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あなたは、自分自身を見たことなどないのです。
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原文「あなたはあなた自身をみたことがない」


はいはいはい、なんか来ましたよ、よくわかんないのが(笑)

ここまで来ると、禅問答。
(-o-;)

もちろん私たちだって、鏡くらい見たことはあります。
「自分」が映った写真だって見たこともあります。

しかし今日のお言葉は、そうしたもの、つまり私たちが「自分自身」だと考える「イメージ」は、実は私たち自身ではない…
という前提に立っています。

この、免許証やパスポートの写真が「私」ではない??
それなら「私」って何?

真実を知るには、まず真実以外のものについて知らねばならない。

…神秘思想などでよく聞かれる言葉です。
そして、それは確かなことなのでしょう。

このゴールド免許の写真が「私」ではないなら…
では「私」とは何なのでしょうか?

え、違うの?
じゃあ「私」って何なの??

…そう思うためには、まず
「どうやらこのイメージは私ではないのかも」
という可能性に対して心を開かなければなりません。

それへの招待状が、今日のお言葉なのでしょうね。


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私のマインドの目に映る世界。
それは、過去にも未来にも生じることはありません。
それはたった今、生じるのです。
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原文「私の心の目が見る世界は、前やあとに起こることはないだろう。たった今起こるだろう」


私が見ている「世界」。
それは
「私がこの目で見ているんだから、実在するホンモノの世界に違いない」
…のでは、ない。
ケイティさんは繰り返し、私たちにそう語ります。

それは私が「マインドの目」で見ているもの。
より平たく言えば、私の想像なのです。

…で。
その私の「想像」は、いったい「いつ」起こるのでしょうか。

そうです。
「今」です。

昨日のことや、明日のことにについて、考える(想像する)ことはできます。
しかし、その「想像」自体は「今」、私のマインドの中で起こっているのです。

…(゜.゜)パチクリ

な~んだ。
そうなの。
自分、実は「今」にいるんだ。
「今」、ここで、セッセと空想に励んでいるんだね(笑)

私は「今」以外にいることはできない。

それに気づくと、マインドは一気に静かになるものです。


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そこにいるあなたを、私は見ることはできません。

ここからしか、あなたを見ることはできないのです。
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原文「私はそこにあなたを見ることはできない。私はここからしか、あなたを見ることができない」


二階の窓から「お~い!!」と呼んで振り向いてくれたその人を見ても、それはやっぱり「ここから見ている」。

今日のお言葉に沿って考えてみると、私たちが「見る」というとき、それはいつも「ここから」。
つまり私たち自身の思考、アタマのなかのイメージにおいて「見ている」のです。

私たちはよく
「この目で見たんだよ!本当だよ!!」
などと言います。

イメージや気のせいではない。
実物をこの目で直接見たのだから、それは事実で本当なのだ。

…そんな主張が、今日のお言葉にかかるとやにわに怪しくなってきます。

「実際に」見ようが妄想でイメージしようが、実はどちらも大差ないとしたら…

なんだかなぁ。
「この目で見た」っていうのも、あてにならないなあ。
f(^_^;ポリポリ