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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

人道上の大罪で25年の禁固刑に服しているペルーもと大統領のアルベルト・フジモリ氏。78歳の高齢の上、舌癌なども患ったことがあり、過去にも恩赦願いが出たこともあったが、ここにきて、与党の側から、自宅軟禁賛成論が飛び出してきた。これに関して、フジモリ派は反発をしている。

http://elcomercio.pe/politica/gobierno/zavala-dice-que-gobierno-no-negocia-libertad-fujimori-noticia-1986407?ref=nota_politica&ft=mod_leatambien&e=titulo

 

閣僚評議会議長のフェルナンド・サバラが今日、今朝本会議に提出された北部復興法への賛成票と引き換えに、大衆の力党(フジモリ派)と収監中のアルベルト・フジモリ大統領の解放に関して、何の取引もしていない断言した。

「この二つは全く別の問題で、復興は技術的な問題で、もう一つは自宅で刑に服すことを許すかだ。全く違う問題だ。これは取引ではない。それぞれの文脈で議論されるべきものである」と記者たちの前で宣言した。

サバラは、政府が自宅軟禁法を推進することはないが、ペドロ・パブロ・クチンスキー大統領は、この件に関する法案が国会から提出されることを歓迎している明らかにしたが、その国会の過半数を占めるのは大衆の力党である。

 

「大統領はある種の人々が宣告された刑を自宅で服すための法案を、国会議員が一般的な形で提出する法案を検討することになる。大統領は恩赦については発言していない」とフェルナンド・サバラは強調した。

これより早く、オレンジ党(大衆の力党)の議員、ウルスラ・レトーナが、フジモリの子供たちが、収監中の元元首の有利になるように政治的権力を利用することを否定した。さらに、元大統領もその家族も行政府に恩赦を要請していないと付け加えた。

フジモリに関して報道されていることは憶測にすぎず、フジモリは恩赦要請を全くしていません。フジモリの家族は政治的権力もわが党も利用することはないとはっきりと言っています。これでこの議論はフジモリ技師の利益となるような決着がついています」と明らかにした。

この前に、与党のスポークスマンのカルロス・ブルースがフジモリを釈放することに賛成する意思を見せたことを受けて、政府はフジモリの件に関して検討していると、クチンスキーは述べている。

 「ペルーでは統一された社会を作るためにいくつかのことに関してページを歴史をひっくり返す必要があります。我々はこの件に関して検討しているところです」とPPK(クチンスキー大統領)がアヤクチョでのイベントで記者たちに語った。

 元首は自分の名のもとにアルベルト・フジモリを助ける発案を認めるつもりはないと繰り返した。「たった一人に適用されるような法律に奔走することはない。ある種の条件下にある人々すべてのための立法でなければならない」とPPKは締めくくった。

 

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毎日ペルーのニュースを紹介するのに、どれにしようかと悩むのだが、今日はホントに考えた。クスコ関係3件。一件はよくある歴史地区の落書き事件だったのが、拘束されたのもいつもとどうよう南米人。テレビのニュースで繰り返されていたが、重要性を感じず、却下。

一方で、自分の身に迫ってくるのではないかという不安を感じさせるニュースがあった。鉱山会社の環境破壊を訴えるドキュメンタリー上映で、ドキュメント作家と関係者が介入を受けたこと。

上映会場もよく足を運ぶ文化会館のために他人事じゃない感じだった。

La Republica Web

http://larepublica.pe/sociedad/868123-denuncian-detencion-arbitraria-de-documentalistas-en-cusco

ジャーナリストでドキュメンタリー作家のアメリカ人、ジョン・ドゥハティとカナダ人のジェニファー・ムーアが在留資格を検証するとして出入国警察に介入を受けた。

ドゥハティはハドベイ・ミネラルズ社がアメリカやグアテマラやカナダで起こしたとされる軽装と環境破壊を紹介するドキュメンタリー映画を上映するためにクスコにやってきた。一方、ムーアは文化会館での報道フィルムの上映に参加していた。介入は先週金曜日の夜に行われている。

「カナダからペルーアンデス南部へ ハドベイ・ミネラルズに関して」と題されたドキュメンタリー映画が上映された後、警察は介入を行った。ハドベイ・ペルーはクスコのチュンビビルカス郡のコンスタンシア鉱山計画のコンセッション(採掘・開発権)を所有している。

ドゥハティは観光ビザでクスコに滞在し、ムーアは労働をできるビザを持っている。捜査員は、介入を受けた者は観光ビザを持っていて、そのためにドキュメンタリー映画の上映のようなある種の活動に関して制限を受けていると断言した。NGO団体、国境なき人権(DHSF)、法律はこの種の活動を禁止していることを否定している。

 
 
 
 

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なんともなあ、という気持ちで、4月22日の日本大使公邸人質解放20周年の報道を見聞きする。

今週はずっと、ニュース専門局はこの特集ばかりで、突入部隊を「民主主義の英雄」と政府が宣言したことが、フジモリ派におもねっているようにも映るのだ。しかメディアの間からこれを批判する言質があまり聞こえてこないのだ。それが私には恐ろしかった。なにか肝心のことを忘れているのではないか?何か隠そうとしているのではないか?

El Comercio紙にピウラのある街の現状が掲載された。http://elcomercio.pe/sociedad/piura/piura-aun-no-se-repone-casi-mes-inundacion-fotos-noticia-1986049

雨が降るとみんな濡れる、それはわかっているし、ロス・ココス・デル・チペ町自治会長マリア・レヒナ・アルバはそのことに悩んでいた。この町はピウラ川が氾濫したあの327日に真っ先に浸水した地域の一つだった。しかし、あの災害から一か月近くたっても、州政府関係者は一人も訪れていない。この町の住民も、ロス・ヘラニオス、リベラ・デル・リオやキンタ・アナ・マリアといった隣町の住民も訪問を受けていない。

「私たちはペルー人じゃないんでしょうか?もちろんそうですよね、最も高い税金を払っています。私たちは泣いて、エアーマットでもタイヤでも何にでもつかまって、助け出されたんです。我々が1.8mの高さまで水が達したこの場所からどうやって子供たちや年寄りや病人を連れ出したか想像もできなんでしょう」とレヒナ・アルバは語気を強めて語った。

ココス・デル・チペ町の家々の壁、泥でいっぱいの通、茶色くなった庭、それに家々の入り口に置かれた土嚢の列にそのあとがまだ見て取れる。立派に見えるコンクリートの壁のある玄関も家主が新たな氾濫を恐れて作らせたものだ。

回答を要求する。

今朝、ココス・デル・チペ町の何十人もの住民が、道を清掃するための重機を送ることを当局に守ることを要求するために集まった。「ここには誰も連絡もして来ず、当局の誰も川の流水量が秒速3600立方メートルに達するということは言ってこなかったんです。私たちがあの日曜夜に電話をして、2500立方メートルを超えないだろうと私たちに断言したんです」とロサリオ・アギラは当紙に語った。                                                                                                                                                                   

ココス・デル・チペ町の医師、アルナルド・ビテは当局にピウラ川の氾濫が差し迫っていることをどうして知らせなかったのかという問いに対する回答を当局に要求した。さらに、噴霧駆除器をこの町に送るよう依頼した。なぜならデング熱にかかった人々が数人いるからだ。レヒナ・アルバもこの病気にかかっている。

「時がきたら、必要な法的手段に訴えるつもり です。しかし、今は短期・中期的に備える必要があるのです。川岸の堤防を建設し、川底をさらうことを要求します。雨水の良質の排水設備を建設し、立派に実行してもらわないといけません」とビテは求めた。

ココス・デル・チペ町でもキンタ・アナ・マリア町でも住民は、2015年から2016年にかけて州政府が行った防災対策を疑問視している。

 
 

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性的暴行をしているところが映ったビデオ映像が流出したのち、懸賞金をかけて指名手配した末に加害者、ジョン・ピサロが逮捕された。しかし、被害者と思われる女性からの被害届は出ていない。

内情は結構複雑そうであり、ある意味ペルー的な事件だはないかと考えられる。

http://elcomercio.pe/sociedad/lima/guardia-discoteca-fuego-extorsiono-al-violador-video-noticia-1985749

 

ジョン・ピサロは、守衛が女性を暴行している場面が映っているビデオと引き換えに300ソーレスを要求した、と語った。

警察は、意識のない女性を暴行するところをビデオにとられたジョン・ピサロの忌まわしい行為を目撃していた5人を突き止めた。守衛一人、ウェイター、コンパニオン、ディスコの支配人もこの中には含まれている。

まさにこの最後の人物の身元はアベル・ダニエル・アレジャノ・インガで、(ジョン・)ピサロ・コロネルを客引きとして働かせるために連れてきた。婦女暴行の容疑者自身の証言によると、暴行の翌日、アレジャノ・インガに謝罪したが、解雇されたという。

注目すべきは、アレジャノ・インガが警察に訴えなかったうえ、またディスコの従業員がいずれも性的暴行の証言をしなかったことだ。警察への証言で、ピサロ・コロネルはパビータというあだ名で警察が把握している守衛がビデオを広めないかわりに300ソーレスを要求したとかたった。「俺の妻に見せないために金を要求したんだ」と証言した。

 

ジョン・ピサロ擁護のために、弁護士は警察が信じないようなコメントをしている。「私のクライアントはビデオに映っていることは認めています(原文のまま・・・)。しかし、酩酊していたうえ、疲労していたために眠ってしまったんです。また、不快だったために、挿入まで至っておらず、監視カメラのために(行為を)停止したといっています。これは合意があり、女性に危害を加えていません」と週刊誌、イルデブラント・エン・スス・トレセ」に応えた。

 

警察筋によると、捜査員が被害者の身元をつきとめるのはもう間もなくだということだ。この女性は暴行を目撃していたコンパニオンの友人だと明かされている。

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日本大使公邸人質解放20周年はソウル五輪女子バレーでペルーが銀メダルをとったときと同様、世界にテレビ中継された数少ない栄光だったのだろう。ただなんだか煙幕に使われているのではないかと危惧してしまう。

 

中島みゆきの歌にこの解放作戦の中継をテーマにしたものがある。

4.2.3」。

423日、日本時間で兵士たちが日本大使公邸に突入し、人質たちを解放した日である。

その歌詞。

「日本人が救けられましたと興奮したリポート」

 

「人質が手を振っています元気そうです笑顔ですとリポートは続けられている」

 

「リポーターは日本人が手を振っていますとだけ嬉々として語り続ける」

「担架の上には黒く煤けた兵士」

「腕は担架からぶら下がり、足首がグラグラと揺れる」

「兵士の胸元に赤いしみが広がる」

 

「日本人が元気に手を振っていますとリポーターは興奮して伝え続ける」

「黒い蟻のようなあの1人の兵士のことはひと言も触れない」

「ひと言も触れない」

「しかしあの兵士にも父も母も妻も子もあるのではなかったろうか」

「蟻のように真っ黒に煤けた彼にも」

 

生憎、動画はカバーしかないのだが・・。

 

 

歌は続く・・

「この国は危うい」

 

20年前の日本時間の423日の生中継に衝撃を受けたであろう歌詞。

 

11分にも及ぶ長い曲を何を思って書き、歌いあげたのだろ言う。

当時まだ日本でスペイン語を勉強し始めたばかりの私は、日本人の無事だけを喜んでいたのだろう。

しかし中島みゆきは・・。

そこに日本の危うさ、日本人の身勝手さを見出した。

 

しかし忘れてはいけないのは日本大使公邸に突入した名もない兵士たちだけではなく、国会議員のマルコ・アラナがいったようにそれ以外の軍人、警官さらに一般市民も又そうなのであろう。

「民主主義の英雄」

と呼ぶのはどうだろう?仕事をこなしただけである。軍隊の仕事に民主主義のかかわりがあるのか?

 

本当の「民主主義」の英雄は、アフロ系の人権擁護、婦人活動家でありながら、テロリストの脅しに屈することなく、センデロ・ルミノソに殺害され、その遺体を爆破された。実際2001年に英雄となっている。

テロリストだけでなく、人権侵害を超える明らかな暴行・殺人は軍隊や警察も行っていた。

「無垢なもの角」アヤクチョで見られた軍隊・警察による悪行。

 

 

自動車爆弾に揺れるリマの街

Tarata

 

 

 

そして世界にテレビ生中継された日本大使公邸人質事件が解決しても、

未だに後遺症に苦しむ人々がいる。

国会議員のマルコ・アラナが言うように微々たる補償金を政府に要求する人もいるだろう。

 

テロの時代に行方不明になった人々の遺体を捜索する文化人類学者

今もなお、テロの時代をテーマにした映画や演劇は作られ続ける。

まだ終わっていないのだ。 

 

 

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