戦前スパナ(全66社)について本ページで全てが分かるようにまとめました。

文章も全面的に書き直しています。

 

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戦前の日本製スパナについての情報がほとんど無く、実態は闇の中にあるために、80年経った今となっては永久に分からないと思っていました。
国会図書館の所蔵資料がデジタル化され、2022年5月から自宅PCでじっくりと閲覧と出来るようになりましたので、昔のスパナについて徹底的に調べて見ました。
まずは、国会図書館資料を『スパナ』と『~1945年』の2条件で抽出し、メーカー名を確認したところ、製造会社が全部で66社確認できました。
さらに、その資料に掲載されている広告から写真やイラストのビジュアル情報を拾い出しました。
そして、戦前からのメーカー名やロゴが分かったおかげで、中古工具屋さんの古いスパナ群の中に埋もれていた戦前スパナを見つけ出すことが出来たのです。
それらは国会図書館資料に載っていた広告でイラストだけは確認できていた80年以上前のスパナ達でした。
闇の中にあると思っていた物が、目の前に姿を現した次第です。
その中には、なんと日本で一番古い1910年代と、恐らく2番目に古いであろう1920年代前半のスパナも含まれていたのです。(共に100年以上前)


There is almost no information about the open end wrenches before WW2, and I had long thought that those were in the deep darkness.
Since May 2022, National Library's collections have been digitized, and anyone who becomes a member can browse them by the home PC.
So I had researched about old open end wrenches.
First, I extracted their materials using the two conditions of "open end wrench" and "up to 1945", and checked the manufacturer names.
Finally, total 66 manufacturers were found out.
Then, I extracted visual information such as photos and illustrations from advertisements in the materials.
I was able to find out actual products buried among the old wrenches at the used tool shops, because I knew the names and logos of before WW2 manufacturers.
The things I thought were lost in the deep darkness were now in front of my eyes.
I found out even the oldest open end wrench in Japan from 1910s, and probably the second oldest from the early 1920s. (Both are over 100 years old)

My blog is written in Japanese, but please enjoy it using Google & OCR translation.

 

 1.日本最初のスパナ(100年以上前の1918年)
 ➀ 東京鍛工所/TDF 1918年   

・1918年、日本で最初の鍛造スパナ。

↑ 1928年/昭和3年『全国金物名鑑』の広告を拡大

・東京鍛工所は、100年以上前の1918年/大正7年の創業時からスパナを含む作業工具を生産していたことが東京鍛工所自身のレポートで確認できます。
・また、いすず社史より1925年の時点で既にスパナを製造していたことが分かっています。
・日本の型鍛造スパナの製造年が特定できる一番古い記録だと思います。 
・ちなみに、海軍工廠の鍛造技師だった社長殿が独立して起こしたのが軍(陸軍&海軍)以外では初めての民間の型打鍛造会社である東京鍛工所。
・なお、出身の海軍工廠は、当時の日本で最高峰の技術集団でした。
・1940年からゼロ戦などの海軍向け工具を製造した京都機械/一重丸京は、この海軍工廠に徹底的に鍛え上げられて、織物の染色機械から型鍛造工具の製造会社へ変貌していったと理解しています。
・ブランド名はTDF。
・DTFと読みたくなりますが、東京鍛工所(Tokyo Drop Forged)よりTDFです。

★1955年11月号『生産技術』、東京鍛工所の社長レポート 
⇒ 詳細は、こちら(以下、国会図書館資料はID要)

 
★1928年/昭和3年『全国金物名鑑』
・東京鍛工所のスパナが登場する一番古いと思われる広告。
・広告内に『直輸出入問屋』と書いてありますが、"TDF"は工具メーカーの東京鍛工所が商標登録しているロゴであり、日本製です。

 

★片口スパナもありました。1934年『全国工場通覧』


★イスズ社史
・東京鍛工所は、戦前から日産やイスズと関係が深く、イスズ社史に『東京鍛工所は1925年当時にスパナを製造』として紹介されています。

↑242頁(イスズ社史の年譜内)
⇒ いすゞ自動車史 ⇒ こちら
⇒ 東京鍛工/TDF Wiki ⇒ こちら

 
★ロゴ"TDF"の商標登録

・1938年に"TDF"を商標登録。
・1928年の広告に"TDF"ロゴが入っていますので、少なくとも商標登録の10年前には"TDF"が使われ始めていたことが分かります。
・"TDF"…Tokyo Drop Forge/東京鍛工
 

★会社沿革
・創業…1918年/大正7年(合資会社 東京鍛工所)
※海軍工廠の鍛造技師だった社長殿が独立して起こした民間初の型打鍛造会社
・株式会社化…1930年/昭和5年(株式会社 東京鍛工所)
・1990年にTDF(株)に社名変更
・2019年にいすゞ系IJTTに吸収合併となり、東京鍛工所という名称は消滅
 
★1954年『日本会社史総覧』


2.1920年代の2社
 ➁ ワシノ製作所/FW 1921年(これも100年以上前)

・FWロゴ  の戦前スパナです。
・1921年/大正10年のワシノ製作所の広告にスパナが登場しています。
・実物の形状の古さから恐らく広告のスパナだろうと考えています。
・だとすると、1921年もしくはそれよりも以前のスパナになります。
・したがい、上のTDF(1918年)に引き続き日本で2番目のスパナだろうと思います。
・なお、スパナを含む作業工具の広告としてはこれまで見つけた中で日本で一番古いものです。(TDFの広告は1928年)
・『日本標準工具型録/1930年』にTDFと共にロゴが載っています。(このスパナをワシノ製作所と識別出来たのはこの広告のおかげです)
・ロゴの”FW”は広告にある通り英語会社名”Washino MF’G”からでしょう。
・ワシノ製作所は、1920年~1939年まで鷲野グループの中で鍛造を担当していた会社です。
・なお、現在もワシノ機器としてストレーナー等を生産しています。⇒ HPはこちら

★1921年『工業之大日本』(日本で最初のスパナ広告)


★1930年『日本標準工具型録』

・カタログに3社の名前が載っていて、この3社が日本のスパナの始まりだろうと思います。(小川鉄工所は後述)
・カタログではオフセット15度になっていますが、本品はオフセット30度です。

★ オフセット15度で、FWロゴが縦向きのスパナも見つかっています。

 

 ➂ 小川鍛工/OF 1929年 

・TDF/東京鍛工所(1918年)、FW/ワシノ製作所(1921年)と並んで日本で最初の鍛造スパナ3羽ガラス。
・カタログの発行年は1930年ですが、官報に1929年会社設立と報告されていますので、1929年または1930年からの生産になります。
・残念ながら現物は見つかっていません。

★1930年『日本標準工具型録』 ※再掲載


★官報(1929年6月15日発行)による1929年3月の会社設立


3.JIS取得6社の戦前スパナ
戦後になってからJIS認証を受けた25社中の6社が戦前からスパナを生産していたことが分かっています。

 ➃-1 昭和スパナ製造 (旧・昭和鍛造工業所) /SDF 1938年 

・会社名の通り”昭和”の時代を駆け抜いた”スパナ“に特化した工具メーカーです。
・全部で77種類のスパナを作っていて、その種類数は断トツの日本一番であり、日本最大のスパナメーカーと呼ぶことが出来ます。(2番目はKTCの45種類)
・1938年/昭和13年にスパナを主要商品とする昭和鍛造工業所として創業し、1940年にスパナ広告を出しています。(同年に昭和スパナ製造所に改名)
・ロゴは、社名(Showa Drop Forge)よりSDF。(エスデフと読みます)

↑↓1940年と1941年広告のイラスト拡大


・見つけ出したスパナが広告イラストととても近似していることから、1938年操業時の最初のスパナだろうと考えています。(形状及びロゴSDFの位置より)
・戦後の昭和スパナ/SDFにはフラットパネルのモデルはありません。
・なお、なんだかんだで100本近くの昭和スパナが手元にありますが、SDFロゴしか刻印されていないのはこの1本だけです。



★商標登録
・1942年/昭和17年4月27日…"SDF"を商標登録 (登録番号:352046)
 
・"S"を使った特異なデザインで、創業者が蚕糸製造機の会社も経営しており、蚕のまゆが"S"の形に似ていることから”S”を基調としたのではないかと推測されています。

 

★1961年『日本機械工業年鑑』


 ➃-2 昭和スパナ製造/SDF 共立航空工業向け 1940年前後 

・『報国515資料館』所蔵の昭和スパナで、戦前から戦中に掛けて航空機メーカーが使っていたらしいとのこと。
・上の➃-1と同一のフラットパネルであることから、戦前または戦中品であることは確かです。
・SDFと共に独自形状のロゴが刻印されていて、”共立”をデザイン化したように見えますので、納入先の航空機メーカーを示しているのだろうと推測しました。
・したがい、”共立"の名前で航空機工場または軍需工場があるかと検索してみたところ、国会図書館の所蔵資料より『共立航空工業(株)』という会社が浜松にあったのを見つけました。
・さらに、官報に『共立航空工業/浜松が1945年12月31日に解散』と載っていましたが、残念ながらどの様な会社かを詳細を示す情報はありませんでした。
・中島飛行機に浜松工場がありましたので、その関連軍需会社だろうと推察します。
・したがい、このスパナは、昭和スパナ/SDFが製造し、中島飛行機製品の組立または整備用として共立航空工業に納入した可能性が高いと考えています。
・あくまでも推測の域を出ませんが、当時の状況から推察すると、浜松にあった複数の機械工作会社が軍需会社として統合され、共立航空機という会社になっていたのではないかと思います。(したがい、終戦と同時に解散)

・残念ながら、昭和スパナは昭和が終了する直前の1998年/昭和63年に工場を閉め、所有している不動産の管理会社に事業転換しています。
・昭和スパナ製造の詳細 (4部作) ⇒ 当ブログ内のこちらにて。

 

 

 ➄ 服部スパナ(旧・服部廣鐵工所) 1940年頃 


・服部スパナは、1952年にスパナで初のJIS認証取得していて(5社同時)、戦前の1918年からの鍛造会社です。(JIS取得の前に服部廣鐵工所から服部スパナに社名変更)
・戦前からスパナを生産していたことは広告より分かっていましたが、これまでJISマーク付きのスパナしか見つかっていませんでした。

・既に手に入れていたスパナの中に、JISマーク無しモデルが2本入っていました。
・刻印が薄くて、『正体不明』に分類してあったのですが、六角形ロゴの中身をじっくり見ると"TORI"であることに気が付きました。
・"TORI"より服部スパナ製であることは間違いありません。(JISスパナと同じロゴ)
・スパナ形状や鍛造の粗さから相当古そうなことが分かります。
・JIS認証を取得する1952年よりももっと以前で、戦後直後または戦前の製品だろうと思います。

【推察-1】戦後モデル
・戦前の広告2種(1941年、43年)では、スパナ部のオフセットはゼロ度、ロゴはカタカナの"トリー"になっていますので、"TORI"六角形ロゴのこのモデルは戦後になってから登場した可能性が高いと思います。
・また、戦後1949年の会社情報では製造品目が『輸出向スパナ』になっています。
・したがい、このモデルは戦後直後の1945年~1950年頃の輸出向けインチスパナが国内にも出回ったものと推察出来ます。

【推察-2】戦前モデル
・考察の最初に戻り、戦後直後とは言えラフな作りは戦前からスパナを製造してきた会社のものとは思えません。
・したがい、広告よりもさらに古いモデルで、会社創設(1918年)後の初期モデルの可能性もあります。
※"TORI"六角形ロゴが商標登録されていれば、ある程度の特定が出来るのですが、商標検索してもヒットせず、ロゴからは年代を特定出来ませんでした。

 
↑ 戦前広告…1941年『全国工場通覧』(左)と1943年『工業仕入案内』(右)
↓ 戦前会社情報…1942年『名古屋工場要覧』

 

↓戦後/1949年『全国工場通覧』(輸出向けスパナを製造と明記)


・1968年のJIS年度レポートに掲載されていませんので、1960年~1968年に廃業したものと思います。


 ➅ 旭金属工業 (旧・旭工具製作所) 1940年頃 

・1941年の広告より旭工具製作所の時代に大王印でスパナを製造販売していたことが分かります。
・広告内のイラストでは片側スパナには顎を下げる形のオフセットが入り、もう片側はストレートになっています。
・『DAIO』(大王)のロゴが刻印されていたのだろうと思います。
・残念ながら現物は見つかっていません。
・上のイラストは私の推定により作りました。(広告イラストにDAIOを追加)
・なお、広告では将棋の駒に"大王"とアルファベットの"DAIO"が商標登録されていることになっています。
・『文字商標集』の戦前版と戦後の1~4巻で"大王"と"DAIO"を検索すると創業の1930年以降で17件がヒットしました。
・公告番号を調べてからJ-PlatPadで確認したところ、17件全てが"大王"の商標でしたが、残念ながら旭金属ではありませんでした。
・したがい、大王の商標登録については、これ以上調べようが無く、『広告に商標登録と謳っているので登録したのだろう』としか言いようがありません。


↑1941年『工業取引案内』と同年『工業年鑑』より
スパナとモンキー『大王印』、パイプカッター『豪力印』、ねじ切り『アサヒ印』

★創業時の資料
・旭金属HPの会社沿革では戦前の歴史詳細が省かれていますが、地元商店街の十年史に旭金属(株)の会社紹介が載っていて、初期の詳細が確認できます。
・1930年に『宮野商店』を開業した後、1935年に『旭工具製作所』という製造販売会社に組織変更し、スパナの製造を始めています。
・そして、1941年の広告より、旭工具製作所が『大王印』ロゴのスパナを販売していたことが分かります。
・ちなみに、旭金属は、戦前から現在まで継続してスパナを製造している日本で唯一の会社と理解しています。
・言い方を変えると、現在もスパナを生産していてる会社の中で一番古い歴史を持っていることになります。(ハンドツールに拡大するとロブテックス/日本理器になります)

↑1956年『立売堀新町振興会十年史』より
・大阪駅南側の1画、立売堀(いたちぼり)と新町に機械と金属の問屋街があり、200社ほどが集っていて、大阪が機械金属の街と言われた所以の場所です。

 

・旭金属工業の詳細 (4部作) ⇒ 当ブログ内のこちらにて。


 ➆-1 池田工業/日本発条 
・会社沿革によると池田工業の前身会社(社名?)が『1942年5月に日本発条(株)を通じ、鍛造スパナを陸、海軍工廠及び日産自動車へ納入』とのこと。 
・戦時中の1942年5月時点で日産が生産していたのは乗用車の70型と大型トラックの180型の2車種です。

・軍隊にも納入していたことを考えると180型大型トラック用にスパナを納めていた可能性が高いと思います。
・年表にあるように1941年2月から生産を開始していて、池田工業の前身会社はその約1年後(1942年5月)にスパナを納めています。
・納入先が軍隊と日産の2カ所になっていますが、この180型用として両方に納めていたと考えるのが素直です。
・コレクターとしては是非とも手に入れたいスパナです。

・"NHK"(たぶん日本発条)と刻印されていて、スパナ形状が真ん丸で、まるで手打ち鍛造のように表面が粗くて古めかしいスパナが見つかっています。
・池田工業が日本発条と関係があるのは確かですので、この日本発条/NHKスパナが戦前や戦中または戦後直後の池田工業製である可能性は大いにあるのだと思います。

 

↑戦時中1942年1月アサヒグラフの日産自動車広告

 ➆-2 日産スパナ by 池田工業 or 昭和スパナ? 

・池田工業の前身会社が生産し、日本発条経由で納入したスパナの可能性があるスパナをもう一つ。
・ロゴの中が空白になっていますが、NISSANと明記されたスパナよりこの空白ロゴが初期の日産ロゴであったことが分かります。

・卵形のスパナ形状や鍛造表面の粗さから1-2は戦前の可能性が高いと思います。
・池田工業の前身会社が日本発条経由で1942年にスパナを陸軍および日産に納めていたことから池田工業製の可能性があります。
・但し、スパナ部形状、スパナと胴長のつながり方、胴長の断面形状、鍛造仕上げ度合いなど部分毎に比較していくと、戦前の昭和スパナにそっくりなことが分かります。
・昭和スパナ製なのか、池田工業製なのか、形状が似ていることから1-2は80:20で昭和スパナ製だろうと考えています。

↓戦前の昭和スパナとの比較


・池田工業の詳細 ⇒ 当ブログ内のこちらにて。

 ➇ NTK (旧・新潟鍛工) 

・スパナ形状が卵型で、いかにも古そうです。
・"N.T.K"のロゴが正立文字であり、一般的なデザインされた斜め文字ロゴ Image とは異なることから、"N.T.K"を商標登録したエヌ・テー・ケーの前身会社『新潟鍛鋼』(1938年創業) の製品と思います。
・但し、このスパナが戦前品であるかは不明です。
・裏面にDROP FORGED STEELとの表示がありますので、戦後直後の可能性が高いと思います。
・この様なNTKスパナが戦前にあったのだろうという見本と考えたい思います。
Niigata Tanko Kabushikigaisha ⇒ N.T.K 



↑企業年鑑より、1940年と1955年の新潟鍛鋼、同じ1955年のNTK
・新潟鍛工の時代からスパナを生産していたことが分かります。

 

・残念ながら、1980年前後に倒産。
・NTKの詳細 (2部作) ⇒ 当ブログ内のこちらにて。

 ➈ 東邦工機  
・東邦工機(戦後のHIT)も戦前からスパナを作っていたことが1937年の商標集で確認できます。
・但し、イラストも含めて具体的な商品情報は見つかっていません。
・商品のイメージを持っておいた方が良いと思い、1938年広告のパイプレンチと同じデザインのスパナを推測してみました。(あくまでも推測です)



↑1937年『新興日本商標総覧』、1938年『工業仕入案内』

★東邦工機の戦前モンキーレンチ(モンキー印)
・前述の広告よりモンキーレンチとスパナを製作販売していたことが分かりますが、モンキーレンチについては戦前の製品が見つかっています。


↑1936年広告

 


・1936年に全鍛造のモンキー印S型が広告に登場。
・"MONKEY"の右側に登録商標のモンキー印ロゴが刻印されています。
・握り部にカーブを付けてあるので、S型モンキーと表現されています。
・握り部がストレートの通常型モンキーもあったことが広告で確認できます。
・広告ではまず最初にこのS型モンキーが登場し、その後に通常型モンキーが出てきますので、このS型が東邦工機の第1号モンキーレンチだと考えています。

・モンキー印のスパナが見つかることを期待しています。

 

・東邦工機の詳細 ⇒ 当ブログ内のこちら(スパナ)とこちら(モンキーレンチ)にて。

 

4.写真orイラストが確認できるスパナ(JISメーカー以外)
 ➉-1 畑屋製作所-1(自転車用) 1933年? 

・畑屋製作所(旧・畑屋機械店⇒畑屋工機)は、1918年に自転車修理工具の製造販売会社として創業し、戦後は自転車工具の中心的なブランドでした。
・1953年のカタログに『あれから20年になりますが』として、上の写真と同一形の片口スパナが載っていますので、これが20年前1933年頃の戦前スパナになるのだろうと思います。

↑1953年カタログ


↑大正7年(1918年)当時の自転車工具…1953年カタログから
・残念ながらスパナは含まれていません。
・畑屋は現在は事業転換をして自転車工具は取り扱っていませんが、直接確認したところ、『戦前からスパナを生産していたと聞いている』とのことでした。

 ➉-2 畑屋製作所-2 

・いかにも古そうなペダルレンチも見つかっています。
・『特製 畑屋製』が逆向きに刻印されていますので、これも戦前品だろうと思います。

↑畑屋ホームページより
 

・畑屋の詳細 (2部作) ⇒ 当ブログ内のこちらにて。

 

 ⑪ シライ商店 (自転車用) 1932年 

・愛知県豊橋市の店名"シライ"という自転車工具店による戦前1932年/昭和7年のカタログに自主ブランドSTS船印の手書きイラストによるスパナが載っています。
・『弊店自慢の代表的製品』として"STS舟印"のペタルマワシが主力商品の様子。
・『黒の打ち出し』、『独特完全焼入レ品』、『特殊合金製』、『フォード自動車バネを似て作りバネペタルと称す』、『テイサイや装飾はして有りません』との説明。
・『黒の打ち出し』よりハンマーで叩く手打ち鍛造/Hand Forgedだろうと思います。
・この"シライ/自転車工具"のように企業名鑑には登場せず、家内制手工業のような会社が手打ち鍛造で作ったスパナは、星の数ほどあるのではないかと思います。
・現物やカタログが見つからない限り、調査不能な領域と思います。


 ⑫-1 宮田自転車/MIYATA WORKS 

↑↓逆文字 ”標商 Image 録登" の革製工具箱とスパナ2種(1907年に商標登録)

・自転車工具にも戦前スパナがあるかと思い、国会図書館デジタルで検索したら、『宮田製作所七十年史』がヒット。
・宮田製作所(現在のミヤタサイクル)が1959年に刊行した社史で、1890年(明治23年)からの自転車作りが語られています。
・その社史に1932年『ミヤタグラフ』カラー版の表紙が掲載されていました。

↑『THE MIYATA WORKS』と表示
・その"MIYATA WORKS"をネットで検索したら、"MIYATA Image WORKS"と刻印された板スパナが見つかりました。
"録登  標商"と表示された皮製ケースとのセットです。
・ギヤーMは1907年に商標登録されていること、"MIYATA WORKS"は1932年には使われ始めていて、『登録商標』が逆書きであることの3点を根拠として、宮田製作所の戦前スパナで間違いないと思います。

↑ミヤタサイクルHPによると1907年/明治40年にギヤMを商標登録。
↓戦前の1918年/大正7年に登録された"ギヤM"商標。(1907年の登録は見つかりませんでした)



 ⑫-2宮田自転車 フラットスパナ 

・ギヤMのロゴが刻印されたフラットスパナが見つかっています。
・作りのシンプルさから、このスパナも戦前の可能性があります。


 ⑬ 吉兵衛商店 1937年 

・工具商社『吉兵衛商店』が数多くの工具を取り扱っていて、1937年に228ページのカタログを発行しています。
・ハンドツールも多く含まれていて、スパナもあります。
・丸に"吉"のロゴが入っていて、独自のブランドになっています。
・吉兵衛商店は工具商社だと思いますので、外注先(製造元)があるはずです。
・このページで取り上げている会社のいずれかでしょう。
・イラスト同士の比較になりますが、一番最初に解説している東京鍛工/TDF1がほぼ同一形状です。(サイズも同じ5/8x1/2)
・製造元は東京鍛工だろうと思います。


↓1937年『利器工具型録No.8』


 
 ⑭ 大同工機製作所/サンダー 1939年 
・商社広告の中に小さなスパナが載っているだけですが、ブランド名が明記されていて、戦後にパイプレンチでJISを取得するブランドですので、取り上げます。
↓1939年『躍進工業大観』内の伊藤商店広告

・販売:伊藤商店、製造:大同機械工具製作所として戦前からパイプレンチ等の工具を製造販売していました。
・戦後に大同工機(株)となり、1952年5月にモンキーレンチでJIS認証を取得。
・パイプレンチと同じように”THUNDER”と刻印されたスパナがあったのだと思います。



↑1939年『躍進工業大鑑』
 


↑1954年7月『国勢総覧』

 ⑮ 不二工具製作所 1941年 
・商社発行カタログに不二工具製作所製としてスパナが載っています。(諸元表付き)

↑1941年 村山機器工業の『機器総合型録第3号』

★ロゴ無しイラスト入り広告以外には情報が無い3社
 ⑯ 小塚スッパナ製作所 

↑1940年『全国工場通覧』

 ⑰ 小野逞三商店 具(株) 

↑1940年『模範日本機種別名鑑』

 ⑱ 帝國工具製作所 1943年 


↑1943年『機械工作雑誌』
 
 ⑲ マノヤマスキ(正体不明) 

・戦前の手打ち鍛造と思われるスパナ。
・実物以外の情報が無く、正体不明です。
・"マノヤマスキ"とは何でしょう?
・スパナ底部が、片側はヘキサゴン、逆側は角型という珍しい形状。
・産業機械に付属等の特定目的で作られたのではないかと思います。
・こういう全く正体不明で手作り感が濃厚なスパナが、まだまだ沢山あるのでしょう。

5.海軍、陸軍向け
・戦前から戦中に掛けて多くの会社が軍向けの整備工具作りに従事していました。
・スパナの現物が明確に確認できているのはゼロ戦/榮発動機向け等の整備工具を作っていた京都機械だけですが、その他6社についても情報が確認出来ています。
・その7社を簡単に取り上げます。
・海軍向け、陸軍向けの詳細については、当ブログ内のこちらをご覧下さい。

 ⑳ 京都機械/一重丸京 1943年頃 

・1939年、海軍に整備工具の納入開始、1943年に海軍の工具生産工場に認定。
・スパナ現物入済み3エンジン…榮、誉、天風
・京都機械社史に登場2エンジン…神風、光
・その他一重丸京が刻印された海軍向けの一般整備要具も。

 ㉑ 関西スピンドル製作所 
 
・火星エンジンの整備要具一式を作成。(銘板に関西スピンドルと明記)
・京都機械と共に海軍工廠・横須賀から整備工具の生産指導を受けていました。

・要具ケースが見つかっていますが、残念ながら工具の中身は確認できていません。
 

 ㉒ 昭和機械工具製作所 

・1938年から中島飛行機の専門整備工具工場。
・恐らく光エンジンの1938年~1940年の整備工具一式を作成。(”光”マーク入り)

 ㉓ 工具会社? JMマーク 

↑陸軍向けの”JM”スパナ。(☆マークが陸軍を示す、採用機種は不明)

↓海軍の瑞星エンジンの整備工具に”JM”マーク。

・工具会社は不明。

 ㉔ 愛知航空機 

・九九艦上爆撃機の木製整備要具箱("KTCものづくり技術館"所蔵)に入っている板スパナ。
・九九艦爆機体は愛知航空機で生産されていて、”AC”マークの”A”は愛知航空機に与えられた製造記号であることから、このスパナは愛知航空機製と考えています。

・4つある記号の内、左下の桜マークが海軍の印。(残りの○マと○Hの意味は不明)

 ㉕ 海軍工廠・横須賀? 1939年頃 

・海軍工廠は当時の日本で最高の技術集団であり、横須賀が航空機を担当し、航空機実機の生産と共に鍛造機を始めとする生産機械も所有。
・京都機械と関西スピンドルに整備要具生産の技術指導。
・海軍工廠に与えられた製造記号は”Y”。
・”YC”が刻印されたこの榮一○エンジン用スパナは、海軍工廠・横須賀自身の作成(京都機械向けの見本)、または指導を受けていた京都機械が最初に生産したスパナのいずれか。

・京都機械製の場合は、裏に一重丸京の刻印が無いことから、海軍の工具生産指定工場(1943年)になる以前は海軍工廠が承認の意味で"YC"マークだけが刻印されたとも考えられます。

・いずれにしても京都機械の始まりを示すとても重要な1本になります。


 ㉖ 田野商会 
・会社説明に航空機用スパナ製造と明記。
・会社名は"商會"ながら機械工場も。
・スパナの現物や写真は見つかっていません。
  
↑1941年(航空機用特殊スパナと表示)と1939年の『東京市商工名鑑』

 ㉗ 遠州屋鐵工所 
・情報は以下のみで、航空機用工具を生産していたことが分かるだけです。

↑1941年『東京市商工名鑑』


6.スパナを取り扱っている工具メーカー
・『全国工場通覧』等の企業名鑑で『品目:スパナ』と書かれている工具メーカーを1931年~1941年でピックアップ。
・39社が見つかっています。
※1941年12月に太平洋戦争が始まり、日本の機械工業系会社は全てが軍需工場化したため、1942年以降は企業名鑑も発行されていません。
 




以上、戦前にスパナを生産していたことが確認できたのは➀~㉗の27社と一覧表39社で計66社。
 

この回、終わり