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「今」では、「この瞬間」でさえすでに過去です。
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原文「この瞬間でさえ、今は過去にある」


「今」であるはずのこの瞬間。
そう言ったとたん、「この瞬間」はもう「過去」になっています。

「今」「この瞬間」。
…それは、どこにあるのでしょう。

今も、この瞬間も、「今」なんだから「今」にあるに決まってるじゃんー
…と、言ったとたんに、その全部がすでに「過去」の仲間入りをしているのですから、とりつくシマがありません。

スルリと手をすり抜けるような「今」「この瞬間」。

それはいったい、どこにあるのでしょう。

どこ…?

…きっと、それは「思考」のなかにはないのでしょう。
「どこにあるのかな?」
というような考えや、概念のなかにはないのかもしれません。

考えるな!
感じろ!
…と、お師匠がよく弟子にカツをいれるのも、そんなわけなのかもしれませんね。

ちょーーっとの間でも、考えるのを、思考をスローにできたなら…

「今」「この瞬間」があるのが感じられるかもしれませんね。
(  ̄▽ ̄)


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「ここ」から「あちら」を見ることなんて、できません。
私はただ、「ここ」から「ここ」を見ているだけなのです。
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原文「ここからむこうを見るのは不可能。私はただここからここを見ている」


天体望遠鏡を覗いて、「あ~、土星のわっかが見える!」と思っても…
たしかに望遠鏡覗いてる私は「ここ」だもんなぁ(笑)

なにせ、「ここ」の私の網膜に映る画像なんだもんねえ…
f(^_^;ポリポリ

物理的にもそうなんですが、心の中の空想も同じですよね。

ああ、「あのとき」はこうだった…
と思い出に浸っても、これまた「ここ」にいる私の心の中の空想なのですから。

どこまでいっても、私は「ここ」から離れることはできない。

「ここ」にいない気になる…ことはできますが、本当に「ここ」を離れることは不可能なのです。

…なんだかなぁ(笑)

今まで、けっこう一生懸命に「今、ここにいる」練習とかしてたんですけど(笑)

大真面目に「酸素の吸い方の練習」してた、みたいな…?
σ(^_^;)?

いえいえ。
きっと、その練習が大事なのです。

一生懸命「酸素の吸い方」を練習して、私たちははじめて
「あれ…。自分、自然に酸素吸えてるわ」
ヽ(・∀・)ノ
と、気づけますよね??

私たちはどういうわけか「私は酸欠だぁぁ!!」と信じきっています。
その酸欠を解消しようと、様々なことを考え出しては実行しています。
実はそれが、私たちの人生がやりにくいものになってしまう要因でもあるのですが…

あのね、キミのまわりに酸素、ちゃんとあるから。しかもタップリあるから。
大丈夫だからね~

などと言われたところで、そう易々と信用なんかしませんよ!!
(`へ´*)ノプン

こうなるともう、気のすむまで「酸素吸入の特訓」をさせる方が早いかも…(笑)

なにせ、息苦しいと信じて必死ですから、やる方は「吸入特訓!」やる気満々です。

こんなにやる気になってる以上、説得してやめさせるよりはとにかくやらせるほうが話が早い。

真面目に特訓すればするほど、早く
「あれ…。息、普通にできてるよ…?」
σ(^_^;)?
と我に返る瞬間が訪れることでしょう。


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あなたのいちばん最初の記憶。
それより前、あなたは何だったのでしょうか。
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原文「あなたの最初の記憶より前、あなたは何だっただろうか」


自分の「最初の記憶」。
そんな記憶をよびさましてみると、幼児期の出来事が思い出されるかもしれません。
あるいは胎児だったころの記憶がある、前世の記憶があるという人々の話も話も聞いたことがあります。

とりあえずは、自分自身の「最初の記憶」。
そして、その記憶の「前」…

その記憶の前、私とはなんだったのでしょうか。

んー
( ̄ー ̄)…

んーー
( ̄O ̄)…

…あれ。
(ー_ー;)

ひょっとして…。
「私」って、「記憶」のこと…???
(;゜∀゜)