旅人よ~The Longest Journey~ | 昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。




「うちの兄ちゃんは都の○○大会で賞をとったことがあるんだ!」
「オレのオヤジは芸能人に知り合いがたくさんいるんだぞ!」
……

などといった自慢をしてくるやつが昔はけっこういた。
おとなになってからでもたまにいる。
純粋に身内紹介する感じなら、とくにいやな感じは受けないが、あたかも自分の
自慢のように鼻高々にしゃべるやつ。

ふむふむ、なるほど。
たしかに君の兄ちゃんは立派だ。
あなたのお父さんの人脈は羨ましいかもしれない。

で、家族がすごいのは十分にわかったけど、お前自身はなんなの?
といった疑問がわいてくるのは毎回だった。

家族はたしかにそれなりの地位などがあるかもしれないが、お前自身は別になーんにも
すごくないじゃん、て思ったり。

それは自慢話の類にかかわらず、お説教系のシーンにもよく見られたりする。

辛いシーンでちょっとでもくたびれた表情を見せたり、正直な本音をポロっともらした
ものならば、
「世の中にはもっと辛い人がいるんだぞ!」
といったありがたいお言葉を出してくるエライ方々。

うん、よくわかりますよ。
まったくもってそのとおりです。
この広い地球の上で国内でも海の向こうでも、ほぼ24時間動き続けていたり、戦場に
駆り出されたり、食料がなく飢えに苦しんでいる人たちはたくさんいると思います。

わかります。ホントによくわかります。

で、そこまでおっしゃるならばアナタ自身はその「もっと辛い人たち」の当本人なのですか?

答えは否。

自分自身が「もっと辛い人たち」でないにもかかわらず、そういった人たちを脅迫のネタに
ひっぱりだして、人に説教し悦に入っておられる方々がほとんどだと思える。

なんだかんだいって自分自身に対する正直な断罪を出来るには結局自分自身だと思うのだ。


これまで人生のなかで他人から「反省しろ」と一度も言われたことがない人間はいないと
思う。いたら聖者だ。

ここでそういわれた時のことを冷静に思い返してみて頂きたい。
「反省しろぉ!!」
といわれて、素直に心の底から反省したことっておありだろうか。

オレはたぶんない(キッパリ)


とはいっても決して暴君でもおぼっちゃま君でもないので、反省はなんどもしたことがある。

ただし、それは人からいわれてではなく、自分から反省したケース。


たとえば、自分にとってとても優しくて理解力があり世話になっており、
「この人はいい人だなあ」とずっと思っていた人を怒らせてしまったり、ガッカリさせて
しまった時。
こういった時は半端じゃなくへこむ。そして誰からいわれるまでもなく自分の言動を見直し
底なし沼よりも深く反省する。

また、はげしく怒られてもしょうがないようなミスをしてしまった時、まったく怒らずに
笑顔で「あまり気にしないでいいよ。でも、ちょっとだけ反省してね」といってもらえたりした
時はちょっとどころか、クリスマスの夜に水掛けられて増殖したグレムリンの数ほどの反省を
あちこちにばらまいてラムちゃんを悩ませる。

人からいわれても反省しないことって実はそんなに重要じゃないかもしれない。
いった相手は不快だろうけど。

仮に誰からもいわれなかったとしても、反省すべき部分に自分で気づいて自ら反省する
ことが重要なんじゃないかなと最近は考えている。


で、そういった話をふまえて、ちょっとだけさっきの話にプレイバック。

人から「もっと辛い人がいる」といわれるのは大嫌いだが、なにか辛い環境になった際は
自分で自分に「今のオレよりももっと大変な人がいる」といいきかせ、なんとか乗り切ろうと
考えてきたことはあった。

大学時代はずっと接客業でバイトをしていたのだが、入店時にこちらが申し出たシフトが
大失敗だった。

当初はわけあって、おカネが必要だったので仲間とリフレッシュする休日をないがしろに
考えてしまった。

よって平日だけでなく、土日も働くことに……
自分の判断ミスなので自業自得なのだけれど、正直辛くてオレにはあわないシフトだった。

土曜日の飲み会。
みんなが夕方早い時間から飲み始めているのに、自分だけかなり遅れて到着。
疲れが抜けてないうえにみんなもうかなり呑み喰いしているので、オレは腹ペコでも
気を遣ってあまり頼めない。

さらに、他のみんなは翌日日曜も休みだからハメを外して遅くまでガブガブ呑んで楽しんでいる
のに、オレは翌日も朝早くから仕事だからあまり酔えないうえに、ひとりだけ早めに帰る。


一番最後の遅れてきたことに一番早く帰るという窮屈さ。

ひとりで帰路についている時、まだ居酒屋で盛り上がっているみんなの様子を頭に思い
浮かべると、すごく切なくなる。


そしてまだ酒も完全に抜けていない日曜の朝。
ひとけがまったくなく、ちゅんちゅんとスズメの鳴き声だけが響く静かな朝の道路の上を
自転車でバイト先に向かう。


昨日遅くまで呑んでいたみんなは、今頃まだベッドや布団のなかでスヤスヤと夢の中かも
しれない。


道を歩いている通勤のサラリーマンもいない。


なのに、どうしてオレだけ働いているのだ……
オレもたまには友人たちと翌日のことを考えず、ハメを外して呑みたい!
いつもそう思っていた。


バイトやめればよかったじゃん。そう思っている人も多いと思う。
ただ、そこだけ言い訳すると、オレは新しい環境に入ると人の30倍くらい疲れるのだ。
だから、せっかく入ったバイト先を辞められなかった。そこは甘えだと認めるけど。


でも、その時は地球規模とか社会規模でなく、あくまで自分の半径いくらかのつきあいの
世界で見てしまうようになっていたので、友人みんなが土日休んでいるなか、オレだけが
休めない辛い思いをしているように思えてしまっていた。


そんな時、「辛いのは自分だけじゃない。今この時間もっと辛い状況に直面している人たちも
いるんだ」と自分に言い聞かせていた。


自分とリアルタイムで辛いシーンにいる人間を具体的に思い浮かべたほうが自分を励ましやすい。


オレが大学に通いながらバイトをやっていたその同時期、バラエティ番組の企画でボロボロな
姿になりながら、ヒッチハイクで香港からロンドンまで向かわされている無名のお笑いコンビがいた。
そう、「猿岩石」。


スタッフから渡されたある程度の所持金があった最初のころは比較的気楽なヒッチハイク旅を
楽しんでいた猿岩石だが、所持金はあっという間に底をつき、それからしばらくは数日間の
絶食やら野宿やらの生活だった。


空腹のあまりまるで餓死寸前のような顔で地面に横たわる有吉の顔。
そしてイッちゃっているうつろな目……

今の血色のいい有吉からはまったく想像できないが、あの表情と目は今でも覚えている。


彼らも今は遠くの空の下でメシも食えず布団やベッドの上で寝ることもできず、友人たちと
酒を呑むこともできず、精神的にむしばまれながらも耐えているんだなあと思うことで、
なんとか自分を励ましてバイトにいっていた。

ちょっと汚い話だが……


あのヒッチハイクの旅の途中の国のとある場所で有吉は急に腹痛に襲われたという。
だが、そこは公衆トイレが整備されているような衛生的な国ではなかったので当然
トイレは見当たらず、やむを得ず目立たない私有地の茂みでウ○チをしてしまった。

とりあえず漏らさずすんでよかった。と、ひと安心するのも束の間、
「おい! おまえ! そこで何やっているんだ!」と声が聞こえたらしい。

かなりおっかなそうな男。どうやら私有地の住人らしくだんだんと近づいてくる。

家の敷地で脱糞したことがばれたら殺される!
そう思った有吉は、住人がすぐ目の前くるまでにたった今出したばかりの自分のウ○チを
手でむんずと掴んで、思い切り遠くへ投げたらしい(爆)


そういったエピソードを聞くと、たとえみんなが休んでいる日に働いていてもお腹がいたく
なった時には綺麗なトイレに入れる生活しているぶんだけ幸せだと思わんとイカンなとか
思うようにしていた。


努力は報われるって言葉は好きじゃないし、事実そんなこともないとは思うけれど
苦労したならばちょっとは何か嬉しい見返りがあっては欲しいと思う。

そして、見てる人は見ててくれたらいいなと思う。


当初はまだ(仮)だった猿岩石の応援歌「旅人よ」。

インドで爆風スランプがこの歌をプレゼントした時は猿岩石がちょっと羨ましかった。


歌のなかで「かっこわるい道を選んだ男」という歌詞がある。
猿岩石日記のなかで有吉はこの歌詞が一番気に入ったと書いている。


「街路樹をアンテナにしてあの人に SOSでも打ちまくれ」
という部分の歌詞と並んで、オレもいいフレーズだなって思った。


かっこわるい道を選ぶって、なんかかっこいい。
かっこいい道を選ぶって、なんかかっこわるい。


先日ひとりで高尾山の傾斜を登っている時、頭の中にBGMとして自然にこの曲が流れてきた
ので今回記事にしてみた。