今日は嫁と一緒に、前の勤め先の上司の家に遊びに行った。


大勢集まって、毎年恒例のジャガイモ堀りと、バーベキューだ。


毎年恒例、と言っても、去年の僕は非常にダメダメだったので欠席してしまっていた。

だから今年は是が非でも参加したかったのだが、それが叶ってとても嬉しかった。


まあ、ちびっ子がわんさといるので、ジャガイモを掘っている暇はなく、どちらかと言えばちびっ子のお守りがメインだったが、これが非常に楽しかった。


元上司の家はたんぼに囲まれているので、ザリガニ・メダカがどっさり取れるのだ。

子供がたんぼに落ちないよう見張りながら、僕もザリガニ釣りにチャレンジした。

釣りといっても、竹ざおの先に糸を付け、その先に焼肉をぶら下げただけだが・・・。


しかしこれがもう、びっくりするくらいよく釣れる。

1回に4匹釣れることも。

もう入れ食い状態。

子供も僕も嫁も大喜び。


最終的には50匹ほど釣ったんじゃないだろうか。

そのうち、大きいやつを何匹か、子供たちが持って帰った。

子供たちは僕にも持って帰れと言ったのだが、我が家には金魚がいるので飼えない。(多分金魚が食われる)


最後に、みんなとお別れするのがちょっと寂しかったが、非常に充実した1日だった。


こういう日が迎えられて、本当に良かった。

書店なんかに並んでいるうつ病関連の書籍は、どうも内容が感心できない。


以前も書いたとおり、大したことが書いてないからであるが、その他にも理由はある。


特に感心できないのは、「うつ病は必ず治る」ということをものすごく強調している点だ。

この意見について「え?」と思う人もいるかもしれない。

確かに間違ってはいない。

というか、そうでなければ救いが無さ過ぎる。


だがしかし。

遷延化している人、再発を繰り返している人が多いのも事実だ。

神クラスの名医に当たれば、そんな人も寛解が見込めるが、残念ながら、日本の精神科医にはレベルの低い人も少なからずいる。

リタリン問題を引き起こすような医者だっている。

そんな環境であるにも関わらず、書籍の大半は、医師の診療を受け、きちっと服薬すれば治ると言い切っている。


しかも

「大半の人は3ヶ月程度で軽快します」

「1年程度で完治します」

なんて書いてある。


実際にうつ病になっている人たちにとっては

「必ず治る」

というキーワードは必要不可欠だ。

そうでなければみんな自殺してしまう。


でも、このキーワードは、もうちょっと慎重に扱って欲しいのだ。

なぜなら、うつ病ではない人が、うつ病をナメるからである。

大体にして、僕ら夫婦が、うつ病になりたての頃はナメていた。

書籍を鵜呑みにして、

「クリニックに通い始めたからもう大丈夫」

という感じになっていた。

実際どうだったかは、今まで書いてきたとおりだ。

こんなに元気そうにブログを書いてはいるが、実際には1年間ゾロフトをMAX飲んでようやく脳のバランスが取れている状態なのだ。


うつ病は脳の疾患であり、原因はまだ特定されていない。

抗うつ剤が第一選択薬で効く可能性は70%程度だ。

決して「心の風邪」なんかではない。


「必ず治る」というキーワードは必要ではあるが、それにはいい医者にめぐり合うこと、充分な薬物治療を行うこと、そして、決して焦らずに気長に気長に休養をとることが必要であることを、マスコミ各社には是非ともご理解いただきたい。

今日、久々にウチダのエゾウコギを漢方薬局に注文したのだが、なんと値上がりしているとのこと。


4000円→5000円の大幅値上げ!!


エゾウコギの産地がとうもろこし畑に変わっているなんて聞いていないが。

単に輸送費の問題か。

あるいは加工するのにある程度の石油を使っているだろうからその影響かもしれない。


なんにせよ、こんなところにまでインフレの波が訪れているとは、なんともがっがりな話である。


こっちは給料上がらないはボーナス無いわで、かなり家計が苦しいのに、酷い追い討ちだ。

このブログに関することで、ちょっとした悩み事が出来た。


・・・どうするべきか。


たぶん、僕の行動如何によっては、このブログの今後が大きく転換する可能性も秘めている。


うーむ。


って、こんなこと書いても、みんな「はあ?」っていう感じだろうけど。


まあ内容は今のところヒミツだ。


ちょっと考え込んでいるので今日はブログお休みします。

去年のちょうど今頃(正確には7/1)から、会社を休職したことを思い出した。


あのころの僕はひどかったなぁ・・・よく自殺しなかったなぁ・・・と、しみじみ思い出してみた。


休職中の記憶は断片的にしか残ってないのだが、こんなことを覚えている。


①嫁と一緒にNHK教育の「わんパーク」をボケッと見ていた。


②当時「らき☆すた」がブレイクしていて、録画してボケッと見ていた。


③母親が徒歩10分のところにある総合病院(精神科はない)に、白内障の手術で入院していたので、毎日夕暮れごろに歩いて見舞いに行っていた。(というか母親に甘えていた)


④食欲の無い僕に、嫁が毎晩おかゆを作ってくれて、泣いてお礼とお詫びを言いながら食事をしていた。


⑤あとはエアコンをガンガン効かせて引きこもり状態。辛くて布団の上でジタバタしていた。


このほかに、高嶋忠夫の「うつへの復讐」がテレビで放映され、泣きながら見た記憶もある。


kyupin先生のブログを読み始めたのもこの頃からだったかなー。


これらを思い出してみて、よくもまぁここまで回復したもんだと思ってしまう。

当時は「もうダメだ」と何度も思っていたんだけど。


うつの原因を恨みつつも、僕をサポートしてくれた家族・友人・会社の人たちに感謝したい。