僕がKUBIREを始めた理由①
こんにちは!ブログを書くのがちょっとご無沙汰な感じですが、今はKUBIRE、一週間の夏休み中なので、この機会に、皆さんにKUBIREはいかにしてKUBIREになったのか?について最近の教室紹介と一緒にお話していきたいと思います。
事の始まりは大学を卒業してカインズホームに就職し、棚卸と言う地獄から敵前逃亡
3か月で退職するところから始まります(笑)
そう。僕は脱サラして起業したわけです(これを持って脱サラと言うかどうかは置いといて
)。
いや~。企業に勤めるって大変![]()
辞めた理由も、突き詰めて言えば、「自分のやりたいことをする時間がないからつまんな~い」と言った何とも世の中をなめきった理由であったことはここだけの秘密です![]()
そんなこんなで、色々割愛して、はい!某整骨院に再就職![]()
(これまたずいぶんはしょったな、おい
)
そこで、修行しながら整体の学校やら、帝京医学技術専門学校(柔道整復師の学校)に通い、身体の構造やシステムに興味を持ち、学校の科目と並行して、色々な勉強をし始め、気がつけば首席で卒業
学校協会賞をいただいちゃいました![]()
夏休み前の木曜夜の杉戸教室![]()
(時々言っとかないと、ん?こいつバカなんじゃないの?だいじょうぶか?KUBIRE。とKUBIREの根幹にかかわる疑念を抱かれてしまうので
)
卒業後、それまで5,6年勤めていた某整骨院の院長に「ここに院長は二人必要ないから出てってね♪」と言われたので、円満に強制退職
次の某整形外科に勉強の場を移したのでした。
ここで、衝撃的な事件?出来事があり、それがきっかけで、何となくボヤ~っと起業に向けた動きが顕在化していったように思えます。
その出来事とは、股関節の症状で歩くことが出来なくなって、車いす生活を余儀なくされてしまった一人のおばぁちゃんのお話。
「死にたい。」
二回目に診察→リハビリに来た時にぽろっと漏らしたその一言が衝撃的でした。
最初に病院に来たときには、息子や娘、親戚一同が集まってみんなでそのおばぁちゃんを励まし、これだけの家族がいるんだから心配するなー![]()
![]()
おお!頼もしい!いい家族に囲まれて幸せだね~![]()
なんといってたのですが、ほんの数か月後には、「死にたい。」です。
簡単に言うと、親戚中をたらいまわしにされ、厄介者扱いなわけですわ![]()
夏休み前木曜午前春日部教室![]()
天然美穂ちゃんと男前高松インストラクター![]()
こういう人は世の中にたくさんいるんだろうなぁ。何とかしたい![]()
世の中にはこんなにも、接骨院や整体院、整形外科が溢れているというのに、どうして先のおばぁちゃんのような人が減らないのか?減るどころか、患者さんは日々増える一方じゃないか![]()
ここ、解決できれば独り勝ちじゃね?![]()
まぁ、自分の知識と技術を過信していたころのお話(笑)
つづく



