娘が昼にお腹が空いたといったのでチャーハンを作った。そしたら私の人生史上最高のデキとなった。

ムフフフフ。

 

【一昨日のビール】

ロング缶:3本

芋焼酎ロック:5杯

 

2024年3月9日の土曜日。

この日は朝から晴天に恵まれてポカポカ陽気だった。愛ロードバイクのジョニーくんと気持ちの良いサイクリングをしたいところだが、先週末にシフトワイヤーが切れてしまっていた。アイヤー。

 

 

なので、修理しないとどこにも行くことができない状況である。私は自分でメンテナンスしたい派なので、ワイヤーを購入しておいてもらっら。え?誰に?わいヤー。

 

 

シフトレバーの根元からブチりと切れていた。

 

 

切れたワイヤーの付け根についている先端の太鼓が行方不明なので、ここのカバーを外して捜索しなくてはいけないのである。おーい!どこだー!

 

 

いたぞ!太鼓だ!

誰が最初に見つけた?わいヤー。

 

 

お勤めお疲れ様でした。しかし9か月も持たなかった。私の扱い方が悪いのか?

 

 

今度は反対側のディレイラーからワイヤー全体を引っ張り出すぞ。ソイヤー。

 

 

ビヨーン。

 

 

新品はコレやー。

 

 

おお!エンドキャップも1個ついている。

ワーイ、ワーイやー。

 

 

では、スルスルと入れていこう。

 

 

ムムッ!アウターケーブルも劣化している。このままで乗れっか?いや、無理やー。

ワイヤーカッターでプッツり切って挿しなおそう。

 

そして最後にチェーンをローギヤにセット、ディレイラーのワイヤーをキッチリ止めて調整したら、、、

 

 

出来上がり。

 

なぜ?を英語で言ってくれって?

ワイ?やー。

 

さて、サイクリングが楽しみである。

 

 

 

【昨日のビール】

ロング缶:3本

芋焼酎ロック:5杯

 

【昨日の実績】

自転車:×

筋トレ:〇
お菓子断ち:×(柿ピー、ソフトサラダ)

 

息子のダンベルを使用した簡易ベンチプレスシステムを構築した。腕、胸はこれでよし。腹筋は腹筋ローラーで頑張る。少しだけではあるが、腕やら胸に、ニンニク、あ、筋肉がついてきたような気がして「屁のツッパリは要らんですよ」といった、今までとは違った感じの変態になりつつある。

グヒヒ。

 

 

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昨日の朝、外は雪景色となっていた。東京は明け方からみぞれのようなボタ雪が降ったようである。

 

 

この日、娘の学校公開があったので休暇を取得していた。

なんでも、自分で取材して作った新聞の発表をするというので行かずにはいられなかった。

 

前日に、あ、前日も飲み過ぎたので、少し重たい頭を覚ましながらゆっくりと支度をしているとあっという間に時間が過ぎてゆく。妻は先に行くと言って一人で出ていった。娘が一番最初に発表するわけではないのだが、妻は最初から全員を見るそうである。

 

私もあらかた支度が終わって、玄関の鍵を閉めると家を出た。マンションなので、エントランスを抜けたところで、まだ雨が降っていることに気づく。なんだよ。悪態をついても何も変わることはないので、素直に傘を取りに戻った。

 

態勢を立て直し、黒のジャンプ傘をバスンと広げて、足元を気にしながら200メートルほど歩いたところで、今度は携帯電話を忘れていることに気づいた。クソーッ!かなりのショートカットになるので、イチかバチか庭からベランダに入り、窓ガラスを見てみたが、鍵はしっかりとかけられていた。当たり前である。開いていたら逆に心配になるではないか。

 

大人しく玄関の方に周り、私用の携帯と念のため会社の携帯の2つをポケットに入れて今度こそはと家を出た。途中、街路樹からドサッと雪が落ちてきてヒヤッとする場面が何度かあったが、順調に歩を進める。すると何やらブルっと来た。

 

「あと4人で娘ちゃんの番だよ」

 

妻からのLINEである。ナニッ?4人?ひとり3分の計算で12分か。ここからの距離だと十分に間に合う。しかし、そうと聞いたら急いでしまうのが後先短い中高年パパ。得意のハイペースウォーキングで娘の中学校を目指した。

 

教室に着くと娘の番は次の次だそうで余裕の到着だった。最初から開けてある後ろのドアから中に入ると教室の中はかなり暖房が効いていており、ポカポカである。そうなるとどうなるかというと、ハイペースウォーカーだった私の額にはダラダラと大粒の汗が流れ落ちてくるのである。他のお母さま方はダウンコートなどを着て子供たちの発表を熱心に聴いている。しかし妻の隣に並んだ私はというと、マフラーを取り、ダウンジャケットを脱いで白いトレーナーからモクモクと湯気を立たせ、腕組みをしたジョージクルーニーになっているではないか。幸いみんな授業に夢中なので気づかれてはいないが、妻だけは私を見てプッと吹きだした。

どうだ、まいったか?

 

娘の発表時間になった。緊張した面持ちで席を立ち、自分で作った新聞をあらかじめセットされたモニターに映しだす。そして改めて教室の隅々を見渡してお辞儀をした。落ち着いているではないか。頑張れ!

 

発表の内容はクラスの全員でいろんな職業について調べ、それを新聞記事のように書き、発表するというものだった。そういえば、私の仕事について、一時期いろいろと質問してくるときがあったな、と思い出した。

 

娘はゆっくりと大きな声で記事の内容を読み上げた。先日、娘からもらった質問に答えた私の言葉に自身の考えを付け足し、そして、今後の夢やそれを叶えるためにはどうしたら良いのか?といったことをしっかりと話した。

 

発表が終わると静まり返っていた教室の中に拍手が鳴り響く。感動した。小学生のころから勉強が苦手で、でもそれがどうしても納得いかずに、分かるまで時間をかけるタイプの娘だった。それもあってか今回の発表には強く胸を打たれた。先日の期末試験も前回の成績からすると大きく伸びていると言っていた。

 

ヤルな、娘ちゃん。身長ももうすぐ母親に追いつきそうだ。キミの成長をずっと見守っていたい。なので、大きくなるのはもうちょっとゆっくりペースにして欲しいのだ。無理なお願いだが、キミのことが大好きなお父さん、いや、子供を持つ世界中のお父さん、お母さんはきっとそのように思っているに違いないのだ。

 

などと、娘の参観日で大袈裟な思いを抱いた54歳の春だったのである。

 

中高年よ、大志を抱け!

 

 

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昨日の晩酌。

 

 

肉厚のブリ。中毒性がかなり強いので気を付けるべし。止められない。

 

 

安売りされている天ぷらを見て、我慢できなかった。旨し。

 

 

お豆腐さまは外せない。

 

 

揃いましたなアテの衆。

 

本日、土曜日は最強に晴れている。

 

体がウズウズするのだが、もう少しの我慢。

 

愛しの娘ちゃんを送り出したらレッツゴー1匹!

ジョニーくんに跨り家を飛び出すのだ!

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

その後はもちろんお待ちかね

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

 

Middle age , be ambitious!

ムフフフフ。

 

 

途中まで書いた記事がきれいサッパリ消えてしまった、、、

やるせない。

今日も大酒飲んでから酔っぱらって筋トレによるストレス発散をしてやろうか。

今はそんな気力ゼロだが。

 

 

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私が今の業界に転職したのは37歳の時だった。まったくの未経験だったのだが、会社は何を考えたのか、この高齢転職者を受け入れてくれた。今でこそ37歳で転職するなんて若くて当たり前の話になっているが、当時は35歳限界説などという転職あるある都市伝説的な風潮が根強かった。なので今考えると非常にラッキーだったと思い返すのである。

 

業界未経験の中年転職者が職を変えたは良いが、それからが大変だった。その会社の社員数は400名程度だったと思う。そもそも大きな会社に入ったことが無かったので、仕事はもちろんだが、会社のルールなど、全てにおいて何もかもが分からないことだらけなのである。最初の頃は転職しなければよかったと本気で思うツラい日が続いた。

 

入社してすぐに研修をしてもらうのだが、それが地獄だった。技術研修といわれるものだが、とにかくちんぷんかんぷんなのである。何の呪文なのか知らないが、色々な種類のアルファベット3文字を延々と連呼されたり、中学校以来、真剣にやったことのない計算問題を突然解けと言われたり、解くまでは今日は終わらないと言われたり、今考えるとパワハラのような研修だった。私が入社した時期は中途半端な月だったので、なんと新入社員は私一人であり、入社研修はマンツーマンでサービス満点の余計なお世話なのであった。

 

講師は御年70歳を越えられた高齢の方、見た目は銀ブチ眼鏡の下にギョロリとした大きな目が特徴的なディズニーアニメのカールじいさんそっくりの御仁であった。数冊の本を出版するような博学な方で、キュートで初々しい私に対し、曲がったことは大嫌い、理詰めでグングン攻め込んでくる堅物であった。私は2日間という短い期間だったが、ミッチリとその地獄研修を受け切り、ヘトヘトおよび業界に対するツラいトラウマを残して、カールじいさんから解放された。

 

 

 

そんな未経験中年転職者もそれなりの経験を積んで、ちょうど業界経験10年目になった頃、驚いたことに今度は私が新入社員向けの教育をすることになった。そうなると、どうなるかというと、カールじいさんと一緒に仕事をすることになったのである。

 

カールじいさんは入社した頃の私のことなど全く覚えておらず、仕事のパートナーとしていろいろと絡むようになった。絡むようになって初めて分かったのだが、この怖いカールじいさんは、非常に優しい方なのであった。打ち合わせの時はいつも近所の喫茶店へ行ってコーヒーをごちそうしてくれた。酒飲みにも連れて行ってくれた。私がビール好きだと分かると、銀座のビヤホールに何度も連れて行ってくれた。

 

私はカールじいさんと、どんどん仲良くなり、仕事もスムーズに進められるようになったのだが、そんな頃に今一度他の会社へ転職することを決めた。カールじいさんとお別れするのは非常に悲しかったが、50歳を目前にした再びの中年転職者も人生の大きな決断をしたのである。思い切って会社を辞める話をした。するとカールじいさんは非常に困ったような顔をしてこう言った。

 

「またビヤホールに行こう」

 

断る理由など何もないので、数日後に約束したビヤホールでグラスを交わした。転職の理由をいろいろ質問してきたが、すぐにこう言ってくれた。

 

「キミはまだまだ若い。頑張りなさい」

 

単純に嬉しかった。具体的な最終出勤日も分かっていたので、カールじいさんと最後に会える日も確定していた。

 

「キミは寿司と焼き肉、どっちが好きなんだ?」

 

「寿司が食べたいですねー」

 

私がそう答えると、カールじいさんは池袋に行きつけの寿司屋があるので、そこへ行こうと誘ってくれた。非常に嬉しかったのを覚えている。

 

寿司屋は西武百貨店の中にある明るくて綺麗な店で、カールじいさんは何でも好きなものを頼めと言ってくれた。私はおススメを聞いて、その中から好物の寿司や刺し盛りを遠慮なく、たくさん頼んだ。しんみりとした時間ではあったが、これからの人生をしっかり歩んでゆくよう話してくれた。これから2人が2度と会えなくなることでもない。転職しても定期的に会おうと約束して店を出ることにした。私が席を立ち上がろうとしたその時、カールじいさんは改まった口調で言った。

 

「頑張りなさい」

 

私の目を見ながら、そして同時に「お礼」と書かれた祝儀袋をそっと私に手渡してくれた。私の目にジワっと涙が溢れてきたが、ここで流すわけにはいかない。グッとこらえて「こちらこそ、ありがとうございました」とお礼を言うとカールじいさんの右手を両手で強く握りしめた。

 

その後、世の中にやって来たのがあの忌まわしい新型コロナウィルス騒動である。高齢だったカールじいさんと会う機会が断たれてしまったのだ。

 

カールじいさんは自身の職を定年退職した60歳の時から毎日メールマガジンを刊行していた。もの凄い知識量を活かし、いろんなジャンルのテーマで執筆活動していたのである。その数は6000回を超える長寿マガジンとなっていた。Twitterも早い時期からやっていた。なので直接会えなくてもカールじいさんの状況はなんとなく把握できる状況ではあったのだ。

 

しかし、昨年末からメールマガジンが途絶え、年明けにTwitterでこうつぶやいていた。

 

「そろそろ復活してきたのでTwitterを再開します」

 

それがカールじいさんの最後メッセージだった。

 

御年89歳。

 

大往生である。

 

心よりご冥福をお祈りいたします。

 

最後にアナタともう一度会いたかった。