薬丸岳「告解」他 | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

 

 

長渕剛の「勇次」という名曲の中に

‘ガソリンスタンドの自動販売機で 缶ビールをあけ ふたり空を眺めた’

という歌詞がある。

 

長渕は好きだけど、この部分を聴いて、「ん?」と思った。

ガソリンスタンドの自動販売機で酒類を販売しているだろうか?

 

もし販売しているとするならば、給油に立ち寄ったドライバーが

車から降りて、この自動販売機でビールを買い、グビグビ吞んで

飲酒状態で車に戻り、スタンドからでて飲酒運転でそのまま

走ってゆくという状況になる。

 

オカシイ。

やはりドライバーしか立ち寄らないガソリンスタンドでビールは売っていないと思う

のだが。

厳密にいえば、ガソリンスタンド‘近く’の自動販売機といいたかったのか、

本当にビールの自販機を設置したガソリンスタンドが存在したのか、

それとも長渕のイージーな作詞ミスかは不明である。

 

いずれにせよ、飲酒運転はNGである。

 

 

自分は酒を吞んで車を運転したことはないということを前提として

先にいっておく。

 

今でこそ厳罰が与えられるような社会になったが、ひと昔前は

運転するほうも取り締まるほうも、飲酒にたいする認識が緩かった。

 

100%酒が入る場だと分かっていながらも、飲み会の場所まで

車できている人間もいたし、それにたいして周囲も代行運転をすすめたり

することもなかった。

 

オレも社会人になったときは、最寄りの駅までは原付でいっていた。

急に飲みにゆくことになることもあったため、そのときは歩いて押して帰った

こともあった。

 

だがオレは別に優等生ではない。

正直言えば、そのときは誰かをはねてしまってはいけないとか、

どこかにつっこんで器物を破損させたらいけないとかいうまじめな理由ではなく、

単純に点数引かれたり、罰金とられたりするのがいやで面倒だと思いながらも

押して帰っていただけである。

 

その原付もオレが20代のころ廃車になり、車も最初から持っていないので

今は飲酒ウンヌン抜きに運転そのものをする機会もなくなったので自然優良

ドライバーになっている。

(たまに実家の車を運転するのでかろうじてペーパーではない)

 

数年前に飲酒運転の車による凄惨な追突事故があり、飲酒運転にたいする

罰則が厳しくなった。

これは良いことだと思う。

 

数か月前に読んだ薬丸岳の「告解」は、そんな飲酒運転をおこした主人公と

遺族の生活を時間軸に話が進んでゆく。

――

飲酒運転中、何かに乗り上げた衝撃を受けるも、恐怖のあまり走り去ってしまった大学生の籬翔太。

翌日、一人の老女の命を奪ってしまったことを知る。

自分の未来、家族の幸せ、恋人の笑顔―。失うものの大きさに、罪から目をそらし続ける翔太に

下されたのは、懲役四年を超える実刑だった。

一方、被害者の夫である法輪二三久は、“ある思い”を胸に翔太の出所を待ち続けていた。

贖罪の在り方を問う、慟哭の傑作長編。

(amazonより引用)

 

概要は上に引用したとおり。

単純に復讐だとしたらやや芸がないだけにオチは若干予想できたかもしれない。

ただ、途中までの展開はけっこう面白かったかもしれない。

 

飲酒ではないが、ここ最近でも例の池袋暴走事件があった。

いくら責めても事故で亡くなった人は帰ってこないのが悲しいところ。

 

ひらけ!ポンキッキだっただろうか。

小さいころ子供向け番組の中で、番組キャラクターがテレビの前に向かって

「気をつけろ 車はみんな 怪獣だ」

といった標語をいった放送があった。

 

飲酒していなくとも、運転する際には細心の注意を払いたいところである。

 

今回のもう1冊も同じく薬丸岳

「友罪」

 

 

 

 

職場の同僚がもしかしたら過去に子供を殺した殺人者じゃないかと

いう話。

読めばわかるが、こちらは明らかに神戸児童殺傷事件の「酒鬼薔薇聖斗」を

モチーフにしている。

すごく面白いわけでもないが悪くはなかった。