、森の周囲で点滅を繰り返していた。

 魔導工学の研究者であり、権威の一人であるゼルペンティーナはイヤというほどの、対魔物用センサーを学校のあちこちにバラ撒いていた。
 自分の実験材料に使うためだ。
 もちろん、誰にも許可をとっていない。
 自分の考えで、勝手に配置したセンサーだ。
 クライアントが望むレベルの魔導工学ならば、少量の被験体で間に合っただろう。
 しかし、彼女がやろうとしている研究は、そのレベルのものではない。