「東映少女アニメ路線」
現在「ハートキャッチプリキュア」を放送しているが、来年度も「プリキュア」シリーズ続投決定。
その前には「おじゃ魔女どれみ」もシリーズ化され続いた。
個人的には「どれみ」の前番組「夢のクレヨン王国」(原作は児童文学図書)も面白いと思っている。
さて、東映の「魔法少女物」
おそらく最初は「魔法使いサリー」だと思う。「魔女っ子」物あるいは、少女アニメの原作には、いまでは考えられない大家と呼ばれる漫画家がいるのだ。
「魔法使いサリー」の原作者は、「三国志」「仮面の忍者赤影」でおなじみの横山光輝。
「秘密のアッコちゃん」は、「天才バカボン」「おそ松くん」の赤塚不二男。
「魔女っ子チックル」は「マジンガーZ」「デビルマン」の永井豪。
魔女っ子ではないが猿飛佐助の子孫、猿飛えつこが活躍する「さるとびえっちゃん」は石ノ森章太郎であった。
余談であるが心霊漫画「うしろの百太郎」や「恐怖新聞」の作者、つのだじろうは、「花のぴゅんぴゅん丸」という忍者ギャグ漫画を描いていた。
また、童話の人魚姫を基に作られた「魔法のマコちゃん」というのもあった。
主人公が魔法少女ではない作品がある。
「ミラクル少女リミットちゃん」である。
この設定は、当時としては早過ぎたのかも知れない。
小学5年生の主人公リミットちゃんは、サイボーグである。一度、命を落としてしまったが、科学者の父の手によりサイボーグとして蘇った。人間をはるかに越える力や持つ彼女は、その力を使ったり、父親が作ってくれたアイテムを使い、クラスの同級生の問題や難問を解決していく。作品の中で、彼女は自分がサイボーグであり、人とは違う事で悩みを抱えていて、その悩みは、彼女自身が越えなければならない成長を描いたアニメでもあるのだ。
(まあ、確かに大人であるならまだしも、これから成長する少女がサイボーグであるがゆえに、周囲から置き去りにされるってのも残酷な話でもあるが。)少女向けだがシリアスなSFアニメだったのだ。
さて続けよう。
家族全員魔法使いで人間界に来たのが「魔法使いチャッピー」。この最終回は、悲しすぎる。友達を救うため魔法を使うチャッピー。だが正体を知られてしまい、人間界にはいられなくなってしまう。
魔法界の掟により、周囲の関係した人達の記憶は消され、なぜか周囲の人達の視線は冷たいのだ。引越ししてきたばかりでも、そんな視線で見られる事はないだろうが。
「魔法使いサリー」の最終回とは、真逆
で、いたたまれないほどの寂しさがあった。
そういえば「魔法のマコちゃん」の最終回も、正体が云々で、身近な人達の記憶も消される、さびしい最終回であった。
魔法少女が人間界に留学していたのが、「魔法少女ララベル」歌も、主役もアニソンクィーンの堀江美都子が一人二役。
人間だが、たぶん魔女っ子路線に入るのが「花の子ルンルン」
魔女っ子路線から、一旦、離れたのが、「明日のナージャ」
主題歌は、惜しまれつつ亡くなった本田美奈子が歌っていた。
また、東映アニメには、絶大な人気をほこったアニメ「キャンディ・キャンディ」や「セーラームーン」シリーズもある。
まだまだ、掘り返せば、話は出てくる東映少女アニメ路線だが、なんだか、大変なことになりそうなので、ここで打ち切りとさせていただく。
「歴史って本当に正しいの?」
歴史上で起きた出来事ってのは、どのくらい信用できるのだろうか?
学校で、歴史を習うが、その時は誰も疑わずに歴史の授業をうける。
歴史上の出来事は、現在を生きる我々には当時の出来事を記した書物などでしか知る事が出来ない。その残された書物、記録等を信じるしかないのだ。
だからといって、残された記録の全てが真実かというと、それは怪しいのだ。
例えばの話。
A国とB国は敵同士。戦争中、A国は、とんでもない戦略ミスを犯し、B国に大敗を期した。が、その後、B国に対しA国は逆転し、ついにB国を滅ぼしてしまった。
A国の領主は、この戦いを後世の子孫や世間に残すべく、記録として残した。
さて、A国は自らのミスによって負けた大敗の事実を後世にまで残る記録に書き記すだろうか?
大多数は都合の悪い事を御丁寧に残す理由がない。自分達が、こうだったと書き換えてしまえば、それが後世に残り、正史となる。
未来から検証しに来るわけじゃなし。
現代なら、通信の発達などで、隠蔽工作等しようものなら、即座に発覚してしまう。密室の事ですら、現代では、たやすいはず。
歴史には、少なからず、事実の歪曲、捏造があるということなのだ。
勝った方が、嘘を書いて残した可能性が高いってこともあるし、後世になって書き表された物もある。
「敵が滅べば、真実を知る者はいない。」とばかり、捏造し放題だと考えてもよいだろう。
ようするに後世にカッコよくみせるための情報操作なのだよ。
現に戦国時代より伝わる戦記物が残っていた。それも互いに対立する国、二つ分の記録。内容は、やはり、自分達に都合よく書かれており、事実とは違っていた。
最近になり、「聖徳太子は本当に実在したか?」という事が物議をかもしている。歴史の教科書も最近は明確には書いていないと聞く。「うまやどのおうじ」は存在したが聖徳太子は本当に「うまやどのおうじ」が成人してからの姿なのか、存在は疑問視されているらしいのだ。
さて、ここからは、想像の世界です。何人もの人の話を聞き分け、的確に判断する聖徳太子の話は聞いた事があると思うけど、あれって創作された話なのでは?
聖徳太子が制定した、身分ごとに色分けされた「官位十二階」。その色分けされた官位、役人が集まり、政策を執行する政府機関、あるいは政策プランナー集団の名前が「聖徳太子」だったのでは?
当時、大陸から文化を学び取る事で急激な発展を遂げた日本が「聖徳太子」を擬人化することで、大陸側に、「日本にも優れた人材がいる」とアピール、あるいは、惑わしていたと考えたら?
官位が12人以上もいれば、いくつもの話を同時に聞き分け、的確な判断をくだせるのも納得できる。(ようするに苦情窓口がたくさんあったと考えるわけだ。)
大陸側に、わざと間違えた情報を流していたとしたら?
また、聖徳太子は中国に「日出る国より日没する国へ」と書簡を出したが、これって大陸側から見れば、小国が喧嘩を売っているようなものだ。はたして、聖徳太子、一人の裁量でそこまで出来るものだろうか?
織田信長は、若い頃に、ある村で貧しい村人を見つけ、村人に「村全体で面倒を見るように」と申しつけた。そのために信長はその村に対し、優遇措置をとりはからったそうだ。
信長といえば、「気性の激しい、恐ろしい存在」と後々まで伝えられているが、このエピソードが本当なら、思いやりあふれる武人である。激しい気性とか、「第六天魔王」とかは、あとから付けられたものあるいは、そう思わせておく戦略イメージではなかったのか?
千人単位の軍を率いて万単位の軍勢と戦い(桶間の戦いもどうやら歴史とは異なっているらしい)、効率的な策略をたて、死に物狂いで戦うのだから、すごい形相になるだろうし、人知の及ばぬ力を発揮したと噂されれば、そんなあだ名も、つけられて当然だろう。
我々が、現在見ている、歴史上の人物像というのは、もしかすると意外と敵や後世の人達による「イメージ戦略」によって造られた一つといえるのではないだろうか。
歴史上の人物はもう、カミングアウトが出来ないだけに、真実は闇の中。はたして、正しい歴史は、どこに?
歴史上で起きた出来事ってのは、どのくらい信用できるのだろうか?
学校で、歴史を習うが、その時は誰も疑わずに歴史の授業をうける。
歴史上の出来事は、現在を生きる我々には当時の出来事を記した書物などでしか知る事が出来ない。その残された書物、記録等を信じるしかないのだ。
だからといって、残された記録の全てが真実かというと、それは怪しいのだ。
例えばの話。
A国とB国は敵同士。戦争中、A国は、とんでもない戦略ミスを犯し、B国に大敗を期した。が、その後、B国に対しA国は逆転し、ついにB国を滅ぼしてしまった。
A国の領主は、この戦いを後世の子孫や世間に残すべく、記録として残した。
さて、A国は自らのミスによって負けた大敗の事実を後世にまで残る記録に書き記すだろうか?
大多数は都合の悪い事を御丁寧に残す理由がない。自分達が、こうだったと書き換えてしまえば、それが後世に残り、正史となる。
未来から検証しに来るわけじゃなし。
現代なら、通信の発達などで、隠蔽工作等しようものなら、即座に発覚してしまう。密室の事ですら、現代では、たやすいはず。
歴史には、少なからず、事実の歪曲、捏造があるということなのだ。
勝った方が、嘘を書いて残した可能性が高いってこともあるし、後世になって書き表された物もある。
「敵が滅べば、真実を知る者はいない。」とばかり、捏造し放題だと考えてもよいだろう。
ようするに後世にカッコよくみせるための情報操作なのだよ。
現に戦国時代より伝わる戦記物が残っていた。それも互いに対立する国、二つ分の記録。内容は、やはり、自分達に都合よく書かれており、事実とは違っていた。
最近になり、「聖徳太子は本当に実在したか?」という事が物議をかもしている。歴史の教科書も最近は明確には書いていないと聞く。「うまやどのおうじ」は存在したが聖徳太子は本当に「うまやどのおうじ」が成人してからの姿なのか、存在は疑問視されているらしいのだ。
さて、ここからは、想像の世界です。何人もの人の話を聞き分け、的確に判断する聖徳太子の話は聞いた事があると思うけど、あれって創作された話なのでは?
聖徳太子が制定した、身分ごとに色分けされた「官位十二階」。その色分けされた官位、役人が集まり、政策を執行する政府機関、あるいは政策プランナー集団の名前が「聖徳太子」だったのでは?
当時、大陸から文化を学び取る事で急激な発展を遂げた日本が「聖徳太子」を擬人化することで、大陸側に、「日本にも優れた人材がいる」とアピール、あるいは、惑わしていたと考えたら?
官位が12人以上もいれば、いくつもの話を同時に聞き分け、的確な判断をくだせるのも納得できる。(ようするに苦情窓口がたくさんあったと考えるわけだ。)
大陸側に、わざと間違えた情報を流していたとしたら?
また、聖徳太子は中国に「日出る国より日没する国へ」と書簡を出したが、これって大陸側から見れば、小国が喧嘩を売っているようなものだ。はたして、聖徳太子、一人の裁量でそこまで出来るものだろうか?
織田信長は、若い頃に、ある村で貧しい村人を見つけ、村人に「村全体で面倒を見るように」と申しつけた。そのために信長はその村に対し、優遇措置をとりはからったそうだ。
信長といえば、「気性の激しい、恐ろしい存在」と後々まで伝えられているが、このエピソードが本当なら、思いやりあふれる武人である。激しい気性とか、「第六天魔王」とかは、あとから付けられたものあるいは、そう思わせておく戦略イメージではなかったのか?
千人単位の軍を率いて万単位の軍勢と戦い(桶間の戦いもどうやら歴史とは異なっているらしい)、効率的な策略をたて、死に物狂いで戦うのだから、すごい形相になるだろうし、人知の及ばぬ力を発揮したと噂されれば、そんなあだ名も、つけられて当然だろう。
我々が、現在見ている、歴史上の人物像というのは、もしかすると意外と敵や後世の人達による「イメージ戦略」によって造られた一つといえるのではないだろうか。
歴史上の人物はもう、カミングアウトが出来ないだけに、真実は闇の中。はたして、正しい歴史は、どこに?
そらのおとしものf「アストレア」
「そらおと」第二期からのキャラクター 、近接戦闘用エンジェロイド・タイプΔ(デルタ) アストレア。
彼女はどんなキャラクターなのか?
・アストレアの目的とは。
空にある「新大陸」シナプスと夢で繋がっている桜井智樹にこれ以上シナプスに干渉させないよう、廃除する為、シナプスのマスターの命令により、差し向けられた刺客。
・アストレアの能力
戦闘力、特に近接戦闘能力には秀でており、空の女王「ウラヌス・クィーン」であるイカロスよりも能力は上とされている。接近戦重視の為、イカロスが持つ誘導小型ミサイル・アルテミスのような兵器、中長距離攻撃能力は持っていないのが弱点であるが、それを補うため、いち早く接近戦に持ち込むための加速能力と上昇能力は誰にも負けてはいない。
接近戦だけならイカロスより強い!はず?。
近接戦闘に超振動光子剣「クリュサオル」。防御にイカロスの空間に展開するバリア形式のイージスとは違う小型の盾「イージスL」と最強の矛と最強の盾を持っている。
・アストレアというキャラクター
第二期の一話「キミも脱げ!帰ってきた全裸王(ユウシャ)」の終わりに空から地上へ、守形が住む河原に落下してきたアストレア。
初めてその姿を見る守形はその新たなエンジェロイドが、桜井智樹の名を口にしたのを聞く。そして再びいずこへとも飛び去って行くアストレア。
守形英司郎は第二話で、桜井家へ出向き、イカロスとニンフに新たなエンジェロイドがやってきて、智樹が危ないと告げる。イカロスとニンフはレーダーを使い、その正体がアストレアと判ると、イカロス達は何事もなく、家の中へ引っ込もうとする。それは何故か?はっきり言って、アストレアが・・・ヴァカ(バカ)だから。(桜井智樹風にいうと、ストレートにバカではなく、意味ありげにヴァカと表記されている。)
ニンフが守形に第一世代エンジェロイドのイカロス、ニンフ、アストレア三人の能力を説明をする。
感情制御、戦闘能力、電算能力をグラフに表すニンフ。
・イカロスは戦闘能力と電算能力に主を置いているから感情制御は低い。
・ニンフは感情制御と電算能力を積んでいるから戦闘能力は低い。
・アストレアは戦闘能力と感情制御を積んでいるから電算能力は低い。
ニンフは言った。「つまりアストレアはバカなのよ。」と。
こうストレートに言われては身も蓋も無いが、確かにアストレアは、肝心な場面においては、呆れるほどヴァ~カ。やたらつまづく、転ぶ、何かをし忘れる。
智樹ですら、アストレアを初めて見た時、トラブル臭をプンプン感じていた。
アストレアが初めて登場した場面て、そんな事も微塵に感じさせないほどカッコイイのだ。
だが実はアストレアはバカではなく第一世代のエンジェロイドの中では最も人間に近いキャラクターではないのか?
エンジェロイド達の基準からすれば人間に近いアストレアはバカという事かも知れない。空の住人達やエンジェロイド達は地上の人間を地蟲(ダウナー)とさげすんだ呼び方をしている。アストレアが人間に近いから馬鹿にしているのかも知れない。
アストレアに電算能力は全く無いのではなく、支障ない程度の最低限しか積んでいないのだ。
なにかと生徒会長の美香子に、おもちゃにされるアストレア。だが、同じエンジェロイドであるイカロス、ニンフが、過去に会長にアストレアほど、おもちゃ、あるいは利用された様子はない。その面を見ても、アストレアはより人間に近いのかも知れない。
第二世代エンジェロイド「カオス」が現れ、シナプスに潜入していた守形とエンジェロイド開発者の科学者ダイダロスはカオスとアストレアの戦いをモニタリングしていた。カオスの圧倒的な攻撃力にアストレアは勝てるのかと守形が聞くと、ダイダロスは、守形に「デルタはバカ。でも、あえて電算能力を積まなかったの。そんなもの必要ないからよ。」と。
攻撃を有効にする電算能力を持っていなくともそれをカバー出来る高い戦闘力をほこるのがアストレアなのである。
アストレアは、第二世代エンジェロイド・カオスを深海に沈めるため自らも犠牲にしようとしたイカロスを海面スレスレでカオスから引きはがした。これはアストレアの加速能力あってのことで、アストレアでなければイカロスもカオスもろとも深海の水圧で身動き一つ出来なくなっていたであろう。(ちなみにエンジェロイドは泳げない。だからこそイカロスは沈めようとしていたのだ。)
以前、守形はイカロスを見て、「人間より優れているのに人間より不完全な存在」と言った。それは感情面の制御が不完全なだけで、その点だけを見れば、その後、イカロスよりニンフ、ニンフよりアストレアといった形でより人間に近いエンジェロイドが登場してきた。
アストレアの行動、思考をみても、人間に近い。
生徒会長五月田根美香子の策略「校内男女別雪合戦」に、おいて(そはだるまが確認された話)、味方の裏切りで、身動き出来ない智樹を仕留める千載一遇のチャンスを得たアストレア。が智喜の話を聞いて、逆切れしたところに、イカロスが「久しぶり・・・・・、アストレア・・・・・・。」と。「イカロス先輩。お久しぶりですっっ!」と挨拶するアストレアに、「もし、マスター(智樹)に、なにかあったら・・・許さない・・・か・・・ら・・・。」と(キュイーンと戦闘モードになる)イカロス。
それはまるでアストレアにとって、猛禽類に狙われた小鳥の様でしかないという現状。
結局、アストレアは、命令を遂行出来ず
空に帰ることも叶わず、地上で河原生活を始めることに。命令が果たせずに帰ると空のマスターからおしおきが待っているから。
地上では、行く宛もなくいつも空腹で、仕方ない。ならば智樹にも、同じ目にあわせてやれとばかり、家の冷蔵庫に忍び込む。が、何もないというオチなのだが。
このアストレアの行動は、非常に人間っぽい。イカロスやニンフが同じ行動をするかと言えば、まずしないだろう。
智樹を無き者にするため、様子を探るアストレア。智樹がエロ本を見ている時が、無防備だと気付き、起こした行動が、自らをエロ本化すること。
タイトルも「エロトレア」!昔、似たような名前の雑誌がありましたなぁ。
智樹の気を引く事には成功したが、内容を智樹から駄目だしされ、さらに過激なポーズで挑戦する。しかし、あまりにも恥ずかしさに、逃げ出してしまう。
(DVDのコメンタリーを聞きながら見ていたが、たった一言の台詞、「エロホン」。これを女子声優に言わせるのが「そらおと」の神髄である!(笑)。地上に来たばかりのアストレアが「エロホン」を知っているのもかなりおかしな話でもあるが。)
また、ひもじさに負け、守形のツリのエサであるスルメに水中から食いつき、吊り上げられ、守形がスルメをあげると、喜んで「久しぶりの食べ物。味がなくなるまでよくかまなくっちゃ!」と言って味わいながら、しばらくして我が身の惨めさに気が付くなど人間くさい。
イカロスとニンフに対して、アストレアはどちらにも敬語である。ニンフはイカロスや他人にはタメ口である。キャラ属性がツンデレだからか?
同じエンジェロイド同士であるが、アストレアは、なぜだか、二人を先輩と呼んでいるのだ。ちなみにエンジェロイドガンマ・ハーピーは、ニンフ達には上目線な態度であったが。
接近戦で戦えばイカロスよりアストレアが強いはずなのに、逃げている。多分、アストレアは、感情面で戦うイカロスに何かしら勝てない物でも感じたのか?
最近では、智樹がなにかとアストレアに話を持ち掛けている。ニンフよりも。それはアストレアがより人間に近いエンジェロイドと智樹が認識しているからではないのか?
さて、劇場版「そらおと」もアストレアがあんなことやこんなことに巻き込まれる羽目になるのである。
最近ではニンフと組んで、何かしら何かとバカばかりしている楽しいアストレアである
「そらおと」第二期からのキャラクター 、近接戦闘用エンジェロイド・タイプΔ(デルタ) アストレア。
彼女はどんなキャラクターなのか?
・アストレアの目的とは。
空にある「新大陸」シナプスと夢で繋がっている桜井智樹にこれ以上シナプスに干渉させないよう、廃除する為、シナプスのマスターの命令により、差し向けられた刺客。
・アストレアの能力
戦闘力、特に近接戦闘能力には秀でており、空の女王「ウラヌス・クィーン」であるイカロスよりも能力は上とされている。接近戦重視の為、イカロスが持つ誘導小型ミサイル・アルテミスのような兵器、中長距離攻撃能力は持っていないのが弱点であるが、それを補うため、いち早く接近戦に持ち込むための加速能力と上昇能力は誰にも負けてはいない。
接近戦だけならイカロスより強い!はず?。
近接戦闘に超振動光子剣「クリュサオル」。防御にイカロスの空間に展開するバリア形式のイージスとは違う小型の盾「イージスL」と最強の矛と最強の盾を持っている。
・アストレアというキャラクター
第二期の一話「キミも脱げ!帰ってきた全裸王(ユウシャ)」の終わりに空から地上へ、守形が住む河原に落下してきたアストレア。
初めてその姿を見る守形はその新たなエンジェロイドが、桜井智樹の名を口にしたのを聞く。そして再びいずこへとも飛び去って行くアストレア。
守形英司郎は第二話で、桜井家へ出向き、イカロスとニンフに新たなエンジェロイドがやってきて、智樹が危ないと告げる。イカロスとニンフはレーダーを使い、その正体がアストレアと判ると、イカロス達は何事もなく、家の中へ引っ込もうとする。それは何故か?はっきり言って、アストレアが・・・ヴァカ(バカ)だから。(桜井智樹風にいうと、ストレートにバカではなく、意味ありげにヴァカと表記されている。)
ニンフが守形に第一世代エンジェロイドのイカロス、ニンフ、アストレア三人の能力を説明をする。
感情制御、戦闘能力、電算能力をグラフに表すニンフ。
・イカロスは戦闘能力と電算能力に主を置いているから感情制御は低い。
・ニンフは感情制御と電算能力を積んでいるから戦闘能力は低い。
・アストレアは戦闘能力と感情制御を積んでいるから電算能力は低い。
ニンフは言った。「つまりアストレアはバカなのよ。」と。
こうストレートに言われては身も蓋も無いが、確かにアストレアは、肝心な場面においては、呆れるほどヴァ~カ。やたらつまづく、転ぶ、何かをし忘れる。
智樹ですら、アストレアを初めて見た時、トラブル臭をプンプン感じていた。
アストレアが初めて登場した場面て、そんな事も微塵に感じさせないほどカッコイイのだ。
だが実はアストレアはバカではなく第一世代のエンジェロイドの中では最も人間に近いキャラクターではないのか?
エンジェロイド達の基準からすれば人間に近いアストレアはバカという事かも知れない。空の住人達やエンジェロイド達は地上の人間を地蟲(ダウナー)とさげすんだ呼び方をしている。アストレアが人間に近いから馬鹿にしているのかも知れない。
アストレアに電算能力は全く無いのではなく、支障ない程度の最低限しか積んでいないのだ。
なにかと生徒会長の美香子に、おもちゃにされるアストレア。だが、同じエンジェロイドであるイカロス、ニンフが、過去に会長にアストレアほど、おもちゃ、あるいは利用された様子はない。その面を見ても、アストレアはより人間に近いのかも知れない。
第二世代エンジェロイド「カオス」が現れ、シナプスに潜入していた守形とエンジェロイド開発者の科学者ダイダロスはカオスとアストレアの戦いをモニタリングしていた。カオスの圧倒的な攻撃力にアストレアは勝てるのかと守形が聞くと、ダイダロスは、守形に「デルタはバカ。でも、あえて電算能力を積まなかったの。そんなもの必要ないからよ。」と。
攻撃を有効にする電算能力を持っていなくともそれをカバー出来る高い戦闘力をほこるのがアストレアなのである。
アストレアは、第二世代エンジェロイド・カオスを深海に沈めるため自らも犠牲にしようとしたイカロスを海面スレスレでカオスから引きはがした。これはアストレアの加速能力あってのことで、アストレアでなければイカロスもカオスもろとも深海の水圧で身動き一つ出来なくなっていたであろう。(ちなみにエンジェロイドは泳げない。だからこそイカロスは沈めようとしていたのだ。)
以前、守形はイカロスを見て、「人間より優れているのに人間より不完全な存在」と言った。それは感情面の制御が不完全なだけで、その点だけを見れば、その後、イカロスよりニンフ、ニンフよりアストレアといった形でより人間に近いエンジェロイドが登場してきた。
アストレアの行動、思考をみても、人間に近い。
生徒会長五月田根美香子の策略「校内男女別雪合戦」に、おいて(そはだるまが確認された話)、味方の裏切りで、身動き出来ない智樹を仕留める千載一遇のチャンスを得たアストレア。が智喜の話を聞いて、逆切れしたところに、イカロスが「久しぶり・・・・・、アストレア・・・・・・。」と。「イカロス先輩。お久しぶりですっっ!」と挨拶するアストレアに、「もし、マスター(智樹)に、なにかあったら・・・許さない・・・か・・・ら・・・。」と(キュイーンと戦闘モードになる)イカロス。
それはまるでアストレアにとって、猛禽類に狙われた小鳥の様でしかないという現状。
結局、アストレアは、命令を遂行出来ず
空に帰ることも叶わず、地上で河原生活を始めることに。命令が果たせずに帰ると空のマスターからおしおきが待っているから。
地上では、行く宛もなくいつも空腹で、仕方ない。ならば智樹にも、同じ目にあわせてやれとばかり、家の冷蔵庫に忍び込む。が、何もないというオチなのだが。
このアストレアの行動は、非常に人間っぽい。イカロスやニンフが同じ行動をするかと言えば、まずしないだろう。
智樹を無き者にするため、様子を探るアストレア。智樹がエロ本を見ている時が、無防備だと気付き、起こした行動が、自らをエロ本化すること。
タイトルも「エロトレア」!昔、似たような名前の雑誌がありましたなぁ。
智樹の気を引く事には成功したが、内容を智樹から駄目だしされ、さらに過激なポーズで挑戦する。しかし、あまりにも恥ずかしさに、逃げ出してしまう。
(DVDのコメンタリーを聞きながら見ていたが、たった一言の台詞、「エロホン」。これを女子声優に言わせるのが「そらおと」の神髄である!(笑)。地上に来たばかりのアストレアが「エロホン」を知っているのもかなりおかしな話でもあるが。)
また、ひもじさに負け、守形のツリのエサであるスルメに水中から食いつき、吊り上げられ、守形がスルメをあげると、喜んで「久しぶりの食べ物。味がなくなるまでよくかまなくっちゃ!」と言って味わいながら、しばらくして我が身の惨めさに気が付くなど人間くさい。
イカロスとニンフに対して、アストレアはどちらにも敬語である。ニンフはイカロスや他人にはタメ口である。キャラ属性がツンデレだからか?
同じエンジェロイド同士であるが、アストレアは、なぜだか、二人を先輩と呼んでいるのだ。ちなみにエンジェロイドガンマ・ハーピーは、ニンフ達には上目線な態度であったが。
接近戦で戦えばイカロスよりアストレアが強いはずなのに、逃げている。多分、アストレアは、感情面で戦うイカロスに何かしら勝てない物でも感じたのか?
最近では、智樹がなにかとアストレアに話を持ち掛けている。ニンフよりも。それはアストレアがより人間に近いエンジェロイドと智樹が認識しているからではないのか?
さて、劇場版「そらおと」もアストレアがあんなことやこんなことに巻き込まれる羽目になるのである。
最近ではニンフと組んで、何かしら何かとバカばかりしている楽しいアストレアである
見た目で買って、勝手にレビューしょう!(SHOW)コミック
「オオカミさんと七人の仲間達」
電撃コミックス
アスキーメディアワークス
「あかずきん」と「白雪姫と七人の小人たち」を合わせたようなタイトル。そう、主人公である大神涼子とその仲間たちは、赤井林檎、鶴ヶ谷おつう、桐木アリス、桐木リスト、マジョーリカ・ル・フェイ
と、ピンと来た人、そう、お伽話に出てくる人物あるいは関連した名前なのだ。
オオカミ、りんご、鶴、キリギリス、魔女という具合に。
彼等は、学園内組織「御伽学園相互扶助協会」、通称「御伽銀行」の人達。
依頼人からの困り事を解決する代わりに、何か助けて欲しい時に、その依頼人に何かしら力を借りる事を条件にしている団体。
お金ではなく、個人の影響力、ネットワーク、その他を使って助け合いの精神をモットーとしているのである。貸しも借りもニコニコ返済が基本!
そして、オオカミさんの目の前に現れたのが森野亮士(もりのりょうし)。名前からしてベタですな。
彼は幼い時から田舎の祖父のもとで育ち、気配を消す能力を鍛えられていた。祖父の職業はマタギ、森の猟師である。
彼はオオカミさんに憧れていたのだが、オオカミさんは、はっきりしない男は大嫌いときたもんだから、森野君、あせる。
実は森野君、田舎から転校してきて、都会になれていないから、わざと気配をけして目立たないようにしていたのだ。それと他人の視線に弱く、見られていると弱い。それは何故か?田舎の学校、彼一人!という環境。誰とも会わなかったから。誰とも目を合わせないとすごい男らしい性格を持ち合わせているのだった。
オオカミさんとお伽銀行の仲間達がくりひろげる、おかしな学園お助けコメディー。
「オオカミさんと七人の仲間達」
電撃コミックス
アスキーメディアワークス
「あかずきん」と「白雪姫と七人の小人たち」を合わせたようなタイトル。そう、主人公である大神涼子とその仲間たちは、赤井林檎、鶴ヶ谷おつう、桐木アリス、桐木リスト、マジョーリカ・ル・フェイ
と、ピンと来た人、そう、お伽話に出てくる人物あるいは関連した名前なのだ。
オオカミ、りんご、鶴、キリギリス、魔女という具合に。
彼等は、学園内組織「御伽学園相互扶助協会」、通称「御伽銀行」の人達。
依頼人からの困り事を解決する代わりに、何か助けて欲しい時に、その依頼人に何かしら力を借りる事を条件にしている団体。
お金ではなく、個人の影響力、ネットワーク、その他を使って助け合いの精神をモットーとしているのである。貸しも借りもニコニコ返済が基本!
そして、オオカミさんの目の前に現れたのが森野亮士(もりのりょうし)。名前からしてベタですな。
彼は幼い時から田舎の祖父のもとで育ち、気配を消す能力を鍛えられていた。祖父の職業はマタギ、森の猟師である。
彼はオオカミさんに憧れていたのだが、オオカミさんは、はっきりしない男は大嫌いときたもんだから、森野君、あせる。
実は森野君、田舎から転校してきて、都会になれていないから、わざと気配をけして目立たないようにしていたのだ。それと他人の視線に弱く、見られていると弱い。それは何故か?田舎の学校、彼一人!という環境。誰とも会わなかったから。誰とも目を合わせないとすごい男らしい性格を持ち合わせているのだった。
オオカミさんとお伽銀行の仲間達がくりひろげる、おかしな学園お助けコメディー。
「ご挨拶」
さて、今年もあとわずか。
まあ、今年もこんないい加減なblogを読んでいただき、有り難いやら、恥ずかしいやら。
「そんなblogばっか読んでいて、頭悪くなってもお母さん知らないからね」と言われそうな内容のオンパレードなのに。と、そう思いながら毎回、発信しております。が、今年は、ここで一応、打ち止めということで。
来年も、放浪すればネタを書き、物を買えばネタを書き、本を買えば、レビューショウに書き、フィギュアを買えばレビューショウに書き、広島といえばカキ、的矢といえばカキ、今年と全く変わりません。
「それじゃ、意味無いじゃん!」と言われようが、変えません!変える気ないんですから。
ではまた来年。憘・
追伸:フィギュアファンの方々へ。
個人的な話ですが、「2010Ver・レーシング初音ミク」、予約してしまいました。今から期待大です。
それから、WAVEより「けいおん!」水着あずにゃん(色白Ver)が再発売されます。
そして、唯の 妹、憂唯と友達の純ちゃんもフィギュアで、でます。
さわちゃん先生は出ないんですか~?
壽屋、競争女王「アリス」、早期発売希望、熱烈歓迎、購入意欲日々増大。
では、また来年!
さて、今年もあとわずか。
まあ、今年もこんないい加減なblogを読んでいただき、有り難いやら、恥ずかしいやら。
「そんなblogばっか読んでいて、頭悪くなってもお母さん知らないからね」と言われそうな内容のオンパレードなのに。と、そう思いながら毎回、発信しております。が、今年は、ここで一応、打ち止めということで。
来年も、放浪すればネタを書き、物を買えばネタを書き、本を買えば、レビューショウに書き、フィギュアを買えばレビューショウに書き、広島といえばカキ、的矢といえばカキ、今年と全く変わりません。
「それじゃ、意味無いじゃん!」と言われようが、変えません!変える気ないんですから。
ではまた来年。憘・
追伸:フィギュアファンの方々へ。
個人的な話ですが、「2010Ver・レーシング初音ミク」、予約してしまいました。今から期待大です。
それから、WAVEより「けいおん!」水着あずにゃん(色白Ver)が再発売されます。
そして、唯の 妹、憂唯と友達の純ちゃんもフィギュアで、でます。
さわちゃん先生は出ないんですか~?
壽屋、競争女王「アリス」、早期発売希望、熱烈歓迎、購入意欲日々増大。
では、また来年!






























