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自分の望まないものを手に入れるためだけに、心は自分自身を被害者に仕立てあげているのです。
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原文「マインドは、それが望まないものを得るためだけにみずからを被害者として確立する」


自分自身を被害者にした結果、心は「欲しくないもの」を手に入れる…

(*_*;
なんじゃ、そりゃ。

欲しくないものを手に入れるために何かをする、という時点で破綻してない??

「何かする」って、そもそも、欲しいものを手に入れるためでしょ??
(゜〇゜;)?????ワカラン

「被害者になる」っていうことは、私ではない誰かが悪い、ってことですよね。
私ではない誰かのせいで、こうなった。
私ではない誰かに、責任がある。

…それ、いーじゃん(笑)

私は全然、悪くない。
私はなんにも、悪くない。
私は無実。無罪潔白。

いーじゃないですか?!
それ、「欲しいもの」だと思うけどな??

…いえいえ。
じっくりと、見てみましょう。
ここで、私が本当に「欲しいもの」とはいったい何なのでしょうか。
「私は無実」という「被害者」になることによって、私は本当のところ、何を手に入れようとしているのでしょう。

おそらく、それは「力」かもしれません。
責任を押し付け、罪の意識を植え付けることで、相手より優位に立とうとする「力」。
私が本当に「欲しいもの」とはこの「力」なのではないでしょうか。

もしもそうだとしたら…
被害者になるのはむしろ自分が「弱者」であることを認めることです。
ここで私は、相手のふるまいによって被害を受ける「相手より弱い存在」です。

被害者になることで手に入れようと目論んでいた「力」のまるで逆のものを、私は手にすることになります。

悪いのはあなた。
あなたの悪いふるまいによって、私は被害者になりました。
あなたは私に「力」をふるったのです。
そのあなたの「力」によって、私は傷つきました…

あれれれれ…。
なんか、どこかで、「欲しいもの」ではない話になっちゃってる!?
!Σ( ̄□ ̄;)

いや、まずい。
これはまずい。
(--;)

私が優位に立ちたいんですけど?!
そのためにはどこをどう直せば…焦

えーと。
私はあなたなんかより強いんだから。
あなたの言ったことややったことで、傷ついたりしないんだからね!
私はあなたの被害者なんかじゃないんだから、そこんとこ勘違いしないでくれる!?
o(`^´*)

…ありゃ?
それ、「あなたは悪くない」ってことですよね。
私にとって、あなたの言動なんてへのカッパなんだから…

あなたはなんにも、悪くない。
ってこと??
σ(^_^;)?

…いったいこれは、何をやっているんでしょうね??


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世界とは、あなたがそうなると信じるとおりのものです。
それ以上にも、それ以下にも、なることはありません。
それでも、あなたは自分の世界を愛さないのかしら?
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原文「世界は、あなたがそうであると信じるままのもの。それ以上にもそれ以下にもなり得ない。あなたはまだあなたの世界を愛さないのか」


この世界に対する文句なんて、言い始めたらもう止まりますせんよ!!

環境は汚染されるし。
拝金主義ははびこるし。
戦争も犯罪も災害もなくならない。


でも、そんな文句テンコ盛りのこの世界は、私がそうなると信じるもの。しかも、そっくりそのまま、私がそうなると信じるとおりなのだ…
と、今日のケイティさんは言っています。

…ふうん。
環境汚染や戦争や犯罪も、私がそうなると思っているとおり、ってこと??
(-o-)ウタガイノマナコ

んじゃ、私が
「環境汚染も、戦争も犯罪もなくなる」
って思えば、みんななくなるってこと??

…( ̄Д ̄)←疑心暗鬼

ありえねー。
ドラえもんでも、そんなこと、できっこねーよー
(-.-)ノ⌒-~

そうかもしれません。
でも、ケイティさんは
「この世界では、なんでもあなたが良いと思うようになると信じなさい」
とは言っていませんよね。

あなたはこの世界を愛するのか、愛さないのか?

それが、今日のケイティさんの私たちへの問いかけてです。

そんなの、無理ムリ。
私一人が考えを変えたって、世界が変わるはずないでしょ?

…それは、世界を愛することなのでしょうか。

もし世界を愛するという決断をしたら、私たちはどう考えるようになるのでしょう。

私たちの愛する世界が、様々な困難に苦しむのを見るとき、私たちはどんな考えをもつのでしょう。

愛する人が目の前で苦しむとき、私たちは
「私の考えを変えたところで、この人にはなんの意味もないんだし」
などと思うでしょうか。
苦しんでいるその人に対して、不平をぶつけたりするものでしょうか。

もしもこの世界が、私たちの愛する誰かだったとしたら…

確かに、世界はそうそうすぐには変わらないかもしれません。

始終この世界に対して、文句を言い続けるのか。
それとも世界を「私の大切な、愛する存在」として見るのか。

実際にこの世界で生活する身としては、後者のほうがはるかに心地よく思えますが…。


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みんながいてくれるから、あなたは幸せなの?
それとも本当に、ただ幸せなだけ?
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原文「あなたはかれらのために幸せなのだろうか。それもと本当に、ただ幸せなだけだろうか」


「ザ・ワーク」のジャッジメントワークシートに、こんな項目がありましたよね。

「あなたが幸せになるために、その人は何をする必要がありますか?」

もちろん、「その人」にやってもらいたいことは山ほどあります。
その人にそれをしてもらえれば、私の不満は解消するわけですからね。

…あれ。
私の不満が解消するのは、私がハッピーになるということですよね?

ということは、私がハッピーになれるかどうか、私の不満が解消されるかどうかは、「その人」の双肩にかかっている…と、いうことですか??

それって、私自身の幸せの源は他人にある…
と、いうことですよね?

「みんながいてくれるから、私は幸せ」
今日のお言葉のなかにあるこのような表現も、そのココロは同じかもしれないのです。

一見「おかげさま」的、謙虚さやつながり感をかもし出しながらも、実は
「あなた方がいなければ、私は幸せではありません」
という意味なのかもしれません。
より露骨にいえば
「私の幸せの責任は、あなた方にあります。そこんとこ、忘れないでくださいね」
という真意かも…

「あなたがいてくれて私は幸せ。よかった。ありがとう」
…なんて悩殺のセリフ、本当は何を言ってるんでしょう?!

「あなたがいてくれないと、私は幸せになれません。あなたのその責任を、必ず果たしてくださいね」
…それがホントのメッセージだとしたら、これって立派な脅迫じゃん(笑)

て、笑ってる場合じゃないよ(焦)

私の幸せは、どこから来ているのでしょう。

それは私自身から、来ているのでしょうか。
私は「本当にただ幸せなだけ」なのでしょうか。


それとも誰かから、脅迫して搾り取った「幸せ」なのでしょうか…??

…。
よーーく、自分自身に問いかけてみることにいたしましょう…
(・・;)