怪物くんっす | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

 

 

ゴジラ、ギャオス、大魔神……

 

全て特撮映画の中の怪獣や巨人だが、同時に活躍したプロ野球選手の

ニックネームにもなっている。

 

ゴジラは元巨人の松井。

ギャオスは元ヤクルトの内藤。

大魔神は元横浜の佐々木である。

 

体が大きくてパワーや迫力があるアスリートがこんなふうに怪獣系の

ニックネームをつけられやすい傾向は昔からあった。

 

スポーツとアニメ特撮の両方に興味がある人間にとってはいろんな角度で

楽しめる風潮だと思うが、アニメ特撮は大好きだけどスポーツはよくわからん

というような人間にとってはちょっとガックリくる流れかもしれん。

 

新聞のラテ欄で「ゴジラ大暴れ!」という見出しを見つけ気になったが、

実際には松井が試合で打ちまくったとかいう記事だったり、

テレビのニュースから「大魔神登場!」とか聞こえてきたので、画面に目をやったら

横浜の佐々木が抑えで登板したという情報でガッカリしたとかいう経験も

あるんじゃないかなと勝手に思っている。

 

蛇足であり野球ではないのだが、相撲において高見盛のどこがロボコップなのか

わからなかった。

ロボコップがあんな動きしているのみたことない(笑)

 

古い時代でいえば元巨人の江川は怪物というニックネームだった。

それからずっとあとの世代になってでてきた松坂大輔は西武時代、怪物くんという

ニックネームだった気がする。

 

ゴジラは怪獣体形だったり大魔神は人型体形だったりするが、怪物という表現は

とくにフォルムを限定している表現じゃないから、パワーがあったり、あるいは変わり者

を現すには使い勝手がいい言葉なのかもしれない。

 

ただ、松坂の場合は怪物のあとに「くん」がついているので、キャラにあやかった松井や

佐々木と同様、元ネタは藤子不二雄の「怪物くん」であることは間違いない。

 

(この前映画館の前を歩いていたら、「隣りの怪物くん」という作品のポスターが貼られていたので

またまたリメイクされたのかと思ったが、見た感じまったく関係なさそうだった。やはり言葉自体も

けっこう便利に使いまわせるようだ)

 

「怪物くん」をテレビで観ていたのはたしか幼稚園のころだったと思う。

妖怪・怪獣大好き少年にとってはかなり興味深いアニメで好きだった。

 

幼稚園児だから存在をしったのは原作ではなく、いきなりテレビアニメだった。

あらすじとかを前もってしっておくことも当然なく、テレビをつけたらなんとなく面白そうな

アニメがやってたから、気づいたらいつも決まって観ていた。

 

藤子不二雄らしい子供向け世界観だったので、いきなりでもとりあえず1話みれば

だいたいの世界観やキャラ設定は理解できた。

 

怪物太郎(怪物くん)という主人公がいて、そのまわりに一緒に暮らす3人の仲間、

(フランケン、ドラキュラ、オオカミ男)がおり、毎回いろんな騒ぎをおこすという内容だ。

 

ただ、はじめて怪物くんを観た時、1話めにしてブッタマゲタのを憶えている。

それはストーリーとかそういう部分ではなかった。

 

たった1話でもメインとなる本編約30分を通して観ていれば、子供でも

「ああ、あのフランケンていうのは『フンガ―!』しかいうことができないんだな」

と理解できるものだ。

 

最初にその概念をもったまま作品本編が終了。

 

番組終わりの歌はどんな歌なのかなあ~と待っていたら、やがてエンディングテーマの

動画がはじまり、イントロが流れ出す。

 

『おれたちゃ怪物三人組よ』

という曲らしく、怪物くんの側近3人の怪物が歌うようだ。

 

歌がはじまり、幼かったオレの心に衝撃が走った。

歌のでだしは――

 

 

フンガー! フンガ―! フランケン!!

 

 

いきなり「フランケン!」って、メチャクチャしゃべってるじゃん!! (゚Д゚;)!!!

そのあとも普通に「力しごと~に~♪」てパートはさんでるし。

 

オレが生まれてはじめて大人の仕事の進め方というものを意識したのはこの

時だったかもしれない。マジで。

 

作品がアニメ化するにいたっては当然、原作の存在があり、企画者がそれを面白いと

思ったらそこでアニメ化されるという流れのはずである。

 

だから「怪物くん」という原作漫画に目をつけた時の下調べで、

『フランケンというキャラはフンガ―!以外しゃべれない』

という設定をプロデューサーはしっかり理解しているはずだ。

作詞家とも作品の世界観における入念な打ち合わせもしているはず。

なのにエンディングテーマを企画した時、あえてフランケンを含む3人に歌わせようか

と考えただけでなく、どうしていきなり言葉を話させたのか!ということはずっと

頭に残っていた。

 

それを1話めのエンディングの冒頭でいきなりの掟破り。なんとも大胆なり。

 

いや、そこはきっと大人の事情なのだ。

歌の中でフランケンにしゃべらすということは世界観に矛盾するということくらい

わかっていただろうけど、当時の製作者の間ではどうしてもエンディングは3人の

怪物に歌わせたかった気持ちのほうが強かったんだと考える。

もしかしたら、観ている相手は子供だからエンディングでフランケンがしゃべっている

ことについて、そんなうるさくツッコまないし考えたりもしないだろうという思惑も

存在したかもしれない。

 

結果的に本編とエンディング映像あわせていえば、フランケンは毎回の放送で

しっかりしゃべっていたことになるんだな。

 

怪物くんの数ある本編エピソードの中で、一回だけフランケンが言葉を話せるように

なった会があった記憶がある。

 

詳細はおぼえていないが、なにかと引き換えでフランケンが言葉を話せるようになり、

朝起きてきて怪物くんに、「ぼっちゃん、おはよう」と挨拶する。

それを聞いた怪物くんが、「うわー! フランケンがしゃべった!!」

と驚くシーンがあったのだが、普段からエンディングでしゃべっているのを聞いているので

斬新さと衝撃さは半減した。

 

でも、なーんかその回、ちょっと切ない話だったような気がする(..)

フランケンが病気の少女としりあって、いろいろ慰めてあげたいけど、自分は言葉を

話すことができないから、少女を会話するために悪魔になにかを売って言語を手にした

とかそんなような……

 

今改めて考えると、フランケンて不器用でデクノボーみたいに見られるけど、実は

とても優しい心を持った人を具体化したような藤子不二雄センセイならではの

隠れたメッセージを抱いたキャラのように感じられる。

 

ちょっとシンミリしてしまったが、今日はこれでおしまい。

 

本来のエンディングテーマのユーチューブがなかったので、貼りつけた曲は

たまたま見つけた外国語version。

これはこれでちょっと面白いかも。

アー、コーリャコリャ。