【昨日のビール】
ロング缶:2本
芋焼酎ロック:2杯
【昨日の実績】
筋トレ:◯
お菓子断ち:◯
昨日は息子に誘われジムに行って来た。そして酒量は控えめである。なぜかというと翌日が出社の日だからである。出社の日、前日に飲み過ぎると色々と大変なので控え気味だったのだ。おかげで睡眠が浅くなったが気にしない。酒は全く残ってないので気にすることは何一つないのだ。
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息子がアルバイトをすることになった。ここ最近、いくつかのバイト先を探していたのだが、なかなか面接に合格できなかった。サッカー用品や遠征費を稼ぐそうである。偉いではないか。こうやって少しずつ独り立ちしていくのだろう。
思い返せば私が初めてアルバイトをしたのは小学校4年生か5年生くらいだったと思う。友達がやっていた夕刊の新聞配達のアルバイトを見て、スゴいと思ったと同時に私もやってみたいという気持ちがメキメキとわいてきた。親に相談したのかどうかは覚えていないが、晴れて小学生の新聞配達員になった。
学校から帰ると自転車に乗って新聞販売店に向かう。そこで私が配達する地区用に分けられた新聞の束をもらってカゴに詰め込んだら出発だ。最初は販売店の奥さんが乗るカブの後ろをついてまわってコースを覚えるのだが、変則的な配達先はなかなか大変だった。
1週間程度の訓練期間を経て独り立ちとなった。件数にしておそらく40軒程度ではなかったかと思う。慣れて来たら軒数を増やしましょうと言った具合だった気がする。独り立ちすると、私が配達する分の新聞は販売店から自宅に届けてもらうようになった。自宅から出発して配達が終わると販売店には戻らずそのまま直帰できるのだ。一生懸命覚えたコースだが、終了した時点で新聞が余ったり足りなかったりする日があった。そんな時は販売店に電話をして状況を説明すると対応してくれた。とっても優しい人たちばかりだった記憶である。
しかし雨の日など、どうしていたのかは全く思い出せない。当時はビニールに新聞を一部ずつ包んだりするようなシステムはなかったはずた。もしかしたら雨の日は休みだったのかもしれない。
そんな小さな新聞配達員だったのだが、やはり小学生である。放課後はどうしても友達と遊びたい。そのうち仲の良い友人とある程度遊んでから帰宅して、配達に出るというパターンが定着して来た。子供なので時間の管理などいい加減である。遊びに夢中になって帰宅時間が遅くなることが続いたのだろう。ある日、帰宅して玄関に置いてある配達用の新聞の束にメモ用紙が挟んであった。
「もう少し早い時間に配達するようにしてください」
あちゃー、と思いながら配達の準備をするために家に入ると、すでに帰宅していた父親がメモを見たのだろう、ものすごい剣幕で怒鳴って来た。
「おい!お客さんから文句を言われたんだよ。新聞は決まった時間に来ないと誰でも怒るんだ。ちゃんと配達できないんだったら、もうアルバイトは辞めろ!」
父親が帰って来ている時間なので、そうとう遅い時間だったと思われる。小学生新聞配達員は勤務先に宛てて即座に退職願を提出し、受理された。勤続期間およそ2ヶ月程度のアルバイト体験はあっけなく終わり、退職金ゼロとなったのだ。
今考えると、よくやっていたなという思いである。小学生を雇う方も、雇われた私も、なんだか今では考えられないような事をやっていた気がする。今でも小学生を雇う新聞販売店はあるのだろうか。これも昭和の良き時代の思い出なのかもしれない。
息子がアルバイトを始めると、私と一緒にジムへ行く機会はほぼなくなるだろう。私の筋トレもそろそろ独り立ちしなくてはならないか、、、嬉しいやら寂しいやら。
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昨日の晩酌。
筋トレのあとは、ささみに決まっている。酒をかけて塩胡椒で焼いたらネギをかけ、柚子胡椒で食べた。これが絶品で旨かった。
息子は大量のカルビ。私もかなり頂いた。
娘リクエストの麻婆豆腐は妻が作った。旨し。
娘リクエストのブロッコリー。程よい歯応えで旨し。
忘れないお豆腐さま。
揃いましたなアテの衆。
昨晩は子供達の前でも息子のアルバイトの話をした。
私がアルバイト先とか、バイト先と言っていると娘が得意げにこう言った。
「バイト先じゃなくて、バ先って言うんだよ」
な、なに!馬刺し?いや、バ先か。
なんでも略せばいいってもんではない。
世界の山ちゃんが怒るぞ。
ビールをこよなく愛する皆さま
という訳で、今宵は
バ先、あ、違った、手羽先なんぞをアテに
冷たいビールで
乾杯っ!
したいものである。
ムフフフフ。























































