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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

祝日恒例のサクサイワマン、タンボマチャイラン。

写真はいまさらとってもねぇ。。
見慣れた光景だし・・
観光コースだし・・

それでもやっぱり気分はいい

山道をダウンヒルするためにのぼっていく
サイクラーに抜かされても平気さ・・。
でも、サイクラーの中には初心者もいて、
私と抜きつ、抜かれつをしながら途中でバテてて白旗を揚げたのがいた。

ケンコー遺跡から少し先。
右端の二人はこの先で追い抜いたときに影で涼んでいたけど、
その後私を追ってこなかっった。



上りも少しは速度を揚げられるようになってきた。

空が青い・・いい天気。こういうときには水分補給に気をつけなければ・・
普段は10kmを過ぎてようやくスポーツドリンクを購入することにしちえる。
しかし、10km付近でいつもスポーツドリンクを購入する
プカプカラ遺跡近くの店が閉まっていた。
労働者の日のせいか?

タンボマチャイ折り返し後、
プカラプカラ遺跡と雪山。



どうしてセルフィーにしなかった・・。

帰り道・・
普段スポドを買っている店近くの
簡単なレストランで無事パワーレードを購入。
普通2ソーレスが2.5ソーレスだったけど、
途中で脱水症状で死ぬよりはマシ・・


標高6272メートルの霊山アウサンガテと菜の花!



(本当はカブの花)

こちらは標高3700メートル程度・・

日本じゃあり得ない光景。

あとはひたすら下り・・

休みの日は必ずバレーボールやサッカに興じる連中。



しかし、ペルーにはゴミを家までお持ち帰りする習慣はないようで・・
いつもゴミだらけ・・



美しい自然と遺跡のあるところで・・
もう文句は言うまい・・ケンカしてストレスをためるのはもうゴメン・・

疲れもそれほど感じず順調に走っていたのに、
サクサイワマン遺跡の「疲れた石」と呼ばれる巨石のあたりで
市内観光のピックアップに間に合いそうもないというお客様からの電話があり、
その調整に15分ほど携帯で話して立ち止まったり、走ったりを
繰り返す・・
問題は解決して、

以前はバテバテだった道を今は快調にくだる・・


またアウサンガテ山。




この山ももう写真撮り飽きたけどね・・

次回はタンボマチャイ遺跡の入り口の標高表示のところでセルフィーしようかな・・

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今年はGW、何連休? ブログネタ:今年はGW、何連休? 参加中



ペルーは祝日が少ない・・・
国民の祝日が12日。
その他、各県民の祝日がある(クスコは2日あり)。
振り替え休日の制度はない。

1月1日の元日の次は
カトリック関係の移動祝祭日の聖木・金曜日・・
3月に聖週間(復活祭前の一週間)があたってくれたらいいけれど、
今年は4月の後半、だったので
3ヵ月半、祝日がゼロだった。

全然関係ないんだけど、
復活祭は
「春分の日(北半球)の後の最初の満月のあとの日曜日」
にあたる。

誰も気づかなかったかもしれないけど、その最初の満月は
皆既月食となり、さらに!有名な赤い月となったのだ。



私はしっかり寝て見ませんでしたがね・・
昔は天文気象部だったのに・・

話は戻って、
3ヵ月半の無祝日のあと、
前回の祝日からたった2週間で
労働者の日がやってきた。

今日は会社で労働者の日を祝って乾杯をしたけどね。
しょぼかった・・。

「明日はゆっくり寝ようね・・」

といわれたけど、明日はタンボマチャイまで走るので、
たぶん遅くとも8時にはおきるつもり・・

最近、300メートルを超える標高差のある
タンボマチャイまで往復できる脚力がつくようになってから
このコースが好きになってきた。

街を外れて風光明媚だし・・
車は少ないし・・
ストレス解消される・


走ったら午後はゆっくり外出しないでおこう・・
会社の入っているビルが労働者の日で
対応しないので、入れない・・
祝日でも2時間ほど出勤してメールをチェックすることがあるけど、
今回はそれができないので、家で午後はゴロゴロしよう。

2日は普通に仕事。
金曜日は休足日だけど、
リマからダニー・ニケン先生がやってくるので、
昼休みの時間にマリネラ・ノルテーニャのレッスンを入れている。

フルマラソンが近いので、ランニングしない日にしか
レッスンを受けないことにした。
ああ、でも休息日にならない。

3月に彼が来たとき、4ヶ月マリネラから遠ざかっていたのに、
再びやる気にしてくれた。
「4ヶ月間、マリネラを一ステップも踊っていなかったんですよ」
と言い訳したけどね。

ダニーは子供の頃から常に2位で、彼は優勝できなかったことで
ブーイングが起こったことを誇りにしている。

カネとコネでチャンピオンになる連中よりは
ずっと尊敬に値する。


さて、充実した週末になるかな・・

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昨日の記事のタイトル少しおかしかったですね。
正しくは
「ヨハネ・パウロ二世 列聖」
だったはず・・。
反省。

ヨハネ・パウロ二世の1985年のペルー訪問について
ポジティブに書こうと思っていたのに、
昨夜の歴史番組のヨハネ・パウロ二世特集を見ていて
気が変わってしまった。

1985年2月1日、リマ空港に到着したローマ法王に対する
当時のペルー大統領、フェルナンド・ベラウンデ・テリーの挨拶
「あなたを500年間待ち望んでいました」
(Estabamos esperandole hace 500 anhos)

500年前・・1532年にスペイン人はインカ帝国を征服し、
植民地支配が始まり、カトリックによるアンデス地域・南米の
強化が行われていく。

リマ-アレキパ-リマ-クスコ-アヤクチョ-ピウラ-トルヒージョ-イキトス

このときのローマ法王の訪問は
ベネズエラ、エクアドル、トリニダド・トバコを含む
南米・カリブ地域外遊の一部だった。

当時のペルーは左翼テロリスト、センデロ・ルミノソによる
テロ行為が盛んになりはじめ、
インフレも進行していった。

テロにおびえるアヤクチョの町、
地方からの移住者がスラム状態で住んでいたリマのビジャ・エル・サルバドール地区。

法王は信者に勇気を与え、その信仰を確かなものにしていた。
今でこそしっかりとしたビジャ・エル・サルバドールは危険地区で
しっかりとした街になっているが、
当時は貧しい移住者ばかりであった。
法王のスピーチが行われた場所も砂地であった。

法王はかつてインカ帝国の首都であったクスコの街も訪れている。
このとき、先住民の言葉ケチュア語で挨拶しようと
周囲の警察官に教えを乞い、発音も直させたのだそうだ。

そしてクスコで・・



現在とそれほど変わらないクスコのアルマス広場を
パパ・モビル(ローマ法王一般拝謁用の車)が走りぬけ、
サクサイワマン遺跡に到着。

遺跡内、かつてご神体であった岩山、スチュナで
クスコ南部、パウカルタンボの村の
カルメル山の聖母像に冠を授ける。

遺跡を埋め尽くした信者の中には
どこの集落からのつれてこられたのか、
民族衣装を着た先住民の人々がたくさん見られた。

山の神のいるサクサイワマンで・・
ローマ法王が、キリストの教えを唱える・・。

自然崇拝のアンデス地域、山や岩山、水の流れにも神が宿っていると信じられていた。
しかし、スペイン人による征服後、伝統的信仰を否定し、
神殿は破壊され、神を宿ると信じられていた山に
十字架を立て、そこがキリストのものだと主張をしはじめたのだ。

ヨハネ・パウロ二世のサクサイワマンでの行為は。
新たなカトリック教化、
偶像崇拝の破壊を思わせた。

ヨハネ・パウロ二世は偉大な宣教師だったのだ。

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日本では関心が薄かったのかもしれないけれど、
国民のほとんどがカトリック教とのペルーでは
ニュースで大きく取り扱われた
ヨハネ・パウロ二世の列聖。

ペルーでは1985年の2月に来秘したときの模様の映像が
流れていた。(1988年のときも)
(昨年、列聖が決定したときも同じような映像が流れていたけれど)

ペルーでのヨハネ・パウロ二世語録があって、
ジャングルのイキトスを訪れたとき、
ジャングルの人々をさす「チャラパ」という言葉を使って
「法王はチャラパだ(El papa es charapa)」
と発言して、観衆を沸かせたという。
そうしたことで、今回の報道でも
「ポーランド人の法王」(papa polaca)
ではなく、
「チャラパの法王」(papa charapa)
と紹介している局があって、
爆笑してしまった。

ただ正確には法王はチャラパだではなく、
「法王はチャラパ人だと感じている(El papa se siente charapa)」
といっていたことが今回の映像が繰り返されたときに判明した。




列聖されるには「医学的にその治癒の過程を説明できない奇跡」を二回起こした
という条件が必要になってくるらしい。
ただ、今回共に列聖されたヨハネ23世は一回しか奇跡を起こしていないけれど
列聖されたらしい。

21世紀にもなって奇跡とはねぇ・・
19世紀までも医療技術も発展していなかったときは説得力があったのだろうけど、
今どき・・
カトリックでない私は「奇跡」とやらが理解できないでいる。
世界各国を旅し、人々に勇気を与え、世界の平和に貢献した・・
さらに大スターだし・・
が、列聖の理由ではないのだ。


別に法王が直接、病気の信者に語りかけたり、触ったりして、
治癒したのでなく、
患者が法王の名を何度も書いたり、
枕元に法王の姿が現れたり、
したあとに病気が治ったのだそうだ。

これは法王本人の意思とは無関係。

今回、列聖条件になった二つの奇跡以外にも
ヨハネ・パウロ二世の写真に向かって祈ったら病気が治った
という話はよく聞く。

信者の心に奇跡は存在するのだ。

いわしの頭も信心から・・

ってカトリックでもない私は思う。
(「いわし・・」はたぶん意味をとりちがって使っていると思うけど)


大スターの現法王もなんかもまた、こんなことになるのかな。

そういえばヨハネという名前の聖人は多い。
ヨハネはスペイン語ではJuan(ファン)、英語ではJohn(ジョン)。

洗礼者ヨハネとか福音記者ヨハネとか・・
さらに、ヨハネ23世とヨハネ・パウロ二世が加わって・・

さらにややこしくなってきた・・。

そういえばヨハネ受難曲のヨハネって誰のこと?
なんていうことも考えたりして。
(福音記者ヨハネ)のこと。

おや、ペルーとヨハネパウロ二世について語りたかったのに
奇跡についての愚痴になってしまった・・

続きは明日・・

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今日、午後会社の電話がなった。
リマに出張中の社員からで、
頼んでおいた私のフルマラソンの申込みが完了したと
言われた。
アディダスが協賛でリマのアディダスショップで申込みできる。
クスコにも1月にアディダスショップができたのに
クスコではできないのだ・・

参加費120ソーレス
高いよー
日本円に換算すると4373円

ペルーでは7~8ソーレス払えば
スープ、メインディッシュ、飲み物つきの充実した
セットメニューが食べられる・・
下手したら4~5ソーレスでもおなかが一杯になる食事がとれる・・

ペルーの物価から考えるとつらいなあ・・この参加費。
スペイン資本の電話会社主催、アディダス、ペルーの高級紙などなどが
協賛しているのに、なんでこんなに高いの?
5年前は今回の半分の金額だったような気がする。

5年前に初マラソンで、4時間7分のタイム。
あのときは前日に
マラソン・フェア会場から出たところで
ボーっと歩いていて電柱に激突して、右目の上を強打、
一晩中冷やしたなあ。
ほとんど眠れずに朝起きたときに、
これは完走できないかもしれないと思った。

またリマに着いてから平らな道がうれしくって
(クスコの街では平らなコースを探すのがたいへん)、
ホイホイと前日に10kmも走ってオーバーワークだったし。

少なくともアクシデントがなければ4時間きっていたのかなあ・・


でも、あの頃の自分はまだ体力があったし、スピードもあった。

その後日曜だけのランナーになり、
歳を重ね、
へたれぇ・・・
昨年から再びまじめに走り始めたけど・・
スピードは回復しないねぇ・・

4時間15分で走れたら御の字かな・・

リマに着いたらホテルの部屋に閉じこもって外出しないようにしよう・・
マラソン当日一週間前はマリネラのレッスンも控えめにしないと・・

少なくとも防げる疲労蓄積と事故は避けないと・・
クワバラ、クワバラ・・

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ほんとうはやってみたい・・。