「ワクチン」と名がつけば、どれほど怪しい代物でも何ひとつ疑うことなく礼賛し、免疫の基礎について学ぼうとすらしない。

「専門家医師」の肩書を利用して、これほど多くの同胞が悲鳴を上げて苦しんでいるのに、ひたすら目を背け、耳を塞ぎ続ける(ついでに自分の口座の残高を増やす)。

 

それを「科学」と呼ぶなら、私は「科学を知らない愚か者」で結構。

 

私は「人間」でありたい。

 

 

「科学」とは、どんな常識や権威も疑ってかかること。

データを決して鵜呑みにしないことです。

ましてやそのデータが、製薬マネーにべったり染まっているときは。

 

 

 

進次郎のあまりにセコい

 

ヤラセ

 

が発覚したのはいいとして、

 

「こんな卑怯な党には居られない!」

 

と席を蹴って出ていかない他の候補者連中も

 

推して知るべし。

 

しょせん「その程度」ということ。

 

 

けっきょく、誰が総裁になっても、すぐに足の引っ張り合いになるのは間違いなし。

 

自民党こそ絵に描いたような

 

烏合の衆

 

なのですよ。

 

 

 

 

覚えておられる方も少ないとは思いますが、昔懐かしテレビアニメ『一休さん』に

 

どちて坊や

 

というキャラクターがいました。

何を説明しても、「どちて(どうして)?」とさらに質問を重ね、ついには一休さんも返答に窮してしまう。

 

でも、この

 

「どうして?」

 

というワードは、思考を深めるのに、とても重要な役割を果たすのです。

 

今日は暑いね~

どうして?

気温が高いからだよ

どうして?

太平洋高気圧が強いからさ

どうして?

海流が大きく蛇行しているんだ

どうして?

 

この問いかけを繰り返していくと、いずれ表面的な知識だけでは答えられなくなります。

「わかったつもり」では済まず、より深く物事を学ぶしかなくなるのです。

 

何か一つ答えを得たと思ったら、そこで終わりにせず、さらに自分に対して

 

どうしてそうなるのだろう?

 

と問いかけることが大事です。

以下の記事を読んで、そんなことを思いました。

 

 

彼女の中では、移民問題は「デマに屈した」で完結しているようですが、それこそ現象を表面的にしか捉えていない証拠。思考停止です。

天下の東京大学の名誉教授であらせられるなら、一歩思考を深めて

 

ではなぜ、そのような「デマ」が広がるのだろう?

 

と追求しなければ駄目でしょう。

 

ちょっと前まで多くの日本人が海外からのインバウンドを大歓迎していたのに、ここ数年で事態が急変したのは、いったいどうしてなのでしょう?

 

「デマ」かどうかはさておき、世界中で「排外的」な思想が広がっている原因は何なのでしょう?

 

ただ「デマに屈した」だけでは、「テロリストの考えていることなんかわからないし、知る必要もない」と突っぱねるのと同じこと。

原因や背景を探り、そこに解決策のヒントを見出そうとしないから、いつまでも同じ悲劇が繰り返されてしまう(テロリストの主張を呑めと言っているのではない)。

 

そうやって「どうして?」を繰り返していけば、まさに「善人」を気取る自分たちこそが、反動的な「排外的土壌」を生み出した張本人であることに思い至るはずです。

 

それとも、自分の「本当の姿」と向き合うのが怖いから、考えることを避けているのでしょうか?

 

私も、「排外主義」が加速していることには危機感を覚えます。

このままいけば、過激分子が「実力行使(直接的暴力)」に訴えるおそれがあるからです。

そうならないためにも、今こそ慎重な対応(時間をかけて徐々に……)が必要なのに、こうした言論人たちは、とにかく事を急ぎたがる。

 

 

けっきょくのところ、彼女もまた

 

人間とはどういう生き物か

 

を考えずに生きてきたということです。