
去年、大尊敬する先輩から頂いた大切な種..。
おかんが早まって4月に蒔いてしまったのですが、
無事に発芽していました。
こんなチビひまわりだったのに..。

・・しかも狭いっちゅうの..( ̄_ ̄ i)
『すみれ』とちゃうんぞ..(汗)
・・ともあれ、プランターから移植し、
今では身の丈2.5m位に育ちました(^◇^)/
・・ご近所さんにお裾分けしたのは
3mを超えております。

・・「負けた(-_-)」
↑
(比較する事ではない..。)
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
・・人は大失望した時、
大切な人・夢・ものを失った時。
「何のために生きているのか??」
「頑張って、何になるのか?・・その先に
何があるのか?」..と、虚しくなります。
虚しさを感じる気力すら無くす事もあります。
・・僕も幾度か そうゆう時がありました。
・・今後もあるでしょう。
そんな時、僕の場合
若い頃に読んだ吉川栄治氏の
『新平家物語』の中の印象深い
一節がよぎります。
・・平清盛が、失望して死を思い立った
知人に伝えた言葉
【下記より引用文】
「生成久遠の美と光をもつ日輪のまえに、
悩む事、惑う事、苦しむ事..何一つ価値がある
ものとは思えない。---笑いたくさえなる。
だが、人間はある。
・・果てなく生まれついてゆく。
・・宇宙観の冷厳だけで、
それを言い切ってしまえば、
人間とは、余りにもあわれ過ぎる。
せめて、人間の中の範囲で、
価値を見つけて生きあうのが、
はかない者同士の世の中と
いうものでは、あるまいか..。」
【上記迄引用文】
所行無常だけを考えれば、
生きる事そのものが無意味に思えます。
・・しかし、逆に言えば
有限なる者が、その限りを尽すからこそ
尊いのだと僕は思って来ました。
頑張る為に頑張っているとしか言えません。
頑張る事が いつか、何か..誰かの役に立てたのなら
更に嬉しいのが人の心情だと思います。
『ど根性ひまわり』に頑張ると言う意識は無いでしょう。
・・多分、咲く為に咲いているのだと思います。
・・・それだけで感動を与えてくれます。



































