南域結界☆ ジェルソミーナ -16ページ目

5 漆黒の門番

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 どこから漏洩したのかは分からない。
 だがその大事件は、政府、軍部の必死の隠蔽(いんぺい)活動にも関わらず、瞬く間に、帝都・ロード中に知れ渡ることとなった。

『パストラル帝王の一人娘、皇女・エオリオ様がさらわれたらしい――!』

 そんな『根も葉もない噂話』を根こそぎ絶やすために、治安部隊と特殊警察が日夜、帝都中の民衆に厳しい情報規制を加えて廻っていたが、

「お姫様をさらった奴だって? イリニア帝国に決まってるじゃないか! さあさあ、詳しい事はこの新聞に書いてあるよっ! 誘拐の顛末、実行犯はいったい誰なのか!」
「陛下は夜な夜な、泣き暮らしていらっしゃる。エオリオ様の肖像画を眺めては、イリニアを呪う毎日だそうだ。主治医が言うことには、持病の頭痛が悪化しつつあって……」
「私、聞いたんです、陛下が、皇太子様とお話しされているのを。離縁したお妃様も城へ呼び戻し、「お前へ帝位を譲るぞ」と、おっしゃっておいででした。御婚約者様もその場にいらっしゃって、それはもう痛々しいご様子で……」

 政府の規制など全くの無意味で、不定期に発行する『帝都新聞』が、それこそ好き勝手に尾ヒレを付け、過激な報道を続けるばかりであった。

「いかんな」
 謁見の間で。泣き暮らしても、片頭痛でも、帝位を譲るつもりも全くない、パストラル皇帝・ゲスタラードが、一人、呟きを漏らしていた。
「イリニアが、勾引(かどわか)したのではないのだが……な」
 帝王は、片方の靴を、絨毯の中央へ、蹴り上げた。

「まだイリニアに連れ去られた方がマシじゃった。皇女の価値を分かってくれている分、大切に扱ってくれるだろうからの。しかし……」
「陛下」
 ステンドグラスの窓の下に、黒い影が浮かび上がった。
 堂々とした、体躯の男。
 高貴な軍装も自然に着こなす、堅物めいた男である。
「御案じ召されますな。すでに優秀な士官が、『近衛騎士団』の配下を引き連れ、姫君の奪還に国境を越えております。今に――すぐにでも、姫君を取り返して参るでしょう」
 皇帝は、ローブの下で靴をぬぎ、もう片方の靴も蹴り出した。

「ガービン、お前も心中穏やかではなかろう、正直に申せ。エオリオだけで充分、事は足りようものを。フィーネまで連れ去りおって……」
「この醜行、いかなる厳罰をもってしても、贖いきれませぬ。世話役がついておりながら、姫様をお守りすることもならず、むざむざ……。」
「なにを。何もお前が謝ることはない。相手は魔龍ぞ。魔法使いも付いておると聞く。フィーネだけではどうしようもないわ。命が無事じゃっただけでも……」

 ひざまずいた姿勢で、男は深々と、頭(こうべ)を垂れる。
「すぐにでも吉報を、お届けに参ります。では」
「ガービン」
 皇帝は、土気色の顔を上げ、総司令官を、呼び止めようとした。
「ガービン……」


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4 漆黒の門番

 いつもは人見知りするはずのシマリスが、彼の腕で――
 無邪気に絡みつき、遊んでいる。
 白い雲が、地平線から現れる。
 風向きの変わった平原の草むらは、波打つように、「火薬」の香りを運んできてくれる。

「あれは……?」
 旅人は、木の枝の上で、背筋を伸ばした。
 雲が作った蒼い影の内側に、新たな一団を見つけたのだ。

 ――戦場を静観する――現実味のない一団。
 その軍勢は不思議にも、黄金の光を、放っていた。

「……!」
 巨大な馬にまたがり、一団の指揮官が、旗を振る。
 軍勢は、一糸乱れぬ滑らかさで、戦場へなだれ込み、『赤』の本隊をたちまちに、側面から呑み込んだ。

 あれは、パストラルの軍ではない。
(傭兵の一団だ。噂に聞く……『最果ての騎兵団』……!)
 感極まった、『青』の軍の、歓声が聞こえてくる。

 金色の傭兵団が、『イリニア連合』の本隊を殲滅(せんめつ)してしまったのである。
 そして、時をおかず――
 生き残った兵士達も、一人残らずパストラル軍に殺されてしまった。

 旅人は両手を、懐にしまった。
「女王陛下に、栄光あれ……か」

 歓声を上げて、パストラルは、傭兵達のために、関所の門を開く。
 傭兵達は、団長の周りに集い、何やら叫びながら屍の上を越えて行く。

 団長がふと、その叫んでいた傭兵に声を掛けた。
 そして兜を脱ぎ、巨大な愛馬に兜を預けた。

 ――旅人は目を細める。
 伝説となった傭兵団の団長が、本当に十四歳の少年なのか。
 見極めようとしたのである。
 立ち上がると、握りつぶしたリスの首が、地面に落ちた。


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3 漆黒の門番





 ――真紅と。
 ――まだら。

 異なる二つの軍装の一隊が、切り込み部隊となって、『青』の囲みを突破する。
 その勢いに、『青』の指揮官――ズックピジョン伯爵は、一時、町の門のきわまで退いたが、
「ひるむな、ゆけっゆけっ!」
 左右に分散した兵士に、「再結集して進路を妨げろ!」号令を与えた。

 しかし、長旅を続けてきたはずの軍兵だというのに――
 その集団は、疲れを微塵も感じさせることなく、次々と『青』の軍勢を突き破ってゆく。

 それは、起伏の全くない、どこまでも続く赤褐色の平原であった。
 パストラル軍は、隣国「ベアレズ」「イリニア帝国」の混合部隊から、この平原を……パストラル領の入り口を、白兵戦で守っていたのである。

 関所の前には累々と、高い盛り土に、塹壕が連なる。
 それを背にして、パストラル殉行軍・『重装騎馬兵』の隊列が、槍を前方に構え、号令を、今や遅しと待ち続けている。

 砂埃の向こうに、『赤い集団』の先頭が見えた。
 それを見るやいなや――『青』の指揮官は、叫ぶ。
「皇帝陛下に、永久(とわ)の勝利を!」
 騎馬は一斉に、突進する。
 その唸り声は、人間のものとは思えない。
 勢いにのっていたイリニア連合軍も、さすがにその足並みを、わずかに緩めた。

「ちいっ!」
 騎兵の放つ鉄球が、先頭をゆく騎馬を、横転させる。
 鎖に捕らえられ、投げ出された将校を、太い切っ先が貫いた。
 しかし隊長を失っても、イリニア軍がひるむ様子はない。
 イリニア切り込み隊は鎖を引き千切り、重装備のパストラル騎兵を、飛び越えて行く。
 関所を守る『青』の軍は、前方頭上から、彼らの姿を狙い撃ちした。

 ――双方、神懸りである。
 彼らの姿には、恐怖のかけらも見当たらない。

「不思議なものだ……」
 戦火の届かない、遠く離れた平原の、大樹の枝先で――
 旅装の男が、フードを目深にかぶり、その戦いを始めから見ていた。
 透き通る目には、戦いが七色に映っている。
「不思議なものだ。ここで、こんな光景に巡り逢えるとは……」


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