マリオより早く僕らは生まれた | 昭和80年代クロニクル

昭和80年代クロニクル

古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

野球盤  ゲームウォッチ スーパーカー消しゴム。


だけどファミコンなんてまだなかった もちろんマリオなんてまだいない


女の子たちはゴム弾で遊んだ


男の子たちは校庭や広場に行き、野球をして遊んだ


スポーツが出来ない僕と友達は裏山へゆき、探検をした


ふつうの裏山だけど、僕らの設定と想像でそこは広大なアマゾンにも富士の樹海にもなった


時には裏山全体が僕らにとって巨大なゲーム盤だった



大木 防空壕 カブトムシ。



僕らはたった二人だけど、勇敢な探検隊だった


誰かが作った遊び(野球)なんかやるよりも 


自分達でアマゾンや樹海という世界をつくって遊んでいたことに満足していた



半ズボン 夕暮れ 送電鉄塔の影。



家に帰ると、靴下にまるくてとげのある何かの実がたくさんくっついていた


ふとももの内側を見ると草木で切れてみみずばれが出来ていた



僕らの世界に嫉妬した野球少年のひとりが先生に告げ口した


「あの二人があぶない場所で遊んだり遠くへ行ったりしている」と


「あぶない遊びなんかせず、みんなと一緒に野球とかして遊びなさい」と先生はいった


僕らがつくった世界の入口はオトナによって封じられた。



携帯電話 電子メール ライン。



どれもなかったけど僕らは学校から帰ると友達の家に遊びの誘いに行った


インターホンはだいたいの家にあったけど あまり使わなかった


玄関先で「たーかーしーくーん! あーそーぼー!」と大きな声を出した


誰もでてこないときは2回か3回呼んだりした


家の中からどたどた音がしたと思うと、友達の母親が出てきて


「ごめんね、たかしはさっき塾に行っちゃったの。また誘ってね」と言ったりした


友達がいないとがっかりしたけど、そういう残念さもまたひとつのいい話題だった


次は誰のうちにゆくか相談して、決まったらまたその友達の家の前で大声をだした


そのころの僕らは友達のお母さんの顏や声を知っていたし


友達のお母さんも僕たちの顏や声を知っていた


――それは直接その友達の家にゆき、声を出したり 会ったりしていたから



入学 卒業 社会。



そして、僕らは社会へと飛び立った


大人になった僕たちは子供のころよりもたくさんの人をふれあっていた


いや、ふれあっていたような気がしていただけだった


たしかに知り合いは多くなった


だけどそんな相手の顏を直接みたり声をきいたりすることはあまりなく


そのぶんだけ僕らは相手の顏ではなく、パソコンの画面とキーボードとずっとにらみ合った


僕らは相手がどんな顏だったかあまり憶えていない


僕らは相手がどんな声だったか憶えていない


僕らは相手がどんな字を書く人だか憶えていない


メールや書類上に書かれた文字は誰が書いても同じ字だから


同じ職場でふたつ隣の席の人が書く字すら、どんな字かあまりしらない。


僕らはメール登録した人の数と、声や文字のクセをしっかりと記憶してる人の数が一致しない



ワープロ ポケベル 電子手帳。



猫のおしっこがまざった砂場 何でも器用なあの子とは砂の城をよくつくって遊んだ


両側から互いに穴を掘ってトンネルをつくった


バランスが悪くなり城が一気に崩壊すると、あの子はよく笑った


なんでも器用なあの子は大人になって、パソコンを使いこなしている


崩れる砂の城を見て笑っていたあの子は今、


パソコンを使えない人を見て嗤っている



ブランコ シーソー すべり台。



プロ野球チップスのカードで清原とか4番打者のコレクションが自慢だったあの子も今


自慢のコレクションは大企業幹部や社長の名刺へと変わってゆき、人を見下してる



現実逃避するために、ノスタルジーという「防空壕」に逃げ込んでやりすごそうなんて


そんな気はないけれど


小さい頃、あれだけ潜ったり遊んだりした「防空壕」を埋めてしまうことに抵抗はないのかい?


――埋める埋めないは君の勝手だけど、防空壕を埋めたあと


その上に建てるつもりの建築物は、本当にその「防空壕」を埋めてまでして


建てる価値があるものなのかい?



スライム モーラ ウルトラマン 妖怪けむり 蛇玉花火 ロケット鉛筆 銀玉鉄砲。


僕らはマリオよりも早く生まれた


だけど、マリオよりも外でとんだり、はねたりして遊んだ


時には原っぱや裏山で、へんな色のキノコを見つけてはふんづけたりもした――


そんなことをして過ごしていた数年後、


僕らの家のテレビの中にマリオはやってきた。


マリオが生まれる前……


その時まで僕らがマリオだった。