日本大使公邸人質解放20周年はソウル五輪女子バレーでペルーが銀メダルをとったときと同様、世界にテレビ中継された数少ない栄光だったのだろう。ただなんだか煙幕に使われているのではないかと危惧してしまう。
中島みゆきの歌にこの解放作戦の中継をテーマにしたものがある。
「4.2.3」。
4月23日、日本時間で兵士たちが日本大使公邸に突入し、人質たちを解放した日である。
その歌詞。
「日本人が救けられましたと興奮したリポート」
「人質が手を振っています元気そうです笑顔ですとリポートは続けられている」
「リポーターは日本人が手を振っていますとだけ嬉々として語り続ける」
「担架の上には黒く煤けた兵士」
「腕は担架からぶら下がり、足首がグラグラと揺れる」
「兵士の胸元に赤いしみが広がる」
「日本人が元気に手を振っていますとリポーターは興奮して伝え続ける」
「黒い蟻のようなあの1人の兵士のことはひと言も触れない」
「ひと言も触れない」
「しかしあの兵士にも父も母も妻も子もあるのではなかったろうか」
「蟻のように真っ黒に煤けた彼にも」
生憎、動画はカバーしかないのだが・・。
歌は続く・・
「この国は危うい」
20年前の日本時間の4月23日の生中継に衝撃を受けたであろう歌詞。
11分にも及ぶ長い曲を何を思って書き、歌いあげたのだろ言う。
当時まだ日本でスペイン語を勉強し始めたばかりの私は、日本人の無事だけを喜んでいたのだろう。
しかし中島みゆきは・・。
そこに日本の危うさ、日本人の身勝手さを見出した。
しかし忘れてはいけないのは日本大使公邸に突入した名もない兵士たちだけではなく、国会議員のマルコ・アラナがいったようにそれ以外の軍人、警官さらに一般市民も又そうなのであろう。
「民主主義の英雄」
と呼ぶのはどうだろう?仕事をこなしただけである。軍隊の仕事に民主主義のかかわりがあるのか?
本当の「民主主義」の英雄は、アフロ系の人権擁護、婦人活動家でありながら、テロリストの脅しに屈することなく、センデロ・ルミノソに殺害され、その遺体を爆破された。実際2001年に英雄となっている。
テロリストだけでなく、人権侵害を超える明らかな暴行・殺人は軍隊や警察も行っていた。
「無垢なもの角」アヤクチョで見られた軍隊・警察による悪行。
自動車爆弾に揺れるリマの街
Tarata
そして世界にテレビ生中継された日本大使公邸人質事件が解決しても、
未だに後遺症に苦しむ人々がいる。
国会議員のマルコ・アラナが言うように微々たる補償金を政府に要求する人もいるだろう。
テロの時代に行方不明になった人々の遺体を捜索する文化人類学者
今もなお、テロの時代をテーマにした映画や演劇は作られ続ける。
まだ終わっていないのだ。
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