戦争と資本主義(独論) | 昭和80年代クロニクル

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古き良き昭和が続いてれば現在(ブログ開始当時)80年代。昭和テイストが地味に放つサブカル、ラーメン、温泉、事件その他日々の出来事を綴るE級ジャーナルブログ。表現ミリシアの厭世エンタ-テイメント少数派主義ロスジェネ随筆集。

安倍首相が党の会にて、今年も「経済最優先」を掲げていた。

さらに景気に関しても、

「我々はこの日本を覆っているぶ厚い黒い雲を見事に吹き飛ばした」と声をあげていた。

……どの方角の空を見ているのだろうか。


雲は吹き飛ばされてなんていない。そこにある。

たとえ視界に映らないとしても、それは吹き飛んで消滅したのではなく、

下界と空との間に明るい空の絵柄のシートは張られ、まるで快晴のように見せられている

だけだとオレは思う。

もっともオレには、というかオレ以外の多くの人には、「そのシート」すら見えずに雲しか見えて

いないと思うが。


憲法改正に関しては、もう何度も書いているが、オレの解釈は心境的にも複雑で

戦争を出来る国にしていいとは言わないが、攻めてきた相手に対しての防衛や集団的自衛権は

やむを得ないとは思う。


ただ、安倍首相においては、この「改正(改悪?)」というのにプラスして「経済最優先」が

セットとなりくっついているだけに、やはり一説にある「資本主義は戦争のタマゴ」というのは

限りなく事実に近いのだろうなあと実感する。


「風が吹けば桶屋が儲かる」という諺があるように、「戦争がおきれば企業が儲かる」

武器だけでなく、あらゆる極秘情報まで、いろんなものが右へ左へ流れる。

そしてそこに発生するのは当然「カネ」である。

そこにある全ての諸悪の根源は「資本主義」である。


戦争や内乱、暴動を起こすキッカケとなる格差や貧困。

これも川を登ってゆくと上流にあるものは資本主義。


これも、もう何回も言っているから、もうあまり言いたくない(でもあと5回くらい記事で書くと思う)

のだが、誰も稼ぐことが悪いなんていっていない。


ただ、格差は戦争を生んでまで、資本主義を第一にしたいか?という疑問。


言い方があまり良くないかもしれないが、資本主義が第一だと主張する人は、潜在的に

心のどこかで戦争がしたくてたまらないのではないかと感じる。

弱いモノが排除されてゆくのを見るのが楽しみでしょうがないんじゃないかと感じる。


もちろん、ある程度の極論なのは承知。

ただ、人間は所詮、人間。 神ではない。

単なる頭脳を備えた血の詰まった袋である。


男も女もどんなにマジメでも純情だと思っていても、人間である以上、根底には少なからず誰にも

性欲があるように、「私は戦争なんて望んでいない、純粋に経済が必要だと思うだけだ」と

自分では思っていても、根底にはそういう願望にリンクするアタッチメントのような思想があるから

こそ、経済第一だと言ってる可能性は否定できないのではないだろうか。

本人自身が気づいていなくても。


ヘミングウェイの小説『武器よさらば』の中に

「勝ってる時に戦闘をやめるものはいませんよ」というセリフがある。

ギャンブルもそういう傾向があると思うが、‘自分がわずかでも+に進行している時’は

誰もが今やってることの継続を信仰(誤字ではない。ここでは進行ではなく信仰だ))するであろう。

資本主義を第一で正しい考えている人達は、おそらく裕福ではないにせよ、餓死や排除という観念を身近に感じていない人ではないだろうか。

たとえわずかでも、自分は+状況で進んでいるからという自己中心理論。


自分の日常がマイナスになっていない限り、現状を正しいと思い込んでいるというキケン性。

例えにギャンブルを出したが、資本主義と比べては、ギャンブルおよびギャンブラーには失礼に

なることはお詫びする。


オレは資本主義を正しいと思っている人と、ひと昔前に「うさぎ跳び」を推奨していた

昭和の体育会系諸先輩が似たようなものに見える。


それをやって続ければ日本も個人も体力、精神ともに強く成長すると信じているあの感覚。

あとになって、実際はただ体を痛めつけているだけで、なんのトレーニングにもなっていないと

いうことがわかるのに。

日本という国は多くの国民という細胞で形成されているようなもの。

資本主義によってその細胞の多くが鍛えられたり増加するどころか破壊されているという事実。

間違った認識の歴史的継続。それがこの国を自滅させるか戦争する国に戻すか。


「毒」を退治するには「毒」でないが、ブラックユーモアと極論を含めて、オレは日本はもう

共産主義でもイイと思う。

資本主義の限界の尻尾が既に見えていて、現時点でこのザマなのにこれ以上継続して

どうするか?思い切って方向を変えたほうがまだ風向きが変わる可能性がある。




最後に補足。


オレはいつも独特の記事タイトルを思いついた時、同じタイトルや文を使っている例がないかを

確認してからまぶらないようにタイトルをつけるのだが、今回「戦争と資本主義」という題名を

考え、検索してみたら同じタイトルの本があった。

ぱくりみたく思われそうだったが、自分でも気に入った題名だったのと、そういう著名な人と

似たような価値観を持っていたのかなと思うと逆に嬉しくなったので、「独論」とだけ付け加えて

題名とさせていただいた。