「歴史って本当に正しいの?」
歴史上で起きた出来事ってのは、どのくらい信用できるのだろうか?
学校で、歴史を習うが、その時は誰も疑わずに歴史の授業をうける。
歴史上の出来事は、現在を生きる我々には当時の出来事を記した書物などでしか知る事が出来ない。その残された書物、記録等を信じるしかないのだ。
だからといって、残された記録の全てが真実かというと、それは怪しいのだ。
例えばの話。
A国とB国は敵同士。戦争中、A国は、とんでもない戦略ミスを犯し、B国に大敗を期した。が、その後、B国に対しA国は逆転し、ついにB国を滅ぼしてしまった。
A国の領主は、この戦いを後世の子孫や世間に残すべく、記録として残した。
さて、A国は自らのミスによって負けた大敗の事実を後世にまで残る記録に書き記すだろうか?
大多数は都合の悪い事を御丁寧に残す理由がない。自分達が、こうだったと書き換えてしまえば、それが後世に残り、正史となる。
未来から検証しに来るわけじゃなし。
現代なら、通信の発達などで、隠蔽工作等しようものなら、即座に発覚してしまう。密室の事ですら、現代では、たやすいはず。
歴史には、少なからず、事実の歪曲、捏造があるということなのだ。
勝った方が、嘘を書いて残した可能性が高いってこともあるし、後世になって書き表された物もある。
「敵が滅べば、真実を知る者はいない。」とばかり、捏造し放題だと考えてもよいだろう。
ようするに後世にカッコよくみせるための情報操作なのだよ。
現に戦国時代より伝わる戦記物が残っていた。それも互いに対立する国、二つ分の記録。内容は、やはり、自分達に都合よく書かれており、事実とは違っていた。
最近になり、「聖徳太子は本当に実在したか?」という事が物議をかもしている。歴史の教科書も最近は明確には書いていないと聞く。「うまやどのおうじ」は存在したが聖徳太子は本当に「うまやどのおうじ」が成人してからの姿なのか、存在は疑問視されているらしいのだ。
さて、ここからは、想像の世界です。何人もの人の話を聞き分け、的確に判断する聖徳太子の話は聞いた事があると思うけど、あれって創作された話なのでは?
聖徳太子が制定した、身分ごとに色分けされた「官位十二階」。その色分けされた官位、役人が集まり、政策を執行する政府機関、あるいは政策プランナー集団の名前が「聖徳太子」だったのでは?
当時、大陸から文化を学び取る事で急激な発展を遂げた日本が「聖徳太子」を擬人化することで、大陸側に、「日本にも優れた人材がいる」とアピール、あるいは、惑わしていたと考えたら?
官位が12人以上もいれば、いくつもの話を同時に聞き分け、的確な判断をくだせるのも納得できる。(ようするに苦情窓口がたくさんあったと考えるわけだ。)
大陸側に、わざと間違えた情報を流していたとしたら?
また、聖徳太子は中国に「日出る国より日没する国へ」と書簡を出したが、これって大陸側から見れば、小国が喧嘩を売っているようなものだ。はたして、聖徳太子、一人の裁量でそこまで出来るものだろうか?
織田信長は、若い頃に、ある村で貧しい村人を見つけ、村人に「村全体で面倒を見るように」と申しつけた。そのために信長はその村に対し、優遇措置をとりはからったそうだ。
信長といえば、「気性の激しい、恐ろしい存在」と後々まで伝えられているが、このエピソードが本当なら、思いやりあふれる武人である。激しい気性とか、「第六天魔王」とかは、あとから付けられたものあるいは、そう思わせておく戦略イメージではなかったのか?
千人単位の軍を率いて万単位の軍勢と戦い(桶間の戦いもどうやら歴史とは異なっているらしい)、効率的な策略をたて、死に物狂いで戦うのだから、すごい形相になるだろうし、人知の及ばぬ力を発揮したと噂されれば、そんなあだ名も、つけられて当然だろう。
我々が、現在見ている、歴史上の人物像というのは、もしかすると意外と敵や後世の人達による「イメージ戦略」によって造られた一つといえるのではないだろうか。
歴史上の人物はもう、カミングアウトが出来ないだけに、真実は闇の中。はたして、正しい歴史は、どこに?