去年の静岡訪問の経験は東京に戻ってからも、やはりジワジワとくる
ものがある。
元赤軍の植垣さんからいわれた「中間って何?」っていう質問もオレに
突き刺さったけど、同時にもうひとつ、後半に入店してきたお客さんから
年齢を訊かれ、答えた時にいわれた、「じゃあ、大学いってもバリケードとか看板とか
あるっていう時代じゃないですよね」というのも、まるでボディブローのように
心にジワジワと効いてきていた。
人はどの時代に生まれるかを選べないから、それはまったく悪いことじゃないけど、
でも学生運動もない思想の弱い時代に生まれてきたのは事実だ。
ひと昔前に比べるとしっていることも、感じることも弱い世代なんだろうなっていう事実は認めた
うえでなんとも形容しずらい非力感を感じざるおえない日が静かに続いている。
大学時代は遊んでばっかいたな。
学生運動全盛の時代の人たちがいたら、きっとしばかれていたか、嘆かれていたに違いない。
それを思うとやはりオレらは甘い時代に生まれたのだろうか。
ふと、考えることがある。
もうちょっと早く生まれていたら……
そう、例えるならば1970年~1972年の間に高校生か大学生というような人生だったら
どうだっただろうか。
三島由紀夫の自決。
あさま山荘事件。
田中角栄内閣。
オレが生まれる前のこの2年間というのは、とても興味深い2年。
なにもしらない若僧が不謹慎なことをいっていると思われるかもしれないが、この時代に
学生として生きてみたかったと思えるほど、興味深い出来事が多かった時代だと思う。
田中角栄は学生運動に身を投じる若者たちをこういっていたらしい。
「彼らはまだ若くて無知だけど、それでも自分たちの国の将来をしっかり考えて動いていることは
素晴らしい」
武装とか籠城とか、手段は誤っているかもっしれないけど、それでも自分たちや国民の生活の
ために矛盾や権力に立ち向かいアピールしていった方々は本当に尊敬できる。
1円にもならないどころか、肉体的な破損にもつながるかもしれないのに。
たしかに、オレ自身も含めた今の若い人や中年層って、そういうパワーがないのは認めるしかない。
ただ、パワーはあったとしても今はそうたやすく発散できる場がないのでしょうがないとしても、
無関心と知識不足はできるだけ避けたいとは思っている。
今日は5月1日。
そういえばメーデーデモというものを見たことがなかった。
労働者たちの集い。
小学校の頃、社会の授業で何回も言葉を聞いたのに。
すこし前の図書館のチラシ置き場で、多摩地域メーデーというのが吉祥寺と立川で開催される
というチラシを見つけたので、勉強もかねて立川のほうをちょっと観に立ち寄ってみようと
出向いてきた。
周辺までいったところで、すぐ近くにある「立川拘置所」に寄り道。
相模原津久井やまゆり園の障害者殺傷事件で拘留されている植松聖被告の移送の流れを
調べたところ、今彼はこの施設の中にいるようである。
門の左側には「面会者用入口」と書かれたもうひとつの門があった。
拘留されている人間との面会法についてはいろいろ調べたが、それでもやはり複雑で難しく
どう理解していいのかわからない部分がある。
前にも書いたとおり、死刑囚と面会できるのは基本家族や弁護士だけ。
刑が確定していない収容者とは誰でも面接できるという。
ただし、それは当然相手がOKすればということだ。
なおかつ、面会は1日につき1人と決められていて、もしその日収容者が既に誰かと面会を
おこなっていたら、その日は相手としてはOKな気持ちだったとしても面会はできない。
たとえば、もしオレが今ここで、とびこんだとしても被告のほうがOKといったら面談できる
のだろうか……などという考えが頭をよぎる。
いや、なんだかんだでそんな甘い流れやシステムはないだろう。
とりあえず今回はひきさがる。
オレのほうもまだ勉強不足だし。
時間のちょっと前にメーデーデモ会場に向かう。
ハローワーク立川前。
ハローワーク立川では以前に職員の雇止めがあり、たしか新聞にも載った気がした。
それのたいする抗議活動らしい。
幕を持っている人がいた。
拡声器で叫んでいる人がいた。
ビラを配っている人がいた。
しかし、想像していたような集会じゃなく人が少ない。
足を止める人も少ない。
それ以前に歩いている人が少ない。
池上彰が本の中でメーデーについて語っていたのを読んだ。
メーデーというのは海外で5月1日に誕生して日本に入ってきたが、
海外と違い、日本の5月1日は大型連休の真っ只中。
なので、世の中に抗議する活動するよりも遊びにいったほうがいいと思い、
みんなレジャーにいってしまうという。
なるほど。たしかに。
よく考えてみると、海外のイベントと日本イベントは季節的にもタイミングの相性が
あまりよろしくない。
ジューンブライドとかいったって、日本ではモロに梅雨だし。
式に参加するほうはムシムシジメジメしていてヘタしたら雨降っている中、スーツや
ドレスきて出掛けないといけないし。
会場の様子を見ているとビラを受け取っている人は意外といたような気がする。
でも足をとめる人は少なかった。
抗議の様子を正面から撮らせてもらいたかったけど、人が少ないだけに目立つから
しょうがなく後方からの隠し撮りみたいな形になってしまった。
ほんとに人が少なかったんだけど、この人たちは決して恥ずかしいことやオカシなことを
しているわけじゃないんだよな。
昔の無知なオレだったら、たぶんこの人たちが恥ずかしいと思っていたと思う、うん。
だけど今は違って感じる。
人自体が東京から出払って少ないというのもあるけど、でもやっぱり足を止めなかったり
現場に集まったりしないっていうのも、やはり人々の関心が薄いからというか、やはりあの時の
植垣さんやお客さんがいうとおり、人々の中から怒りの行動パワーが消えていっているのかなあと
思う。
国民が怒るのをやめたり、しょうがないと諦めたりすればするほど、政治家や上の人間は
国を自分たちの好きなよう操作しやすくなって喜ぶんだけど、そういうことを考えるのも、
もう面倒くさいといったところなのかもしれない。
ただ、この日の多摩地域メーデーは2か所でおこなわれていて、どちらかというとメインは
吉祥寺の会場のほうのようである。
昨年の様子をネットで見たら、かなり人が集まって賑わっていた。
そちらの様子も気になったが、遠かったのと時間の問題で今回は断念。
今度いってみたい。
抗議をおこなっていた方々にはお疲れ様という気持ちだが、盛り上がりが予想とちょっと
違ったので早めに切り上げた。
これはおまけだが、会場近くの整備地区にヤギさんがいた。
金網に張り付けられている物を読むと、どうやら草を食べることで除草するという
お仕事をしておられるようである。
大型連休中でもお仕事お疲れ様である。
ヤギさんにとっても「メェ~…デー」と今日みたいな真夏日にはちょうどいい具合にサブくなるような
昭和ギャグをいってしめようかと思ったが、冷静に考えてみればメェ~となくのはヤギじゃなくて
ヒツジだった。
おしい。
とりあえず次回以降はユル~い内容の記事や吞み記事が続くかもしれないので、重めの社会ネタを
さきに片付けさせていただいた。



