酢、飲んでます
ちょっと前から、酢を毎日飲んでいます。ミツカンの「リンゴ酢」です。
実は以前にも酢を毎日飲んでいたことがあるのですが、のどが荒れたようになってしまい、断念したことがありました。そのときはドラッグストアで買った、「くろさつま 玄米くろ酢」というのを、大さじ1杯を200ccの水で割って朝飲んでいました。
今回の「リンゴ酢」は、小さじ2杯を300ccの水で割って、1日2回(朝と晩に)飲んでいます。リンゴ酢といっても、とくにリンゴの香りがするわけでなく、まあ、普通の酢よりさっぱりしているかな、程度です。「くろ酢」のほうも同じ割合で、その日の気分によって「リンゴ酢」と替えて飲んでいます。「くろ酢」のほうがコクがある感じでおいしい気がします。今のところ、のども大丈夫です。
さて、酢ドリンクを飲むことが何か体に良いのか?それはよくわかりません。ネット上ではいろいろ効果が書いてあったりしますが、あんまり信じていなくて、なんとなく体によさそう、という理由からです。少なくとも、ダイエットの効果は感じられません…。
映画「シムソンズ」
京都の恐ろしい地名
またまたテレビネタなのですが、先日見た深夜番組「ビーバップ!ハイヒール」(朝日放送)で京都の恐ろしい地名についてやっていました。面白かったので、覚えている範囲でご紹介しましょう。
番組サイト
http://asahi.co.jp/be-bop/backnumber.html
「蹴上」・・・・馬が土を蹴り上げるイメージのする地名だが、実は違う。源義経が歩いていると、向かいから平家の武士数人が歩いてきた。義経は顔を隠してわからないようにすれ違おうとしたが、すれ違う際に、相手が水溜りの水をはねて(蹴り上げて)、それが義経にかかってしまった。
激怒した義経は、その平家の武士数人を切り捨ててしまった。義経は近くの池でその刀を洗ったが、その池は今でも民家の庭に現存している。そしてその池のある場所の地名は「御陵血洗町」である。蹴上には切り捨てられた武士の霊を弔う義経の立てたお地蔵さんがあるそうだ。
「千本通り、紫野」・・・・千本通りはその昔、葬送の行列が行く道であった。道端には無数の卒塔婆が立てられており、それが千本にもなったことから千本通りとなった。そして遺体は船岡山近くに埋葬されたという。その途中には、死者の流す血で紫色になった野原があり、そこが紫野となった。
「赤池」・・・・ある武士が人妻と恋仲になった。人妻は逢引の際、武士に夫を殺してほしいと嘆願した。武士は指定された部屋に行き、夫の首をはねた。しかし武士がよく見たところ、首をはねたのは夫ではなく人妻のほうであった。人妻は夫ある身でありながら不倫関係にあることを罪に思い、自ら武士に自身の首を切らせたのであった。武士が人妻の首を池で洗ったところ、池が真っ赤になった。そこが赤池と呼ばれるようになった。
「轆轤(ろくろ)町」・・・・「ろくろ」だから清水焼に使うろくろから取った町名かと思いきや違い、轆轤町はその昔、髑髏(どくろ)町と呼ばれていた。そのあたりは遺体置き場であり、無数の骸骨(がいこつ)が転がっていたからである。しかし街興しにあたり、「どくろ」では通りが悪いということで「ろくろ」に変えたそう。轆轤町では今でも名物「幽霊子育飴」という飴が売られている。これは亡くなった妊婦が幽霊になって子育てをするため飴を買いに来るという逸話があるためだそう。
「天使突抜」・・・・●●通りが栄えていた時代(何通りか忘れてしまいました)、秀吉はその通りをもっと南へ延長させたらよい、と考え、道を作れ、と指示した。しかしその道を作るには五条天神を突き抜ける道を作らなければならず、あまりにも無謀に思えた。しかし秀吉はそんなことお構いなしに道を作らせた。五条天神は地元の人に「お天使様」と呼ばれ親しまれていた。もともと秀吉の横暴によい印象を持っていなかった京都人は、お天使様を突き抜けさせた道ということで、秀吉に対する揶揄を込めて、この町名を付けた。
「西院」・・・・正式にはこれで「さい」と読む。付近に賽の河原があるとされる。賽の河原とは、幼くして亡くなった子供が、あの世で河原で石を積み上げる遊びをするところである。閻魔様がそれを邪魔するので、子供は永遠に石を積み上げねばならない。
「新京極」・・・・もともと今の寺町通りは「京極通り」と呼ばれていた。京(みやこ)の東の極限であり、それより東は魔界であった。しかし街を大きくするため京極通りの東に道を付け足したのが新京極である。京都には多くのお寺が点在していたが、その権力を抑えるため、秀吉は多くのお寺を京極通りに移転させ、それ以降、その道は寺町通りと呼ばれるようになった(鴨川の氾濫を防ぐ堤防の目的もあったそう)。ちなみに西京極は京の西の極限である。
「桑原町」・・・・今は京都地方裁判所がある場所が桑原町である。ここはもともと菅原道真の領地であり、桑の原っぱがあった。道真が左遷され、道真の怒りか京都にはさまざまな祟りが起きた。京都中に雷が落ちたが、なぜかこの桑原には雷が落ちなかった。雷よけのおまじないに「くわばらくわばら」というが、この地名からついたのだそう。
う~ん、京都の地名ってすごく深くて面白い!調べたらもっといろいろありそうですね。