【昨日のビール】
ロング缶:4本
芋焼酎ロック:4杯
【昨日の実績】
自転車:◯
お菓子断ち:×(バタピー、素煎りピーナッツ)
華金だった昨晩は心地よくビールを飲んだ。医者の前では決して言えない真実の酒量である。久しぶりに息子の自転車を借りて30分ほど近所の坂を登ったら疲れてしまった。しかし筋力は衰えていないようで400メートルの上り坂は、思っていたよりスムーズに登ることができたのだ。もしかしたら私の自転車より息子の自転車の方が性能が良いのかもしれない。
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昨年末からの禁酒に関する話がまだまだ続くのだ。
私の身に食道がんの症状に似た症状が顕著に現れてきた。不安になり受診すると1か月後、胃カメラを飲むことに決まったのは2023年の12月14日のことであった。医師は検査前に呼吸器科を受診するようにと言ったのでそうした事は昨日のブログに書いた。
そしてその時、胃カメラで検査してくれる医師から驚愕の宣告が告げられたのである。検査までの期間は酒を控えるようにと言われたのだ。辛く悲しい禁酒劇場がそこから始まったのである。
私の場合、喉の違和感、特につかえ感がひどかった。毎日飲んでいる血圧の降圧剤を飲むと必ず途中で引っかかってしまい、しばらく溶けずにそこに留まることが常になっている。謎の乾いた咳が突如出たり、声がかすれてしまったり。何かが声帯に詰まったのか、しゃべるのに難がある時もあった。そんなことが続くと不安になり、ネットでいろいろ調べてしまうのだが「食道がん」とか「咽頭がん」というキーワードがわんさか出てきて非常にネガティブになってしまうのは人の常。いろいろと身の回りのことなどを考えてしまった。
今年で55歳の私だが、ここで重病ということになり最悪のシナリオとしてこの世を去ることになったら、、、
果たして私は納得して永眠できるのか?子供の成長をまだ見ていたい。できれば孫の顔も見たい。病床に伏すと妻には非常に大変な役回りをさせてしまうだろう。今まで妻に対する私は果たしてそれに耐え忍んでもらえるだけの立ち振る舞いだっただろうか。私がいなくなり、我が家はその後どうなるのだろうか。息子も娘もこれから学費がかかる年ごろである。私がいなくなったがために、自分の夢や希望をかなえられなくなるのではないだろうか。
がんとの闘いはどのようなものだろうか。手術で摘出するとなると声帯は取られてしまい、今後しゃべることができなくなるだろう。たとえ克服したとしても今の仕事は会話が中心になっているのでこのまま続けることは難しくなる。抗がん剤の治療は非常につらいと聞くが、私はそれに耐えられるだけの体力、精神力を持っているのか?
調べれば調べるほど、考えれば考えるほど気持ちが沈んでしまうのだ。昼間は一人、自宅で在宅勤務なのでこんな時は非常に良くない環境と言えるだろう。精神的に落ち込んでしまった私は胃カメラ検査までの1か月の間、何か少しでも良いので前に進みたいと切に願い、そして考えた。
次に進むというアクションの一つは昨日ブログに書いた呼吸器科の受診である。しかしこの時点では、まだ胃カメラの検査が1か月後に決まっただけ。不安に包まれてどうしようもない時期だったのだ。自然と焦って行動する私なのだが、呼吸器科と耳鼻咽喉科を混同してしまっていた。胃カメラ検査の予約をした翌日、すぐに耳鼻咽喉科を受診したのだ。
そこは、地元で人気のある名医が開業している医院であり、最初に行ったときは患者が多すぎで早い時間から受付終了になっていた病院なのである。私は休みの日の早い時間を狙ってその耳鼻咽喉科を再び訪れることにした。
ずいぶん昔に、理由もなく突然声がかすれてしまい、驚いて職場の近くにあった耳鼻咽喉科を受診したことがあった。その際、医者は小さなカメラを鼻の穴から入れて声帯を見てくれたのだ。診断結果は声帯の筋肉が衰えているというものだった。もっとしゃべったり大きな声で唄ったりしなさいと言われたのである。私はそのことを思い出して、耳鼻咽喉科は胃カメラと同様の検査ができると勘違いしたのだ。
一刻も早く診てもらって、恐ろしい病気などではないという判断をしてもらい、ビールに浸かるほど飲みたい一心で耳鼻咽喉科の門をくぐったのである。
たのもー!
人気の医院は、早い時間だと意外と空いていた。30分程度の待ち時間で診てもらえるようである。受付で来院した理由などを簡単に話していると、後ろに並んだ醜い婆さんが私を抜かして自動発券機のボタンを押し、受診の番号が書かれた券を受け取るのが見えた。受付で私が話し終えると発券機のボタンを押して券を取るよう言われたのでそのようにした。結果、意地悪婆さんに割り込みされたのだ。
クソーッ!ただではおかん。
頭に来た私はその婆さんが座っている長椅子のところまで行き文句を言った。
C「お婆さんねえ、受付はみんな順番に並んでいるんですよ。いくら先が短いからって割り込みしてまで健康になりたいの?私の券と交換しなさいよ。ほら、小さな子供達も見てたのよ。お婆さんが割り込みして券を取ったこと」
婆「アンタ何言ってんのよ!私は悪くないよ!普通、窓口に並んだらみんなすぐに券を取るんだから!それを知らないアンタの方が悪いわ!このアル中ヤロウ!」
C「な、なんだと!この老いぼれ!おまえなんか正月の餅を喉に詰まらせて死んじまえ!」
などと言うやり取りはするはずもなく、そのような事を頭の中で想像しながら大人しく自分の順番が来るのを待つ紳士な私なのであった。
「cornさ~ん、診察室へどうぞ~」
やはり30分ほどの待ち時間で私の名前が呼ばれた。
ドキドキ。
レッツゴー1匹!
行くしかないぞ!
明るい診察室には40前後のイケメン先生が待っていた。最近の症状と年が明けたら胃カメラを飲むことなどを話したのに付け加えて、鼻の中が乾燥してたまに鼻血が出ることも伝えた。イケメン先生は素早く「分かりました」と答えると、カメラを鼻に入れて診てみましょうと言った。
待ってました~!何だがおかしな感覚だが、不安に包まれている私はどんなツラい検査でも喜んで受けたい気分なのである。まずは右の鼻から。診察されている私からも撮影した映像が見えるようモニタが目の前にセットしてあった。イケメン先生はスルリとカメラを私の鼻の中に入れた。
医「あ~、鼻の中はちょっと炎症を起こしてますかね。では左の鼻に移ります」
右の鼻の穴を早々に切り上げて左の鼻にカメラを移した。
医「あ~、左の鼻の穴の方が広いですね。胃カメラを飲むときは左の鼻からにすると良いですね。では、奥に進めて咽頭を診て見ます。」
そう言ってカメラをグイッと奥に進めた。モニタに映った声帯が見える。なんだか赤黒く見える感じだ。イケメン先生は黙ったままカメラを回したり手前に引いたりしながら気難しそうな顔でシャッターを数回押した。
医「はいっ、終わりです。鼻の穴は炎症を起こしているので薬を出します。咽頭はキレイですね。悪いところはありません」
オッ?マヂか。ヤッタネ。しかし落ち着いて質問しておかねばならない。
C「あの~、咽頭がんとかそんなものはないのでしょうか」
医「いやいや、そんなものはありません。鼻の穴の炎症ですね。もしかするとアレルギーもあるかもしれないですね。最後に鼻から吸入して終わりにしましょう」
次の患者もいるので早めに切り上げたいのだろう。イケメン先生はキッパリそう言って診察を終わらせようとした。
C「あ、あの、実は、胃カメラを予約した病院で呼吸器官を事前に診てもらうように言われていたのですが、そのあたりはどうなんでしょうか」
医「え?いや、うちは耳鼻咽喉科なんで喉までしか診れないです。呼吸器だったら呼吸器科に行かないとダメですね」
C「。。。」
白眼を向きながら泡を吹いた私は、ハッと我に返りイケメン先生に深々と頭を下げて診察の礼を述べた。か、勘違い甚だしいとはこのことか、、、しかし今回の受診で中途半端な推定無罪判決となったことは確か、喉までは正常なのだ。残すは食道より先である。疑わしきは罰せずのルールから行くとこの結果は果たして無罪なのだろうか、、、
完全無罪判決の喜びが100%だとしたら、20%ほどの喜びを胸にその耳鼻咽喉科を後にした。しかしもらった薬は抜群に効いて、鼻の中の荒れが嘘のようになくなった。その副産物だろう、長い間口角炎が私の右の口の端と左の口の端を行ったり来たりしていたのだが、それもきれいサッパリなくなったのだ。
呼吸器科を受診したつもりが耳鼻咽喉科だった禁酒劇場代理戦争はこれにておしまいなのである。
グヒヒ。
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昨日の晩酌。
しめサバ。たっぷりワサビと醤油でいただくと最強なのである。
久しぶりにホッケを焼いた。お魚三昧。
お豆腐さまは一丁丸ごといただく。旨し。
揃いましたなアテの衆。
今、東京は小春日和という言葉が正しく似合う土曜日の午前中である。しかし、私はと言えば家族が全員出かけるまで家にいなくてはならず、もったいない時間を過ごしている。掃除洗濯家事オヤジなのだ。14時になったら愛ロードバイクのジョニーくんと一緒に出かけよう。
ビールをこよなく愛する皆さま
今宵、土曜の夜はサタデーナイト
明日の朝はサンデーモーニングである。
あまり意味ないのだが
やっぱり今宵も
乾杯ッ!
なのである。
ムフフフフ。

















