「デマ」が拡散するのには、主に2つの要因があります。
①情報(知識)の不足
②もっともらしさ
まず①について。
人間は「よくわからない」状態に強い不安を感じるようにできています。
その「居心地の悪さ」や「不快感」を解消するために、「勝手な理屈」を空想して「情報の空白」を埋めてしまうのです。
例えば、ごく普通の若い女性が夜道で暴漢に襲われる事件が起こったとします。
もちろん理不尽極まる犯行であり、被害者には何の落ち度もないわけですが、そうした事実は、報道を見た人に強烈な不安感を抱かせます。
だって、「何の落ち度もない」人が見も知らぬ相手に理由もなく襲われるとしたら、それは「今日明日にも我が身に降りかかる災厄」かもしれないからです。
そこで、心の平穏を保つために、
・遅い時間に独り歩きする被害者が悪い
・きっと露出過多の刺激的な服装をしていたに違いない
などと「屁理屈」を考え出します。
つまりは、「なので自分は大丈夫」という(根拠のない)安心感を得たいがための「フィクション」なのです。
まして、その女の子が「飲食店勤務」などと報道されたら、
・どうせ風俗店ででも働いていたんだろう
と、さらに想像をたくましくしていく。
実際は、被害者の女性は着古したトレーナーにジーンズという地味な格好で、学費を稼ぐためにお弁当屋さんで頑張ってアルバイトをしていたかもしれないのに。
かくして、報道を見た人が生み出した「勝手な妄想」を、あたかも事実のように他人に伝え、聞いた側も、やはり「自分は襲われることはない」という心の安寧を欲するがゆえに、それを信じ込む。やがてはその「デマ」が世間に広がっていく……
「情報の空白」から生じる「不安感」を埋めるために編み出した「自己保身のための作り話」の一例です。
もし被害者の人となりを知っていたら、決してそんな「与太話」を信じたりはしないでしょう。
それとは違い、②の「もっともらしさ」から広がる誤情報もあります。
もし、ある自治体が「移民を無条件に受け入れようとしている」という情報が拡散しているとしたら、多くの人がそれを「もっともらしい」「やりかねない」と捉えてしまう「背景」があるから。
この「背景」には、自治体の首長が「何でもかんでも国の言いなり」の「操り人形」であるという「実績」があります。
それが如実に表れたのが、今回の「新コロ騒動」です。
ごく数人の知事や市長を除き、ただの一言も疑問を呈することなく、ひたすら政府の「飼い犬」となって、非科学的な「感染対策」「ワクチン接種」を推し進めました。
それによって多額の補助金・交付金を分捕ろうとしたわけです。
余談ですが、地方自治体のトップは「国から補助金を取ってこられる人材」が「優秀」と評価されます。
そうした知事や市長は、地元経済に利益をもたらすので、各地の経済団体が組織票を使って応援する。
もちろん、首長の側にも、「多選(長期政権)」と「キックバック」があります。
市民のため? そんなこと、頭の片隅にもありません。その証拠に、いまだに「ワクチン被害」にまともに向き合おうとするやつがいないではないですか。
はっきり言えば、合法的な「タカリ」ですね。
私に言わせれば、どこの首長も、SNSを悪者扱いして規制をかけるのではなく、市民に「もっともらしい」と思われているおのれの言動をこそ猛省せよ、です。
というわけで、「デマ」にはざっくり2種類あるという話をしました。
実際はもっと複雑な要因が絡み合っているのですが、大枠は理解していただけたと思います。
この2つをごちゃ混ぜに「デマ問題」として扱っているようでは、テレビの知識人もコメンテーターもお粗末なお飾りにすぎません。
そこをきちんと理解したうえで、ではどう対処するかを考えなければ、必ず将来に禍根を残すと断言します。
最低でも、「個人」と「公人」をちゃんと区別して話し合ってくださいな。
前述したように、
情報の空白
がデマを生む最大の要因。
もしSNSの言論を封殺すれば、「情報の空白」はいっそう広がり、その暗い間隙に、妖怪のごとく次々と「デマ」が生まれてくるでしょう。
しかも、「言論統制」のおかげで、そうした「デマ」は「希少価値」を持つようになり、「付加価値(信憑性)」がどんどん増していきます。
最後は収拾がつかなくなるのは確実。
ここでも
手に入りにくいものは価値が上がる
という「資本主義の原則」が真価を発揮することになるのです。
